羽川の記憶が残っていないゴールデンウィークの出来事。  
羽川はその時のことを思い出したくないという。  
記憶がないのに思い出したくないというのはどういうことだろうか。  
だけれどそんなことを追求する必要はない。  
羽川が嫌がることを出来るはずもない。  
僕にはゴールデンウィークあった出来事の中で一つだけはどうしても覚えておきたいことがあった。  
 
 
あの羽川が薄着で僕の部屋に忍び込んだことだ。  
 
『あの羽川』とは言っても猫に取り憑かれたブラック羽川のことであり、普段の羽川ではない。  
羽川が僕の部屋に入ったのは火憐ちゃんのことで話をしたときだけだった。  
だから羽川にとって僕の部屋に初めて入ったのは、火憐ちゃんが倒れた日が最初だ。  
 
ブラック羽川の出現した理由は羽川のストレス。  
八九寺にとって良いお姉さんで、学校が創立してから現在までの生徒全てを数に入れたとしても一番の  
優等生である羽川が、一日一緒にいることが考えられないとはっきり言い切った親。  
冷え切った関係の家族が原因だ。  
力になりたかったが僕にはどうしもなく、話を聞くことしか出来なかった。  
その話も一度しかしてくれない。  
『いい子』であり続けようとしたせいか、愚痴さえ零せずに羽川のストレスは許容量を超え、猫へと変化した。  
 
 
窓を開けているとまだ冷たい風が部屋の中に入ってくる。  
風呂から上がったばかりの僕にはその風がとても気持ち良く、自然と頭が回るようだった。  
明日はどんな方法で火憐と月火をいじめようかと考えていたが、そのまま眠ってしまい、  
深夜に不審な影に気付いて起きた、という出来事があった。  
 
 
その影はすんすんと鼻を動かし僕の部屋の中を動き回っている。  
何かを探しているようだが、目的のものは見つけられていないようだ。  
部屋の薄暗さに慣れてくると僕は薄目を開けてその影を見た。  
白くて薄いワンピース姿の羽川だった。  
 
床に手を突いて四本足で部屋の中を駆け回る羽川のパンツは丸見えで『少し色気に欠けるな』なんて思ってしまった。  
やっぱりチラリズムは大切だと再認識し、もう一度羽川を注意して見る。  
 
今日のパンツはピンクでも灰色でもなく、真っ白だった。  
髪の色に合わせたのだろうか。  
猫なのにちゃんとコーディネートしているのか……?  
ブラック羽川っていうくらいなんだから、色っぽく艶のある黒にしてくれよ、なんて場違いなことを考えていると、ブラック羽川はボソボソと何かを言っている。  
「ご主人様の下着はどこかにゃ? この人間は確か上下セットで持ってるはずにゃんだ……」  
 
僕の家宝を盗もうとしているようだ。  
許せんっ!  
と、いつもなら飛び掛っているところだけれど、今の僕には余裕があった。  
 
僕の大好きな羽川がブラック羽川になったことで嫌な予感はあったんだ。  
僕が吸血鬼に襲われた春休み。  
他の何よりも優先して考え、守った羽川の下着上下セット。  
僕の大切な羽川が「返して」と言っても返さなかった宝物。  
RPGだったら『大切なもの』として捨てることは出来ずに一生を共にするアイテムだ。  
その大切で羽川の匂い付き下着を守るため、僕は枕カバーの中に入れていた。  
より羽川を身近に感じ、いつもの羽川に早く戻ってほしいという思いを実感するためであり、  
またブラック羽川との闘いに備える、という意味の行動であって別にやましいことはない。  
だからこのように明言できる。  
 
猫の嗅覚はどれくらいだったか。  
覚えていないどころか全く知らないが、鋭かったら危険だ。  
だが、この羽川の下着はもう僕色に染まっているのかもしれないな。  
かなり残念だけれど、『僕色に染まった』という響きに軽く感動を覚え、ちょっとドキドキした。  
 
一通り探して諦めたのだろうか。  
ブラック羽川は最後にキョロキョロと周りを見回してからベッドで眠っている僕の方へと近づいてきた。  
 
僕は目を瞑って寝たフリをする。  
ブラック羽川は目と鼻の先まで近づいているようで、吐息が僕の顔にかかってくすぐったい。  
甘い香りがして、僕の鼓動は速くなる。  
もうブラック羽川にまで届いているんじゃないかと思うくらい僕の心臓は大きな音を立てていた。  
僕の動揺を知らず、全く気にしていないブラック羽川は甘えるように鼻先を何度も僕に擦り付けた。  
ついつい僕もつられてしまう。  
ブラック羽川の動きに合わせるように顔を動かす。  
抱き締めたい衝動を抑えるのには限界があった。  
早くどこかへ行ってくれ、という思いと  
ずっと一緒にいてほしい、という思いが僕の中でせめぎあっている。  
大半はずっと一緒にいてほしい、という思いだったけど……。  
 
そんなことをしている内に僕の唇と羽川の唇が合わさった。  
一瞬だけだが、ふんわりとした柔らかく、好ましい感触が僕の唇から伝わってきた。  
張り裂けそうになるほど、鼓動が波打つ。  
僕の正気はどこかへ飛んでいった。  
 
僕は寝返りを打ちながらブラック羽川を巻き込む。  
軽く抱き締めただけだったが、「にゃ?」と言うだけでブラック羽川には大して抵抗なく受け入れられた。  
なぜか僕はエナジードレインをされないようで、元気なまま薄着の羽川を抱き締めている。  
言い方を変えてみよう。  
薄着の僕は、僕のベッドの上で薄着の羽川を抱き締めていた。  
うっわ、やっべえ、超興奮する。  
 
僕の顔のすぐ横にはブラック羽川の顔があったが、僕は少しずつ下にずれていく。  
目的は羽川の胸だ。  
体育倉庫で触れなかったせいで、何度も夢に出てきた羽川の胸。  
夢の中で追いかけても追いかけても追いつくことは出来ずにいつも諦めてしまっていたもの。  
それはなぜか下着に護られていなかった。  
ワンピースの下にはパンツしか穿いていないようだ。  
ブラジャーから解放された胸囲は……脅威は僕を魅了し動けなくなってしまう。  
力なく僕の腕の中に居るブラック羽川はなぜか大人しい。  
 
付き合っている彼女が彼氏を大切にしているという仕草。  
そんな仕草を連想させるほど、僕は羽川に優しく包まれている。  
今だけはブラック羽川じゃなく、羽川の意識が羽川の身体に宿っているように感じた。  
だからエナジードレインは行われず、僕を抱き締めていてくれるのだろうか。  
疑問は残るが今はこの至福の感触に心を奪われるべきだ。  
羽川の香りもとても好ましい。  
羽川以外のことを考えるべき場面ではない。  
 
そんな幸せな時間はわずかだった。  
寝ているフリをしている僕の腕から逃れた羽川は僕の頬に口付けをし去って行った。  
下着はもう諦めたのだろうか。  
 
羽川は覚えていないだろうけれど、消えることのない大切な思い出の一つになった。  
 
こうして僕は家宝になる予定の羽川の下着を守ることに成功する。  
そしてその下着は今でも大切に保管している。  
 
 
 
 
 
 

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