夏休み。  
 夏休みである。  
 子供にとっては魅惑のワードなんだが、高校三年生ともなるとワクワクとはい  
 
かないものだ。何せ僕は受験生だからな。ドロ戦場ヶ原蕩れー。思い出したよう  
 
に布教を始めてみたがこれ語呂が悪いな。まあ僕としては愛するガハラさんのた  
 
めに精進を重ねるのみである。  
 というわけで、今日もファイアーシスターズに起こされた僕は歯磨きをしに洗  
 
面所にむかったのだった。  
 自称エムブレマーとしてはこの表記のほうを推したい。  
「兄ちゃん、歯磨いて」  
 ウホッ、いい女!  
 ああいやいや、今のは決して本気で言ったわけじゃないぞ。ほら僕としては妹  
 
は対象外だから。保険適用外だから。ピクリとも反応しないから。  
「ななんんあなあなんんあああああんあ何言ってんだ」  
 広くもない洗面所前のスペースで火憐との距離が妙に近く思える。朝なだけに  
 
パジャマどころかシャツ一枚である。山頂が二つ観測できる。うっすらと透けて  
 
見えるような肌色を幻視して、僕はのどを鳴らした。なぜだか唾液の分泌が活発  
 
になり、口内環境が清浄化される。うーん、歯磨きいらず。  
「だからあ、さっさと歯磨いちゃおうよ。朝メシ食おうよ」  
 僕は正体不明の安堵感に襲われ、実際に胸をなでおろしたりもした。  
「ひゃうんっ!? なっなななにするのさ!」  
 無意識的に妹の胸をなでおろしていた。  
「いや、ほっとしたのでつい」  
「自分の胸をなでおろせよ!」  
 字面だとどっちが突っ込んだんだかわからないな。いや分かるか。  
「だいたい、何にほっとしたんだよ」  
「いやぁ、火憐ちゃんがまた歯を磨いて欲しいのかと思って」  
 乳撫でをスルーしてくれるできた妹をもって僕はしあわせだなあと思いつつ歯  
 
磨きのために歯ブラシを取り出す。  
 さて、ちゃんと磨かないと……  
「火憐ちゃん?」  
 振り返ると、火憐ちゃんがうつむいたまま固まっていた。  
 耳まで真っ赤になっている。  
 ああ。  
 地雷踏んだな。  
 いや確変? 僕の主観がどこにあるかによるな。いやあ哲学的な問題だなあ。  
「磨いてくれる?」  
「ん?」  
「お願いしたら、磨いてくれる?」  
 ちゃうねん。  
 
 最初は試練だっただろ。お願いじゃないだろ。  
 だいたい、何が悲しくて妹の歯磨きをしなければならんのだ。僕は妹の介護を  
 
するつもりは……今はないぞ。  
 可能性の話としてありうるから困る。僕の中途半端さゆえに。  
 ともあれ、兄としてはきっぱりと  
「歯といわず口といわず全身磨いてやるぜ!」  
「うん……じゃあ、夜にね」  
 パッシングスルー! 残像すら見えるほどに鮮やかにかわしてのけた。  
 狭い洗面所だというのに。  
 動いてないけど。  
 というか、え? え? 今夜の予定が埋まってしまいましたか? 本気で?   
 
僕が歯磨き前ゆえに空いた口をふさがないでいると、火隣ちゃんは歯ブラシを取  
 
り出した。  
「歯、磨いて」  
 その話はもう終わったんじゃないのか! 火憐ちゃんも一皮向けてすっかり交  
 
渉上手になったようである。ネゴシエーターだ。ロボットが呼び出せるレベル。  
 何度でも言うが、僕に妹の歯を磨く趣味はない。こういう場合の答えは決まり  
 
きっていた。  
「はい口あけてー」  
 今回の歯磨きは一味違うぜ。歯磨き粉は同じだけど。  
 何せ、洗面所である。言ってみればパーソナルスペースからパブリックスペー  
 
スへと舞台を移してマイヤンガーシスターをブラッシングである。  
 僕の学力も着実に上がっているな。  
 火憐ちゃんの背後に回って、歯ブラシを構える。鏡を見てやったほうが合理的  
 
というものだ。自分にやってるような感覚で歯を磨けるからね。  
 すっとわきの下から左腕をいれ、火憐ちゃんのあごをホールドする。後ろから  
 
は額を使って頭を動かないようにした。  
 鏡に片目しか映ってないからって鬼太郎ってわけじゃない。ぜんぜん違う。ぜ  
 
んぜん違うよ。  
 ホールドしたところで、火隣ちゃんは少し前傾姿勢になった。すこしあごがつ  
 
かみやすくなる。あと僕の心に新たなる傷が増える。こっちは生憎すぐに塞がっ  
 
てはくれない。  
 想像してもらえれば分かるが、火隣ちゃんは洗面台に手をついたのだった。そ  
 
して僕はそんな火隣ちゃんの後ろに密着している。  
 立ちバックだった。  
 いや表現がよくないだけで、単に後ろに立っているだけである。ゼロ距離で。  
前傾されると高さと引き換えに前後幅が大きくなるのだ。トレードオフの関係で  
 
あり、火隣ちゃんは僕の磨きやすさを取ったというだけの話なのだ。  
 ではちゃんと磨くために密着しようではないか。  
 
「あんっ」  
 こんな声を発しているお口は虫歯になりそうだから、隅々まで磨いてやらねば  
 
なるまい。  
 本格的に歯を磨いていく。歯茎と歯の間を重点的に。  
 すでに火憐ちゃんはうっとりしている。鏡のおかげで丸見えだ。  
 外側の上奥歯から順番に磨いていき、上下とも外を磨き終える。ここからが本  
 
番だった。火憐ちゃんの瞳もそう語っている。密着している腰の下の部位がゆら  
 
ゆらと動いている。左右に。上下に。  
 ではでは。前歯から。  
「んっ」  
 たまーに間違えてブラシの向きが逆になったり、火憐ちゃんの舌が絡んできた  
 
りで思いのほか手間取った。  
 だんだん奥の方へと分け入っていく。火憐ちゃんの体の震えが大きくなってく  
 
る。右手で腰を抱いて、ブラシがずれないように火憐ちゃんの全身をホールドし  
 
なければならなかった。  
 一番奥まで来た時点で、火憐ちゃんが頭を前後させはじめた。むう。妹に不自  
 
由を感じさせてしまうとは、僕の歯磨きスキルもまだまだだな。これから何度も  
 
練習させねばならないだろう。  
 しょうがないので今日のところは、火隣ちゃんの頭の動きにあわせてリズミカ  
 
ルに歯ブラシを前後させた。頭が前に動くのにあわせて挿れる。後ろへ動いたら  
 
抜く。  
 抜き。  
 挿し。  
 抜き。  
 挿し。  
 抜き。  
 挿し。  
 抜き。  
 挿し。  
 さあ、そろそろ十分磨けただろう。ここからはボーナスステージだ。  
 僕は右腕と左腕で火憐ちゃんの動きを封じると、火憐ちゃんの上あごに毛先を  
 
這わせた。  
「んんぅっ!」  
 しなやかな肉体が腕の中ではねる。  
「ほらほら、暴れない暴れない」  
 もはや歯磨きではないが、まあボーナスステージなんてそんなもんである。上  
 
あごのヒダを傷つけないように、そっとそっと、やさしく、執拗に、撫でさすっ  
 
た。  
「うんっ、ひーひゃん、ひょれ、ひゅごいぃっ!」  
 ご好評いただけているようだ。さすがボーナス。見る見る火憐ちゃんの表情が  
 
蕩けていく。わが妹ながら火憐ちゃん蕩れー。  
 
「ほら、鏡見てごらん火憐ちゃん。すごい……かわいい顔、してる」  
 ここまでくると僕もノリノリである。普段なら絶対に口にしない言葉を口にし  
 
てみたくもなる。  
「かわいいよ火憐ちゃん。すごくかわいい。僕の妹は世界一かわいい女の子かも  
 
しれない」  
 とりあえず持ち上げてみる。火憐ちゃんは僕が句点を使うたびに激しくも小刻  
 
みに体を震わせた。主に下半身を。女の子らしくも内股になっている。  
「んーーー、ぉおーーー」  
 何がなんだか分からない言葉を発して、上のほうを見つめている。天井のしみ  
 
が気になるお年頃なのだろうか。  
 そういえばそろそろ五分くらい経つ。早いとこ朝ごはんを食べよう。  
「火憐ちゃんはかわいいな。……大好きだよ、火憐ちゃん」  
 ひときわ大きく震えると、腰にまわしていた右手を火憐ちゃんが握ってきた。  
 
女の子の力だった。  
「さて、そろそろご飯食べようぜ。口ゆすいじゃって」  
「ふゅん」  
 体を離してもしばらく内股のままで、ろれつも怪しかったが、口をゆすいで顔  
 
をばちゃばちゃ洗っていると調子を取り戻したようだ。  
「夜、忘れないでね」  
 と言うと、リビングへ歩いていった。  
 
 僕は、その場で鼻から吸って口から吐く深呼吸を三回やってから後に続いた。  
 

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