――遠くで、鐘の音が聞こえる。  
 
どうやら、眠っていたらしい。  
普段なら授業中の居眠りは起こされるはずだが、もう卒業間近だからと放っておかれたのだろうか。  
まぁ今さら気にすることでもないか。  
 
それにしても、鐘が鳴ったあとなのにやけに静かだ。  
クラスメイトのざわめきも、運動場の掛け声も、生徒が廊下を走る音も、何も聞こえない。  
何かおかしい。  
体を起こそうとして、自分の体制がおかしいことに気づく。  
(何で俺は横になってるんだ?)  
ここは教室だ。  
机に突っ伏しての居眠りならまだしも、授業中に床に寝ていたらさすがに叩き起こされるだろう。  
(寝る前、俺何やってたっけ)  
やけに重くだるい頭を働かせて、今朝から寝る前までの記憶を手繰り寄せる。  
久々の学校、代わりの制服、消化不良なあの出来事のことを考えながら校門を潜って――  
殺気に満ち溢れた校内、人のいない廊下、ただひたすらの静寂、血と肉の教室。  
そして中央にたたずむ長い髪と腕を持つ血と肉塗れの女。  
(――出夢!)  
霞みがかった意識が一気に覚醒する。  
記憶と共に全身の感覚も甦ってきた。あの時は頭に血が上っていたから気がつかなかったものの、  
どうやらかなり体を痛めているようで思うように体が動かない。体が重い。  
閉じたままの瞼を開けるのも億劫だが、周りの様子がどうなっているのか見たくなかったが、  
人識はゆっくりと瞼を開けた。  
 
「……ようやくお目覚めかい?」  
気だるそうな口調で、気だるそうな表情で、そこにいた。  
殺戮奇術集団匂宮雑技団時期エース、匂宮出夢。  
長すぎる髪、長すぎる腕、厚みのない体、普段の躁状態とは違う狂気を孕んだ暗い瞳。  
人識の通う中学の制服を身に纏い、乾きかけの血と肉に塗れた体に気を払うでもなく、  
人識の体に跨り、人識を見下ろしていた。  
満身創痍の自分とは違い、出夢の体には小さい傷や打ち身はあるものの、  
それ以外に目立った外傷はなさそうだ。  
先ほどまでお互いに明確な想いを持って殺し合っていたはずだったのに、  
未だにここまで実力に差があるとは。  
(……今まではよっぽど手加減されてたんだな)  
マウントポジションを取られているのにも拘らず、人識は他人事のように冷めた思いを抱く。  
「何だよ、殺すんじゃなかったのかよ」  
自分の口から出てきた声は、思っていたよりもはるかに力ないものだった。  
「そのつもりだったんだけどさ」  
「あぁ?」  
「最期にきちんと食らってやろうかと思って」  
「食らってって――」  
今まで見たことのない、静かな出夢。  
殺し合いをする前に会話を交わしたときの激しい狂気は鳴りを潜めていた。  
ただ――ぞっとする殺気は相変わらずだ。  
(……今回こそ本当に殺されるかもな)  
 
出夢の指が人識の頬を――刺青をなぜる。  
暗い瞳が切なげに細められる。  
その指は殺し屋とは思えないほど、細くて、長くて、きれいな指だった。  
しばらく刺青を愛しむようになぜていたが、その手をそっと人識の頬に添えて。  
出夢の顔が近づいてきた。  
顔にかかる出夢の髪がやけにくすぐったくて払いたかったが、力を入れても痛むだけで腕は上がらない。  
唇が重なる。  
されるがままに舌で口内を弄られる。  
(以前にもこんなことあったよな……)  
抵抗するにも人識の体はまったく言うことを聞かない。  
それでも何とか身を捩ろうとした瞬間――  
唇が激しく痛んで思わず顔をしかめる。  
痛みのすぐ後に、血の味が口内に広がっていった。  
出夢の顔が離れる。  
出夢の唇からは一筋の血が流れた。それを舌で舐めとって妖艶な笑みを浮かべる。  
「――まず『一喰い』」  
 
出夢は人識を跨いだまま腹の上から腰の辺りにまで移動する。  
制服のスカートがきわどい長さのため、太腿の感触が服越しとは言えダイレクトに伝わる。  
這うように腰を動かして、据わりのいい位置で止まる。  
「……何だよ、人識。僕に喰われてもう感じちゃってるわけ?」  
潤んだ瞳を細めて、嘲るように、蔑むように呟く出夢。  
言いながら、腰を軽く動かして人識のそれを軽く刺激する。  
「――っ」  
人識は真っ赤になって顔を背ける。  
出夢の言う通り、人識自身は反応していた。  
体が勝手にと言うか、完全に決裂したとは言え、  
つい先ほどまで憎からず想っていた相手に迫られれば仕方のないことなのだが。  
それでも人識にも自尊心はある訳で。  
「……匂宮出夢、ぜってー殺す」  
「これから僕に完膚なきまま喰われるのに?」  
出夢は言いながら人識の制服に手をかけた。  
特に力を込めた様子もなく引き裂く。  
中のTシャツに顔を近づけて――喰いちぎった。  
 
人識の躯が露になる。  
春が近いとは言えまだ肌寒い。  
軽く身震いしたその胸に、出夢は手を滑らせた。  
なぜるように、弄るように。  
出夢の手が通る箇所が痛むのは骨が折れているからだろうか。  
手の動きに合わせて激痛が走るが、  
それを悟られるのは癪だったから痛みに反応しないように唇を噛んで必死に堪える。  
出夢は鍛えられた腹筋の筋を指でなぞり、わき腹を通って、  
丹念に余すところなく手のひらで人識の躯を味わい、最後に両肩を掴んだ。  
ゆっくりと人識の首筋に顔を埋める。  
「……痛むんだろ、我慢しなくていーんだぜ」  
人識の耳元で囁く声は熱を帯びていた。  
ねっとりとした物が首筋を這う――出夢の舌だろう。  
「かわいく鳴いてくれや」  
強く吸う。  
頚動脈の位置を強く吸う。  
その後に来る痛みに備えて人識は反射的に身を硬くするが、  
出夢はからかうように舌をちろちろと這わせて顔を上げた。  
「ここを喰っちまったらそれで終わりだからな……安心しろよ、そう簡単には終わらせない」  
そう嘯く出夢の瞳の奥には暗い炎がちらついていた。  
 
出夢は再び首筋に顔を埋め、舌で丹念に首筋を弄る。  
その舌をじっとりと這わせて腕の付け根まで移動し、歯を立てた。  
八重歯がじわりじわりと肉に喰い込んでいく。  
動きが止まり、一瞬間をおいて――一気に肉を噛み千切る。  
「――っ」  
鋭い痛みに人識は声を上げそうになるが、固く瞼を閉じ唇を噛んで押し黙る。  
(……『鳴け』と言われちゃあ、死んでも声を出すわけにゃーいかねえわな)  
焼けるような痛みが体に馴染むまで声も出さずにただ耐え続ける。  
噛み千切った肉を吐き捨て、出夢は体を起こして面白くなさそうな顔で呟いた。  
「……頑張っちゃうのかよ、つまんねーな」  
「……へっ、こんなん小さい女の子にかわいく噛まれたようなもんだ。  
 どうせならもっときっちり『喰らって』みやがれってんだ」  
「言うじゃねーか」  
あからさまに強がる人識の言葉に出夢は鼻で笑う。  
荒々しく手の甲で自分の唇の血を拭い、冷ややかな瞳で人識を見下ろしていたが、  
やがてその瞳が細められた。  
「そーか、痛みにゃ『負け』ねーか。そっちがその気なら――」  
出夢は人識の体にしなだれかかる。  
ねっとりと、じっとりと。  
倒れこむようにお互いの体を密着させると、人識の顔を抱え、再び唇を重ねる。  
歯を食いしばって、瞼を閉ざして、体を固くして責め苦に耐える人識を優しくほぐすように。  
舌で先ほど噛み切った傷跡を丁寧に舐めあげて。  
手のひらで痛みの余り感じないであろう箇所を選んで愛撫する。  
唐突な出夢の様子の変化に、人識は今までのものとは別の緊張を走らせた。  
出夢は両の手を人識の頬に沿え、互いの唇が触れるか触れないかの位置で、囁く。  
「……気持ちイイことには――『耐え』られるかねぇ」  
 
「最期にやらしく気持ちよく溺れさせてやるよ――僕の事だけを考えて死ね」  
 
『零っちー、早くこっち来いよー』  
『……待て、体が汚れたから風呂入りにお前の部屋に来ただけだろーが。  
 ベッドの端に腰掛けてかわいらしい声を作って俺を呼ぶな!』  
『何だよー、据え膳喰わぬは男の恥って……知ってる?』  
『しなるな殺すぞ! さっさと風呂入って来いよ!』  
『零っちも一緒に入る?』  
『入るか! ここで脱ぐな!』  
『おうおう、顔を赤くしちゃってー。僕の体見て欲情しちゃう感じ?』  
『するか! お前の貧弱な体形で欲情する奴がいたら感動もんだ! いいから早く行けって!』  
『……なぁ、零っち。さっきからやたら風呂入れって急かすけど、それってもしかして、誘ってるの?』  
『小首傾げんな! 天地がひっくり返ってもそれだけはぜってーにねえ!』  
『ちっ、乗ってこねぇな。……そんなんだから未だに童貞なんだよ』  
『……』  
『……冗談だよ、何真っ赤になって睨んでんだよ、かわいーな。もしかして図星か?』  
『うるせえ、俺の事はどうだっていいんだよ――そういうお前はどうなんだ?』  
『僕? 一応どちらもそれなりに経験済みだけど』  
『……? どちらも? それってどういう』  
『そーかー。じゃあ、先輩として今晩僕が筆おろししてやるよー』  
『人の話を聞け! つかここ来るときに「今日は欲情すんな」って約束したぞ!』  
『僕が約束を守るような女に見えるかい?』  
『お前は男だろーが! 何悪女気取ってんだ、殺すぞ! つーか殺す!』  
『ぎゃはははははっ!』  
 
(……傑作だよな。結局、あの時と変わんねー)  
 
かけてくるアプローチの違いはあれど、その行為自体は同じことだった。  
あれはつい数ヶ月前の事なのに、いつボタンを掛け違えてしまったのか。  
どうしてこうなってしまったのか。  
人識には分からなかった――出夢にもよく分かっていないのかもしれない。  
つい先程、決定的な決別を迎えたはずなのに――今は真逆の行為に及んでいる。  
 
人識の下腹部に出夢の頭が見えた。  
体の横で膝をつき、背を丸めるようにしてそこに顔を埋めていた。  
長い髪に隠れて何をどうしようとしているのかは見えないが、布越しに熱い吐息を感じる。  
見えないところで何をされるのか、何をしてもらえるのか、その期待に股間が疼くのを感じた。  
自分の意思とは裏腹に、体は出夢に与えられるであろう刺激を求めている。  
どんなに自制しようとも、体が一度覚えた快楽は忘れられない。  
「こいつは素直でかわいいねぇ」  
笑みを含む声で出夢は呟き、指でくりくりとズボン越しに立ち上がった先端を弄る。  
「……っ」  
指で優しく摘むように刺激する。  
指の動きは止めずに、出夢は顔を人識に向けた。  
その頬は上気し、見上げる瞳は情欲に濡れている。  
「物足りないって顔だね」  
「……うるせえ」  
「ふうん」  
にやり、と笑う。肉食獣の笑み。  
そのまま、視線を股間に戻す。  
「素直になっちゃえよ」  
唇を起立した先端に近づける。  
触れるか触れないか。  
焦らすようにゆっくりと近づく唇に。  
ぞくり、と人識の体が期待に打ち震える。  
 
――再び、鐘の音が聞こえた。  
 
ちゅ、と布越しの先端に軽く口づけて、出夢の唇は少し上に移動する。  
舌でズボンのチャックのつまみを持ち上げて咥え、じわじわと下ろしていく。  
完全に下りきると押さえつけられていた物が更に持ち上がる。  
下着の先はじっとりと湿っていた。  
出夢はそこを唾液のたっぷりと乗った舌でべろんと舐め上げ、  
「待ちきれなくてお漏らしかよ、本当にこいつは素直でかわいいねぇ」  
ニヤニヤと、羞恥で真っ赤になった人識の顔を見やる。  
その怒ったような表情の中に何かを待つ切実な表情も僅かに見て取れた。  
「素直じゃないお前もかわいいけどな。ま、頑張って『耐え』てみろや」  
出夢は離していた指をしゃぶり、唾液まみれにしてから湿った下着に近づけていく。  
やわやわと刺激にならないような刺激を手のひらで与えながら、  
トランクスの切れ目に指を差し込んでいく。  
「……くぅっ」  
ひんやりとした指が、一物に当てられた。  
今まで散々焦らされてきただけに、ただ直接触られる、それだけで敏感に反応してしまう。  
ぬるぬると、輪にされた指で軽く擦られるだけで達してしまいそうになる。  
「先っぽ、何か出てるぜえ」  
指で亀頭の割れ目を擦られる。静かな教室ににちゃにちゃと湿った音が響いた。  
与えられる快楽に下着の中で爆ぜそうになる。  
(溜まりまくって我慢できねー餓鬼じゃねえんだ、こんなんでイかされてたまるかよ!)  
人識は必死になって快楽に流されないように耐える。  
陥落してしまえば楽だと頭のどこかで分かってはいるが、  
動けない状況で一方的に、陵辱的にやられてしまうことに耐えられない。  
しかし唐突に。  
「頑張るねぇ」  
ペロッと隙間から差し込まれた舌に、亀頭を弄られた。  
(やばい――)  
いきなり与えられた今までとは違う感覚に、持って行かれそうになる。  
どくん、と脈打つ。  
「――っ」  
 
「ありゃー、せっかく頑張ったのになぁ、残念」  
出夢は一旦体を起こしてニヤニヤと人識を見下ろした。  
トランクスから取り出した出夢の手のひらにはべったりと精液が張り付いていた。  
それを見せ付けるように長い舌で丁寧に舐め取る。  
人識は虚ろな目で一瞥した。呼吸が荒い。  
トランクスの中で果ててしまったので、股間がべったりとして気持ち悪かった。  
「……くそっ……たれ……」  
死にたい気持ちだ。  
出夢には今までさんざんいいようにいじられてきたが、ここまで屈辱的なのは初めてだった。  
「いいねぇ、僕は人識のそーいう顔が見たかったんだよ」  
歪んだ笑顔の中には鬱な狂気。  
「普通に殺し合って、僕が当たり前のように勝ってお前を殺したとしても、そういう顔はしねーもんな」  
一通り精液を舐め取り終わった右手を軽く振って、側に落ちていた人識のナイフを拾い上げる。  
「べたついて気持ち悪いよな、開放してやるよ」  
ベルトをナイフで切り、その切っ先をトランクスの切れ目に入れた。  
ひやりとした感覚が人識の全身に走る。  
出夢は無造作にピッとトランクスを切り上げて切れ端を左右に広げると、  
精液でべっとりとした茂みと、再び勃ちかけた一物が現れた。  
それを見て軽く目を見張ったものの、すぐに口の端を吊り上げる。  
「……いやまぁ、元気だねぇ」  
人識は更に死にたい気持ちになっていた。  
 
体を重ね、再び唇を合わせる。  
人識は果てたばかりで抵抗する気力もなく、咥内で蠢く舌にされるがままだった。  
口の中に自分の精の味が広がっていく。  
(……苦い)  
他人事のように、遠くで思う。  
苦い味わい。  
苦い思い。  
出夢は丹念に人識の舌、歯、歯茎、頬の内側と味わいつくし、ようやく唇を離した。  
どちらのものか分からない唾液が一筋、糸を引く。  
名残惜しむように、その糸を掬うように舌で追い、自分の唇を舐める。  
「――そいじゃま、再びお楽しみの時間だ」  
もう一度、唇同士を軽く触れ合わせ、這うように体を舌にずらす。  
頬、顎、喉、肩、胸、腹、臍、と上から順に唇を付け、時には強く吸い上げ痕を残していく。  
「くっ……」  
痛みとは別の熱が人識の躯の奥で燻る。  
と。  
「――?」  
出夢の動きが止まった。僅かに躯を起こしたのが気配で分かる。  
「これ、この間の傷か?」  
右の脇腹に微かに残る傷跡に合わせて、小さく、丸く、指でなぞる。  
「……あぁ」  
「――銃創だな」  
出夢は目を細めて傷ついた子猫を母猫がそうするように、舌で舐めた。  
治りかけとは言え、直接刺激を与えられればさすがに痛む。  
ざらりとした感触に眉をしかめて下を見やると、じっと傷跡を見つめている出夢が見えた。  
顔を伏せていて、表情はよく見えない。  
「――あの時は気がつかなかった」  
傷跡に、そっと口づけた。  
 

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