「ん、よっと」
木々が生い茂る山中。
長身の男は慣れた手付きで先ほど捕らえた兎をさばき始めた。
器用にも刃物を使わず素手でさばいている。
火を起こしてかざすとすぐに肉の焼けるいい匂いがあたりを漂い出し、頃合いを見て男は肉にかぶりついた。
彼の名は鑢七花。
現時点で国内最強の剣士、虚刀流七代目当主である。
その彼が何をしているのかというと特に何もしていない。
あえて言うなら旅、地図作りのための旅だ。
七花はあっという間に肉をたいらげると、火の後始末をしてするすると木に登り始める。
頑丈そうな枝を見つけ、そこに身体を投げ出して伸びをした。
一眠りするのに外敵から身を守る手段である。
主人であるとがめがいない今、特に惜しい命というわけでもなく、敵と呼べる存在もほとんどいないのだがこれはもう癖みたいなものだった。
少し前なら否定姫が持っていた路銀で宿に泊まっていたのだが。
「ていうかあの姫さんどこに行ったんだろうな?」
七花は今更ながらに呟いた。
否定姫はある日突然七花の前から姿を消したのである。
本当にいつの間にか、気が付いたら。
「まあいいか」
特にいなければ困るというわけでもない。
そっと七花は目蓋を落とす。
が、突然呼びかけられた声に彼の眠りはすぐに中断される。
「おねむのところわるいけどちょっといいかな、鑢くん?」
「ん? …………!」
七花は枝の隙間から見下ろすと驚いた表情をし、慌てて飛び降りた。
が、いざ目の前に降り立ったものの何を言っていいのかわからない。
とりあえず無難な挨拶を交わしておくことにする。
「また会うとは思ってなかったぜ……久しぶりだな」
「そうかい? こっちはいつかまた会うんじゃないかと思ってはいたんだけどね、久しぶり」
そう言って俗世に関わらぬはずの少女の姿をした仙人、彼我木輪廻は微笑んだ。
* * *
「で、何の用なんだ? さっきの口ぶりじゃ偶然ってわけじゃなくおれを探していたんだろ?」
改めて腰を落ち着けて対峙し、七花は早速切り出した。
一方彼我木は変わらぬ態度で徳利を傾け、にやにや笑いながら酒をかっくらう。
「そう急くなよ、君は僕の数少ない知り合いなんだ。じっくり旧交を温めたいと思ってもいいだろう?」
「おれには温めるつもりなんかないがな」
それは彼我木に限らない。
とがめと旅している間に出会った連中にはなるたけ会いたくなかった。
思い出すから。
思い出してしまうから。
「まあいいさ、与太話はあとでもできる。単刀直入に用を言おう」
彼我木は笑みを消し、徳利をおいて七花を見据えた。
その真剣な表情に思わず七花はたじろぐ。
「鑢くん、僕に力を貸してくれないか?」
「…………は?」
聞き間違いかとも思った。
何もせずただただ生きているだけの仙人、彼我木輪廻が力を貸して欲しいと言っているのだ。
「えー……っと」
「もちろんただとは言わないよ。君の望むものを支払おう」
「いや、おれは別に欲しいものなんて」
七花の言葉を遮って彼我木は一枚の紙片を差し出す。
どうやら簡単な地図のようだ。
「そこに君の望むものがあるはずだ、行ってごらん」
* * *
七花は山中に建てられた粗末な小屋の扉を勢いよく開け、中にいた人物に向かって高らかに叫ぶ。
「とがめぇっ!」
「う、うおっ!? 七花!?」
名前を呼ばれた人物は、とがめは激しく驚いて振り返る。
服装こそ地味なもののその髪や瞳、体躯はまさに死んだと思われていたとがめであった。
七花の名を呼んだ事から他人の空似ですらないことがわかる。
「そなたどうしてここ…………んぐうっ」
とがめの言葉は抱き締めてきた七花により中断される。
「とがめ、とがめ」
「く、苦しい、離れんか!」
「いやだ、絶対離れない」
「わ、わたしの身体が折れてしまうではないか! 傷も完治しておらんのだぞ」
「あ…………」
痛々しく巻かれた傷を覆う布に気付き、七花はようやく力を緩める。
それでも腰に回した両腕は解きはしなかったが。
「悪かった。でも…………本当に生きていたんだな」
「ああ、そうか、そなたは彼我木に会ったのだな」
「おう、しかしどうやって生き返ったんだ? やっぱり仙人の力とか……いや、そんなことはどうでもいい」
「知らん。気が付いたら手当てをされた状態でここにいて彼我木が、ってどうでもいいとはどういう……んむっ?」
七花は言葉を発するとがめの唇を自分の唇で塞いだ。
とがめが腕の中でじたばたと暴れるが、もとより力で七花に勝てるはずもなくいいようにされる。
口を強引にこじ開けられて口内に舌が這いずり回り、唾液を啜られて舌が吸われた。
とがめの身体から力が抜け、足腰ががくがくと震える。
唇を離すと二人の間で絡まった唾液がつうっと糸を引く。
「とがめ、抱くぞ」
七花はひょいととがめを抱え上げ、敷きっぱなしの布団の上に寝かす。
そのままとがめの服に手をかけて脱がし始めた。
「ま、待て、彼我木が帰ってくるかも」
「『積もる話もあるだろうから明日の朝僕は行くよ』って言っていた」
「み、水浴びしておらんから臭うかも」
「とがめの匂いなら大歓迎だ」
「わ、わたしの話を……んうっ!」
あっという間に身ぐるみを剥がされ、全裸のとがめを七花の指と舌が襲う。
感じる箇所を的確に攻められ、早くもとがめは絶頂を迎えそうになる。
だけど我慢ができないのは七花も同じようだった。
自分も服を素早く脱ぎ捨てると、いきり立った股間の男根をとがめの秘所に押し当てる。
「そ、そんないきなり……うああああっ!」
七花が腰を進めると、すでにぐっしょりと濡れていた蜜壷はあっさりと七花を受け入れた。
とがめの足首を掴んで大きく開かせて最奥部まで突き立て、快楽を求めて腰を振り始める。
「とがめっ、とがめっ、ずっと、こうしたかった!」
「ば、ばかものっ……久しぶりなんだから、もう少しゆっくり……あっ、あっ、ああっ!」
二人は貪るように身体を揺すり、すぐに限界を迎える。
「とがめ、出るよ! 俺の子種、とがめん中に!」
「んっ、よいぞ! 出せっ、わたしの中に、注ぎ込め……っ!」
「う、く、ううっ! うっ! うっ!」
「んっ! んあっ! あっ! あっ! ああああっ!」
びくんと七花の身体が震え、とがめの中で達した。
精液が尿道を通り抜けるたび七花が呻き、それが子宮奥に叩きつけられるたびとがめが悶える。
やがて七花の長い射精が終わり、二人はほうと息を付く。
だけど七花はまだ満足していなかった。
そのままとがめの中から抜かず、再び自分の男根でとがめの中をかき回し始める。
「ま、待て七花! 少し休ませ……あんっ! うああんっ!」
ゴリゴリと子宮口を擦られ、頭が何も考えられなくなる。
逃げようにも七花に身体をしっかりと押さえつけられ、敏感な身体のまま何度も高みへと押し上げられた。
* * *
「す、すまんとがめ」
布団に突っ伏すとがめに対して七花は土下座の態勢をとった。
あれから幾度となくとがめの身体を求め、耐えきれなくなったとがめは気を失ってしまったのだ。
目を覚ました早々久々の『ちぇりお!』を食らったのは嬉しかったが、とりあえず平謝りする。
「……まあよいわ。わたしも良くなかったわけではないしな」
足腰が起たなくなってしまったのでとがめは寝たまま会話を続けた。
もう夜明けも近いので二人ともすでに服は着ている。
「ところでそなた、彼我木に何か頼み事をされたか?」
「あ? ああ、内容は聞いてないが力を貸して欲しいと言われた」
「やはりか。わたしも言われたよ。『命を助けた代わりにひとつ力を貸してくれないか?』とな」
「……いったい何をさせるつもりなんだろうな」
「鬼退治」
七花の疑問に対する答えは唐突に聞こえてきた。
慌てて二人が入口を振り向くといつの間にか彼我木輪廻がそこにいた。
「彼我木、いつからそこに」
「さてね。それより鑢くん、僕は君の望む報酬を用意できたと思う。君は僕に力を貸してくれるかい?」
七花にだけ向けられた質問ということはすでにとがめからの回答は得ているのだろう。ならば迷う余地はない。
「おれはとがめに従うよ、だっておれはとがめの刀だからな」
その答に彼我木は満足そうに頷き、腰を下ろして徳利の酒を飲む。
「じゃあ……」
「待て、その前にいくつか質問をさせてもらおう」
彼我木をとがめが遮る。
「質問? いいよ、答えられることなら何でも」
「どうしてわたしは生き返った? 仙人の力とやらか?」
「んー……種明かしをするとだね、とがめちゃんはもともと死んでなんかいなかったのさ」
「え?」
「あの時のとがめちゃんはいわゆる仮死状態だった。炎刀『銃』で攻撃されたもののいくつかの弾は分厚い着物が防いでくれたし、運良く重要な臓器にも損傷はなかった」
ちなみにその『分厚い着物』は七花が持っている。
多少薄汚れてはいるものの形見のつもりで大事に着ていた。
「問題は血の量だけど幸いとがめちゃんの身体は小さいからね、死ぬ直前までは流れたけど完全に死ぬまでには至らなかった。その仮死状態をすでに死んでしまったと思って鑢くんに埋葬されたとがめちゃんを僕が掘り起こしたってわけさ」
「…………」
「…………」
七花はとがめの視線を感じた。
明らかに非難する感じでこちらを見ている。
「とがめちゃんも悪いんだよ、自分はもう死ぬみたいなことを言うから。それに仮死状態から息を吹き返すかは本当に微妙だったんだから。三割あればいい方だったね」
「……まあそれはよい。ならば次の質問だ」
憮然とした顔でとがめは言葉を紡ぐ。
「先ほど『鬼退治』と言ったな。わたしたちに何をさせるつもりだ? 御伽噺の真似事でもさせようというのか? そして何故きさまがそんなことをする? 仙人は何もしないのではなかったのか?」
「質問はひとつずつにしてくれよ。元気いいなあとがめちゃん」
何か良いことでもあったのかい?とよくわからない言葉を発する彼我木にとがめは鼻で笑った。
その様子にくっくっと彼我木は苦笑し、一口酒を飲んでから続ける。
「退治したいのは異国人さ。遠方よりの来訪者。金髪の女性、長身、居丈高」
次々と特徴をあげる彼我木の言葉に二人はある女を思い浮かべていた。
「なあ、それって」
「あの女では……」
「否定する」
二人の言葉を遮ったのはここにいるものではなく、新たな客。
入口に否定姫が姿を現していた。
「な、あ」
「あんた今までどこに」
「あーあ、いけ好かないどこぞの奇策士が死んだと思って喜んでいたら生きているとはね」
手にした扇子をぱたぱたと振りながら小屋に入ってくる。
「おまけに化け物騒動が起きて犯人扱いされそうになるし今年は厄年かしら」
言いたい事を言って否定姫はどっかと彼我木の脇に腰を下ろす。
化け物騒動?
「退治相手はわたしじゃないわよ」
「そうそう、何で僕が出張るかって話だよね。答は簡単、相手が人間じゃないからさ」
人間じゃない?
化け物?
「人の血を吸い、人の肉を喰らい、人の心を支配する鬼」
吸血鬼、とでも言おうか。
「異国から観光にやってきた、と言っていたけどね、それでも人を喰らう化け物を見逃すことはできないよ」
「なるほど、きさまは人の世に関わることはないがそういう世界には首を突っ込むわけか」
「ひどい言い草だなぁとがめちゃん、そもそも僕たちの力はこういう時に使うものだしね。それでもあの吸血鬼相手には苦労しそうだから君たちに協力して欲しいのさ」
「ふん、いいだろう。せっかく長らえた命だ、化け物とやらにやられる前にやり返してくれよう」
「あんた格好つけて言ってるけど様になってないわよ。七花くんとヤりまくって足腰起たないんでしょ?」
「な!? あ! あ!?」
否定姫の揶揄する言葉にとがめがいきり立つ。
彼我木はそのやりとりを眺めている七花に声をかける。
「どうした鑢くん、何故泣いているんだい?」
……本当に。
本当にとがめは生きているんだなぁって。
「そう思ったらなんかな」
「おやおや。でもまだ安心するのは早いかもよ。これから化け物退治といくんだから、もしかしたら死ぬかもしれない」
「死なないさ。だって」
とがめが生きている限りおれは死なない。
そしておれが生きている限りもう二度ととがめは死なせないから。