こよみランタンD
浪白公園。
僕と八九寺が出会った場所。
そして、公園内は車輌(もちろん自転車も)乗り入れ禁止である。
これは結構面倒なもので、公園の反対側に行きたい場合、団地の中の複雑で狭い道を通らなければならない。
なので必然的に車の交通量は少なく、散歩やサイクリングには絶好の場所と言える。
最も、わざわざ見る程のものも無いのだが―。
で、結局、「なみしろ」と読むことに決まったらしい。
PM5:50 浪白公園
「んーっ…最近寒いなぁ…んふぅ」
滑り台の上で大きく伸びをする羽川。
とても悩ましげな声、なおかつ正面からはおパンツ様が御まる見えになられている。
体育座り+パンツでもお腹いっぱいなのに、伸び+色っぽい声が上乗せされるのだから、その破壊力は想像に難くない。
この姿に欲情しない童貞がいたら、そのエクスカリバーはもはや形骸にすぎん。
あえて言おう、カスであると!
「ん…今日は酒屋通りがよかったかな?ラーメン屋さんのお爺さん、最近寂しがってたし」
そのラーメン屋へヤクザ並の目つきの悪さを誇る某大橋高校二年生が通ってるのは周知の事実。
「『盛るぜぇ〜』が口癖って聞いたけど、まだ聞いたこと無いなぁ…今度振ってみよっ!」
何だか羽根付きのマイスターが通っているんじゃあないか。
内容:
「よう、羽川じゃないか」
滑り台の後ろから聞こえる、聞き慣れた声。
春休み以来、ほぼ毎日聞いてきたのだから間違えようがない。
「その声は阿良々木くん?乙女の放課後ウキウキ気分を後ろから襲ってぶち壊そうなんてかなーり卑屈で卑怯だよ?
第一、今日は追試じゃなかったの?」
「ああ、それならもう終わったよ、だから、こうして散歩できるのさ」
「ふーん、阿良々木くんも優秀になったねぇ、感心、感心」
「よせよ、褒められるほどの事じゃない」
(そうかなぁ?春休みと比べたら、人間的にも学力的にも随分成長したと思うんだけどなぁ。でも、何だかズルいな…)
「それと阿良々木くん、その被り物と黒いマントは何かのコスプレかな?道の往来でやるには少し地味なコスだと思うよ?」
滑り台を降りながらこちらを振り向く羽川。
「ああ…これはな…ってあれ?羽川、今日が何の日か覚えてないのか?」
「今日?10月31日だったよね?たしかハロウィンだったと思うけど…ちなみにハロウィンは、元々がケルトの大晦日である10月31日に行われていて、
この日は『死者の霊が家族の元を訪ねる』や『魔女・妖精が現れる』とか信じられていて、身を守る為に仮面を被ったり焚き火をしたりしたんだって。
で、西暦601年、時のローマ教皇グレゴリウスT世、あ、この人はカトリックの典礼で用いられる『グレゴリオ聖歌』の編纂者と言われているんだけど、
そのT世がケルト人に布教する為に宣教師達へ
『ケルト人の信仰法である木の伐採は行わずに、木の真上にはキリストの神様がいると言ってその為に木を信仰させなさい』と言ったのが現在のハロウィンの始まりともされているんだよ?
また、地方によっては日本のお盆みたいに、お墓参りをして、そこで蝋燭をつける風習もあるんだって。でもこれに乗じて放火事件を起こす人がいるって言うんだから、罰当たりもいいとこだよね阿良々木くん?」
――唖然。
―――沈黙。
「あれ?阿良々木くん?」
「…お前は何でも知ってるな…」
またこのセリフ。
どうしても羽川にあのセリフを言わせたいらしい。
もっとも、ここまで来るなら執念と言えようか。
(でも、一生懸命仮装も成長もしているみたいだし、ご褒美あげちゃおうかな?)
「――何でもは知らないわよ、知ってることだけ」
カボチャのマスクで隠れてるけど、阿良々木くんが喜ぶのがわかった。
(本当に阿良々木くん、素直なんだから…うらやましいなぁ)
「あ、顔が見えないか。マスクなら脱ぐよ」
被っていたマスクを脱ぐ。
「うん、ありがとう。ちなみに、阿良々木くんが今している仮装は―」
「―ジャック・オ・ランタン」
「え?」
一瞬の沈黙。
予想外の返答。
普段から相手の会話の先回りをする羽川にとって、味わったことのない感覚。
「ジャック・オ・ランタン。そうだろ羽川?」
「う…うん、そうなんだけど…」
当惑。
(阿良々木くんが先に答えを言うなんて、少し生意気になったかなあ……ちゃんと更正…いや、座布団没収しなきゃダメかな?)