後悔。  
 この言葉ほど安直に率直に素直にアンニュイな言葉もないと思う。後で悔やむ。なんてわかりやすい後の祭りっぷりだろう。  
 もっとも、別にぼくは後悔という行為を批判しているのではない。過去の過ちから学べる事はそれこそ一生かけても究め切れない程に膨  
大であるし、どんなに大きなミスを犯そうと、「少なくとも後悔している間は正しい自分でいられる」という安心感が失敗に痛んだ精神を  
守る作用もある。  
 
 しかし今。  
 後ろから聞こえてくる艶っぽい声を聞きながら、ぼくは全身全霊をかけて後悔していた。  
 ……回想するのは少し前の会話。  
 
「ねえ……いっきー」  
「…………なんでしょうか」  
「おなか一杯になったのでお姉さんはえっちなことがしたくなりました」  
「ひとりでやっとれ」  
 
 
 彼女は本当に一人で始めてしまったのだ。  
 ………………。  
 えー………………。  
 一応の自己弁護を試みるが、あれは何も本気で言ったのではない。ただのツッコミだ。彼女がここに押しかけてきてから1週間、彼女は  
度々このような発言をしてきたし、ぼくはこんな感じでにべもなく断ってきた。  
 確かにその誘いは確かに魅力的ではある。年上の、決して美人でなくはない女性とのめくるめく2人きりの生活……そして彼女からのラ  
ブコール。この攻撃に耐えられる健康な男子はそうはいないだろう。ちなみにぼく、19歳。  
 しかし、今ぼくらが横になっているこのボロ部屋、そしてこんなボロ部屋で構成されているボロアパートを顧みると、とてもじゃないが  
そんな気は起こらない。ちょっと大きめの地震でもくれば3秒で全壊しそうな骨董建築物。そんなアンティーク感溢れるこのアパートは、  
当然というべきか必然というべきか、或いは愕然と言うべきか、部屋と部屋の壁が極めて薄い。加えて隣に住んでいるみいこさん(剣術家  
)の鋭さは半端ではないので、きっとそんな事をすれば一瞬で気付かれるだろう。想像するだに恐ろしい。  
「…………っ、……ん……」  
「………………」  
 そんなぼくの心中の荒れ模様を知る由もなく、彼女、春日井春日(かすがい はるひ)はひっそりと行為に浸っている。  
 ……いや、聡明な春日井さんの事だ、ぼくの心中なんて察するに余りある。全てに気付いていて、その上でこうしてぼくを追い込んで楽  
しんでやがるんだ。そうに違いない。なんて女だ、この  
「ああっ!…………はぁ……」  
「………………」  
 
 
 ところで、社会的地位というものについて考えてみる。  
 それを破壊し粉砕し圧殺するのは一瞬でできるけど、積み重ね蓄え育てるのは容易ではない。  
 これはいろんなことに通ずることだけど、しかしその他の数多に比べても、人の印象というのは本当に変えがたいものだ。  
 社会的価値というのは、すべからく人が社会に生きている以上絶対的な価値基準であり、だからこそ、人はそれに固執し執心し心酔する。  
「……ぁん……っ……」  
「………………」  
 これらを踏まえた上で、改めて自分に向き直る。  
 頑張れ!  
 頑張れ頑張れ!  
 
 かれこれ30分程が経過したが、春日井さんの行為は全く終わる気配がない。衰える気配もない。  
 ぼくは走馬灯のように巡る人生を他人事のように見つめながら、全力で背中から意識を逸らしつつ、かつ全力で意識を集中するという離  
れ業をやっていた。  
「ぁっ………………んっ……」  
 聞こえない聞こえない。  
「やぁ……そんな…………だめぇ……恥ずかしい……」  
 聞こえない聞こえない……。  
「……あぁっやめ…………そんないじわるしないでよぉ……」  
 聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえないっ!  
 ていうかどんな想像してるんだ春日井春日!この人そんなキャラじゃないだろ。  
 絶対わざとだ…………。ぼくは確信する。そう、これは攻撃だ。精神攻撃なのだ。  
 しかしそれは悲しいことに、そして見事なまでに効果抜群だった。今までにない強い感情がぼくの内に湧き上がってくる。  
 恐るべし春日井春日。1週間やそこらでぼくの好みを見抜くとは。  
 
 
 と、その時隣部屋から物音がした。  
 
 
 さすがの春日井さんも声を潜める。やがて表から聞こえるドアの閉まる音。  
 ……どうやらみいこさん、部屋を出て行ったらしい。どうしたんだろう。こんな時間に、バイトか何かだろうか……、…………。  
 一瞬、ぼくの脳裏を恐ろしい疑念が走ったんですが……。  
「いっきー…………」  
 不意にかかる背後からの声に、再び神経が背後へ集中する。ぼくは慌てて乱れた心を落ち着ける。  
 そう、落ち着くんだ。冷静になれ。流されるな。  
「ねえ…………」  
 近寄ってくる気配。衣擦れの音。春日井さんの熱が近づいてくるのを感じる。ぼくは動けない。  
 ぼくは身を固くして目を固く閉じた。  
「浅野さん出て行っちゃったね」  
 春日井さんはぼくの手前で止まったらしい。ぼくは残念なような安堵したような微妙な気持ちで春日井さんの言葉を聞く。  
 ……いや、これは安堵だ。残念なはずないじゃないかそうだぼくは春日井さんに欲情したりなんかしないんだ。  
「………………」  
 春日井さんの言葉が途切れる。気配でそこにいることはわかっているが、動く気配もない。どうしたんだろう。  
 と、春日井さんはそっとぼくに触れて言った。  
「…………お兄ちゃん」  
「お兄ちゃんじゃねえ! …………あ」  
 まんまと釣られるぼく。それはあまりに悲しすぎた。  
 
「引きこもりは全員妹萌えだと思ったんだけどダメだったかな?」  
 暗闇の中で春日井さんはぬけぬけと言いやがった。  
「そんな筈ないじゃないですか! いいですか、妹っていうのは…………ってそんな話じゃないでしょう!」  
 興奮の余りぼく、ノリツッコミ。  
「居候の分際で勝手に一人で…………その、やめてくださいよそんなこと!」  
「いっきーは嫌だった?」  
「嫌に決まってるじゃないですか!」  
 必死なぼくの言葉に、しかし春日井さんは本当に普通っぽく言う。  
「それは嘘。 健全な成体の雄が1週間以上もこんな生活続けてて性欲が生まれない筈無いよ。 それともいっきー出先で色々やってたの  
? 一応それは考慮の外なんだけど。 でも私の中ではいっきーの人間性を考えた上でそんな事はないという結論が既に可決されてるんだ  
よね」  
 相変わらず読点のないすらすらとした話し方。  
 春日井春日、彼女は全くの意味で春日井春日だった。  
「……性欲がまったくないとは言いませんが、成人男性のことをはっきり成体の雄と呼ぶあなたに欲情なんてできません」  
「ふうん……まあその辺は生物学者としての性みたいなものなんだけどね。 でも私も一応女なんだよ? ほら、胸も膨らんでるし」  
 そう言って自分の胸を揉んで見せる春日井さん。似合わないピンクのファンシーなパジャマの胸元は開いていて、ピンクの下着が覗いて  
いる。ぼくは慌てて目をそらした。  
 
「だっ…………とにかく、お願いしますから大人しく寝てください!」  
「なんで? 欲情している雄と…………男と女が一緒にいるんだよ? これでやらない方が変だよ」  
「それじゃ獣と一緒じゃないですか! 人間はそんな四則演算で動くような生き物じゃないんです!」  
 思わず声を荒げるぼく。しかし春日井さんは全く動じない。ああもう、こういう時この人は本当にやりにくい。  
「でも」  
「でもじゃありません」  
 尚も何か言おうとする春日井さんを、機先を制してぼくは押し留めた。  
 春日井さんはきょとんとしてぼくを見つめる。  
「……しかし」  
「しかしでもダメです」  
「ところが」  
「意味が違います」  
「されど」  
「いつの時代ですか」  
「なれど」  
「変わりませんってば!」  
 ぼくもいい加減突っ込み疲れてきたのだが、しかし春日井春日は止まらない。  
「いっきー……」  
「なんですか」  
「………………プロ?」  
「なんのですか!」  
「その調子で私にも熱い肉棒を突っ込んでよ」  
「上手い事言ってますけど下品すぎます!」  
「いつでもいいよ。私はずっと待ってるから」  
「純情そうに言ってみてもやってる事は結局下品です!」  
 突っ込みながら、改めて思う。  
 やばい。やっぱりこの人、面白過ぎる。  
 
 しかしそうこうしつつも、ぼくの意識はやはりちらちらのぞく胸元が気になってしまうのだった。  
 一息ついて、ぼくに改めて向き直る春日井さん。  
「いっきーは強情だよね。 なんでそんなにエッチを嫌がるのかな?」  
「……別に春日井さんには関係ないじゃないですか」  
「あるよ。 いっきーがしてくれないと私が欲求不満になるもの」  
「………………」  
 研究所の時から思ってたけど、春日井さん、中々性欲の旺盛な人らしかった。  
「実は私もかれこれ2週間程は性生活が滞っています」  
「そんなカミングアウトはいりません」  
「ちなみに2週間前は街でおじさんに声かけられてやったの。そしたら10万円ももらいました」  
「黙っとけよそこは!」  
「でもおじさんじゃちょっと不満……お金はもらえないけどやっぱり若い子がいい」  
 そう言って照れたように視線を伏せる春日井さん。しかし表情は何も変わらないので凄い違和感だけが残る。  
 ていうか春日井さん、ここに来るまでどうやって生活してたのかと思ったらそんな事してたのか。凄い生活力。  
「ところでいっきーに一つ質問があります」  
「……なんですか」  
「さっきから布団に隠れて見えない股間はどうなっているのですか?」  
「おやすみなさい」  
 
 そう言って頭から布団を被……った途端に上に何か乗っかったような重圧がかかった。  
「なんで隠すの? 勃ってるんでしょ?」  
「そんなストレートに言わないで下さい!」  
「テントになってるんでしょ?」  
「遠回しに言わないで下さい!」  
「私実は舌には自信あったり」  
「聞いてませんし知りませんし興味もありません!」  
 と、そこで布団の横から手が侵入してきた。  
「なっ……春日井さんやめてください!」  
「え? なんのこと? 私は何もしてないよ?」  
 言いながらも春日井さんはぼくの腰を探りあて、そのまま手を伸ばしてくる。その先にあるものは。  
「ちょ、ほんとにやめて下さいってばっ!」  
「私知らない何も知らない。 お化けでも出たんじゃないの?」  
 あくまでしらを切る春日井さん、しかしそんな相手をしている間もなく、ぼくは必死で春日井さんの手を押さえつける。さすがに力では  
ぼくの方が上で、少しずつ腕は布団の外へ押しやられていく。すると今度は逆側からも腕が侵入してきた。慌ててそっちを止めるべく手  
を伸ばすと、その隙をついてもう一方の手が一気に布団の中に潜りこむ。  
「………………」  
「………………」  
「………………」  
「………………」  
「………………」  
「…………やっぱり勃ってた」  
 
 物凄い敗北感。  
 ていうかそこまでやるか春日井春日。  
 いろんな意味で脱力したぼくを是と見たのか、春日井さんは一度体を離して布団をめくり、そしてぼくの隣に寝転んだ。その間もぼくの  
股間を離さない。  
「元気出しなよ」  
「……張本人が言わないで下さい」  
「もう諦めなよ」  
「………………」  
 もはや言葉も出ないぼく。そんなぼくの体に腕をまわしてくる春日井さん。  
「研究所の時も言ったけどもう一度訊くね。 襲うお詫びというのもなんだけど。 どんなプレイにも応えるよ。どんなのがいい?」  
 無表情でそんなことを言う春日井さんに、打ちひしがれているぼくは儚く呟いた。  
「……もう……好きにしてください」  
「じゃあ好きにするね」  
 そう言ってぼくに覆い被さってくる春日井さん。薄い唇の狭間からぺろりを赤い舌先を出し、じっとりと艶かしい眼でぼくを見る。その  
舌を見て、今日ちょっと指先をしゃぶられただけで感じた全身を突き抜けるような鮮烈な感覚を思い出した。股間に血が集まるのを感じ  
る。  
 
「……いっきーのビクビクしてるね」  
「わざわざ解説しないで下さい」  
 平静を装いながらも、正直ぼくは心臓が破裂しそうなほどどきどきしていた。  
 実はぼくはそういった行為に関しては、ほとんど皆無と言って差し支えない程の微々たる経験しかない。その点春日井さんは経験豊富な  
ようだが。  
 ともあれ。  
 1週間の同棲生活であてられたのだろうか、その時ぼくは春日井春日もさながらに、何もなく、どうでもよくなってしまっていたのだった。  
 
 春日井さんはぼくのものを指でこするように弄ぶ。他人に触れられる経験など初めてのぼくは、まだ服を脱いでもいないのに、その新鮮  
な感覚に息をのんだ。そして春日井さんは顔を近づけてきて、キスをされるのかと思ったら、そのままぼくの耳に喰らいついて、唾液をた  
っぷりとつけて舌を這わした。  
「…………っ」  
 指先とは比べ物にならないような鮮烈な感覚。思わず腰が浮いて体が反る。  
 その様子を春日井さんは無表情ながら満足気に見て、股間に伸ばした手をゆっくりと服の中にもぐりこませてゆく。  
 
 春日井さんの腕が蛇のようにぼくの体を這いまわる。そう言えば蛇というのは男根の象徴だと言うが……。まさかこの人、ついてたりし  
ないだろうな?などと取りとめも無く考えている。気付かないうちに、ぼくは溺れていたのだった。春日井春日に呑まれている。  
 いつの間にか衣服はほとんど脱がされていた。Tシャツは首まで捲し上げられて、ズボンは部屋の隅で力なくうずくまっている。  
「はあ……いっきー……」  
 うっとりした目と声でぼくを呼ぶ春日井さん。理知的で理性的ないつもとは違う、幻惑的で魅惑的な、妖しい目。ぼくは蛇に睨まれた蛙  
の如く固まって動けない。喉がからからに渇いているのに気付いて唾を飲みこもうとしたが、ただ空気を嚥下しただけだった。  
 少しずつ息を荒くしている春日井さんは、いよいよぼくの下着に手をかけた。膨張した中身に難儀しつつも、まるめて足首まで下げる。  
どうやら春日井さん、完全に脱がさないのがお好みのようだ。  
「いよいよ春日井さんの手がぼくの股間にのびる。ぼくは興奮を抑えきれずに我を失って押し倒して」  
「勝手なナレーションをしないで下さい」  
 思わず突っ込むぼく。こんな場面でも春日井さんはあくまで春日井スタイルを崩さないようだった。緊張していた体中の筋肉が弛緩する  
。  
「だっていっきーガチガチだからさ。ちょっとほぐしてあげようと思って」  
「親切なんだかそうじゃないんだかはっきりして下さいよ……」  
「親切だよ。親切だからこんなこともしてあげちゃう」  
 言いながら春日井さんがぼくのモノに手を添える。思わずビクリと体をかたくするぼく。  
 
「他人に触られるのは初めてかな?」  
「…………」  
「あら。うふふ。いっきーが赤面する所を見られるなんて私は果報者だね。こんな事ならデジカメ買っておけば良かったよ」  
「…………」  
「いっきーのってかたいよね。それに太いし熱いね。やっぱりなんだかんだ言っても体は正直だよね。ねぇいっきー。聞いてる?返事して  
くれないと私寂しいよ」  
「…………」  
「あ。ほら見て。いっきーのコレ先っちょからなんか出てるよ?ほら。これは何?お漏らし?」  
「…………」  
「……ふふふふ。いっきーったら超かわいいよね」  
 今度は言葉責めだ。さすが経験豊富なだけはあり、その言葉の一つ一つが一々ぼくの琴線をつく。春日井さんの笑った瞳が(この人はこ  
んな時にしか笑わないのだろうか)ぼくを見つめ、羞恥心が掻き立てられる。ぼくは春日井さんの視線から逃れるように顔を背けた。  
 そのまましばらく時が過ぎる。春日井さんの行為は確実にぼくを昂ぶらせたが、意地でも射精だけはすまいと必死に耐えていた。明鏡止  
水、心頭滅却。懸命に意識を逸らす。  
 と、突然春日井さんが行為を止めた。  
「……ねえいっきー」  
「……なんですか」  
「私もちょっと濡れてきちゃった」  
「…………」  
「いっきーばっかり気持ち良くなってずるいと私は考えます」  
「…………」  
 
「私も気持ち良くなりたいです」  
「……自分ですればいいじゃないですか」  
「いいじゃん。お願いします。お願いだよいっきー。好きにしていいから。何してもいいよ。私ってばマルチさんだから」  
「いやです」  
「そこをなんとか」  
「駄目ですって」  
 ぼくの頑なな態度に、春日井さんの言葉が止まる。沈滞する沈黙。気まずい。気まずいというか恐い。  
 ……数刹那か、或いは数時間後か。  
 春日井さん、突然立ち上がって自分の布団へ戻って行ってしまった。  
 拍子抜けするようなあっけなさで。  
「…………」  
 そして、ただ一人残された怒張したぼく。  
 戻ってくる気配は、ない。  
 
 …………。  
 押して駄目なら引いてみろ、か。  
 なるほど。  
 なるほどなるほど。  
 春日井春日、なかなかどうして──。  
「なるほどなるほど……」  
 そうか。  
 そうくるか。  
 
 ………………。  
   
 わかったよ。  
 行けばいいんだろ、行けば!  
 
 
 この戯言遣いに自ら矜持を捨てさせようとは。  
 春日井春日。恐ろしい人だった。  
 
 
「春日井さん」  
「むにゃむにゃ……。もうおなかいっぱい。食べられないよ」  
「…………」  
 ベタすぎた。  
 ていうかあんたは目を開けて寝るのか。  
「……春日井さん、ベタすぎです」  
「…………これはこれはいっきー。何か御用でも?」  
 自分のボケを流すか。  
 なんでもありだなこの人。  
 …………いや、それはともかく。  
「春日井さん。すいません」  
「え?何が?いっきー何か私に悪いことしたっけ?」  
「いや、だから……その」  
「私ずっと寝てたのに」  
「…………」  
 この瞬間、ぼくは春日井春日に対して一つの何かを諦めるに至った。  
「……まあいいです。すいません」  
「だから何が?私覚えてないし何も知らない。じゃあおやすみ」  
「ちょっと待って下さい」  
 布団をかぶろうとする春日井さんから、少し強く布団を引き剥がす。  
「……えっち」  
「あなたがそれを言いますか」  
「何しに来たの?寝ないの?」  
 確信犯的な質問。これも一種の言葉責め。しかしぼくは既にゲームに負けているのだった。  
 
「…………寝ません」  
「どうして?夜は寝るものだよ。夜寝ないと朝起きられないじゃない」  
「……春日井さん」  
「…………」  
「…………」  
 少しずつ春日井さんとの距離が狭まっていく。玖渚にはない、女性の匂いが辺りに充満し、頭が真っ白になっていく。  
 
 そして、戯言遣いは、生まれて初めて異性を求めた。  
 
 
 春日井さんとキスを交わしながら、胸に手を伸ばす。女性の胸を触るのは初めて。多少緊張しているのか、手の平に汗がにじむ。  
 既に少しはだけられているピンクのパジャマのボタンを、一つ一つゆっくりと解いていく。  
「このパジャマって春日井さんに似合いませんよね」  
「失礼な」  
 やがて前面がはだけられる。パジャマとお揃いの、ピンクのブラジャー。ピンクが好きなのだろうか。そっと、薄い氷を扱うように手を  
伸ばす……と、春日井さんがぼくの首筋に舌を這わせた。  
「っ!」  
「いっきーは首とか耳が感じるみたいだね」  
「…………」  
 春日井さんの片手がぼくの背中に、もう片手は腰の辺りを撫でる。負けじと、ぼくもいよいよ春日井さんの体に手を伸ばす。  
 ふに……  
「…………」  
 柔らかい。  
 ぼくは多少の感動を覚えつつ、行為を続ける。  
 もみもみ  
 ふにふに  
「…………っ」  
 あれ。  
 もみもみもみ  
 ふにふにふに  
「…………んっ」  
 あれあれ。  
 春日井さんって、結構感じやすい方なのだろうか。  
 
初めての仕組みに難儀しつつも、なんとかブラジャーを外す。  
「…………」  
 うわあ。  
 意外と大きい。  
 春日井さんの表情を覗うと、無表情ながら頬が赤い。これもレアな表情だ。  
 いつの間にやら中断していた行為を再開する春日井さん。耳たぶをしゃぶり、舌を耳の穴に侵入させてくる。またも電流が走る。  
「…………っ」  
 確かにぼくは耳が弱いようだった。春日井さんの手が腰から再びぼくのモノへと伸ばされる。  
 しかし、春日井さんの息も大分荒くなっていることに気付く。ぼくは春日井さんに口付け、胸に手を伸ばした。  
「んっ……んむ……」  
 春日井さんの舌がぼくの口内を犯す。ぼくはそれに応えながら、胸の先端の突起を軽くつまんだ。  
「ふぁっ……ああっ……!」  
「…………」  
 今や形勢逆転、春日井さんはめちゃめちゃ感じていた。やっぱり感じやすい人だったらしい。  
 ぼくはここぞとばかりに体制を変え、春日井さんの胸を口で愛撫する。  
「あ……あっ……」  
 春日井さん。その声に最早いつもの面影はない。  
 そのままぼくは下へ。春日井さんのそこは、下着を通してパジャマにまで染みを作っていた。  
「い、っきー……」  
 ぼくはパジャマを脱がし、次いで下着を脱がせる。それだけの動作で、太股に手が触れたりするたびに、春日井さんは身をよじらせた。  
「ん、っ……」  
 そして足を開かせて、全てを取り払ったそこをしげしげと眺める。  
「春日井さん、びちょびちょですよ」  
「…………」  
「パンツにもあんなに大きな染み作って……春日井さんはえっちですね」  
「いいからさっさとやりなさい」  
「…………」  
 言葉責めは失敗だった。  
 
 偉そうな事を言っていても、少しそこをいじると春日井さんは大人しくなった。  
「あ……ああっ……んっ……!」  
「やっぱりえっちじゃないですか、そんな声出しちゃって」  
「やぁっ……」  
「ほーら、えっち。えっちー」  
 言いながら指を挿入する。  
「ふぁああっっ……!」  
 ……なんだか小学生のいじめみたいで悲しくなってきたので、ぼくは黙ってやることにした。  
 指を入れて出し入れすると、ちゅくちゅくと淫猥な音がする。春日井さんはシーツを握りしめて快感に耐えている。  
「ふあぁあっ!」  
 膣内でくいっと指を曲げると、春日井さん大きな声で反応する。  
 ……いや、まずい。  
「春日井さん、声、我慢して下さい」  
「そんな事っ……言って……出っ……出ちゃうもん……」  
 ぼくは指を引き抜き、「ひゃうっ」とか言ってる春日井さんに向かう。  
「それじゃ、一休みにぼくにも何かしてください」  
「うんいいよ」  
 
 軽く冗談半分で言ったつもりがあっさり引き受けられて、春日井さんは今ぼくの足の間へやってきた。  
「いっきー私の体で興奮したの?さっきより大きいし硬いし太くなってるよ」  
「…………」  
「うふふ。私も嬉しいからちょっとサービスしてあげるよ。初心でシャイなくせにエロいいっきーのためだもんね」  
「…………」  
「ほら、これがたまたまだよ。こんなところ人に触られるのも見られるのも恥ずかしいでしょ」  
「…………」  
 いや、さっきまであんなに喘いでたのになんでそんな急に偉そうなんだあんた。  
 承服し難い何かを無理矢理押し込めながら、ぼくは春日井さんに身を任せる。  
 
 春日井さんはぼくのモノに顔を寄せると、指で撫でながら、舌を出してチロチロと亀頭を舐める。既に透明な液体が漏れている鈴口をす  
すり、裏筋をつつ、と舐めあげる。同時に袋を手で揉む。  
「初めて舌でされる気持ちはどう?いっきー」  
 ちらりと上目遣いでぼくを見る。ぼくは歯を食いしばって返事をするどころではないので、かろうじて首肯で応える。  
「いっきーってホントにかわいいよね」  
「…………」  
「こんなにかわいい子初めて。志人くんもなかなかだったけど君はそれを上回るよ」  
「…………」  
 そして舌をぺろりと出してぼくを見て妖艶に微笑み、ぼくのモノを咥えこんだ。  
 ていうか志人くん……まあ聞かなかったことにしよう……。  
「んっ、……んむ……」  
 春日井さんは風俗ででも働いていたのでは、と思うほどに上手だった。  
 咥えられた途端に、最大級の快感が押し寄せてくる。こういうことは初めてのぼくでもわかる、彼女は完全にプロだった。  
「はむっ……ちゅ……」  
「春日井さん……ちょ、止め……」  
「んっ、んっ……んっ」  
「もうっ……出ますっ……!」  
 どくんっ!  
「んっ、んっ……んく……。ぷは」  
 口内で発射したそれはさんざん焦らされた為に中々の量だったが、春日井さんは至極当然のように飲み干した。  
「それじゃやろうか」  
「あ……、はい」  
 
 横になったぼくの上に春日井さんが乗った。  
「お姉さんが手ほどきしてあげる」  
 だそうだが、先ほどの様子を見ているととても春日井さんにそんな余裕があるとは思えなかった。  
 しかしまあ、せっかくの申し出なので。  
 
「それじゃ……、んっ……っ」  
 この体制だと結合部がモロに見えて、初めてみる生の挿入は、思っていた以上に官能的だった。  
「あ……ああっ……」  
 ずぶずぶとぼくのモノが春日井さんの中へ入っていく。春日井さんの中は温かかった。  
 ゆっくりと腰を落とし、奥まで到達したところで春日井さんは一息おいた。  
「あ……はぁ……」  
 春日井さんの肩が震えている。ぼくはなんとなく、腰を突き上げてみた。  
 ずぬっ  
「ふああぁあっ!!?」  
「ちょ、春日井さん声大きいっ……!」  
「い、今のはいっきーが悪い」  
「そんな人のせいにしちゃだめで……すっ!」  
「あぁあんっ!」  
 ちょっとホントに声が大きくてヤバい(と知りつつもやってしまうぼくもぼくだが)ので、体制を変えることにした。手ほどきは受けら  
れなかった。  
 春日井さんはよつんばいに、いわゆるバックというやつだ。  
「春日井さん、気持ちいいですか?」  
「ふむぅうっ、……んむぅぅっ」  
 シーツを噛んで必死に声を抑えている春日井さんは、日頃のギャップもあいまって、中々に扇情的だった。  
「手ほどき、してくれるんじゃなかったんですか?」  
「んんっ、んんんっ……」  
 どうやらいっぱいいっぱいのようだった。ぼくはそろそろ行為を終着すべく、動きを強く、早く繰り返す。  
「んっ! ふむっ……ふぁっ、ああっ」  
「春日井さん、そろそろっ……」  
「ああ、んむふぅっ、んふうぅぅうっ!」  
 どくん!  
 
次の日。  
大学があるので出かけなければならなかった。死ぬほど嫌だったが、恐る恐る家を出て、恐る恐る廊下を歩いていると、  
 
 ──がちゃり  
 
「おう、いの字。おはよう」  
「……おはようございます」  
「昨日は急用が入ってな、寝ているところを叩き起こされた。朝方ようやく解放されて帰ったんだが、ほとんど寝てなくて眠いよ」  
「そうですか。それは難儀でしたね」  
「ああ。まったくとんだ災難だったよ」  
 
あれ。意外と普通?  
ひょっとしてバレてなかったのかも?もうほとんど諦めかけていたぼくに、一筋の光明が舞い降りr  
 
「あ、そうそう。あまり他人の生活に干渉したくはないが、壁の薄いアパートでああいうことはあまりやらない方がいいと思う」  
「…………」  
「きっと一階まで丸聞こえだ。崩も萌も奈波もじいさんも怒ってるだろう」  
「…………」  
「特に姫は烈火の如く怒るだろうな」  
「…………」  
「それにあいつらはまだ子供だ。情操教育上の影響も考えろ」  
「…………」  
「まああれだ、身の安全のためにも、お前は早くここを出た方がいいぞ。それじゃ、行って来ます」  
「……行ってらっしゃい」  
 
そしてみいこさんは出かけて行った。今日の甚兵衛の文字は『諦念』だった。  
 
「…………。」  
 
そして一歩踏み出した時、  
 
ぞわりと、  
 
何かが巻きついたような感触。  
これは。  
過去に、一度経験が……  
 
「師匠。結局、信じる者は儲けるって事なんですね」  
「姫、ちゃん」  
 
 
背後から聞きなれた声が聞こえたかと思うと、体が、自分の意思とは無関係に後ろを向く。  
突っ込んだら、即殺される気がする。  
 
「藪から象にすいません、師匠。ちょっとお話がありまして」  
「…………」  
 
藪から象?  
……棒、だよな。  
 
「師匠、今までありがとうございました。お世話になりました。ホントに、お世話になりました」  
「…………」  
「最初はびっくりして、ちょっと、泣いちゃいましたけど……でももう大丈夫です。朝までになんとか心の整理はつきましたから」  
「…………」  
「いいんです。別に。姫ちゃん、知ってましたから。師匠が姫ちゃんの事別になんとも思ってないって」  
「……違うよ姫ちゃん」  
 
そう。違う。  
ぼくは、姫ちゃんの事を……  
 
「ぼくは……」  
「うるさいんですよ!」  
「…………」  
 
 姫ちゃんの怒声が老朽化したアパートに響き渡る。  
 ヤバい。  
 
「……何ハートが鉄砲喰らったような顔してるですか?」  
「…………」  
「わかって、ました。わかってましたけど、姫ちゃん、信じてました。おかしいですよね、相手は師匠なのに」  
 
 そしてふふっ、と笑う姫ちゃん。 タクトのように喰くいっと指を上げて。  
 まさか。  
 
「自分でも、笑っちゃうです。師匠は、師匠でしかないのに。勝手に信じて。勝手に裏切られて」  
「……姫、ちゃん」  
「信じるのも、信じられるのも、信じないのも、  
 裏切るのも、裏切られるのも、裏切らないのも、  
 信じられて裏切るのも、信じて裏切られるのも、  
             ──姫ちゃんは、もうたくさんなんです」  
 
 
そして、その小さな指を、終ついっと下ろし  
 
 
                                     ──バッドエンド?  
 
 

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