001  
 
「それじゃ、さよなら」  
 ひたぎ――ガハラさん。  
 いや、戦場ヶ原は、そう言った。大人になった女の顔で――  
 本当、綺麗になったよな。自分の彼女ながら、そう思わざるをえない。付き合い出した  
頃も、高校生にしては大人びていたけれど。でも、もう。直後には、数秒後には、そんな  
関係でもなくなる。いや、もう既に――  
「あぁ。さよなら。バイバイ」  
 デレたあの顔はどこに行ったんだ。あの時なんか、あんなにも蕩けた顔をしていたじゃ  
ないか。こんな時にすら、こんな時だからこそ、そんな勝手なことを思いつつ、僕も、  
できるだけ平静を装って、さよならを告げる。告げてしまった。言ってはだめだ、言っちゃ  
だめだ、本当に終わってしまう。  
 いや、もう終わっているか――  
 と、心の中で騒ぎながら、いや冷静なつもりで。顔には出さず、出さないつもりで。  
多分、酷い顔だった。こんな時くらいキメ顔をしたいものなのに。  
 
 忍はどう思っているのだろう。  
 呆れているだろうか――  
「かかっ。あるじ様は不器用じゃのう。ま、あのツンデレ娘も同じじゃ。いやもう娘では  
ないかの。」  
 多分、こんなところだろう。忍は、化物の中の化物、怪異の王は、優しいのだ。冷徹な  
くらいに。  
 それが僕らの、殺し、殺された関係だから。  
 大学を卒業し、お互いに大人になった僕達は、よくある関係――よくある結果になった。  
なってしまった。  
 問題は色々あった――それ自体が重みとなる関係。僕達には重すぎたのかもしれない。  
 それだけじゃないけど、ないのだろうけれども、でも、まぁ、そういうことなのだろう。  
 ――私、男と別れたことがないのよ。  
 無論、こんな言葉で縛るつもりも、縛られるつもりも無かったのだけれど。  
 
 
002  
 
 それでも僕は相変わらず怪異に出会っていた。まるで何も無かったように、何があろう  
とも時が流れ続けるように。幸いなことに、そのほとんどは無害なものだったけれど。  
 そういえば、阿良々木ハーレムなんて呼ばれていた人間関係も、すっかり様変わりして  
しまっていた。細かいことは、誰も聞きたくないだろうから一々触れないけれども。  
 ていうか、ハーレムなんて言うけれど、みんなが想像するような関係なんてないんだよ。  
本当だよ。  
 出会いパート省略。  
 もう、何年もやってるから、いいよね?  
「あらやださん、本当はお約束をやりたかったんですよね。ただ、あまり文章が長くなり  
すぎても顰蹙を買うから遠慮しただけで。もう、ツンデレさんですねえ」  
「なんだその主婦の台詞みたいな名前は。ていうかツンデレって、そういうものじゃねぇ  
よ!」  
 まぁ、お約束をやりたかったのは本当だけど。  
「失礼。噛みました」  
「違う。わざとだ」  
「噛みまみた」  
「わざとじゃないっ!?」  
 以下省略――  
「ツンデレといえば。私も戦場ヶ原さんのことは色々と言いましたけど、さみしくなり  
ましたね」  
 
 小学五年生の女の子。  
 ツインテイルの女の子。  
 怪異そのものの女の子。  
 八九寺真宵。彼女は永久メンバーだ。  
「ああ、僕にはもう八九寺だけだよ」  
「そんなだから振られるんですよ!」  
「うきゅぅ」  
「なにそれ! かわいいです!」  
 どこかで聞いたことのあるような、ないような。そんなやりとりをしながら、歩く。  
特に目的も無く、なんとなく。  
 いや、正直かなりこたえているんだよ? ひたぎ、いや戦場ヶ原とのことは。彼女との  
時間が、どれだけ重要で、長かったかを痛感させられる――だから、まぁ、暇潰し。  
 いつぞやの彼女には甲斐性なしと言われてしまいそうだけれども。  
「でも、阿良々木さん。今後どうされるのですか?」  
「……んー、何が?」  
「アニメの話ですよ、BDが売り切れるほどヒットしたのに、そこからの展開で失敗した  
今こそ、私を彼女に昇格してテコ入れすべきじゃないんですか?」  
 アニメの話かよ!  
「人聞きの悪いこと言うなや! ていうか失敗なんてしてねーよ」  
「あぁ、まだでしたね。でも、いい加減にしないと、そろそろ折角つかんだファンも逃し  
ていまいますよ?」  
 
 メタすぎる――  
 原因は色々なところにあるのだろうけれど、ま、まぁ、深くは突っ込まないようにして  
おこう。  
 色々な意味で。  
「それにしてもですよ、阿良々木さん」  
「ん?」  
「いつでしたか、羽川さんと戦場ヶ原さんのことをお話しましたが、まさか本当に戦場ヶ原  
さんと別れてしまうなんて思いませんでした」  
「まぁなー」  
 いつもながら、こいつの話は急展開だな。  
「あの時は、本当に羽川さんがお似合いだと思ったのですけれど、その後の仲睦まじさと  
いったら、そのままゴールされてしまうのかと思いましたが」  
「まぁなー。大人には色々あるんだよ」  
「大人な色々なんて、いやらしいです!」  
「なんでそうなるんだよ!」  
 ま、大人だから、そりゃそれなりに、相応にはそうなんだけど。それでも(本当に)  
僕は戦場ヶ原一筋だったし、もちろん彼女も――そういう意味においては大人とはいえ、  
それなりに清い関係だったとは思うんだけど、そんなことは八九寺に言えないしな。  
 そんないつもの馬鹿なやりとりをし、しばらくの沈黙の後、気付くと僕らは、見覚えの  
ある公園に来ていた。いや、辿り着いていた――  
 
 
003  
 
 未だ読み方がわからない公園。そういえば、この場所も色々あったよな。  
 「なぁ、八九寺」  
 話しかけると、いつの間にか八九寺は姿を消していた。あいつ、いきなり居なくなる  
ことがあるんだよ。大抵の場合、都合が悪くなったりした時なんだけど。  
 仕方ないので、相変わらず派手な色のベンチに座り、懐かしい気分に浸っていると――  
「あらあら。犬の死体で尿道オナニーしている人が居ると思ったら、やっぱり、阿良々木  
くんじゃないの」  
 えらく懐かしい、いや、何だか色々とパワーアップした奇抜な挨拶が聞こえた。大人に  
なった分だけ強力になったのだろうか?  
 戦場ヶ原だった。ていうかお前、今はそんなキャラじゃないだろ! 口調が、出会った  
頃のクールなツンモードだよ!  
 本当に久し振りなんで、ちょっと怖い……。  
「隣、いいわよね?」  
「あ、ああ。いいよ」  
 少し、照れくさいので、ぎこちない調子で僕は返事をした。  
 ちょっと微妙な間――  
 
「そういえば、私、あなたに、お返しをしていなかったわよね」  
 デレた、いやドロったガハラさんには無かった調子で話を続ける。  
「え? 何の話だ?」  
「私達が出会った時の話よ」  
 澄まし顔で、随分と懐かしい話を持ち出してきた。しばらく見なかったけれど、この  
クールな顔。いいよなぁ。本当に。  
 思わず見蕩れながら返事をする。  
「あ、ああ。あれ? そうだったっけ?」  
 確かに言われてみれば、曖昧に終わったような気がする。  
「ええ。そうよ。何かないのかしら?」  
 んー。  
「なんでもいいのよ。語尾に『にょ』とつけて会話して欲しいとか」  
「もう、したじゃねぇか!」  
 ごめんなさい。しちゃってました。『にゅっ』とか『にょ』とか――  
「あら、そうだったわね。じゃあ、毎朝裸エプロンで起こしに来て欲しいとか」  
「それもだよ!」  
 ごめんなさい。何度もしていただきました。  
「じゃあ、浣腸ダイエットに付き合って欲しいとか」  
「それは、お前、本気で嫌がったじゃないか!」  
 本当に、ごめんなさい――  
 赤裸々に、極めてデリケートでプライベートな、恥ずかしい部分を攻められている大人  
の姿が、そこにはあった。  
 ていうか僕だった。  
 
「そうね、そうだったわね。これだから童貞は嫌だわ」  
「いや、僕は童貞じゃねえよ!」  
 どれだけマニアックで経験豊富な童貞だよ!  
「わかったわ。訂正します。経験は、ありません。処女です」  
「なんで僕の童貞の話をしているのに、お前の話になってんだよ!」  
 ていうか童貞の話も無理矢理だよ! しかもなんでさりげなく(さりげなくもないか)  
処女ぶってんだよ! お前が一番知ってることじゃないか! 僕との同棲生活は全否定  
なの?  
 なんだか、すごく懐かしい調子で会話? をしている気がする。あの時は、この流れで  
僕に告白させようとしていたんだよな。もっとも、こんな恥ずかしい攻めは無かったような  
気がするけれど。  
「つまりね」  
 ひたぎは、デレ、いやドロモードの顔に戻って、優しく僕に言った。  
「阿良々木くんみたいな、いかさない童貞野郎とつきあってくれる女なんて、せいぜい  
行き遅れ処女の私くらいのものなのよ!」  
 声と表情が優しくても、内容はきついままなんだな――ていうか相変わらず童貞処女  
設定なのかよ!  
 ――それはともかく。  
 
 どうやら、僕達は互いの重みを失なうことに耐えられないみたいだ。  
「そうだな。お前くらいだよ。本当に」  
 体を抱き寄せて、強く抱き締めながら。  
「ひたぎ。もう僕に、戦場ヶ原とか、ガハラさんなんて呼ばせないでくれ」  
「本当はね、ガハラさんって呼び方、私は気にいっていたのよ。流行らなかったけれど。  
戦場ヶ原、ね。戦場ヶ原っていうこの苗字、気にいってたのよね。でも仕方ないわ。  
暦みたいな、いかさない男、私くらいしか――」  
 僕はひたぎの台詞を強引にさえぎった。  
 数十秒の後――  
「あの頃の暦には、できなかったことよね」  
「超格好いいだろ?」  
 ――ひたぎは、いつものように体を震わせていた。  
 
 
おしまい。  
 

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