000  
 
 僕達は別れてしまった――重みにより始まった縁は、重みにより終わりを迎えた。  
無邪気で希望に満ち溢れた頃には気付けなかった――思い、重み。  
 問題はあった。初めから。それでも、僕達は一つずつ解決した。してきたはずだった。  
結局のところ、重みに耐えることができない、僕の人間強度の高さが原因だったのだろう。  
――いや、それだけではない。彼女にも問題はあった。僕だけのせいにすることは、彼女  
に対し失礼になる。僕達はそれだけの関係を築いていた――  
 重みを失なった生活は本当に味気ない、やるせないものだった。高校の二年間、戦場ヶ原  
はこんな生活をしていたのだろうか。僕自身の体験では、あの春休みに匹敵、いや、それ  
以上だったかもしれない。  
 春休みの僕には支えてくれる人が居た。が、戦場ヶ原の二年間には――  
 戦場ヶ原は大丈夫だろうか。いや、彼女は、あのときから変わったのだ。大丈夫。僕は、  
僕達は、だからこそ、こんな辛い選択をすることができたのだから。  
 
 
 
ひたぎようこそ  
 
 
 
001  
 
「棚からボタモチだな、兄ちゃん!」  
「棚からボタモチだね、お兄ちゃん!」  
 ――ひどいな、こいつら。  
 行動だけじゃなく、言葉までファイヤーシスターズなんだよな。言葉の消防車って、  
どうすれば呼べるんだろう?  
「でも、実際、空から私。だったのだけれど、ね」  
 ――したり顔で言うひたぎ。  
「何うまいこと言ってるんだよ!」  
 ――辛い、辛すぎる選択は間違っていた。いや、本当。無理でした――ごめんなさい。  
 僕達は、不思議な縁でヨリを戻した。  
 怪異に関わった結果。  
 ――不幸だったからこその縁。それで、よかったと思えるほど。それくらい、僕達は、  
お互いに参ってしまっていた。一度半身を失なうことで、それを再び、嫌になるほど認識  
させられ――結果、彼女は阿良々木家の人間になった。  
「チキンの兄ちゃんには、こんなことでもないとプロポーズなんて、できねーもんな!」  
「チキンって何だよ!」  
「翼さんから訊いたぜ!」  
「え、あ? いやいやいや!」  
「あら、羽川さんがどうかしたのかしら?」  
 少し冷たい目でこちらを見るひたぎ。やめてくれ――ごめんなさい。  
 
「でも結局、羽川さんが言ってた魔法の言葉って、なんでチキンなんだろうね?」  
 月火ちゃんが首を傾げる。もう『ちゃん』なんて付けるような歳でもないのだけれど、  
妹に年齢なんて関係ないよね。もちろん、火憐ちゃんも火憐ちゃん!  
 いやいやいや。しかし羽川、いや、羽川様は妹達になんてことをしてくれたんだ。  
 もう十分に阿良々木家の女性は強いのに、これ以上武器を与えてどうするんだろう?  
パワーバランスが崩れるじゃないか! まあ、そもそもバランスなんて取れるわけないか。  
僕にとって、最強の女性までメンバーに加わってしまったのだし――  
「羽川さんのことは、ひとまず置いておくとして、なにやら不愉快なことを考えている  
ようね? また、今晩、相談が終わらないのかしら?」  
 ――『ひとまず』が、クールな調子だったのは、ちょっと、いや、かなり気にかかる  
けれど、僕の考えていることをエスパーのように読む能力は、相変わらず、怖い。なんで  
こんなに読まれるんだろう?  
「愛しているからよ」  
 僕にしか聞こえないよう、耳元で囁くように言った。――やば。超格好いい。思わず、  
僕は小刻みに震えてしまう。  
 ――こんな、幸せ? な毎日を僕達は過ごしていた。  
 
 
002  
 
 新。婚。生。活――  
 僕だって、それなりの恋愛経験をしている(相手はひたぎだけだけどね!)。新婚生活  
といっても、その延長上なんだろう。付き合いも長いし……。なんてことを、なんとなく、  
根拠もなく思っていた。もちろん、その言葉への憧れや期待はあったのだけれど。  
 ――本気を出すと、変身するわよ。  
 いつだったか、ひたぎの言った台詞。まさか、本当に、しかも! 二度目の変身をする  
だなんて。  
 最初の変身はドロった後――  
 ドロドロになった時点で変身といえば変身ではあるが――その……恋愛に共なう行為。  
とはいえ、今から思えばウブなネンネの延長ではあった。もっとも、十代の、若さゆえの、  
今では真似できないようなことも、色々とあったのだけれど。  
 ひたぎの場合、とある理由から、ある意味抑制されていた部分が解放されたのだろう。  
それはそれで理解できるし、まあ、理解はできた。けれどウブな僕には、ほんのちょっと  
だけ恐かったのはここだけの秘密。すぐに慣れたし、本当に、心の底から嬉しかった――  
 で、この新婚生活で二度目の変身。延長上だと思っていたその行為は、本質的に異なる  
意味を持つ――僕達にしかわからない世界。そして僕達だけの――それが、ここまで女を  
変えるものだとは。  
 
「こよみ、こよみ……こよみ……っ!」  
 変身したひたぎは、僕の名前をひらがなで呼ぶ。ちなみに普段は漢字。怒ったときは  
カタカナ。  
 かつて鉄仮面だなんて言っていた表情は蕩け……僕とひたぎは――  
 ――気怠い空気――湿度が少しだけ高くなったような。  
 そんな、なんでもない、ありふれた土曜の午後――  
「そろそろ、いいかげんおなかが空いたわね」  
「ん、ああ。どうしようか? 外で食べる?」  
「そうね。そういえば、お買い物にも行かなければならないものね」  
 僕達はシャワーを浴び――出掛ける準備をする。  
 僕はちゃっちゃと準備を済ませ、ひたぎの後ろ姿を見る。ふと、「女は何をするにも  
時間がかかるとかいうけど、ひたぎはそうでもないよなあ?」「時間がかかるのは要領が  
悪いだけなのよ。――それよりコヨミ。時間がかかる女って誰のことなのかしら?」  
――なんてやりとり思い出す。  
 結局、僕がひたぎのペースに慣れてしまっていただけのことなんだけど、あのときは  
強制的に冷却、冷静にさせられた頭で考えさせられたんだよな。いくらひたぎが電撃戦、  
速攻では、あの羽川でさえかなわないレベルの能力を備えているとはいえ、やはり、それ  
なりの時間はかかっていた。ただ、それだけのことだった――  
 
 
003  
 
 ひたぎと手をつなぎ、近くの駅行きのバス停へと歩く。  
 あの学習塾があった駅とは別の路線。  
 僕達の週末、定番のコース。  
「駅のあたりはクリスマスムードで一杯なのでしょうね」  
 昔の彼女からは考えられない台詞。外は寒いけれど、彼女の手はとてもあたたかい。  
ほほえむひたぎ。ニヤけてしまう僕。バスを待つ間、ひたぎは僕にぴったりとくっついて  
いた――中学生の恋愛みたい?  
 いやいやいや。  
 バスに乗る。  
 一番後ろの席、独特の空間。  
 ほとんど乗客はいない――  
 後で、忍に散々茶化された挙句、「儂と、他の客への迷惑料じゃ!」なんて、大量の  
ドーナツを請求されるくらい、このときはバカップル状態だったらしい。お客なんて、  
そんなに乗ってなかったじゃないか……  
 あっという間に、バスは駅に着いてしまう。  
 いつもの、小さな喫茶店で遅めのランチ。  
 近くの、大型スーパーで買い物。  
 陽気なクリスマスBGMが流れる中、カートを押す僕。  
 ひたぎは次々と必要なものを要領よくカートに放り込む。と思っていたら少し悩んで、  
「あら、これは必要だったかしら? 暦?」「あ、そういえば、そろそろ切れるかも」  
――なんて。僕達は、なんでもない、どこにでもある、本当に幸せな時間を楽しんでいた。  
 
 あっという間に暗くなるこの季節。  
 夕焼けには間に合った。  
 綺麗な光が差し込む、帰りのバスで買い物袋をかかえる僕とひたぎ――  
「さすがに、この時間は混んでるわね」  
「やっぱ、クルマがあった方が便利だよなあ」  
「あら、私、バスは好きよ」  
「空いてれば、イチャイチャできるし?」  
「馬鹿。違うわよ。いえ、違わないわね。でもそれだけじゃないのよ。なんていうか……  
バスの中って、独特の空気があるじゃない? それに、今日みたいな夕焼けがあると、もう  
最高ね。夕焼けを見ると、暦と初めて会った日を思い出すのよ」  
 そういえば、あの日も綺麗な夕焼けだった。  
 ――空の色が紫からオレンジ色へのグラデーションを描く。バスの窓から見える狭い空は、  
みるみる内に濃い紺色に変化する。  
「ただいまあ」  
「ただいま」  
 なんとなく、言葉少なになりながら、僕達は部屋に戻った。  
 暗い部屋の電気を付ける。  
「さて、ごはんの準備でもしようか」  
「え、ええ。そうね」  
 少し疲れた様子のひたぎ。  
 ――ここんとこ、ときどき元気が無いんだよな、ひたぎ。大丈夫かな……  
「ひたぎ、疲れた? 大丈夫?」  
 
「ええ、ごめんなさい。大丈夫よ。ここ数日ちょっとだけ体調が悪いのよ。ときどきだけ  
れどね。出掛けるときは、本当、平気だったのに。本当よ?」  
「んん、わかった。……とにかく少し横になりなよ」  
「うん、ごめんなさい。そうさせてもらうわ」  
 ――とにかく、僕は布団を用意した。ちょっと辛そうな感じでパジャマに着替え、布団  
に入るひたぎ。  
「ひたぎ、めずらしいよな。こんなこと」  
「うん、ごめんなさい……あ、ちょっと、こっちへ来て……」  
 ――すっごい、いつもよりとろとろのべろちゅー。本当、どうしたんだ?  
「ふふ、ちょっと落ち着いたわ。ごめんなさいついでに、ちょっとわがまま、いい?」  
「ん? どうした?」  
「……しばらく、このままでいて」  
 ――気付けば、二人ともそのまま眠ってしまっていた。  
 ひたぎの起きる気配で、僕も目を覚ます。  
 んん、ひたぎ? ――トイレかな? 頭がぼーっとして……それにしても、遅いな。  
「あら、起こしてしまったかしら?」  
「あ、いいよ。それよりも大丈夫?」  
「ええ、大丈夫よ。それと……調子が悪い理由、わかったわ」  
「え?」  
 
 
004  
 
 後日談というか、今回のオチ。  
 またも、阿良々木家に女性メンバーが増えることとなった。  
 予定日は、まだまだ先だけれど。  
「ふう……お腹、動いたわ」  
「わあ、ほんとだ」  
「うふふ。お腹が大きくなるのは嬉しいけれど、暦の好きな、わがままボディではなく  
なってしまったでしょう? それがちょっと心配ね」  
「ひたぎさん……なんて美しいんだ。まさに僕の理想の人だよ……愛してる」  
「馬鹿……」  
 ――まったく、いいかげんにせい……  
 忍は、あきれたような、あきらめたような。それでいて嬉しそうな表情で今日も溜息を  
ついていた。  
 
 
 
おしまい。  
 
 

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