「うおっと」
よけるわけにもいかず、人識は飛びかかってくる出夢を受け止めた。
が、避けられることも考えず手加減なしに飛び込んできた勢いに、体躯の小さな人識は支えきれずに二人して倒れ込んでしまう。
幸い柔らかな絨毯の上なので、全身に仕込んだ刃物で切ったり打ち身をしたりということはなかったが。
「ひとしきー、ひとしきー」
出夢は抱き合う態勢のまま人識に頬擦りをした。
「なんだよ、気持ち悪いやつだな」
そうは言うものの何故か悪い気はしないで離れる気にもならず、人識は手を回してぽんぽんと出夢の背中を叩く。
出夢はにぱーっと子供のように満面の笑顔になる。
もう全てがどうでもいい。
強さだとか弱さだとか。
匂宮だとか失敗作だとか。
直前に会った気味の悪い男や理澄のことさえ。
今は全てがどうでもいい。
目の前の人識が。
愛しき人識が。
自分を好きだと言ってくれた。
それだけで。
たった一言だけで。
胸の中のもやもやはどこかへ拡散してしまった。
「出夢、何かあったのか?」
いつもより甘くじゃれつく出夢の様子にさすがに人識は訝しる。
が、出夢はふるふると首を振った。
「なんもねーよ、僕がお前を大好きってこと以外はな」
そう言ってぎゅうっと身体をより密着させてくる。
その行動に人識は戸惑い、少し慌てた。
「お、おい、離れろ」
「何でだ、僕のこと嫌いなのか?」
「そうじゃなくてだな、お前意識は男でも肉体は女だろ」
本当にわからないというように首をかしげて見つめてくる出夢に、人識は目をそらしてしまう。
「だから、その……俺も一応思春期の男なんだし、あまりくっつかれると」
「あー」
出夢は得心がいったように声をあげるが、離れはしない。
どころか、ちゅっと人識の頬にキスまでする。
「なっ、お前」
「いいよ、人識」
「…………」
この状況でその台詞。
何を示すかなんて自明の理である。
「男とか女とか関係なく僕は人識が好きだし、仕事のお礼もしなきゃいけないし」
「いや、別に俺が好きでやったわけで……んっ」
出夢が人識に唇を重ねて言葉を遮る。
人識もそれに抵抗せず、そっと出夢の頭に手を添えた。
二人の。
最も甘い夜が始まる。