神原駿河。
猿の怪異に憑かれた後輩。
運動神経は群を抜いている。
それは元々の才能もあったのだろうが、神原の凄いところは常人には出来ない努力だ。
その努力のおかげで実力は全国区。
猿の左手のせいで高校バスケを一年早く引退した神原は、猿の手から解放されるとすぐに大学バスケ部のレギュラーの座についた。
僕は大学バスケには詳しくはないけれど、手が治ってすぐに全国の選抜に選ばれそうになったとか。
さすがにブランクが響いたのか全国選抜には選ばれることはなかった。
当たり前だ。
復帰してすぐに選ばれるなんて有り得ないだろう。
弱小高校を全国に連れて行くような選手だから常識の尺度で見てはいけないのかもしれないが……。
そんな凄いバスケ選手の神原は相変わらずの変態だった。
僕と神原は大学が違うとはいえ、電話したり遊んだりする関係。
神原は周りから社交的で明るく頼れる性格だと思われているからか、色々な相談をされているようだった。
百合関係の相談は放っておくとして、相談の中には怪異絡みのものもある。
それを僕に持ってきていた。
そんな日常の中で僕と神原は一緒にいることが多い。
戦場ヶ原も交えて三人で遊ぶこともあったが、その日は二人きりだった。
僕と神原がふざけながら歩いていると突然車が突っ込んできた。
僕が気付いた時にはもう目の前にまで迫っており身動きがとれなかった。
神原は僕の襟首を掴み、後ろに放り投げる。
そして――
僕はうつぶせに倒れたので神原がどうなったのか、見れなかった。
車はスピードを落とさず少し離れた電柱にぶつかって止まったようだ。
さっきまで僕がいた場所へ目を向けると――神原が血まみれになって倒れていた。
左腕からは骨が飛び出て、ピンク色の肉が空気に晒されている。
左の脛はおかしな方向に曲がっており、四肢は痙攣していた。
僕は震える手で携帯を操作しながら神原に駆け寄る。
「神原! おい!」
神原は僕を視認すると、かすかに笑った。
口を動かしたが何を言っているのかはわからない。
電話の向こうの女性にどんな状態かを伝え、神原を励ましながら救急車を待つ。
その当時、大きな事故があった上に事故が多発していた。
治安の良いこの街では想定していないほどの大きな事態。
通常では起こりえない、怪異の関わった事象だった。
一応の解決はみたがそれでも被害は甚大だった。
多くの重傷者が出て、血液が足りなくなったようだ。
少し歳を取った看護師さんが僕の血液型を訊きに来た。
答えると「あなたの血をあの娘に分けてあげて」と言い、僕に同意を求めてくる。
そしてどこかへと連れて行かれた。
ドアを開け、ベッドに横になるように言われる。
隣を見ると神原が眠っていた。
飛び出た骨を元に戻している。
手術の最中だった。
神原の顔面は蒼白で血の気がない。
その状態を見ると明らかに血が足りていないように思えた。
輸血が必要、だった。
このまま放って置くと死んでしまう。
しかし僕の血を輸血すると身体に異変が起こるだろう。
せっかく猿の怪異から解放されたというのにまた関わらせることになる。
再び神原の顔を見た。
殺されかけてから何年も付き合ってきた大切な後輩。
僕のことをなぜか尊敬し、慕ってくれている可愛いらしい女性。
迷う必要はないな。
看護師の言われるままに力を抜いて腕を差し出す。
針が打たれ、僕の血は神原の中に消えていった。
手術は無事成功し、神原はしばらくの間入院することになった。
病院に無理を言い、僕は神原の傍に付いていることにする。
もしも何かあったときは僕が何とかしなければならない。
吸血鬼の血の輸血、
そんな事態が起こるなどと考えたことはなかった。
深夜。
やけに神原が苦しそうに呻いていたがどうしようもない。
手を握りながら励ますことしか出来なかった。
そうしている内に朝日は昇り、ぅんっと小さく呻いた後、神原は目覚めた。
どうやら無事に適応したようだ。
「ぁ、おはよう、阿良々木先輩」
「おはよう、神原。調子はどうだ?」
神原は腕や脚、腰や肋骨など色々な箇所を骨折したが、元通りになると医者が言っていた。
ただ直るのには時間がかかり、かなりの量のリハビリが必要とのこと。
「ん? 調子は良いぞ、阿良々木先輩。いつでも阿良々木先輩の欲望を受け止める準備は整っている。
心配はするな。しかし私はなぜこのようなところにいるのだ?」
事故のことは覚えていないようだった。
一時的な記憶の混乱、などというモノではなく、単純に記憶していないのだろう。
神原の言葉に軽く突っ込んだ後、昨日起こったことを事細かに説明する。
「そうか。で、阿良々木先輩は無事なのだな?」
「ああ、お前のおかげでな。でもな、神原。僕を助ける必要はないぞ。車に轢かれたくらいじゃたぶん死なないし、すぐ回復もする。
かばう必要なんてなかったんだ」
「何を言っているのだ? 阿良々木先輩らしくもない。大切な人が傷つくのを見ているだけなんて私に出来るはずがないだろう」
「でもそのせいでお前は僕の血を輸血されたんだぞ? 輸血をするとどうなるかなんてわからないが、人間もどきになった可能性が高い。
せっかく猿の怪異から解放されたのに……」
「問題はないだろう。私は私のやりたいようにやった。その結果がこれだ。人間もどきになったのかもしれないが阿良々木先輩が気にすることではない。
しかし阿良々木先輩、違う視点で考えてみようじゃないか。
今回の事故のおかげで私と阿良々木先輩は新たな絆を結んだのだ。それも一生解けないほど強固なものだぞ。
これほど嬉しいこともないだろう。バスケットを続けられないのは少し残念ではあるが…」
ほんの少しだけ神原の顔が暗くなった。
「バスケットは出来るだろ? その怪我もすぐに治るか、もう治っていてもおかしくはない。
リハビリする必要もないと思うぞ」
「いや、吸血鬼の血というのは今まで以上に力が出せるかもしれない。もしそうならそれはドーピングと同じだ。
真剣に身体を鍛えている他の選手に申し訳がないだろう」
「そうか……、そうだな、済まない」
「謝る必要はないぞ、阿良々木先輩。むしろ感謝している。私などのために阿良々木先輩の大切な血を分けてもらったんだ。
私は阿良々木先輩の命を狙ったこともある罪人だ。あの時、腕を切断されていてもおかしくはなかった。
そんな相手の命を救うとは阿良々木先輩にはやはり頭が上がらないな」
「あの時のことまだ気にしていたのか? もう忘れろ、あんなものを覚えていても何も良いことがない」
「それは出来ないな。忘れるなんてことはするわけがない。あれがあったから今私は阿良々木先輩とこうして一緒にいられるし、笑いあうことも出来る。
お仕置きをされたこともあったな」
「お仕置き!? 僕はそんなことしていないぞ!」
「何を言っているんだ、昨夜私のことを苛め抜いただろう。もう忘れたのか?」
「僕はそんなことしていない! 第一お前は死にそうになっていたんだぞ! 出来るはずもないだろう!」
「そうだったか? 私は確かに苛められたぞ。初めは山だった。ハイキングに行こうと誘われて、どんどんと奥に行くと洞窟を見つけたんだ。
そしてその洞窟の中にで私は襲われた。阿良々木先輩が私をいきなり押し倒したんだ。
私は抵抗したが、どうしても阿良々木先輩の力には勝てなかった。服を破り捨てられ、濡れていない私の中に無理矢理入ってきた。
私はなすすべもなく阿良々木先輩のされるがままだったな。内心は悦びに溢れていたわけだが、阿良々木先輩が悦んでくれると思ってわざと嫌がるフリをしていたんだがどうだった?
しっかりと演技できたと思ったが……もしかして満足できなかったのか?」
「それはお前の夢だ! 昨日深夜にうなされてたのはその夢を見ていたからか!?」
「まあ恥ずかしがることもないだろう。私の身体は内も外も阿良々木先輩で溢れているのだ。あまり気にすることではない。
阿良々木先輩は覚えているか? その後に何をしたのかを」
「覚えてるも何もお前の夢だよ! 僕を使って変な夢を見るな!」
「覚えていないのか…、残念だな。あれは凄かった。裸にひん剥いた私に首輪をつけて四つん這いで歩かせるんだ。
犬と飼い主のような関係が築かれたわけだが、阿良々木先輩は容赦がなかったな。
急に『立ってそこの木に両手を突け』と言い捨てた阿良々木先輩は中々行動に移さない私を鞭で打って笑っていた。
私が言う通りにすると早速、阿良々木先輩のそそり立ったモノを入れられて…あまりの気持ちよさに膝が笑ってしまったんだ。
そして私は阿良々木先輩のモノに支えられた。自分の体重がかかり、より深くえぐられる快感は言いがたいものだった。
言葉に出来ないとはまさにこのことだな。
そしてそこから先が壮絶な光景だった。私としてはもう二度と見たくない光景だ。
私を苛めている阿良々木先輩がたまたま散歩していた戦場ヶ原先輩に見つかって、
阿良々木先輩はマウントポジションを取られてボコボコにされていたわけだが……傷は残っていないようだな。良かった。
タップしても左手を上げても何を言っても容赦のない攻撃は続いて、確か両目は完全に潰されていた気がするが……問題はなかったのだろう」
僕は神原と浮気をすると戦場ヶ原に両目を潰されるらしい。
神原の話はまだ続いていた。
「戦場ヶ原先輩が阿良々木先輩の上に乗って拷問――いや、じゃれ合っている時に私は襲われたんだ。あれはたぶん怪異だ。
蔦のような太い何かが私に巻き付いて、私の身体を拘束したと思ったらソレからネバネバした何かが出ていた。
逃れるチャンスだと思って体を捻ってみるが、もがけばもがくほど蔦が食い込んでいくんだ。
私の身体は完全に拘束され、指先くらいしか動かなくなっていたな。いつの間にか私の膣にも口にもその蔦が入っていたんだ。
しかしおかしなことにソレはさっき阿良々木先輩に入れられたものと同じような味がした。よくは覚えてないのだが好ましい味だったと思う」
その理由はたぶん昨日の夜中にお前が僕の指を噛んでいたからだよ。
「蔦だと思っていたソレは驚いたことにいつの間にか阿良々木先輩のモノに変化していたんだ。ソレは私の胸やお尻に擦り付けると何か白い液体を吐き出していた。
髪にもかかっていたか。これはなぜかがわからないのだが、ツインテイルの小学生も一緒に苛められていた気がする。
大きなリュックを背負った小学生だ。その娘も真っ白になっていたな。
私とその娘を苛めることに満足したのか気が付いたらその怪異は去っていた。
私達がいじめられている間、阿良々木先輩は戦場ヶ原先輩に―――あぁっ、私の頭が思い出すのを拒否している!
とりあえず謝らせてくれ! 済まなかった! 阿良々木先輩の無事な姿が見れて今はほっとしている」
どんな惨い状態にされたんだ!?
かなり気になるじゃねえか!
……まあそれはそれとして、翌日、神原は退院した。
家の近くにある知り合いの病院に入院することになったということにして。
もちろん嘘だが、本当のことを言えるはずもない。
治癒する力は微弱だが、それでも常人の何倍もの回復力がある。
一日掛かったが、神原の身体は正常な状態へと戻っていた。
骨折した箇所は元通りに。
当然リハビリの必要はなく。
元気に走り回っていた。
そして神原は不死の力を持った人間もどきとして、今も僕の傍らで笑っている。