千石撫子。
彼女は変わっていた。
性格ではなく、外見でもなく、中身が変化していた。
厳密に言うと、血液が、人間もどきのモノへと変化していた。
学生結婚をした僕が大学を卒業する前、怪異の専門家を始めようとしていた頃、これからのことを千石に話した時の事。
千石は悩むことなく
「撫子を助手にしてっ!」
と言った。
僕には妹同然で大切な友達の一人である千石を巻き込むことは出来ない。
「千石、お前はちゃんと生きろ。もう怪異と関わるな。お前は平和に暮らすほうが似合ってる」
実際には何日もかけて説得したわけだけれど、何を言っても千石は折れなかった。
「暦お兄ちゃんが出て行くなら撫子もついてく」
そう言っていつも僕と一緒にいるようになった。
そのまま放っておくことも出来たんだけど、精神的に不安定な千石を放っておくことは僕には出来なかった。
戦場ヶ原も千石のことは心配していた。
蛇にとり憑かれた時、自傷の一歩手前にまで追い込まれていたんだ。
僕は千石を突き放すことは出来ない。
早い段階で卒論を書き終え、全国の民間伝承を調べに行く前に千石と向き合い、話しをした。
「何ヶ月かしたら僕はこの町に戻ってくる。だからしばらくの間、真剣に考えてくれ。
これは一生を左右する問題だからな」
千石は嬉しそうに、でもどこか哀しそうな目をして頷いていた。
そして半年が経ったある日、僕は千石に会いに戻ってきた。
千石は、
「ちゃんと考えて答えだしたよ。暦お兄ちゃん、撫子を助手にして」
と冷静だけど温かい声ではっきりと言った。
約束だ。
破るわけにはいかない。
僕に付いてくるといっても、すぐに飽きるだろうとも思っていた。
月火に相談すると、
「甘いなあ、お兄ちゃんは。せんちゃんが諦めるわけないよ。
せんちゃんはお兄ちゃんのことなら何だって出来るんだから」
と言って笑っていた。
月火の言ったことは当たってしまう。
ある怪異と接触した時、僕をかばった千石は胸を貫かれる。
手の施しようはある重症。
だけれど救急車を呼ぶには時間が掛かり過ぎるし、ちゃんと手当てをするには道具がない。
ある程度の都市なら何の問題もない重傷だが、ド田舎に来ている僕にはどうしようもなかった。
そして手遅れになる前に最後の手段を取り、僕は千石に噛み付いた。
吸血。
忍に吸ってもらおうと思ったが千石は僕に頼んだ。
忍に血を吸われ、吸血鬼に近づいていた僕は、なんとか千石の命を助けることが出来た。
しかし千石は、吐血をし、呻き、発熱し、三日三晩苦しみ続けることになる。
身体が拒否反応を起こしたのだろう。
暴走まではしなかったが、それでも見ていられないほど苦しんでいた。
いつだったかキスショットが僕にしてくれたように付きっ切りで千石を看病する。
もちろんそれが疲れるとか文句を言うわけではなく、千石を励ましながら僕は罪の意識に苛まれていた。
千石は巻き込みたくはない大切な人間だったはず。
だけれど、僕が優柔不断だったから巻き込んでしまった。
意志薄弱。
こんなところで出てしまった。
体調の回復した千石に何度も謝って、謝って、謝り倒した。
千石は僕を責めることはしなかった。
「ありがとう」
そう言い、幸せそうに笑った。
そして千石は今でも助手として一緒にいる。
身体を最適な状態に持っていく特異体質のおかげで千石は中学生の頃とは一味違う体を手に入れていた。
まあ見慣れた千石が少し成長しただけだったけれど、一緒に行動していると千石はより一層魅力が増していった。
理由はわからないけれど、千石は歳を取って成長しているのかもしれないと密かに期待したが、そんな例外があるわけもない。
千石が大人っぽくなっただけという僕の勘違いだった。