・こよみランタン@  
 
―ハロウィン―。  
カトリックの諸聖人の日(万聖節)の前晩である10月31日に行われる伝統行事。  
元々はケルト人の収穫祭であるとされ、7世紀初頭にキリスト教との融合があった  
とされている。  
そんな地域によっては大層な行事といえるハロウィンだが、僕はこの歳まで全く  
意識することはなかった(いや、日本人なら大半の人が意識することがない筈だ)  
。  
カボチャをくり抜いて蝋燭を入れたり、近所の家庭にお菓子を貰いに回ったり、  
高校生にもなった僕からしたら馬鹿馬鹿しい。  
馬鹿馬鹿しいの極みだ。  
それこそ、バカの壁だ。  
そんな僕が急にハロウィンを意識しだしたのは、これから話す出来事のせいだと  
言えるだろう。  
別段、この出来事に僕にとって流れとしての意味はない。  
始まりと終わりだけ取り残せば、いつもの大好きな日常。  
しかし、この出来事が僕とその周りを「あるべき姿」に導くための何かしらプロ  
グラムだったとしたら、それは完全な失敗と言っていい。  
人間もどきの僕が、「あるべき姿」に戻るとなれば、結局どっちに戻るべきだっ  
たのだろうか。  
人の姿か。  
鬼の姿か。  
それとも、人間もどきの姿か。  
 
まあ、そんな事は至極どうでもいい話だ。  
結局、僕の気づく範囲で大きな変化はなかったと言えるのだから。  
しかし、「結果」が同じでも、「過程」は違う。  
例えば二次方程式をを解の公式をつかって解こうと、巻末の解答を見ようと、導  
き出される答えに相違はない。  
――だが、この二つの「過程」で行われることは全く異質だ。  
「過程」がなければ、得点が貰えないのだ。  
それほどまでに過程が重要だということは僕として重々承知しているが、どうも  
どうせ変化がないなら、「過程」を語る必要なんて無いんじゃないかと思いたく  
なる。  
それでも、話さなければいけない。  
話さなければいけないのだ。  
僕の人生だって過程という長大な物を省けば「阿良々木暦が生まれて死にました  
」の数行で導き表すことができる。  
ふざけるな。  
いい加減にしろ。  
そんなに僕の人生は薄っぺらくない。  
過程を省かれて、たまるか。  
全ての物事には「過程」がある。  
過程があるから、厚みがあり、  
過程があるから、価値があるのだ。  
さて、前置きも長くなってしまった所でこの僕、阿良々木暦のハロウィンにおけ  
る「過程」を話させてもらいたい。  
え、聞きたくもない?  
それなら結構、さらりとレスを読み飛ばしていただきたい。  
 
今から始まるのは、この僕阿良々木暦が、ハロウィンの晩に出会ったほんの少し  
不思議な話――  
 
 
PM6:15 教室  
 
「ハロウィンをします」  
「…はい?」  
突然、放課後夕闇時に二人きりの教室で声をあげる戦場ヶ原。  
いつも通り、憮然とした無表情。  
−273.15℃の顔。  
絶対零度。  
アブソリュート・ゼロ。  
「聞こえなかったのかしら阿良々木くん、ならもう一度、『ハロウィンをします  
』」  
「いやちゃんと聞こえてる聞こえてる」  
「ハロウィンを…しなさい…ハロウィンを……して…あげても…いいのよ…ハロ  
ウィンを…」  
「語尾で悩むな語尾で!」  
そろそろ慣れろよ、語尾。  
「突然だけど阿良々木くん、ハロウィンといっても、私何をしたらいいかよくわ  
からないの」  
「じゃあやるなよ!」  
「ならその阿良々木くんは、ハロウィンに対して何か知っていることでもあるの  
かしら」  
「う……」  
確かに。  
日本人には馴染みの薄いイベント、ハロウィン。  
当然僕も馴染みが薄いわけで、知っていることなんて一握り。  
その知っていることも、一般常識の範疇であるから、差し当たって僕に特別性が  
あると主張するわけでもない。  
「さしていうなら…『トリック オア トリート』くらいかな、あのお菓子貰える  
やつ」  
毎年毎年ハロウィンになると、妹達が「トリックオアトリートッ!」と言ってお菓  
子をせびりに来る(あげないと妹達による鬼の様な折檻)ので、コレだけは覚えて  
いる。  
何だ、この物悲しい記憶は。  
僕にとってハロウィンとは妹達の菓子奴隷になる日でしかないのか。  
今年のハロウィンは事業仕分けによる中止を要求する。  
 
「トリックオアトリート…へぇ、やっぱりみんなそれなのね、平々凡々とした阿  
良々木くんらしいわ」  
「そんなに僕が平凡で嬉しいよ」  
最近、平凡ならざる変態と見なされることが多いから困っている。  
そんなに僕は変態というレッテルがお似合いなのだろうか。  
「 トリック オア トリート 」  
「…え?」  
「だからトリックオアトリートと言ってるじゃない、どちらを選ぶの阿良々木く  
ん」  
「いや…唐突にそんなこと言われても…」  
「あらそう、なら仕方ないわね」  
と言って、戦場ヶ原はおもむろに制服のボタンを右手で外しはじめ、左手をスカ  
ートの内側に突っ込んで何かを弄るような動作をし―  
 
 ホ チ キ ス  or   わ た し ?  
「 ト リ ッ ク オ ア ト リ ー ト ? 」  
 
右手にホチキス、左手は襟元。  
ボタンが幾つか外されたことによって左の鎖骨が見えている。  
ヤバい。  
マジエロい。  
半端なくエロい。  
首筋から鎖骨、そして肩甲骨への肩口ライン。  
または胸骨へのすこやかライン(性的な意味で)。  
ダメだ、もう直視しかできない。  
そして口内に突き付けられる冷たく鈍い危険な感触。  
全然エロくない所がコントラストのようにまた鎖骨のエロさを引き立てている。  
かなり上での前言撤回。  
やっぱり、ハロウィン実施を要求。  
ハロウィン=エロスに繋がるなんて予想出来なかった。  
不覚だ。  
一生の不覚。  
今日にもハロウィンはエロウィンまたはエロスと改名されるべきだと断言する。  
10月31日、エロウィンの日。  
それほどまでに、煽情ヶ原――  
いや、戦場ヶ原はこの時エロスの暴力に満ち溢れていたのだった。  
 
これを言葉で表せと言っても、未来永劫決して人類が表すことは出来ないだろう  
。  
そりゃそうだ。  
言葉に出来ないほど、強烈なのだ。  
――今の僕には、  
下校時刻のチャイムが流れていること。  
携帯の着信音が鳴り響いていること。  
廊下から聞こえてくる足音があること。  
教室のドアが音をたてて開き人が入って来ること。  
それら全てが徒党を組んで一列横隊にかかってきても僕の意識から戦場ヶ原を奪  
うことはできなかった―――  
 
 
「大変だ変態だ戦場ヶ原先輩―――はうわっ!?」  
 
 
教室のドアが壊れんばかりの勢いで開く。  
閉鎖空間を突破、神原の登場。  
しかし、このただならぬ雰囲気をすぐに感じとったのか、あっと言う間に踵を返  
していた。  
「す!すまなかった戦場ヶ原先輩!ごゆっくり!」  
ぴしゃり。  
高速で扉を閉め立ち去る!  
 
「待て待て待て待て神原!せめて用件を話してから帰れ!」  
それと僕を助けろ!  
「…その声…阿良々木先輩か?」  
おずおずと扉を開けそっと教室に入ってくる神原。  
「僕じゃなきゃ誰だって言うんだよ」  
「いや…そういった意味ではなくて……あれ?おっかしーなー……。」  
腑に落ちないことがあるのか、首を傾げる。  
何かエロい事あったのだろうか。  
いや、いい事あったのだろうか。  
そして、僕が口を開く前に戦場ヶ原が話し掛る。  
「その様子だと『元気いいねぇお嬢ちゃん、何かイイことでもあったのかい』と  
言って顔色赤面の痴情を聞き出すしかないのかしら、いいわ、全てを私に話して  
ご覧なさい神原、ことの次第によろうが許してあげる」  
「最近流行ってんのそのフレーズ!?」  
しかも何故か寛容なガハラさん。  
「うむ、ではお言葉に甘えてお話させていただくぞ戦場ヶ原先輩」  
「ええ、ありがとう神原、私嬉しいわ。で、話って?」  
この後神原が発した言葉、それを僕が予想することは決してできなかっただろう  
。  
それほどまでに、次に神原が発した言葉は予想外のものだった。  
予想出来るだろうか。  
予想外の事を。  
予想が、出来ない事を。  
まあ、予想出来ないからこそ予想外と言うのかもしれないが。  
予想できれば、それはもう予想外とは言えない。  
想定の範囲内だ。  
だから、結局予想外と言えるのだ。  
そう、例えば「念願のベンツを買いましたーっ!しかしトランクにチャカが満載」  
みたいな事も。  
 
 
「―その、阿良々木先輩にキスをされたのだ―」  
 
 
一瞬の沈黙。  
沈黙。  
沈黙。  
沈黙。  
そして沈黙の後には――  
 
 
「がじゃこっ」  
「痛ってええええええええぇ!!」  
綴じられるホチキス。  
口内に刺さる針。  
せめてもの救いは、鋭敏な歯の神経を刺激しなかった事くらいだろうか。  
一度戦場ヶ原にタイムショックと称され問題を間違える度に歯の神経に電流を流  
されるという拷問を受けたが、今回はその比、というほどでもない。  
本当に鋭敏な、歯の神経。  
「あらごめんなさい阿良々木くん、右手が勝手に」  
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ!絶対嘘だっ!そしていつの間にか左手だけで器用にカッタ  
ーの刃を交換するな!」  
「なんてこと!つい癖で」  
「どんな癖だよ!」  
「それは放置しといて神原、どうして私達二人がイチャイチャしている所にそん  
な話を持ってきたのかしら。別に電話でもいいのに」  
「話の内容は後回しかよ!」  
―いや、むしろその方が好都合かもしれない。  
どうせ神原の話すことだ、エロい妄言に満ち溢れていると予想できる(いや、もは  
や確信すらある)ので、今のうちに戦場ヶ原にはクールダウンしておいてもらうべ  
きだろう。  
冷静でない人間は、何をするかわからないと言うから。  
そう、春休みも、そうだった――。  
「いやそれが、何度携帯に電話をしても出ないうえに、家を訪ねても『ひたぎ?  
まだ帰っていませんが』という渋い声が帰ってくるだけだったので」  
「お父さんと話しちゃった!?」  
色眼鏡と白手袋がとても似合うお父さん。  
木曜洋画劇場CM、お疲れ様でした。  
…そういや、さっきから聞こえていた着信音は神原だったのか。  
会話に夢中で、僕も戦場ヶ原も全く気づかなかった。  
「あらそう、私としたことがうっかりしていたわ。で、神原?」  
「はいっ!」  
とても嬉しそうな返事。  
このテンションなら、1時間名前を呼び合うだけで有害図書が出来上がるんじゃな  
いかといった勢いである。  
「いったいどういったシチュエーションでどこをこうこうこうしたら阿良々木く  
んとキスするということが出来るのかしら、今後の参考とするために」  
「今後って何だ!?神原の身に起こったであろうことを再現ビデオのように僕で試  
してみるのか!?」  
「いえ、三回リプレイよ」  
「数を増やすな数を!」  
何てバラエティだ。  
「うむ、ここは私、神原駿河が戦場ヶ原先輩の期待に答えるため先程までのこと  
全てを全裸裸に話そう、覚悟してくれ戦場ヶ原先輩」  
「僕は無視か!?無視なのか!?それと何だ全裸裸って!」  
正しくは赤裸々だよ!  
 
 

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