「んー? これは何なのかな、阿良々木君?」  
「いや、それはその……チョコ、だけどさ」  
 時刻は夕方。今日もいつものように羽川ターンの家庭教師をしてもらった僕は、思い切って  
その包み紙を差し出した。  
「二月十四日……バレンタイン、だね?」  
「そうだぞ」  
「……逆チョコ、って奴……だったり?」  
「あ、いや……そうじゃない」  
 僕としては、それも考えないではなかったのだが――友チョコという奴だ――、今回の  
これは……  
「うちの、小さい妹の方がさ、羽川さんに、って」  
「月火ちゃんが?」  
「ああ。なんか、色々お世話になりましたし、お兄ちゃんのお世話もしてもらってますし、  
 とか言ってた」  
「ああ……ああ、そっか。そうだよね」  
「本人が渡せばいいのにな。何か、月火ちゃん、恥ずかしがっちゃって。何を意識してんだか」  
「そうだね。もう私と月火ちゃんは友達なんだから、気兼ねなく渡してくれればいいのにね」  
 あれ?  
 なんだか、羽川がおかしい。なんか、表情が……暗い?  
「そっか……そうだよね……」  
「どうした羽川? もしかして、チョコ苦手だったとか?」  
 だったら、チョコなんて貰っても迷惑だよな。もしそうなら、月火ちゃんにそこの所を伝えて、  
別のお礼の仕方を考えさせなくちゃならないが……  
「ううん、そんな事は、全然。昨日なんて、板チョコ十枚分くらい食べたくらいだよ」  
「……羽川、相当チョコが好きなんだな」  
「あー……そうでもないんだけどねー」  
 何故か、羽川は苦笑いを浮かべた。別にチョコが好きってわけじゃないなら、体調管理に  
気を使う羽川が、一日で十枚も、こんな高カロリー食を食べるわけが無いと思うんだが……。  
「……まあいいか」  
 問題は、そこじゃあ無い。  
「じゃあ……どうして浮かない顔してるんだ?」  
 問題は、こちらだ。  
「……ちょっとね。ちょっとだけ思っちゃったんだ」  
「何を?」  
「これが、阿良々木君からの逆チョコだったら良かったのに、って」  
 ………………。  
 ど、どういう事だ?  
「ごめんね、阿良々木君。阿良々木君は優しいから、きっと私の事も色々考えてくれるから、  
 だから……だから、ごめんね、阿良々木君。今言った事、忘れてもらえるかな?」  
「今いった事って……」  
「逆チョコだったら良かったのに、って所。戦場ヶ原さんとの約束、破っちゃう事になるし……」  
「……羽川、それって……」  
 いや、それは知っていた。羽川が、僕の事を憎からず思ってくれている事を、僕は知っていた。  
 だが、それは一方的にだ。羽川自身は、自分の想いが僕に知られている事を、知らない。羽川に  
憑いた猫が、知らせようとしなかった。  
 なのに、今、羽川は……。  
 一体、何がきっかけだったのかはわからない。  
 何が、完璧な彼女を崩したのかは、わからない。  
 だが、羽川は、確かに、自分の想いを口にしてしまった。そうする事で、様々な物が瓦解する事に  
なる、だからこそもう一人の自分に託して、自らは秘して語らぬと、そう決めた想いを。  
「月火ちゃんにも失礼だしね、せっかくチョコくれたのに。だから……忘れてくれるかな、阿良々木君」  
「……それで、いいのかよ」  
 僕は、体中に血がめぐる音を聞いたような気がした。  
 熱くなっていたのだ。  
「え? ……だって、そんな……阿良々木君だって迷惑だろうし……戦場ヶ原さんにだって……」  
「僕や戦場ヶ原の事はどうだっていいだろ! お前は……お前はどうなんだよ、羽川翼!」  
 僕は叫んでいた。  
 どうして、そんな事を叫んでしまったのか、今となってもわからないままだ。  
 
 だが、僕は……こんな羽川を見たくなかった。  
 嘘をつく羽川を、見たくなかった。  
 自分を騙す羽川を……見たくなかった。  
 もう一人の自分に託すでもなく、ただ、今現在の自分を騙し、嘘を付き、やりすごそうとする、羽川を。  
 それが、理由かもしれない。  
「……阿良々木君……やっぱり、優しいんだね」  
 そう言って、羽川は、月火ちゃんから贈られたチョコの封をほどいていく。  
「本当はね、チョコ、作ったんだ。でも、渡せないな、って……だから、自分で食べちゃった」  
 だから、と羽川は前置きし、チョコを一欠片口に含んだ。羽川の口の中で、舌がチョコを舐めとかして  
いく。そして、羽川は僕に両手を差し出した。  
「月火ちゃんには申し訳ないけど……約束破っちゃう事を、戦場ヶ原さんにも謝らなきゃだけど……」  
 僕は……その両手に導かれるように、そっと羽川の背中に手を回していた。  
「好きです……阿良々木君」  
 羽川との初めての口づけは、チョコレートの味のする、それはそれは甘い物だった――  
 
 
 
 
 
 
「という夢を見たんだが、これは一体何を暗示してるんだろうな?」  
「持て余し気味さんが欲求不満だと言う事くらいしかわかりかねます」  
「僕の名前を中学二年生の男子のように言うな。僕の名前は阿良々木だ」  
「失礼、噛みました」  
「違う。わざとだ」  
「加味しました」  
「何をだっ!? 何が加えられたんだっ!?」  
 僕が持て余し気味とか、そんな評価がか!?  
「私としましては、そんな相談を小学生女児に行う高校生という時点で、阿良々木さんは  
 十分に色々と持て余してると思うのですが……」  
「……いや、だって、お前にしか言えないよ、こんな話」  
「私にだって言わないでください! デモクラシーは無いんですか!」  
 なるほど。八九寺の場合、脳内会議とかで多数決の民主制なんだな。わかる気がする。  
「まあ、阿良々木さんの羽川さんラブの度合いは、遂に淫夢を見せる段階にまで至って  
 しまった、という事ですか。これは正式な彼女である戦場ヶ原さんにとっては由々しき問題なのでは?」  
「いや……だって、戦場ヶ原は、別に最後に自分の所に戻ってくるなら、誰と浮気しても構わないって  
 言ってたくらいだし……大丈夫なんじゃないか?」  
「はぁ……これだからデリバリーの無い人は困ります」  
 宅配で真心届けられても困ると思う。  
「とにかく、こういう夢を見てしまった、という事は戦場ヶ原さんにちゃんと報告した方がいいですよ」  
「げ、マジでか?」  
「そうすれば……まあ、きっと、今日はバレンタインデーですし、きっと定番の展開とかが  
 あるんじゃないかと私としては思うのですが……あの方も、結構パターンな方ですしねぇ」  
「……まさか、戦場ヶ原に限って、そんなありがちな事をするとは……」  
 とか言いながら、裸リボンで『さあ、好きなだけ甘い甘いチョコレートを食べなさい』といつものように、  
それでいて頬だけは赤く染めた戦場ヶ原の姿を思い浮かべてソワソワしてる男子高校生がそこにはいた。  
 っていうか、僕だった。  
「で、ですね、阿良々木さん?  
「なんだよ」  
「この話のオチ、というか今回の後日談は?」  
「……そんなもんねえよ」  
「なるほど、今の阿良々木さんの状態そのままですね」  
「その心は?」  
「オチがつかない……落ち着かない、と」  
「おあとがよろしい……のか?」  
「いい事にしておきましょう」  
 ちゃんちゃん。  
 
                                                      終わり  
 

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