戦場ヶ原ひたぎの家を僕が最初に訪れたのは、
ゴールデンウィークが明けたばかり、僕に言わせれば悪夢から覚めたばかりの事だった。
思えば戦場ヶ原とはっきりと会話をした初めての日でもある。
以降僕は何度も戦場ヶ原に勉強をみてもらうため、ここを訪れた。
そして今日、7月30日。
今、彼女はあの日と同じようにシャワーを浴びている。
もっとも今日は体を清めるというような意味合いは無く、
この季節の太陽の下、屋外で長い間会話をしていたせいでかいてしまった汗を流しているだけだが。
そんな小さな事だけでなく、あの日と今日ではかなり色々な変化が彼女と僕には、あった。
体重。戦場ヶ原ひたぎの抱えていた、大きな問題。
彼女の重さはもう取り戻す事が出来たけれど、彼女の家族は、母親はもう帰ってはこない。
昼間の詐欺師のことを思い出すと気分が悪くなるから、
詳しくは思い出さないけれど奴の言葉をかりるなら、もう終わった、過去の事なのだ。
そして僕。
当時としては考えられない事だったけれど、先にも述べたように僕はまじめに勉強をするようになった。
まあ戦場ヶ原の事に比べれば、比べるまでもないようなしょぼい変化だけれど。
それと、吸血鬼との和解。
和解と言うよりも立ち位置の変化。
僕は忍を許さないし、忍も僕を一生許さないだろう。
それでも会話一つしなかった以前の関係に比べると、
こういう言い方が適切なのかはわからないが、忍との関係もまた、前進したと思う。
今朝も万一に備えて血を吸ってもらった。
昨晩僕がいいように殴られっぱなしだったせいか、少し機嫌は悪かったが、
それでも僕の体を気遣ってくれていたようだ。
閑話休題。
そして、僕と戦場ヶ原。
あの日は、それこそ初めて口を利いたような関係だったけれど、今はもう違う。
恋人。
そう、僕たちは今や恋人同士なのだ。
羽川に注意されるまでも無く、未だプラトニックな関係ではあるが、それでも恋人同士なのだ。
そんな中、彼女の家で二人きり。
さらに昼間の戦場ヶ原の台詞。
そして今、彼女はシャワーを浴びている。
つまり僕が何を言っているかと言うと。
「思わせぶり過ぎんだよ!」
初デートの時といい戦場ヶ原の思わせぶりに期待させておいて結局それかよ。
という梯子の外し方は何だか少年ジャンプ的な安心感がある。
このあと戦場ヶ原はシャワーからあがって僕をどうするつもりなんだろうか?
――そういえば阿良々木君、羽川さんから素敵なものをもらったそうじゃない。
それじゃあ私からも何か……そうね、「私に眼球を好きな時に検査して貰えるチケット」とかどうかしら。
「いらねー!」
想像の中の戦場ヶ原につっこんでしまった。
使ったら死別しちゃう気がする。
「シャワー済ませたわよ」
グロテスクな映像を思い浮かべていた僕の耳に、普段と変わらない平坦な戦場ヶ原の声が聞こえた。
もちろん服、というかパジャマを着ている。
まあ浴室に入る前に服を持っているのをちゃんと確認していたわけだが。
しかしだからといって、息をするたびに僕を動揺させる彼女の事。
いつだって油断は禁物なのだ。
「阿良々木君もシャワー浴びてらっしゃいな」
「ああ、それじゃあお言葉に甘えて汗を流させてもらうよ」
「湯と書いてある赤いほうの取っ手を回せばお湯が出るわ。
熱かったらもう一つの方の取っ手を回せば温度が下がるから、って以前使ったことがあったわね」
「そういえばそうだったな、でもありがとう」
「それと阿良々木君」
「なんだ?」
「阿良々木君のために、身体を洗った時に使った水は全て浴槽の中に貯めてあるから
好きに飲んでもらって構わないけれど、
石鹸やシャンプーも少なからず混じってしまっているからあまり沢山飲んじゃ駄目よ」
「何から何まで最悪だなホントに! 沢山どころか少しもいらんわっ」
不意打ちだった。
久しぶりに彼女の純粋な気遣いに感謝したというのに、
こういうのも煮え湯を飲まされると言うのだろうか。
「それじゃあ、シャワーかりるぞ」
「ええ、その間に私も準備をしておくわ」
「何の準備だよ」
「そんなの決まっているじゃない」
「……」
だから思わせぶりすぎるんだよ。
ちなみに二人で帰りにファミレスによって夕食はすませているので、
久しぶりに彼女が手料理を振る舞ってくれるという線はまずない。
悶々としたまま僕は浴室へ向かう。
ここまできても、何か裏があるんじゃあ無いかと疑ってしまう僕はヘタレなのだろうか?
自問自答しながら、汗を吸ってベタベタと気持ち悪いTシャツを脱いだところで、
彼女の衣服が洗濯かごに入っているのを見つけた。
ブービートラップ!!
僕はもう騙されないぞ! 戦場ヶ原以外が触ると指紋照合ではねられて、
下着にしかけられた爆弾が爆発するんだろう?
もしくは僕がそれに手を伸ばした辺りで彼女が入ってきて
「あらあらあらあら阿良々木君失礼殺りました」とか言いながら僕を刺し殺すのかもしれない。
無造作に籠に入った服の下から、少しだけ覗いている下着に、僕はそれ程のキラリズムを感じていた。
なるべくそちらの方は見ないようにしながらズボンとトランクスを下ろし、Tシャツも含めて畳む。
その時、ガラリと洗面所の扉が開いた。
「は?」
僕が前を隠すことも出来ずに間抜け面で固まっているのを意に介さずに、
戦場ヶ原は洗濯かごに入った自らの服を手に取る。
「ちょっ……」
あまりの衝撃に未だまともな反応が出来ない僕を尻目に戦場ヶ原は、
「服を持って出るのをわすれたのよ」
と言ってのけた。
「ノックをしろノックを!!」
「嫌よ、そんな面倒くさい真似」
女性に全裸を始めて見られた、訳ではなかったが、
なんだろうこの、大切なものを奪われてしまったような気持ちは。
まだこれで戦場ヶ原が頬を赤らめるだの、そういう反応をしてくれれば、
こちらとしても救いがあるのだが、あの日同様澄ました顔で、堂々としたものだった。
「それと阿良々木君」
「な、なんだよ……」
僕の問いかけに答えず、戦場ヶ原は僕の股間の方をちらりとみやると。
「……ふ、何でもないわ」
「なんだよ! 言いたいことがあるなら言えよ!」
「嫌よ、そんなことをしたら阿良々木君が無駄に傷つく事になるわ」
「うわああああああああ!」
傷つけられた、無駄に。
そのまま何事もなかったかのように戦場ヶ原が居間に戻るのを、僕は床に崩れ落ちたまま見送った。
浴室に入ると、浴槽の中に3分の1ほどお湯が溜まっていて、そこに一本の長い髪の毛が浮いていたが、
僕は全く全然毛ほどもそれを気にすることなく、シャワーを使って汗を流し始めた。
身体を洗いながら、今朝のことを少し回想する。
朝は何時もどおり妹たちに起こされた、という訳では無く忍に起こしてもらったのだ。
目を覚ました僕の上に忍が馬乗りになっていた。、
「今日はお前様のわがままを聞くつもりは無いぞ、血を吸わせてもらう」
なんて忍は物騒な事言い終わるや否や、僕のパジャマに手をかけた。
「待て待て、いきなりどうしたんだ忍」
起きたばかりで完全には働いていない脳味噌には少々ハードな展開である。
「今日はあの貝木とかいう男の所に行くんじゃろう?
備え過ぎるという事は無いはずじゃ」
「それはそうだけれど……」
あの男に情けをかけるつもりはないけれど。
「かっ、甘いのう主様は。
昨日お前様を還付無きまでにボコボコにしてくれたあれも人間、
ましてやお前様の妹ではないか。
さらに言えばこれから会いに行く人間は、そのお前様の妹を一度退けておるのじゃぞ?
昨日あれだけボコボコにされていた前様が、
そのままの状態で挑んで勝てると踏む方がおかしいじゃろうて」
忍の言うことは、正しい。
正直全く反論が浮かばない、けれども僕は。
「人間に未練があるなら儂を殺せばいい、殺すしか無いと、昨日風呂場で申したではないか」
僕の葛藤を遮るような強い口調の忍。
「……わかってる、そんな事はしない」
「本当に甘いのう主様は」
「なんとでも言え、ほら脱いだぞ」
僕は上半身をはだけると、いつものように忍を抱き上げた。
「そうそう、素直に儂の言うことを聞いていればいいのじゃ」
そこでふと、疑問に思う。
「そういえば忍、お前は他人を操り人形のように、思い通りに操ったりはできないのか?」
「? ……ああ、色ボケ猫が以前そんな事を言っておったな。
まあ結論から言うと今の儂でもそれくらい出来ない事はない、
お前様相手は無理じゃがな」
今まさに噛み付こうとしていたところで声をかけたので、
必然忍の顔は首筋の辺りにある。
そこで喋られると正直こそばゆい。
「どうして僕相手は無理なんだ?」
「もどきとはいえお前様も吸血鬼じゃ、
蜂が自分自信の毒にあてられて死んだところを、お前様は見たことがあるか?」
成る程、同族同士耐性のようなものがあるのか。
「逆に言うと、血を吸われてパワーアップしてさえいれば、
お前様にも似たような事が出来なくはないんじゃぞ?」
「え、そうなのか? たしかブラック羽川が僕みたいな半端者にはそんなこと出来ないって」
「まあ通常時のお前様には無理じゃろうな、
パワーアップしても完全には程遠いような効果しか出んじゃろう」
そこで一旦言葉を切る忍。
そしてぺロリと意味も無く僕の首を舐めた。
「そもそもあの力は一旦相手の意識を奪い、抵抗する意思を奪った上で暗示をかける。
いわば催眠術のようなものじゃ。
それをたとえパワーアップしたお前様がやっても、意識を失わせるなんて無理じゃろうな」
そこまで言い終えて、今度はそのまま首に唇を押し付け強く吸われる。
アレ? なんだこれ。
「んっ……そうじゃのう、お前様だと出来たとしても気を失わせるどころか、
精々少し酒に酔ったかな? 程度に意識を揺らがせるぐらいかの。
それも相手の血を吸うくらいの事をせんと、出来んじゃろう。
まあそれでも、一旦その状況まで持ち込めれば暫く……、
そうじゃのう、10分くらいなら相手をお前様の暗示にかかり易い状態に出来ると思うがの」
喋ると同時に耳に息がかかるような距離で説明を受ける。
一体全体忍はどういうつもりなんだろう?
僕は決してロリコンでは無いから、
こんな小さな子供の姿をした忍相手に、まさか変な気持ちになったりはしないけれど。
「それじゃあ殆ど意味がないな、ん……でも忍、
血を吸うってのは直接で無くても相手の血を飲めばいいのか?」
それなら、刃物か何かで傷を負わせ、その血を舐めれば出来ないことは無いかもしれない。
戦闘時において多少のアドバンテージにはなるのか?
「ん? ああ、いやそれは無理じゃ。
相手の体内にも、少しは自分の体液を入れてやらんとならん。
つまり相手の血を直接操るようなものじゃ」
そこまでやって、何とか効果が出るといった所じゃな。
と忍は僕の耳の中に舌を這わせながら続ける。
「成る程ね」
口だけで無く、さっきから僕の膝の上でせわしなく忍が身体をゆすっている。
そのせいで僕の体の色々な所が、忍の体とこすれて摩擦を生んでいた。
特に僕の体の一部が、衣服越しに忍のでん部にやたら強く擦れている。
しかしこれは僕がロリコンだからではなく、朝起きたばかりだからだという事を、
ここできちんと明言しておく。
「まあつまりお前様がこの力を戦闘に使おうというのはただの愚考という事じゃ。
相手に噛みついて血を吸うくらいなら、単純に殺してしまえばいい」
別に、殺すつもりは無いけれど。
「難しい事は考えず、普通に戦えって事か。
まあそもそも、戦闘になると決まった訳じゃあ無いんだけどな」
「それでも、覚悟と準備は怠る出ないぞ、お前様」
「判ってるよ、忍」
では、と忍は一言断り、僕の傷跡に歯を立てた。
あれ、ちょっと待ってくれ、何度もこうして血を吸われてきたけど、
ちょっと何時もと違うっていうか……。
「ふぅっ」
1分くらいで忍は口を離した。
同時にさっきまでのせわしない体の動きも止まる。
「やっぱり興奮している時の方が血は美味いのう」
「は?」
「いやなに、せっかく和解したわけじゃからの、
お前様に対してもこういう事をしてもよいじゃろうと思っての」
「さっきからやたらエロい事をしてると思ったら!」
「良いでわないか、儂は美味しい血が飲める。
お前様は美味しい思いができる。どちらも損をしないギブアンドテイクじゃ」
「僕は美味しい思いなどしていない!」
「おや? 今エロい事と言ったから、てっきりお前様は儂に欲情しているものかと思ったが、
思い違いだったか?」
「もちろんだ、僕はロリコンじゃあ無い。
ただ忍がどうしても美味しい血が飲みたいというのなら、
これから血をあげる時は今日みたいにすることもやぶさかではないけど」
「かっ、素直でないのう」
我ながらキモいツンデレだった。
ともあれ、和解したばかりの忍と僕だが、順調に仲良くなっていった。
そうして僕は今朝忍に血を吸ってもらった。
貝木と、実際に戦闘になったときの為に。
結局杞憂に終わったわけだけれど、
備えあれば憂い無し。あの時はあれがベストな判断だったといえるだろう。
回想終了。
一応、何のデメリットも発生しない訳だし、それこそ備えあれば憂い無しということで、
僕は何時もの二倍くらいの時間をかけて身体を洗った。
ちなみにTシャツの代わりに戦場ヶ原のYシャツを借りたわけだが、
幸いというか何というか、サイズはピッタリだった。
着替えを終えて居間に戻ると布団が一枚だけしかれていて、その上に戦場ヶ原が正座している。
「えと……どうしたんだ、ガハラさん?
ああ、もう眠るのか、今日は色々あって大変だったからなあ、疲れも貯まってるんだろう」
「今日は」
戦場ヶ原は僕の言葉を遮るようにはっきりとした口調で切り出した。
「今日は阿良々木君の愛を確かめようと思います」
僕の腰の引けた発言を無視して随分と高圧的な戦場ヶ原。
「普通なら、愛を確かめ合うところだけれど、
私がどれ程阿良々木君を愛しているかは今更確かめるまでもない事だし」
「……そうなのか?」
「あら、まさか疑うというの?」
「いや、まあそうだな」
こいつの情の深さは、今更確かめる事もない。
それが愛情と完全にイコールかはまあ別の話。
「でもガハラさん、一体僕は何をすればいいんだ?」
「はあ……まさか阿良々木君がここまでヘタレだったとは思わなかったわ。
この状況を見て、まだわからないというの?」
まさか、本当にそうなのか?
しかし戦場ヶ原は、既に過去の経験を克服したのだろうか?
初めてのデートの時僕に言った彼女の言葉は、紛れも無くそういう事に対してのけん制だった。
それが今日貝木との過去を清算したばかり。
そんなに簡単に、割り切れるものなのだろうか?
「それに関しては心配無用よ阿良々木君。私としては昨日、阿良々木君から貝木の話を聞く前に、
こういう事をしようと思っていたくらいだったのだから」
「うん? 最近何か他にきっかけになるような事があったのか?」
「いえ、ただ私たちが付き合い始めてから一昨日で、丁度75日たってしまったのを思い出したものだから、
このあたりで阿良々木君がその事実を忘れてしまわないように釘を刺すのもありかな、なんてね」
「そうだったのか……、でもそんな噂じゃあ無いんだから、忘れたりなんかしないよ」
そう、噂なんかとは違う。
火燐ちゃんみたいに数日立てばもう元通り、無かったことになんて、ならない。
てゆうかよく数えてるな。
75日、10週間以上も経ったのか。
尤も、その間の事を考えれば、まだ10週間しか経っていないのか、とも言えるけれど。
「良かったわね阿良々木君、10週で討ちきられなくて、
私の寛容さに感謝しなさい」
「お前は僕の編集長なのか……?」
討ちきられるって、確かにお前には何度か討ち取られそうになったけれど。
昨日とか。
「だから観念しなさい阿良々木君、今夜は寝かさないわよ」
そこでふと昨日の戦場ヶ原の台詞を思い出す。
「今夜――眠れるとは限らないのだから」
まさか戦場ヶ原の昨日の台詞が、こんな意味を持とうとは、
そんな伏線、ありえないだろ。
「約束は守りなさい、今夜は私に、優しくしてくれるんでしょう?」
「そうは言ったけどさ、何も今日今すぐでなくてもいいんじゃないか?
こういっちゃ何だけど、早急すぎるというか。何だかガハラさん、焦ってるっていうか」
「そんなこと無いわ。
言ったでしょう、私はけじめをつけることにしたの。
今までのスーパー私劇場はは今日、貝木と決着をつけた事で幕を閉じたのよ。
もう無闇やたらに暴言や悪口を吐くようなことはしないわ
たとえそれがどんなに愚かな阿良々木君に対してであっても」
「せめて鍵括弧を一つ閉じるくらいまでは、幕を閉じたままにしておけよ!」
こういうところが、少年ジャンプ的安心感というか、拍子抜けというか
何にでも落ちが付きそうな気がする所以だろう。
「ごめんなさい、確かに一々阿良々木君の愚かさを指摘していたら、
それだけで夜が明けてしまって、まぐわうどころではないわね」
「まぐわうって……」
「これでも本当に申し訳ないと思っているのよ?
私としてもこんな事を一々口にしてしまうのは本意ではないの」
そうなのか?
その割にはとても生き生きと喋っていたような気がしたけど。
「殆ど無意識に口をついて出てしまうのよ、言葉が。
かといってそれを抑えるために赤字でバツを書いたマスクをしたり、
猿轡をしたりなんかしたらキスをすることが出来ないでしょう?」
普段なら、お前は赤字でバツを書いたマスクをすれば黙るのか?
なんて突っ込む所だけど、一応同意しておく。
「だから代替案を用意したわ、多少阿良々木君に負担をかけることになってしまうけれど」
そう言うと戦場ヶ原は両手で僕の頬を包み込み、そして顔を近づけてきた。
え? と口にするよりも早く口付けられ、すぐさま舌が口内に入り込んでくる。
ベロチューはこれが3回目だった。
まさかこのまま行為に及ぶというのだろうか。
確かにキスはできているし、戦場ヶ原は余計なことを喋れないし、
しかもロマンチックと言っていいような状態だが、
なんだかあまりにも綺麗すぎて違和感が。
本当に戦場ヶ原は、変わろうとしているのだろうか?
「んむっ……」
ふと僕の頬を押さえていた両手が、上がってきてこめかみの辺りを指が滑る。
そこで耳に指が入ってきてくすぐられる、と思ったら
「!?」
両耳の穴に、何かを入れられた。
何だこれは? 戦場ヶ原が何か口を動かしているが、
耳に入った何かのせいで何を言っているか判らない。
いや、耳に入れられて周りの音が聞こえなくなっているんだから、これは耳栓なんだろう。
しかし今の耳栓はこんなに高性能なのか。
戦場ヶ原が何を言っているのかさっぱりわからない。
て、阿良々木君に多少の負担をかけてるってこういう意味か。
確かにこれなら、キスやその他色々の行為に及ぶのに問題は無いのかもしれないけれど。
いいのかこれで?
僕はお前の声が聞こえないんだぞ?
――阿良々木君。
そう、戦場ヶ原の口が動いたように見えた。
多分、実際にそう言ったんだろう。
そしてそのまま再び口付けられる。
本当にこのまま行為に及ぶらしい。
まあ僕の名前を枕詞にすると、続く言葉が自動的に暴言になってしまう戦場ヶ原のこと、
こうするのがベターなのだと言われたら、否定することはできないけれど。
文句ばかりも言っていられない。
よけいな事を考えるのを止めて、全力を戦場ヶ原を愛することに傾ける。
一度唇を離して僕は「脱がせるよ」、と戦場ヶ原に言う。
彼女は頷いてそれに答えた。
僕が戦場ヶ原のパジャマのボタンに手をかけると、
同じように彼女も僕の服を脱がし始める。
しかし初めて床を共にするというのに、既に互いの裸を見たことがあるというのも変な話だった。
だからといって、緊張しない訳ではない、
というか今僕は戦場ヶ原のパジャマの前を半分程はだけたところだけれど、
この半脱ぎというのはどうしてこんなにエロいんだろう。
戦場ヶ原はパジャマの下にブラをしていなかったので、
その綺麗な形の双球が僕の目の前にさらされている。
まだ前を覆うボタンは二つとめられたままで、
丁度戦場ヶ原のへその辺りを隠したままになっていた。
僕の方は、先ほど戦場ヶ原に借りたYシャツをもう完全に脱がされてしまっていたが、
あえてそのままの状態で戦場ヶ原に抱きついた。
服を脱がせるために膝建ちになっていた彼女の、胸の片方を鷲づかむと、
倒れ込むようにして顔を近づけ、もう片方の胸の先端を口に含む。
体格の事も相まって、僕が一方的に戦場ヶ原に甘えているような絵になってしまっているが、
ここには僕たち二人しかいない上に、戦場ヶ原の暴言は今や僕には届かないのであった。
あれ、もしかして今の僕って無敵じゃないか?
スーパー暦だ、なんだかスーパーマーケットみたいな語感になってしまった。
あまりにがっついてしまったと思ったので、口はそのまま戦場ヶ原の顔を伺う。
すると彼女も少し顔を赤らめ、僕の方を見つめていた為丁度目があった。
彼女はそのまま微笑むと、今度は僕が戦場ヶ原に押し倒され、再び口づけられる。
床を背にしているせいか、さっきより深く舌が入り込んで来た。
身体を密着させてキスをするだけで、こんなにも気持ちがいいなんて思わなかった。
自身童貞ではあるけれど、男性に対して恐怖を抱いているであろう戦場ヶ原の為に
なるべく優しく紳士的になろうと思っていたが、我慢できそうに無い。
戦場ヶ原の半脱ぎになったパジャマとわき腹の間から腕を背中に通して、もっと強く抱きしめる。
すると戦場ヶ原もさっきより強く僕の舌を吸ってきた。
服の中に入れた手を、そのまま下に滑らせて下着とお尻の間に差し込む。
ピクんっ、と戦場ヶ原の身体が跳ねたが、特に抵抗される気配はない。
何度もしつこいかもしれないけれど、半脱ぎは本当にエロいと思う。
服を着たままこういう事をしてると、なんだか痴漢しているみたいだ。
そのままお尻の肉をこね続ける。
今も抱き合いキスをしているので、他に触れる所があんまり無いのだ。
ふと僕の指がお尻の割れ目の辺りをかすると、流石に戦場ヶ原が身体を離した。
その隙に僕はひたぎの下着の中に差し入れ、お尻を触っていた右手を前の方に滑らせる。
すると指の先に、かすかに湿った産毛が触れた。
頭の中が真っ白になりかける。
僕は少し乱暴とも思える手つきで、戦場ヶ原の割れ目をなぞった。
目の前の戦場ヶ原の眉が切なそうに歪む。
僅かに開いた口元がどうしようも無いほど官能的だった。
とゆうかどうして僕は耳栓をすることを受諾してしまったんだ。
もしかしたら今戦場ヶ原は、普段からは想像が出来ないくらいの甘い声を出しているかもしれないのに……!
――阿良々木君。
再び戦場ヶ原の口がそう動く。
聞こえるはずはないんだけれど、もう数え切れないほどに呼ばれたことがあるからか、
実際に戦場ヶ原の声が聞こえた気がして、それがなんとなく嬉しかった。
――ちゃんと脱がせて。
今度はちょっと自信が無かったけれど、
同時に戦場ヶ原が僕のズボンのベルトに手をかけたから多分正解。
ちょっと惜しい気もしたけれど、僕は残ったパジャマのボタンを外し、
次に彼女のズボンと下着を同時にずり下ろした。
何とかそれらを膝の辺りまでは下ろす事が出来たけれど、
そこから先はどうしてもこの体勢では届かない。
戦場ヶ原もそれは同じなようで、残りは結局お互い自分で脱ぐ事になった。
お互い、生まれたままの姿になると、いよいよだなという気分になる。
四つんばいで僕の上に跨っている彼女を抱きしめ、体を横に一回点。
彼女を組み伏す形になる。
――来なさい、阿良々木君。
戦場ヶ原の手が遠慮なく僕のソレを掴んで、彼女自身の中心に導く。
「うん、戦場ヶ原」
僕は頷くと、そのまま戦場ヶ原の中に入った。
「っ!」
息を呑んだのは二人同時だった。
おそらく戦場ヶ原は痛みのせいで、僕は快感のせいで思わず息が止まりそうになる。
戦場ヶ原の顔が苦痛を訴えた。
僕は動きそうになる腰を必死で止めて、彼女に優しくキスをする。
そうしていると、ぎゅう、と戦場ヶ原が僕を抱く腕に力を込めた。
そのまま深く口付けられる。
しばらく、必死に欲望を抑えながらその口付けを受け続けた。
ゆっくりと、顔が離れる。
――阿良々木君、もう大丈夫よ。
「無理すんなよ? 戦場ヶ原」
――ええ、分かってるわ。
「それじゃあ、動くぞ」
――阿良々木君。
「ん?」
――愛してるわ。
「僕も、愛してる。戦場ヶ原」
戦場ヶ原の中は信じられないほど熱く、気持ちがよ過ぎて、
結局僕は動き始めてから直ぐに射精してしまった。
しばらく抱き合ったまま互いの呼吸が落ち着くのを待って、
僕は自身を引き抜いた。
「うわ」
すると戦場ヶ原の中から、僕の吐き出した精液と、
彼女の血が混じった液体がこぼれだす。
思っていたよりその血液の量は多かったけれど、
それに対して嫌悪感のようなものは全くわかなかった。
それどころか寧ろその光景を見て、僕は出したばかりだというのに無性に興奮している。
さっきは僕ばかり気持ちよかったわけだし、戦場ヶ原にも気持ちよくなってもらいたい。
気がつけば僕は顔を埋めて、じゅるると、戦場ヶ原のそこを舐めていた。
すかさず戦場ヶ原の手が僕の頭を押さえにくる。
「戦場ヶ原も気持ちよくなって」
言って僕が舌を中に差し込むとビクンと身体が跳ねて、抵抗がやんだ。
きっと何かを叫んでいるのだろうけど、僕には何も聞こえない。
ちょっと無理やりっぽくないか?
と頭の片隅で思いながらも、何かに突き動かされるように僕は一心不乱にそこを舐める。
怪我をした事に代わりはないので、
戦場ヶ原のそこからはまだ出血が続いている様だった。
その傷口をいたわるように、執拗に舐め続ける。
血の味は全然不快では無く、むしろ美味しく感じる程だった。
一定間隔でビクンビクンと戦場ヶ原の身体が震えている。
それにともない血とは別の液体の量が増えてきた気がした。
いつまででもそうしていたかったが、流石に息が苦しくなってきたので顔を上げると、
いつの間にか戦場ヶ原がすごい事になっている。
顔と言わず全身が桜色に染まり、その表情はもうドロンドロンに溶けきっていた。
こいつ、こんな顔をするのか!?
何時もの無表情キャラはなりを潜めて、今はまるでお酒にでも酔ったような、
体内に何か危ない薬でも投与されたような豹変ぶりだった。
そんな表情を見せられたらたまらない、僕は再び戦場ヶ原を組伏せると再び挿入した。
先ほどとはうってかわって、そこは何の抵抗もなく、
むしろ僕のモノを飲み込むように受け入れてくれた。
もうこの様子ならこれはもう必要ないだろう。
今さらだけど僕は耳栓を外した。
「あ、阿良々木君っ」
息も絶え絶えといった感じで僕の名前を呼ぶ戦場ヶ原。
「一回、ちょっと、止まって、お願いだからっ」
「どうして? こんなに気持ち良さそうなのに」
「良すぎるからっ、駄目、おかしくなるっ」
「大丈夫だよ戦場ヶ原。もっと気持ちよくなってくれ」
僕がそういうと同時に戦場ヶ原は僕の下でビクビクンっ、と身体を痙攣させた。
もしかしてイったのか?
いや、もしかしたらさっきからずっと気をやっているのかもしれない。
それ程に戦場ヶ原の反応は良かった。
僕は嬉しくなって、自分が快感を得ることよりも、
とにかく戦場ヶ原が気持ちよくなれるように全力を傾けた。
「やああぁあっ、やめっ、駄目えっ!」
結局その後、もう一度僕が達するころには戦場ヶ原は気を失ってしまっていた。
翌朝、といっても太陽が昇りきっていない早朝。
いつの間にか眠ってしまっていた僕の横で、戦場ヶ原はまだ夢の中だった。
昨日はそのまま色々と後始末をせずに寝てしまった為、
かぴかぴになっていた自分と戦場ヶ原の体を拭いてやる。
と、途中で戦場ヶ原が目を覚ました。
「おはよう、戦場ヶ原」
何だか少し照れくさかったが、僕は彼女に笑いかけた。
しかし目を覚ますやいなや、彼女は体を拭いていた僕の手を払いのけると
シーツを手繰り寄せこちらに背を向けてしまう。
「え、ガハラさん?」
昨日何か粗相があったろうか?
いや、まあ多少最後のほう乱暴になってしまったけどそれはでも――
「ちょっと待って、ごめんなさい阿良々木君」
「……ガハラさん?」
その声は何だか怒っているという感じではなく。
「ちょっと待って、今はこっちに来ないで頂戴阿良々木君」
「もしかしてガハラさん照れてる?」
必死に両手で顔を隠そうとしている戦場ヶ原の、
指の隙間から除く肌は、茹蛸のように真っ赤だった。
「そんな訳無いじゃない。これくらいどうって事無いわ」
そう言いながらも顔を覆った手をどけようとはしない戦場ヶ原。
やばい、超萌える。
演技か? いやでも演技で赤面なんて出来るか普通。
僕は後ろを向いている戦場ヶ原の何もまとっていない肩に手を置いた、
すると次の瞬間彼女はブルルっ、と震えるとシーツを持ったまま部屋の隅まで逃げてしまう。
そのまま部屋の隅で、
「まさか阿良々木君があんなに……」
ぶつぶつと何かを呟き始めた。
なんだこの目の前の生き物は、本当に戦場ヶ原ひたぎか?
いつの間にか偽者と入れ替わったんじゃないだろうか?
しかし現実的に、そんなことはあり得ない。
目の前でまるで普通の少女のように照れてみせる彼女は、
紛れも無く戦場ヶ原ひたぎ本人だった。
結局それから戦場ヶ原はかたくなに僕の方を見ようとせず、
僕の方もそのあまりの可愛さに彼女をもう一度彼女を襲ってしまいそうだったので、
少し寂しいが家に帰ることにした。
妹達が起きる前に帰った方が少しは面倒も減るかな、という打算もあったわけだけれど。
ふと戦場ヶ原の家を出る際、
本当に鬼畜な奴じゃのうお前さんは。
と忍の声が聞こえたような気がした。
しかしそんな事を言われるような覚えも無かったので、きっと気のせいだったんだろう。
おしまい。