「阿良々木君?」  
「なんだ、戦場ヶ原?」  
 僕はついにやってきたその瞬間に、心踊らせていた。  
 Aはあの星空の夜交わして以来、なんどとなくやってきた。戦場ヶ原の唇の柔らかさに、  
僕は虜にされていると言っても過言ではない。時折その唇が、僕の唇から外れて、僕の  
首筋や鎖骨の辺りを啄む事があったりもしたのだけれど、そういう事をされる時に僕が  
何を感じていたか――これはもう、いちいち説明するまでもないだろう。  
 もちろん、普段は"それ以上の事"などあろうはずもなく、いたずらめいた笑みを浮かべた  
戦場ヶ原の顔に見惚れる形で"行為"は終わるのけれど、そしてそれでも僕は満足できる  
のだけれど、今日は少しばかり状況が違った。  
 時間を少し遡る。  
「阿良々木君」  
「なんだ、戦場ヶ原?」  
「今日が何の日か、覚えているかしら?」  
 それは、いつものように戦場ヶ原の家で家庭教師をしてもらっていた時の事。  
 まあ、なんとか大学には合格したものの、今の基礎学力では入学後の勉強に差し支えが  
あるとの事で、春休み真っ只中で、他の大学合格者が遊び呆けている今現在も、相変わらず  
戦場ヶ原による僕への家庭教師は継続されているのだった。  
 ちなみに、羽川は既に世界周遊……いや、あいつの場合は世界修学か。何にしろ例の旅行  
の下準備とやらで、既にアメリカにいる。したがって、僕の家庭教師は今現在、戦場ヶ原だけ  
だった。  
 毎回思うのだが、教師の家に生徒が出向いているのに、それを家庭教師と呼ぶのは  
言葉の定義上間違いなのではないだろうか? まあ、そんな益体も無い事を考えたり  
するくらい、僕と戦場ヶ原の間には間違いどころか、その気配すらもなかったりするわけ  
だけれど――いや、したわけだけれど。  
 だが、その日は何かが違った。  
「今日って……三月十四日だよな?」  
「……今日が何の日か、まさかわからないわけではないわよね?」  
 突然、戦場ヶ原がそんな事を言い出した。  
 今日が何かの記念日だとか、そんな事はありえるはずが無いんだが。なにしろ、僕らが  
出会ったのは去年のゴールデンウィーク明けの事だ。それ以前の今日、三月十四日が、  
僕らの記念日である事は、物理的にありえない。となると……これはもしや、僕の基礎知識  
を試す問題という事か!?  
 僕は頼りない脳みそをフル回転させて考えた。僕の得意な科目は数学だ。だから、その  
方面から問題を出すという事は無いだろう。となると……苦手な社会関係の事件があった日、  
と考えるのが妥当だ。となると……そこで僕の頼りない脳味噌に閃きが走った!  
「そうか! 今日はあのバカヤロー解散があった日だな、吉田茂の!」  
「そうね、阿良々木君がバカヤローであるが故にその生命を失う日でもあるわね」  
 同時に、僕の眼球にも閃きが走っていた。具体的に言うとコンパスの針の。お前、そういうの  
もう持たなくなったんじゃないのかよ!  
「……流石に今のは冗談、よね?」  
「そ、そりゃもちろん。……ホワイトデー、だろ?」  
「それがわかっているのならばいいのだけれど……時々阿良々木君の事だから、  
 そういう事を本気で忘れているのではないかと不安になる私を許してちょうだい」  
「その前に僕の眼球を許してください……」  
 その言葉に応じたわけではないだろうが、戦場ヶ原は僕の眼球からコンパスの針を避けた。  
 ……何故かそれを筆入れではなく胸ポケットに直したのは、あえてツッコミを入れない方が  
いいんだろう。僕だって自分の眼は惜しい。  
 見ての通り、羽川による人格矯正プログラムを受け、一時はデレを通り越してドロの域に  
達していたひたぎさんだったが、今はそのプログラム効果も薄れたのか――プログラム管理者で  
ある羽川が日本からいなくなった事が大きいのか――、以前のようにツンデレキャラとしての  
アイデンティティーを取り戻している。それが僕にとって良かったのか悪かったのかは微妙な所  
だけど……まあ、この方がガハラさんらしいと言えばらしい、よな?  
「さて、阿良々木君。話を戻すのだけれど」  
「ああ、今日がホワイトデーって話だよな」  
「そうね。でも……バレンタインの時、私、ひどい事をしたでしょう?」  
 
「ああ……」  
 それは今から一ヶ月前、二月十四日の事。  
 まあ、恋人たちにとっては重要な日である所のバレンタインデーに、僕は寝込む羽目になった。  
原因はと言えば、まあお察しは付くだろう。ガハラさんが作ってくれたチョコレートだ。  
 戦場ヶ原の奴は、料理自体はソツなくこなすんだが――半一人暮らし生活が長いからだろう――  
ことお菓子作りとなると、何がどう違うのか、さっぱり無残な有様を露呈してしまう。意外と神原の  
方がソツなくこなしたりするのに驚いたりしたもんだ。  
 でまあ、それでも無理して手作りでチョコを作ったはいいんだが、なにやら材料にうまく火が通って  
なかったとかで、それを食べた僕は腸にダイレクトアタックを喰らう事になってしまった、というわけだ。  
 もちろん、寝込んだと言っても次の日には回復する程度の軽症で、僕は全然気にしてなんか  
いないんだが……被害者が気にしてない事でも、加害者が気にしているという事は、世の中では  
ままある事なわけで。  
「あの事なら気にするなって言っただろ? 別に受験にも大過無かったんだしさ」  
「阿良々木君が気にしていなくても、私は気にするわ」  
 まあ、その辺りは戦場ヶ原の性格からすれば、当然そうなるだろう。  
 あの日、目を覚ました僕の視界に、涙に濡れた戦場ヶ原の顔が映ったって事で、僕としてはもう  
十分にあの件は水に流していいと思ってるんだけどな。物凄く可愛かったし。っていうか惚れ直した。  
 でも、そんな事をガハラさんに直接言うのも躊躇われる。ぶっちゃけ恥ずい。  
「だから、ね? お詫び、と言ってはなんなのだけれど、お詫びになるかどうかもわからないの  
 だけれど」  
 僕が何と言っていいののかと逡巡している内に、戦場ヶ原は矢継ぎ早に言葉をぶつけてくる。  
 いつもの、ノリノリで僕にぶつけている暴言や毒舌とは違う、何か……恥ずかしさを押し隠した  
ような速さで、僕に言葉をぶつける。受け取って欲しいと、断らないでくれと、そう懇願するような。  
「償いを」  
 そこで、戦場ヶ原は言葉を切った。そして大きく息を吸い、  
「……させて、欲しいの」  
 そう、言った。  
 
「……そんな、償いだなんて、そこまでする必要無いぞ」  
 それに、もうしてもらったしね、とは言えない。言ったら多分、ガハラさんは本気で怒ると思う。  
僕の眼球の危機、再び。眼球だけで済めばいいけど……少しだけ"その先"を想像してしまい、  
僕は背筋に寒気が走るのを感じた。  
「いいえ、阿良々木君にはなくても、私にはある。いうならば、これは私がしたいから、償いたい  
 と思ったから、だからする――私が勝手に償うだけ」  
「……久しぶりに忍野の名言を聞いた気がするよ」  
 ちょっとアレンジ入ってるけどな。  
「その為の準備も、してきたわ」  
「へ?」  
 その為の準備って……どういう事だ? 何か、償うのに準備するような事が、あるのか?  
「今日、今、これから、ここで……私にエロい事をしなさい、阿良々木君」  
「……」  
 一瞬、僕の頼りない脳みそは、完全にその活動を停止した。  
 そして動き出した次の瞬間、僕の脳味噌は選択した。  
「はあああああああああああ!!!??」  
 叫ぶ事を。  
「ちょっと、阿良々木君。お隣さんに迷惑でしょう?」  
「あ、ごめ……ってそうじゃねえよ!? なんだ、いきなりエロい事をしろって……まさか神原菌  
 が伝染でもしたのかっ!? ええい、衛生兵! 衛生兵を呼べ!」  
「落ち着いてちょうだい、阿良々木君。別に私は神原のエロを伝染されたわけではないわ」  
「……まあ、そりゃそうだよな。そんなものが伝染るわけ」  
「そもそも、私のエロがあの娘に伝染ったのだし」  
「大元はお前かよ!」  
「それに、あの娘はそうさしてあの年代の女の子としてエロいというわけではないわ」  
「……それはちょっとばかり同意できかねるんだが」  
「ただ変態が、あの年代の女の子にしてはありえないだけで」  
「同じだろ!?」  
 僕はほとんど条件反射のようなツッコミを入れながら、それでも頭の中では考えていた。  
 エロい事をしろ。  
 そう、確かに、あの戦場ヶ原が、あのひたぎさんが言ったのだ。  
 Aまでは確かにした。あの初めてのキス……星空の下、あり得ないくらいにロマンに溢れた  
場所で、そっと啄んだあいつの唇の甘さは――そう、それは実際に甘かったのだ――、今も  
忘れられない。忘れようが無い。忘れる事なんか、無い。  
 それ以降も、普通に恋人がそうするように……まあ、そりゃ、頻度自体はそう大した回数では  
無かったかもしれないが、それでもキスは何度かしている。  
 そして、今はそれで良かった。その先は、想像する事はあっても、時折戦場ヶ原の唇が僕の  
首筋なんかを辿った時に、映像として思い浮かべてみたりはしたけれど、それを求めようとは、  
そこまでは、思わなかった。  
 それは、戦場ヶ原を想っての事ではある。いつか必ずという約束はあるが、それがいつになるかは  
わからなかった。でも、そんな事の為に、そういう事をさせてくれないという理由が故に、戦場ヶ原を  
捨てるという事は、僕には出来なかった。できそうになかった。  
 ひたぎさんが言った、阿良々木君に嫌われるのが怖い。それ程までに僕に参っているという言葉は、  
そのままそっくり僕にだって当てはまる。  
 だから、それで満足できるように、己を律していた。もちろん、キスだけでも十分気持ちよく――それは  
無論、相手が戦場ヶ原であるという事が大きな要因だ――それ自体でも満足できていたというのは、  
これはこれでその通りなのだけれど。  
 だから、今はこれで良かった。  
 例え、この先ずっとそうでも、僕は構わなかっただろう。  
 だが――約束の時は、突如として訪れた。  
 そういう事も、いつか必ず。  
 そういう事。  
 つまりは、エロい事だ。  
 私にエロい事をしなさい、阿良々木君。  
 確かに、そう言った。  
 幻ではなく。  
 夢でもなく。  
 現実として。  
 
「ひゃっっほぉぉぉぉぉぉぉおぉぉい!!」  
 と飛び上がりたい所ではあったが、僕は一つだけ気に掛かる事があった為、それを自制した。  
 それは、とても大事な事だ。僕と戦場ヶ原にとって、とてもとても大事な事だ。  
「……いいのかよ、戦場ヶ原?」  
 元々、戦場ヶ原が"そういう事"をできなくなったのは、とあるトラウマが原因だ。今、こうして  
「償いの為」という理由で持って"そういう事"をしてしまえば、それはトラウマを呼び起こしかねない  
のではないだろうか。  
 いや、それよりも何よりも、だ。問題は、そこにもあるが、それだけじゃない。  
 そして何よりも、それこそが最大の問題だ。  
「いや、いいかどうか聞く所じゃないな、ここは」  
「……何を言っているのかしら、阿良々木君?」  
「いいかどうかを、言う場面だ、って事だよ、戦場ヶ原」  
「それは……?」  
 そう、それは  
「償い、なんて理由じゃ、僕はお前にエロい事はしたくない」  
 僕はキメ顔でそう言った――のだけれど、妙にしまらないのは、やはり台詞のせいか?  
「……ッ」  
 だが、ガハラさんはと言うと、その言葉に動揺しているようだった。あるいは、それは僕がキメ顔で  
変な事を言った事に対する動揺なのかもしれなかったが、まあそんなのはどっちでもいい事だ。  
「僕は……お前が大好きだ、戦場ヶ原ひたぎ。だから、そんな理由で、償いなんて理由で、  
 僕はお前との初めてを迎えたくない」  
 ……いや、正直、理由とかどうでもいいじゃん!って言ってるデビル暦もいるんですけどね?  
デビル暦は妄想力、みたいな感じの。でも、その悪魔の誘惑を、僕は跳ね除けた。  
「阿良々木君のくせに……生意気ね」  
「戦場ヶ原程じゃないよ」  
「……でも、優しい」  
 そう呟くように言って、戦場ヶ原は僕に頬寄せ、口付けた。  
「貴方のそういう所、好きよ」  
「……面と向かって言われると、照れるな」  
 さっき自分で大好きとか言っておいて、何をいまさらという話だが。だいたい、それ以上に、突然と  
言っていいキスの方にこそ照れているわけだし。  
「とにかくまあ、償いたいって事ならさ、今度僕の部屋……は大して汚れて無いからアレだな。  
 ……そうだ、今度一緒に神原の部屋でも掃除に行こうぜ」  
「あの、魔窟を?」  
 ……そういう認識なんだ。可愛い後輩の部屋なのに。  
「まあ、それが償いになると言うのなら、喜んでさせてもらうわ」  
 とにかく、話としてはそういう方向で収まりそうだった。  
「まあ、それはそれとして」  
 ……収まりそう、じゃない?  
「気を取り直して、私にエロい事をしなさい、阿良々木君」  
「なんでそうなるんだよっ!?」  
 収まらせろよ、話を! 何かどんどん伸びてるぞこの話! もうそろそろレス数が想定の倍くらいに  
なるぞ!? メタな話だけどなっ!  
「……女の子に皆まで言わせようとするなんて、とんだ甲斐性なしね。それとも、Sなのかしら?  
 普段あれだけMっぷりをさらけ出している癖に、いざ事に及ぶとなると途端にSに変貌するとは、  
 この戦場ヶ原ひたぎさんの目を持ってしても見抜けなんだわ」  
「なんで北斗の拳のリハクっぽく言うんだよ! しかも棒読み!」  
「……ねえ、阿良々木君。本当にわからないの?」  
 その小首を傾げる姿は、普段しないその仕草は、ただでさえ掴まれている僕の心を、さらにぎゅっと  
握りしめた。最早アイアンクロー。フリッツ・フォン・エリックも真っ青だ。  
 
 ……そこまで言われてわからない程、僕だって鈍感なわけじゃない。  
「……そういう事、なのか?」  
「……あなたが、そう思ってるなら……そうなのでしょうね」  
 要は、そういう事か。  
 "償い"だなんて理由は、ただのダシで。  
 お鍋の中の昆布程の意味しかなくて。  
 メインディッシュは、他にある。  
 勝手に助かっただけ。助かりたいから助かっただけ。  
 勝手に償うだけ。償いたいから償っただけ。  
 勝手にするだけ。したいから、するだけ。  
 したいから。そう、したいから。  
「ひたぎさん」  
「何かしら、阿良々木君」  
「……お前って、案外可愛いところ、あるよな」  
「あら、可愛い所しか無いつもりだけれど」  
「確かに」  
 戦場ヶ原の言葉に笑って。  
 今度は僕の方から、戦場ヶ原に頬寄せ、口付けた。  
 
 そして時間は現在に戻る。  
 
 
 というわけで現在。  
「……これって、最初から……こう、なのかしら?」  
 戦場ヶ原の目の前にさらけ出された僕の物は、既に臨戦態勢だった。  
「聞いていた話と違うのだけれど……」  
「誰から聞いたんだ?」  
「言うまでもないでしょう?」  
 という事は、きっと神原辺りから聞いたに違いない。まあ、あいつも経験は無さそうだったが、  
知識だけは豊富だろうからな。  
「羽川様からよいえもとい、羽川さんからよ」  
「……」  
 意外な名前だった。いや、まあ、そりゃ知識だけはあるだろうけどさ。  
 というか、やっぱり様づけなんだ、デフォでは……。  
「本当に、あいつは何でも知ってるなぁ……」  
「結局、私は『何でもはしらないわよ。知ってる事だけ』というあの名セリフは聞かせて  
 貰えなかったわ……」  
 何故か、戦場ヶ原は悔しそうにしている。  
 旅立つ前に聞かされた話によると、どうやらあの決まり文句は僕に向けてしか言ったことが  
無いという事らしい。どうしてなのかと聞くと、羽川は笑って「んー? まあ、なんとなく、かな」と言って  
いたが。あ、いや、今はそんな事を考えている時ではなかった。羽川のそういった事に対する知識の  
度合いと、その実践経験については大いに興味があったが、それは今ここに羽川がいない状態で  
考察しても仕方が無い事だ。  
 それに何より。  
 今、目の前には、ちゃんといる。  
 僕の、愛する人が。  
「お前が可愛くて、もう興奮してるんだよ」  
「まあ、はしたない」  
 ……言葉はキツイけどね?  
「でも、時折こういった事をする際に、童貞の人は緊張の余り立たなかったりするという事がまま  
 あるようだけれど……その点では、阿良々木君は肝が座っていると言えるのかしら。それとも  
 キモイと言えるのかしら」  
「間違いなく後者はねえよ!」  
 どんな韻を踏んでんだ! ついでに僕の心まで踏むつもりだし!  
 最早僕に向けた暴言は、息をするのと同じレベルになっているのだと、今更ながら痛感した。  
 ……まあ、悪い気はしないけどな。  
「なるほど、では肝が座っているという事にするけれど……阿良々木君?」  
「なんだ?」  
「本当に、阿良々木君は、童貞なのかしら?」  
 さっきから、ロマンチックな、僕と戦場ヶ原の初めての瞬間が、ピシピシと小さな音をたてながら  
崩壊していっているような気がしてならないんだが。  
「……そういう経験は無いよ。僕も、これが初めてだ。こういう事、するのは」  
 言ってて恥ずかしくなる。  
 そりゃまあ、以前は街中の公園で――幸い周囲に人はいなかったが――童貞である事を赤裸々に  
告白させられたりもしたけれど、こういう形で自分で自分が童貞だと、そう宣言するというのは、これは  
また違った恥ずかしさというのがある。  
 
「あらそう。私は初めてではないのだけれど」  
「な……ッ!?」  
 衝撃が走った。  
 衝撃という以外なかった。  
 そんな事……僕は知らないぞ!?  
 少なくとも、僕と出会った時、出会ってすぐの告白を信じるなら、戦場ヶ原は男とこういう事を、自ら  
の意志でした事は無いはずだ。それが……初めてではない、という事は……つまり、あの出会いから  
今までの間に、僕ではない誰かが戦場ヶ原の心を虜にしていたという事に他ならない。  
 あるいはそれは、僕を客観的に見ている人間がいるなら、笑撃とも言えたのかもしれなかったが、  
まさしく当事者である僕にとっては、まさしく冗談ではなかった。冗談じゃねえよ!  
「冗談だけれど」  
 冗談だった。  
 ………………。  
 ま、まあ……もし戦場ヶ原が初めてでないとしても、それは別に問題ではない。誰との過去が  
あろうとも、僕には戦場ヶ原しかいないのだ。そう思えるくらいには……僕は戦場ヶ原に参って  
しまっている。嫌われていないのなら、何の問題も無い。もちろん、そんな恥ずかしい事、そして  
情けない事、口に出しては言えないけれど。  
 ……ホントダヨ?  
「今のは阿良々木君を試したのよ?」  
「すいませんひたぎさん僕は動揺してしまいましたごめんなさい!」  
 僕は謝罪した。素早くだ。  
 ……とあるハードボイルド小説で、主人公が行為に及ぶ際に服を脱ぎ捨てる場面の描写を模して  
みた所で、僕の土下座して地面に額をこすりつけている情けなさが軽減されるわけでは、なかった。  
当たり前だ。  
 ホントに、僕は浮かれてるんだなぁ、と改めて自覚。なんだこの一優一喜の有様は。少し冷静に  
なれ、阿良々木暦。  
「……ごめんなさい、阿良々木君。少し、性質の悪い冗談だったわね。謝らせてちょうだい」  
「いや、まあ……それで動揺しちゃう僕の方こそ、謝らなきゃいけないし、さ」  
 どうやら、気が少しばかり動転してたのは、ガハラさんの方も同じだったらしく、珍しく、本当に  
珍しく、顔を赤らめていた。……いや、僕のナニを見ても顔を赤らめていないってのはどういう事なんだ、  
というツッコミをまず入れるべきなのかもしれない。でもまあ、らしいと言えばらしい、か。そもそも、  
普通の女の子だったら、下着姿を――今戦場ヶ原は下着姿で僕のナニを見つめている、という事だ――  
男に晒した時点で、最低限頬を染めるだろう。そういう意味では、こいつほぼ初対面状態の僕に  
ほぼ全裸晒してたりして、全く恥ずかしがるどころか、挑発めいた事すら言ってたわけで、あまり  
通常の価値基準をあてはめて考えても仕方が無い。  
「……阿良々木君のそれ……舐めても、いいかしら?」  
 だから、突然僕のナニを舐めさせて欲しいと戦場ヶ原が言ってきた時も、僕はさして驚く事は  
あるよっ!? 何なんだよ突然!?  
「あら、こういう時、男の人は女の人に舐めてもらうのではなかったの?」  
「いや、まあ……そういう前戯もあるにはあるし、アダルトビデオとかでは普通なんだけな……」  
「なら、いいわよね? 舐めさせて……いただけませんでしょうか……違うわね……舐めさせて  
 くれてもいいじゃない……」  
 でも、実際の性交渉においては、そういう行為、つまりはフェラチオというのは、実はかなり関係が  
深まってからやる事なのだそうだ。実際、秘所というのは結構匂うし、味だって別にいいわけじゃない  
らしい。それは男女共同じなので、女性器への口唇愛撫、まあつまりこれはクンニと呼ばれる行為  
だけども、これもまた、あまりやる男はいないらしい。  
 ……何もかもが"らしい"なのが、何とも情けない限りだ。  
「私にそれを舐めさせなさい、阿良々木君」  
 まあ、本当に情けないのは、そう戦場ヶ原が言ってくれた事を、飛び上がりたい程に喜んでいる事  
の方だったりするんだけど。  
 でもまあ、やってくれるって言ってるのを、無碍に断るのも、ねぇ?  
 ……どうやら、デビル暦は根絶されていなかったらしい。  
「……いいのか?」  
「いいも悪いも無いでしょう? 私が勝手になめるだけ……そうではないの?」  
 いや、それは勝手に舐めるのは不味いだろう。でもまあ、僕は別に口唇愛撫に拒否反応を示す  
人間というわけではないので、願ったり叶ったりでは、ある。  
「じゃあ、頼むよ」  
「……」  
 声を出さずに首肯して、戦場ヶ原は僕の物をその手に取った。  
「……ッ」  
 
 それだけで。  
 ただ、手に持たれたというだけで。  
 僕の全身を電気が流れたような感覚が走る。  
「……痛かった?」  
「あ、いや……全然。むしろ、その……気持ちいい、かも」  
「手で握っただけなのに?」  
 そうだ。手で握られた、それだけで気持ちいい。それだけで、これ程までに気持ちいい。自分の手で  
慰める時とは比べるべくもない。少し手のひらが蠢くだけで、小さな電気が走り回る。他人の手で  
されるのは気持ちいいとは聞いていたけれど、それだけではないだろう。  
「……このまま、上下に擦るのよね?」  
「あ……ああ」  
 少しだけ、不安そうな表情で、戦場ヶ原は僕の物を見つめている。  
 彼女だから。  
 愛する女性だからこそ。  
 気持ちがいい。  
「上に……下に……」  
「っあ……くぅ……!」  
 ガクガクと膝が笑う。  
 あっという間に、僕の物はその先端から液体を漏らし始めた。  
「何か、出てきたわ」  
「……先走りの汁、だよ……」  
「カウパー氏腺液、ね。という事は……阿良々木君、気持ちいいのね?」  
「そんなの……言うまでも無い……だろっ」  
 言うまでもないのではなかった。  
 実際は、言葉にならない。それが正解だ。  
「……ここ、舐めると……もっと気持ちいいのよね?」  
 戦場ヶ原は、その問い掛けに僕が答えるのを待たずに、先端を銜えた。  
「ひぃぅ!?」  
 電撃などという言葉では生ぬるい。  
 それはきっと、あの春休みに僕が味わった地獄を、その時味わった苦痛を、そのまま快感に  
置き換えて、それでもまだ余りがある程に、強く、鮮烈な刺激だった。  
「……ひ……ひたぎぃっ!」  
 僕は、その強烈な、激烈とも言っていい刺激に、耐えきれなかった。  
 
 射精という行為を初めて経験したわけでは、無論無い。  
 僕だって男だ。おかずを使って自分で処理したりした経験は、一度や二度ではない。  
 でも、それは戦場ヶ原と出逢う前――いや、違う。僕が"今の僕"になる前の話だ。  
 吸血鬼もどきの人間。人間もどきの吸血鬼。どちらでもない、中途半端な存在。咎を背負い、罪を  
背負い、それが捨てられると知って尚背負い続ける事を決めた、愚かな存在。  
 そうなってからは、何故か不思議と、一人でそういう事をしたいという欲求がなくなった。  
 吸血鬼としての特性なのだろうか? それについては忍に聞いてみた事は無い。何となく恥ずかしい  
からというのもあるが……というか、それしか無いが。  
 とはいえ、エロい事をしたりされたりすると興奮はするし、むしろ下着とかに対する執着心は、そうなる  
以前より増してるんじゃないかと思ったりもするんだが――既に阿良々木ハーレムby八九寺命名分は  
コンプリートした。無論、戦場ヶ原には秘密だ――、まあそんな事はどうでもいい。  
 問題は、そう。  
 今、僕がしている事。  
 これが、射精なのか、という事だ。  
 これは、射精なのか、という疑問だ。  
 だって――こんなに出せるもんなのか、人間の身体って?  
「……!?」  
 まず、最初の脈動と共に、戦場ヶ原の頬が、一気に僕の放出した白い奔流で満たされ、まるでリスの  
ように膨らむ。次の脈動で、僕の物は戦場ヶ原の口から飛び出した。さらに三度目、四度目、五度目。  
 どくんどくんと。  
 びゅるびゅると。  
 僕の物は跳ね続ける。  
 僕の物は吐き続ける。  
 たまらないから止まらない。  
 止まらないからたまらない。  
 そのはずなのに。  
 どこにこれだけためていたのかと思う程に、亀頭の先端からは音が聞こえそうな勢いで、という比喩が  
全く意味を為さない勢いで――つまり、音をたてながら――真っ白な物が放出され続ける。僕の意志から  
遠く離れた場所で、僕自身と比喩される物が蠢き続けている。  
 本当なら、恐ろしさすら感じてしまいかねないその光景に、だがしかし、僕は全く意識を囚われる事は  
無かった。僕の意識は、ただ一点のみに集中していたのだ。  
 気持ちいい。  
 ただ、ひたすらに。  
 気持ちいい。  
 それ以外には何も考える事は無く。それ以外には何も感じる事は無く。それ以外には何も見える事は無く。  
思考だけでは飽き足らず、触覚だけでは飽き足らず、視覚すらも、気持ちいいという言葉を目で見ていた。  
 戦場ヶ原の口に咥えられたという、ただそれだけの事で。  
 おいおい、大丈夫かよ、阿良々木暦?  
 何がだよ。  
 お前、フェラで、しかもパクっとやられただけで、この有様なんだぜ?  
 まったくもって面目無い限りだけれど、もう一人の僕よ。  
 何だい?  
 お前だって、こんなに気持ちいいとは思ってなかっただろうが。  
 ……否定はしない。  
 まったくもって面目無い限りだよな、僕達は。  
 ああ、まったくもってその通りだ。  
 でも、考えてみれば。  
 何だ?  
 面目って……誰にとっての面目だ?  
 そりゃあ決まってるだろう。  
 ああ、確かに決まってるよな。  
 戦場ヶ原。  
 ひたぎ。  
 ……あれ?  
 ……そういえば。  
 
「あ……」  
 我に返った僕の視線の先で、戦場ヶ原は真っ白に染まった顔で、笑っていた。  
 顔は、笑っていた。  
 顔だけしか、笑っていなかった。  
 ……まあ、そりゃそうだよな。初めてのフェラで、いきなり顔射。怒らないわけがない。  
「だ、大丈夫か、戦場ヶ原?」  
「……阿良々木君、一言いいかしら?」  
「お、おう」  
「早漏」  
 ぐふっ。  
 おお、こよみよ! イッてしまうとはなさけない!  
 そんな感じで、僕は続けてイッた後に逝かされる事と相成った。  
 ちくしょう……顔だけにこやかで目は全然笑ってないという、そんな表情でそんな言葉を吐かれたら、  
こっちのトラウマになるじゃないか……まあ、事実だから弁解のしようがないんだけどさ。  
「……ごめん」  
「ま、初めての男の人には、こういう事はままある事らしいから、許します。それに――」  
「それに?」  
「――それだけ、私の口や手で気持ちよくなってくれた、という事でしょうから、ね」  
 戦場ヶ原は、まだ顔を僕の白で染めたままだ。  
 それでも、わかった。  
 彼女が、顔を赤らめたという事が。  
 レアだ。  
 激レアだよ、おい!  
 自分の言葉に照れたのだろうけど、そういう風に照れるという事自体、この人に関してはほとんど  
ない。さっきも言ったように、ほぼ初対面と言ってもいい僕相手に、自らの身体をみせびらかすように  
曝け出し、頬を赤らめるどころか、僕の頬を赤らめさせたという経歴を持つひたぎさんだ。  
 今僕は、猛烈に感動している!  
「ところで、話は変わるのだけれど」  
「お……? あ、うん。なんだ?」  
 思わずトリップしていた僕を、戦場ヶ原の言葉が現実に引き戻す。  
 もう既に頬の赤らみはどこかへ消え去り、いつものような鉄面皮が戻ってきていた。  
 
 その鉄面皮を覆う、真っ白なコーティング。……これ、僕が出したんだよな。  
「普通は、こんなに出るものなのかしら?」  
 当然の疑問だ。普通は――と言っても伝聞知識になるけれど――こんなに大量に、それこそ顔全体を  
覆い尽くす程の量を、一度に出せるような人間は、そうそういない。全くいないわけじゃないらしいけど。  
「普通は無理だと思うぜ。……でもまあ、僕は普通じゃないからな」  
「そういえば、そんな話もあったわね」  
 罪負い人。罪負い鬼。そのどちらでもない、ただの罪負い。  
「そんな話扱いかよ」  
 僕は苦笑しながら、近くにあったタオルを手に取り、戦場ヶ原の顔についた白濁を拭ってやった。  
まったく、戦場ヶ原も、さっさと拭えばいいのに。こんなの顔についたままだと、匂いとか色々と――  
「……あれ?」  
 ――何か、忘れているような?  
 戦場ヶ原の顔に出す前、僕の物はどこにあった?  
 そこで、僕の物は破裂したんだよな……?  
 だとしたら……?  
「ひたぎ、さん?」  
「何かしら」  
「口に出た分は?」  
「飲みました」  
「感想をどうぞ」  
「聞いていた程不味くはなかったわ。……阿良々木君の、だからかしら」  
 ……。  
 本当に、そういう気分になるんだな。  
 自分が出した物を飲んでくれるという事に、男は凄く満足感を得るという話を聞いた事があった  
けれど、今の僕は丁度そんな気分だった。  
 感動、再び。  
 本気で愛しい。  
 僕は微笑みながら言った。  
「無理しなくて良かったのに」  
「無理しないと、窒息していたのだけれど」  
「ごめんなさい!」  
 僕は即座に謝った。感動してる場合じゃねえ!  
「いいのよ、別に。それよりも」  
 意外な事に、戦場ヶ原に怒った様子は無かった。かけられた事にも、口の中に出された事にも、  
怒りは覚えていないようだ。という事は、さっき怒っていたのは……そういう、事か?  
「さっさともう一度準備をしなさい、阿良々木君。さもなければ――すりつぶすわよ?」  
「勃つものも勃たなくなるような事を言うな!」  
「まったく、阿良々木君の癖に生意気ね」  
「僕はメガネもかけてないし、ドラえもんはもうこの街にはいないだろ!?」  
「言い直します」  
 ……やっぱり、そういう事なんだな。  
 僕だけさっさと満足してんじゃねえよ、という事だ。  
 戦場ヶ原だって、気持ちよくなりたい。  
 僕だって、戦場ヶ原を気持ち良くしたい。  
 二人で一緒に、気持ちよくなりたい。したい。させたい。されたい。してもらいたい。  
「今度は、私に……して、くださいませんか……違うわね……しても、構わないわよ……」  
 言葉はもう、必要無い。何を求められているのか、戦場ヶ原がどうして欲しいのか、手に取るように  
わかる。ここまで来てわからなかったら、どうかしてる。  
 とはいえ、お約束はお約束。  
「今度は私にしなさい、阿良々木君」  
「やっぱり、最終的にそう落ち着くんだな」  
 僕は言葉と共に、戦場ヶ原の唇を塞いだ。  
 少しだけ、変な匂いが――僕の出した物の匂いだ――したけれど、気にはならなかった。  
 
 
 

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