二十年後  
 
玄関から騒がしい音が聞こえて来る。どうやら、土曜の半ドンを終えた息子が高校から帰って来たようだ。ちなみに弟は部活、娘の方は友達と遊んでから帰るそうだ。  
「ただいまー。あ、今日はアイツ連れて来た」  
「お邪魔します」  
息子は人見知りする方だが、友達はそこそこ、といった具合だ。よしよし、昔から「友達が出来たって人間強度が下がるわけじゃない」と教え続けた成果が出ているな。  
幼い頃から、僕の時間を潰してでも子供達と遊ばせた甲斐があった。  
階段を登る息子達にひたぎが声をかける。  
「あら、だったら後で部屋に行かないから」  
行かないのかよ!  
「そこは普通、『後でジュースとお菓子持って行くから』じゃないのか?」  
「勿体ないわ」  
「冗談だろ!?」  
「ええ、冗談よ。私じゃなくてヨミ君が持って行くのだから」  
「僕が!?…まあいいけどさ」  
「それも冗談よ」  
じゃあ一体何なんだ?するとひたぎは意味深に笑いながら言った。  
「年頃の男女二人の邪魔をしてはいけないと思って」  
「年頃の男女って…ただの幼馴染みだろ」  
「相変わらず鈍いわね」  
「…え、マジで?」  
「ちなみにあの子もこの事は知っているわ」  
 
あの子とは、うちに来ている子の親の事である。  
「もしかして知らなかったのって僕だけか?」  
「ええ、もちろん」  
呆れながらも、ひたぎは天井を指差しながら「いいから聞いてみなさい」と言った。  
 
普通なら盗聴器でも仕込んでいると考えるだろうが、僕らの場合は吸血鬼モドキの聴力でこの程度の壁越しの会話なら聞ける。  
「それにしても、君の所の両親は若いな」  
「まぁ確かに二人ともまだ40前だけどさ…。でも、お前の所も似たようなもんだろ」  
「いやいや、年齢がとか、そういう意味じゃない。暦さんもひたぎさんもまるで二十代前半だ。普通ならおじさん、おばさんと呼ぶべきだろうが、まるでお兄さんとお姉様だ」  
僕がお兄さん?なかなか嬉しい事を言ってくれる。しかしひたぎがお姉様って…  
「まあ確かに、家族で出かけた時に、兄弟と間違われた事もあるよ」  
息子よ、お姉様はスルーか。  
「彼女には時々お姉様って呼ばれるわ」  
「慣れていたのか」  
まあ確かに、ひたぎの容姿と言動はお姉様って感じではあるよな。僕と二人きりの時は変わるけど。  
 
「しかも、結婚して何十年の夫婦というよりまるで新婚、いや恋人のような仲の良さではないか」  
「お袋なんて未だに親父の事を恥ずかしいあだ名で呼ぶしな。  
それに、妹が中学に上がってからはよく二人で出かけたり旅行に行ったりしているよ」  
 
ここで、ひたぎが突然話かけてきた  
「ヨミ君、もうこう呼ばれるのは恥ずかしいかしら?」  
「確かに少し恥ずかしい。…でも、それ以上に嬉しいし、その呼び方が普通になっているだろ」  
僕はキメ顔で略  
「そう、じゃあこのままでいいわね」  
そう言ってひたぎはいい笑顔を見せた。  
 
「ほう。つまり君の弟か妹ができる可能性が高いわけだな」  
「人の親で何を考えているんだお前は!」  
「でも十分ありえるだろう?」  
「知りたくねぇよ!ただでさえ夜中に部屋の外に出たら変な声が聞こえてきたりしていろいろ気まずいんだから!」  
「どんな声だ!?」  
「食い付くな!」  
 
聞かれていたー!?  
「あら、聞かれていたのね」  
ガハラさん、もといひたぎさん、なぜ平然としているのでしょうか。  
「なんで気付かなかったんだ…」  
今現在も二階の息子達の会話が聴けるくらいに聴力は高いはずなのに…  
 
「お互いに夢中だったからじゃろ」  
「なるほど」  
そう言われてすぐに納得した。というか忍、起きていたのか  
「客観って大事ね」  
「というより、あれだけ夢中でまぐわっておれば周りの事もわからんわ」  
今度防音装置でもつけるかな。ちなみに回数を減らすという選択肢は最初から無い。  
 
一階の冷静な僕達三人とは対称的に、二階の二人はエキサイトしている。  
「最後までバッチリ聞いたんだろう!?」  
「トイレのために出ただけで、さっさとに部屋に戻ったよ!」  
「トイレで一発ぬ痛ぁ!」  
「しねーよ!ていうか阻止するためにひっ叩いたのに結局言わせちゃった!」  
「私は誰にも止められない!特にエロ関係は!」  
「じゃあ自主的に止まってくれ…」  
「ふむ、考えておこう。考えるだけだが」  
「実行はしないのな」  
 
「…」  
唐突に沈黙した。まさか盗み聴きがバレたか?そう思い始めたが、すぐに沈黙は破られた。  
「なあ」  
「ん?」  
「私達もああいうふうになれるかな?」  
「なれる、というよりなるんじゃないかな、なんせお前の相手はあの二人の息子なんだぜ?」  
「あははっ、たしかにな」  
 
「なん…だと…」  
思わず、かの迷台詞が口をついて出る。  
「全然終わる気配が無いけれど、いつまで続くのかしらね、あれ」  
「結局藍染は奈落化したの。キャラや立ち位置的な意味で」  
「ひょっとしたら作者が死ぬまで続くんじゃないか…じゃなくて!  
なあひたぎ、いつから気づいていたんだ?」  
「告白の瞬間からよ」  
「そこからかよ!」  
「ええ、街角で偶然見かけてね」  
「うわ、あいつらも運が悪いな」  
「まるで私達の時みたいだったわ。夕焼けが綺麗だった事といい、告白が女からだった事といい、空き地の傍だった事といい。  
…懐かしいわね、阿良々木君」  
久々にその名前で呼ばれた。そうだ、あの日にひたぎが僕に告白したから今の僕達があるんだ。あの日は、階段の上から降ってきた彼女を受け止めた時に次ぐ、僕達にとって重要なポイントだ。  
「そうだ、戦場ヶ原」「はい?」  
あの日の彼女からの言葉を、今度は僕から彼女に言う。  
「I love you.」  
 
「…ふふっ。あ、結局流行らなかったわね。阿良々木君、蕩れ」  
少女の目の前にもかかわらず、高校生時代の思い出に浸りながらイチャつく40手前の夫婦がいた。というか僕達だった。まあ、こんなのも悪くない。そもそも目の前のコイツは幼いのは見た目だけで実年齢500歳以上だし。  
あの日といえば、ここ数日八九寺に会っていないな。明日あたりに会いに行こうか。などと考えていたら、唐突にひたぎが話を元に戻した  
「ちなみに初体験の日までばっちり知っているわよ」  
「ほんとに運が悪いなあいつら!」  
「付き合い始めて1ヶ月後の夏休み中に、あの子の部屋で。気を利かせて二人にしてあげようと思って買い物に出たのだけれど、広告の割引券を忘れてしまって。  
途中で気付いて引き返したら、二階から…ね」  
「へえ、あいつもなかなかやるな。僕達とは大違いだ」  
「主は鈍いだけで、実はモテモテだったがの。その気になればすぐだったのではないか?」  
「モテてた、っていうのは言われて初めて気付いたんだよ。そもそも僕はひたぎ一筋だったしな。だから、ひたぎのトラウマが解消されるまで待ち続けるつもりだったし」  
 
ここで会話を切り上げ、再び二階の二人の話を盗み聴く。  
 
「あの…さ。いつもは流れでお互いの家に遊びに来たり行ったりしているけど」  
「基本的に君の家だけどな。なんせ忍ちゃんと遊べるからな!」  
「お前ほんとに忍が好きだな」  
「だって、かわいいではないか!」  
「つくづくお前って母親似だと思うよ…話を戻すぞ、今日わざわざ呼んだのには理由があるんだ」  
「おお!ついにか!」  
「そう、ついにだ!お前を彼女として両親に紹介する!明日はお前の所に挨拶に行く」  
「ようやく恥ずかしさとやらをふっ切ったのだな!」  
「あ…ああ、そう、覚悟した!」  
恐らくキメ顔で言ったな、これは  
 
「というわけで善は急げ!早速降りるぞ!」  
お、今すぐ来るのか。ここは親として、さっきまでの会話なんて知らないふりをしておいてやろうじゃないか。  
「ついでに美容についても聞いてみよう!」  
「ああ、それは俺も知りたくなった」  
 
…まて、それは言えない!「僕の吸血鬼モドキの能力です、ひたぎについては僕の体液を取り入れたからです」なんて言えない!  
「な、なあひたぎ、忍、どう説明すればいいと思う!?」  
「簡単よ。ありのまま、『僕の吸血鬼モドキの能力です、ひたぎについては僕の体液を取り入れたからです、具体的に言うと精液を』って言えばいいのよ」  
「僕のモノローグに+αで余計悪くなった!」  
「主よ、嘘をつくのは教育上良くないぞ」  
「これは嘘をついてでも隠し通した方が教育に良いよ!」  
って、もう足音がリビングの前だし!ああ、ドアノブが…こいつ…動くぞ!  
「あの…二人とも、話があるんだけど…」  
「儂は?」  
「うん、忍さんも」  
「うむ」  
おい忍、僕のための時間稼ぎじゃなくて自分が面子に入っているかの確認かよ!満足そうに頷くなよ!  
「あら、何かしらね突然改まって」  
「あのさ、」  
 
僕の頭の中に、息子の報告は殆ど入っておらず、美容についての質問をいかにして誤魔化すかでフル回転していた。  
 

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