・こよみランタンB
解説。
戦場ヶ原がこの件を「怪異」と断定したのには、三つの理由があるとのこと。
第一に、神原。
「私のかわいい後輩であり阿良々木くんの愛人である神原がウソをつくなんて考
えられないし、もしウソならここまで詳細を語れるはずがない」とのこと。
…なんで神原の称号が「愛人」なんだよ。
もはやコンビの枠に収まりきってない。
ともかく、戦場ヶ原は目に入れても痛くないくらい可愛い後輩を信用したいらし
い。
上記のコンビの仲、とでもいいたいのだろうか。
第二に、僕。
「同じく阿良々木くんがウソをついているなんて思いたくないけど、念のため先
生に確認しておいたわ」
「いまひとつ信用されてないっ!?」
これが僕と目に入れてもかわいくないくらい痛い後輩との違いか。
恨むぞ、格差社会。
「モノローグですら台詞を間違えるなんて、そんな事だから阿良々木くんは信用
できないのよ」
「僕のプライバシーが超人的能力で侵害されてる!?」
「失礼ね、これくらいのこと、阿良々木くん以外だったら誰でも出来るわ、そう
でしょう神原?」
「そうだったのか戦場ヶ原先輩!?私はてっきり阿良々木先輩も使えるものだとば
かり…」
「驚く場所が違う!」
てかお前もできたのかよ。
まるで、フロスト兄弟。
…で、フロストって誰?
流石にマイナーすぎるぞ千石。
「確かに、阿良々木くんは追試に出席してたみたいね」
「そうに決まってるだろ!その後は戦場ヶ原!お前が僕のアリバイを証明している!
」
「確かに、追試が終わってすぐ、私は教室に入ったわ、そして小一時間ほど阿良
々木くんと込み入った話を」
「なんか熟年離婚寸前の夫婦みたいに言うな!」
まだ結婚もしてないのに。
――いや、「結婚」ができるか、今はわからない。
きっと戦場ヶ原の中には、母親の「思い」が残ってるはずだから。
母親になることが、恐いのかもしれない。
自分がそうなったように、知らず知らず子供を酷い目に遭わせてしまう、とも限
らないのだから。
「何!阿良々木先輩がロリコンなのは知っていたがまさか熟女マニアとまでは想像
できなかった――あれ?だとしたら先週コンビニで買っていた本は―」
「その話題はやめろ!僕にも最低限のプライバシーは保護させてくれ!」
先週はマズい。
あの日買った本のジャンルはマズい。
「パイパンロリ小学生少女特集!ムリヤリ犯してひん剥きイカせちゃいます!―公
園・野外編A―」を買ったなんてことは墓場まで持っていかなければ!
「確か、『スカトロ倶楽部秋号―秋だ祭だ排泄運動会!浣腸ガマン選手権―』だっ
たような」
「違う!その本は隣にあった本だ!断じて表紙しか見ていない!」
「へえ、阿良々木くんはそんなマニアックでハードな趣味に走っていたなんて。
私も直腸の鍛練が必要かしら」
「誤解だ!僕という人間が大いに誤解されている!」
僕の人間像が物凄い勢いで崩されていく気がする。
まるで、バーミヤンの石仏。
「そうとなれば戦場ヶ原先輩!今すぐ薬局に浣腸を」
「お前も話を広げるな!」
第三に、戦場ヶ原自身。
「私は追試が終わるまで廊下で待っていたから、追試中に阿良々木くんが出てき
たら絶対気づくはずだわ」
でも、追試が終わるまでに教室からは誰一人として出てこなかったわ―――。
そう戦場ヶ原が続ける。
「で、追試が終わって?」
「私は追試が終わってすぐに教室に入ったから、それまでの時間で人が出ること
は不可能、なおかつ―」
「教室に入ったお前の前には僕がいた―か。確かに、完璧なアリバイだな」
アリバイ、成立。
これで、僕が犯人という線は消えた。
無罪放免。
ぎりぎりの上での、無罪放免。
「そうね、この上なく不自然なくらいにきれいなアリバイだわ」
「別にきれいなアリバイでいいんだよ!そんなにお前は僕を犯人に仕立てあげたい
のか!」
「あら知らないの阿良々木くん、こういう時、物語序盤でアリバイが成立してい
る人間に限って犯人の可能性が高いのよ」
「それは推理小説や火サスの中だけだよ!」
十津川警部やおばさんデカか。
「それだとしたら戦場ヶ原先輩、それはいったいどんな怪異と言えるのだ?」
「そうね…言うなれば、『取り憑いた人になりすます怪異』か、『取り憑いた人
の願望を叶える怪異』かしらね」
―怪異。
その言葉の響きは重い。
僕らを日常――しかし日常の延長とは言い切れない世界へと放り込んでくれる。
僕にとって、春休みから付き合っている厄介者。
だが、今だに縁が切れるそぶりを見せない。
まさに腐れ縁、と言うのだろうか。
一度関わると、何度も世話になると忍野が言っていたが、それにしても多い。
さすがに多すぎる。
正直、欝陶しい。
もっとも、羽川や戦場ヶ原と僕を出会わせてくれたことには感謝するが。
「意見に対立するようで悪いが戦場ヶ原、後者はたぶんないと思うぞ」
「いやに自信たっぷりに言うわね阿良々木くん、それを裏付ける証拠でもあるの
かしら」
僕を真摯な視線で、ぎろりと舐め回す戦場ヶ原。
その目は一言の矛盾も見逃さない、という色合い。
いつかの、初めて神原の名前を出した時のようだった(今回はシャーペンが無いの
が救いか)。
「ほら、神原の左手でもあったように、願いには対価が必要じゃないか。だとし
たら、本人に対価を払った何らかの自覚――または、それに準ずる意思があるは
ずだと思うんだ。それに」
「「それに?」」
「もし神原の左手のせいだとしたら、僕の本物をそこに出現させている、と思う」
そう。
その通りだ。
僕が夜道で神原に吹っ飛ばされたように、あの怪異ならもっとストレートな方法
で願いの「裏」を叶えるだろう。
それこそ、僕を学校まで誘拐拉致しに来かねない。
悪魔というのは、願いの為なら何だってする。
それは、願いの強さに比例し顕著といえた。
神原の強い願いが、偽物の僕ごときで満足できるはずがない。
神原は、僕が欲しいのだ。
「―確かに、理にはかなっているわね。だとすると、もう一つの可能性はどうか
しら」
「僕に怪異が…ってやつか。たぶんその筋で間違いないと思う」
「ではそうだとしたら戦場ヶ原先輩、どういった方法でその怪異とやらを倒すの
だ?」
「倒すって…お前まだよくわからない内から」
まさに「元気いいねぇ、何かいいことでもあったのかい?」と言いたくなる。
神原の言葉に、少し考えこむ戦場ヶ原。
んん、と唸り声をだし、しばらくして何か考えついたのか口を開く。
「それは――そうね、明日までの宿題、ということにしましょう」
「先送りかよ!?」
「みんなー、忘れずに提出するのよー」
「はいっ!ケメコ先生!」
「また作品が違う!」
「じゃあ、今日はこれにてー解散っ!」
「結局答えが出ない!」