――蟹を食べに行きましょう――
「阿良々木君は、あの約束の事、覚えているのかしら?」
下校途中、ふいに戦場ヶ原がそう言った。
「ん、何のことだ?」
「北海道に蟹を食べにいきましょう、と約束したでしょう? いくら脳味噌が絶望的に小さい阿良々木君でも
まだ二週間も経っていない事すら覚えていないなんて、若年性痴呆症なのかしらね」
「ちょっとまて、戦場ヶ原。あの時確かにお前はそう言ったが、僕は承諾はしてはいなかったはずだぞ」
「ふーん、では阿良々木君は私と一緒に蟹を食べにいくのが嫌だと言うのかしら。恋人と一緒に外食をするのが
嫌だと、そういうのかしら」
歩みを止め、くるりと反転し、僕の目の前に直立する戦場ヶ原。
こ、恐い……。
いつものように無表情だが、鬼気を感じる……。
「ま、まさか、嫌な訳ないだろ。あの時はまだそういう関係じゃなかったし、冗談だと思っていたし――」
「そう、じゃぁ、早速この週末食べに行きましょう」
僕の台詞が完全に終わるのを待たずに背を向け、歩みを再開させながらそう言った。
「だがな戦場ヶ原、わざわざ北海道まで行くことはないんじゃないのか? 旅費もバカにならないだろうし、
少しばかり移動すれば、旨い蟹の店なんていくらでもあるだろう」
「………………」
――スタスタスタ。
肩を並べて歩いていた戦場ヶ原の歩みが急に早くなった。
歩調を合わせ僕も足を速め追いつこうとする――更に歩調を速められたっ!
それに合わせようとするとまた速くなる。
「お、おい! どうしたんだよ、何か気に障ること言ったか?」
ピタリ。急に足を止めた――ああ、横断歩道の信号が赤なのか。
っと、戦場ヶ原が先ほどと同じように、踵を返し僕の眼を正面から見据える。
「蟹を食べに行く……というのはね、目的ではなく手段のほうなのよ。つまりね阿良々木君、私はあなたと、
外泊がしたいと言っている訳なのよ。鈍感で童貞で甲斐性なしの阿良々木君でもこの意味、分かるわよね?」
「あ、ああ、うん、そういうこと……か」
「ええ、そういうことなのよ。付き合い始めたばかりなのに、もう肉体関係を持ちたがる独占欲の強い発情女と
思ってもらって構わないわよ」
「戦場ヶ原、そりゃ僕だって興味あるよ、うん。すごくね。ただ何と言うか、準備が必要というか
まぁ……なんだ、そういう事の知識をだな――」
「阿良々木君、私は童貞のあなたにリードして貰おうとは思ってないのよ。全て私に任せておきなさい。
経験もない処女だけれど、知識だけは阿良々木君より100倍はあるつもりよ。それに、阿良々木君の望む趣向、
SM、露出、コスプレ、スカトロ、様々なプレイに順応する自信だってあるわ」
また僕の言葉を途中で遮って、とんでもない台詞を口にする。
「まて、まてまて、SMだとか露出だとか、僕にはそんな趣味があったのか!?」
「あら? ないというの?」
小首を傾げ、表情はそのままに、僅かに、ほんの僅か残念そうな口調で問われた。
「……興味はあります」
「そう、良かった。折角仕入れた知識が無駄になるところだったわ」
どこで仕入れたんだよ……。
「兎に角、そういう事だから、ね。週末、よろしくね」