実際の所、ガハラさんの御身体を拝見するのは、これが初めてではない。  
 あの時――あの、蟹にお願いしに行く為の下準備の時、こいつは僕にその豊満な身体を惜しげも  
無く晒して――その背にうっすらと残る傷痕は、一切、晒さなかった。  
 でも、今、戦場ヶ原は後ろを向いていた。背中を、見せていた。  
 下着は、下半身の一枚を残して脱いでいた。フロントホックのブラジャーを、それを自分の手で  
外してしまいたいという願望は無くも無かったけれど、それよりも何よりも、大事な事がある。  
 背中を、素肌を見せていた。  
 つまり、そこに残る傷痕も。  
 それは信頼の証。  
 そして肩ごしに向けられる視線は、親愛の眼差し。  
 これから登ろうとしている情愛の階(きざはし)を、思わず一段飛ばしにしてしまいそうな程、その  
視線は熱く蕩けていた。  
 戦場ヶ原蕩れならぬ、戦場ヶ原が蕩れ。もちろん言うまでもなく、そんな彼女に、僕は見蕩れていた。  
「……そんなにじっと見つめて……まさか阿良々木君が傷痕フェチだったとは、知らなかったわ」  
「なんでそうなるんだよっ!?」  
 傷痕。  
 それは、幼い頃に大病を患った戦場ヶ原が、命と引き換えにその身に刻んだ物だ。  
 消える事なく残り続け、彼女を縛り続ける呪となる――そうなるはずの、対価だった。  
 だが、その対価すらも――それすらも、彼女の命と引換えにするには、軽かったのか。  
 戦場ヶ原は、その持てるほぼ全てを失った。  
 取り戻そうとした年月すらも、無駄に終わった。いや……それは失う事を加速させすら、した。  
 何もかもを失くし、それでも諦めていなかった。  
 何もかもを失くしたのに、それでも諦めていなくて――だから、僕と出逢えた。  
 そして今、戦場ヶ原は、本当なら、それだけが――ただそれだけを対価とすれば済んだはずの、  
その傷痕を、僕の目の前に曝け出していた。  
 もう、ほとんど消えかかっている。  
 長い年月は、失い続けた、失くし続けた、泣くを続けた年月は、命の対価としての傷すらも、ほぼ  
償却する程に苛烈で、切ない物だったのかと、そう思わせるような……それは、希薄さ、だった。  
 もう、ほとんど消えかかっている。  
 でも、それを僕は……真正面から受け止めなくちゃならない。  
 消えかかっているから、後は消えるに任せるんじゃあ駄目だ。消える前に――その傷痕も含めて、  
僕はお前を愛しているんだと、そう伝えなきゃならない。  
 僕は意を決し――いや、意なんか元々決している。僕は、あるがままを伝える為、口を開いた。  
「僕は傷痕フェチなんかじゃない」  
「知っているわ」  
 僕が執心しているのは、お前だよ、と……そう言葉を継ごうとした僕を、戦場ヶ原が遮った。  
 ……お見通し、ってわけか。お見落としするはずもない、よな。  
「阿良々木君は無類のパンツフェチだものね」  
 僕はコケた。盛大にコケた。  
 まさかの、ここに来ての暴言毒舌通常モード!  
 しかも、何か微妙に真実を言い当てているような気が無きにしも非ず!  
 とはいえ、ここは否定しておかねば、色々と不味い。不味すぎる!  
「だからなんでそうなるんだよっ!?」  
「穿いてないから恥ずかしくない、という最近よく聞く台詞に対するあなたの発言は素晴らしかったわね」  
「……僕、何か言ったっけ?」  
「『穿いていないという事実をこそ恥ずかしがれ! パンツに対する冒涜は許さない!』」  
「それは女の子とかどうでもいいレベルに達した、ただのパンツ好き変態の発言だろ!?」  
 あくまで僕の興味は、女の子が穿いたパンツであり、パンツそれ自体に欲情するような変態では……  
まあ、多分、その、無い、はず?  
「そんな! せっかくここまで脱いだというのに、阿良々木君が女の子なんてどうでもいい、ただの  
 パンツ好き変態だったなんて!? 最後に残ったこの一枚を脱げば、私なんかに脇目もふらず、  
 そちらを拾ってくんくんしてしまうのね!」  
「僕の性癖をパンツ自体が好きな変態という事にするな!」  
 ……戦場ヶ原の穿いていたパンツを拾ってくんかくんかするという誘惑に、心が揺さぶられないでも  
無いけれど……それで全てを失ってしまうつもりは、僕には無い。  
 というか、この女……どこまで気づいてるんだ!?  
 まさか、阿良々木ハーレムby八九寺命名は全員パンツコンプした、なんて事実までは掴んでいないと  
思うのだが……。  
 
 とにかく、余計な事を気取られる前に、僕は無理やり話を戻す事にした。  
「……せっかく、それなりに格好良く決めようと思ってたのに、この流れじゃ全然決まらないじゃないかよ……」  
「無理に決めようと思ったりなんかしなくていいのよ」  
 僕は今更ながらに気づく。  
 そんな通常モードの暴言毒舌の最中でも、やはり――やはり、戦場ヶ原の瞳は、蕩けたままだった。  
「そんな事しなくても――あなたは、格好いいんだから」  
 ……ああ、もう。  
 結局、それは僕に対する信頼って事なんだろうな。  
 それを見せたのは、ただ単に、自分が踏ん切るその為に。  
 その傷痕を、阿良々木暦が受け止めてくれるって事に関しては――最初から信じて疑ってないんだ。  
 言葉は要らない。お約束すらも、そこには必要無い。  
 あるのはただ、信じる決心――もう、ほとんど固まっていたそれを、二度と崩れないように強固にする事、だけ。  
 それさえ終えれば、あとは……してもらうだけ。  
 突然というわけでもないデレは、いよいよ戦場ヶ原の中でそれが固まったという、二度と崩れないと  
確信できたという、そんな証左なのだろう。  
「そんな事しなくても――私は、知っているんだから」  
 もう、言葉は要らない。お約束すらも、そこには必要無い。  
「……ああ、そうだよ」  
 僕は、だからこそ言った。言葉にした。要らない物であろうと、いや、要らない物だからこそ、それを  
口にする事に、意味はある。これだけ怪異に関わってきた僕らだ。言霊を馬鹿にする事は出来ない。  
「僕が執心してるのは――大好きなのは――心を奪われているのは――――――お前だけだよ、ひたぎ」  
「……うん、知っているわ」  
「ずっと……ずっと一緒にいたい。いられると、そう、思ってる」  
「……うん、知っているわ」  
「お前も……僕と、一緒にいたいと、そう思ってくれている?」  
「訊かないでちょうだい……知っているくせに」  
「……ひたぎ」  
 僕は、背中からひたぎの身体を、その傷跡ごと包み込むように、抱きしめた。  
 肩ごしにかわす、口づけ。  
 互いの舌が、互いの舌をまさぐる、深い、深い、キス。  
 確かに、僕は知っている。  
 だって、僕はこいつを離すつもりは無いんだから。そして、ひたぎも、それに応えてくれているんだから。  
 だから僕は。  
 知っている。  
 

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