「いっくん!!!おはよっ!待ってたよっ!!」
「…………」
物凄いテンションだった。
世の中は予想通りにいかないことばかりだけど、ここまで予想を上回る出来事もそうそう無いのではないだろうか。
「ていうか遅いっ!遅いよっ!来るって言ったら普通朝から来るでしょっ!≪献血ありがとうございました、ただし吸血鬼≫みたいなっ!待
ってたのにっ!いっくんが来ると思って朝からお料理とお掃除済ませてずっと待ってたのにっ!」
「…………」
「もうっ!あっ、それにせっかく作ったお料理も冷めちゃってるんだよっ!いっくんのばかー!」
「ぐほぁ」
完全な不意打ちで巫女子ちゃんの水平チョップが喉に直撃する。今度は寸止めはなかった。本気で痛い。
「しょうがないからレンジでチンしてくるよ……。いっくんは座って待っててっ」
そう言って奥へととたとた走っていく巫女子ちゃん。失礼ながら、エプロン姿が死ぬほど似合わない。以前のスイートポテトとか、料理は
するんだろうけども。
「あ、そうそう。いっくんっ」
ひょっこりと顔だけ出して声をかける。
「あのベスパだけど、いっくんにあげるよっ。だからあれで毎朝ここにおいでよっ!巫女子ちゃん朝ごはん作って待ってるからさっ。そした
らあたしの車とかバスで一緒に学校行けるよっ!」
「……そうだな」
うんっ、と言って、満面の笑みで戻って行く巫女子ちゃん。
「…………」
そしてぼくは、もう一度小さく呟いた。
そう。これもまた、一つの帰結。あったことはなかったことに、なかったことはあったことに。
こうしてこの小さな事件は、人間失格の殺人鬼の再登場も、狂気の壊人の登場も待たずに幕を下ろす。
結局、こうなった今でも、ぼくは巫女子ちゃんに対して個人的な情を抱いているわけではない。
しかしまあ。
どのような道を辿ろうと、どんな過程を歩もうと、収束点は唯一にして無二だというのなら。
こういうのも、実際、悪くない。
そういうわけで、すこぶる恥ずかしいことだけれど、最後に、この言葉を送ろう。
「少しくらいなら甘えてもいいよ」
「いっくん大好きっ!」