「そうだ、阿良々木さん。わたし一度やってみたいことがあるのですが、少々付き合ってもらえませんか?」
「ああ、構わないけど何をしたいんだ?」
「では阿良々木さんは少し先を歩いていてください。
わたしが阿良々木さんの名前を呼びながら近づいて行きますから、阿良々木さんは振り向かずに背中でわたしを優しく受け止めてください」
「そんなことでいいのか? わかったよ。じゃ先に行くぞ」
わたしの言葉の意味を深読みしようとせずに、素直に受け取ってくれました。
わたしが阿良々木さんの背中に抱きつくとでも思っているのでしょうか。
阿良々木さんはわたしの10メートルほど先の吊り橋の上を歩いています。
わたしは行動を開始しました。
「阿良々木さ―――――――――んっ!!」
わたしは叫んで気合いを入れながら、阿良々木さんに向かって全力で走り出しました。
そして無防備な阿良々木さんの背中にわたしの両足が着地します。
わかり易く言い換えると、わたしが放ったドロップキックが阿良々木さんの背中に炸裂しました。
それと同時に阿良々木さんは吊り橋から足を大きく踏み外し、気持ちよく下へと落下していきます。
「うわあぁぁあああああああっ!!」なんていつも通り嬉しそうに叫んでいる阿良々木さんに一言声を掛けてみましょう。
「ありゃりゃ木さん、わたしが言った吊り橋効果はこれで実証されましたねー!!」
吊り橋効果――二人で吊り橋を渡っていると、嫌いな相手でなくてもついつい突き落としたくなるという心理が働くというもの。
着水する前に何か口を開こうとしていたようでしたけど、言葉になっていませんでした。
これが陸上ならわざとらしく噛まないように注意されるのでしょうが、阿良々木さんは今、川の中にいます。
しばらくするとプカプカと浮かんできた阿良々木さんは水面に顔だけ出して「殺す気か!?」とダチョウ倶楽部っぽく冗談を言いました。
今度阿良々木ハーレム参加者全員を阿良々木さんの部屋に集めて『暦という男』という議題でディベートをしなければならないかもしれません。
機会があったら羽川さんに相談してみましょう。
阿良々木さんは必死になって岸に向かって泳いでいます。
水を吸った服を着たままなのでさすがに泳ぐのは難しいはずです。
岸に着いた阿良々木さんの顔面は蒼白で、必死だったことが笑顔のわたしにも伝わってきました。
周囲は暗闇の帳が落ちはじめているので、余計に必死だったのかもしれません。
一息ついた阿良々木さんがこちらへと全力で疾走してきます。
わたしの傍まで来たと思ったらリュックを剥ぎ取り、わたしを突き落とそうとしました。
誤魔化そうと「てへっ」と言って照れてみましたが効果はなく、阿良々木さんに抱えられたわたしは川に捨てられます。
阿良々木さんがわたしを捨てようとした瞬間、わたしがアホ毛を掴んだせいか阿良々木さんも一緒に川へと落ちていきます。
同時に着水したわたしたちは共感することなく、懸命に岸へと泳いでいきます。
阿良々木さんはさっきと同じ平泳ぎ。
わたしはもがくように犬掻き。
見る人によってはただ溺れているだけに見えたでしょう。
阿良々木さんもそう見えたらしく、わたしの異常に気付いて助けにきてくれました。
おかげで二人で一緒に溺れそうになり、水をたくさん飲んでしまう結果に。
助かったんだから好意は素直に受け取っておきましょうか。
岸にあがった阿良々木さんとわたしはお互いの姿を見て顔を見合わせます。
ずぶ濡れだけでなく日が完全に落ち、その上、迷子。
そういえばわたしたちは山にハイキングに来たのでした。
なんともご都合主義ですが、阿良々木さんから視線を逸らすと、現在は使ってなさそうなログハウスがあります。
阿良々木さんとの話し合いとはとてもいえないような軽口の結果、今夜はそこに泊まることに。
そしてめくるめく長い夜が始まったのでした。
終わり。