追いかけてくる。
追いかけてくる。
私はそれから逃げるばかり。
逃げて。逃げて。逃げて。逃げて。逃げて。逃げて。逃げて。逃げて。逃げて。逃げて。逃げて。逃げて。
……何から?
何から逃げるの?
私は、何から逃げているの?
振り返ってみても、そこには誰もいない。
いるのは、そう、ただ一匹の
猫
だけ。
私の後ろをついてくる。
猫
だけ。
猫?
私は、それから逃げているの?
どうして? どうして逃げているの? 私はどうして――どうして――
どうして、逃げなくちゃいけないの??
……っ!
疑問への答えがやってきた。
ずっと、ずっと続いている頭痛。
あの人が、私ではなくて彼女を選んだと知ったその日、それは始まった。
そして、今も続いている。続き、続けている。
だんだん、大きくなって。
猫
だんだん,強くなって。
猫
だんだん、酷く、なって。
猫
猫が、近づいてくる。
頭痛が、大きく、強く、酷く、なる。
逃げなきゃ。それから逃げなきゃ。
猫から。
痛みから。
……。
どうして?
どうして、逃げなくちゃいけないの?
どうして
受け入れちゃ駄目
なの?
甘い、甘い、それは悪夢のような誘惑。
抗おうとする心を、溶かしつくしてしまうような、熱い熱い、魂への誘惑。
白くて白い、砂糖のような誘惑。
「あ……ああっ!」
誘惑は、その魔手を私の身体へとかけた。
無数の手が、私の身体を弄ぶ。
猫はもういない。
頭痛は、もうしない。
猫は、私なのだから。
頭痛は、私の抗いだから。
私は、これから、いなくなる。
抗う私は、もういなくなる。
だから、猫は、もういない。
頭痛も、しない。
「あ……いや……だ……めぇ……」
伸びてきた無数の手は、胸をいやらしく揉まれ、太ももを卑猥にさすられ、一番大事な部分すら、淫らに刺激する。
「やめ……て……んっ、くぅ……」
快感。
何もかも、忘れてしまえばいいという、それは誘いだ。惑いだ。――合わせて、誘惑、だ。
抗おうとする言葉とは裏腹に、私の頭は真っ白に、純白に、何も無い無へと、染まっていく。削られていく。
「あぅんっ!?」
声とともに、何かが、途切れた音がした。
私は一気に駆け上がる。真っ白な、何も無い、何も考えなくていい、何も思わなくていい、何も、誰も、想わなくていい、
そんな場所へと、駆け上がっていく。
「あ、ああ……あああ、ああああっ!」
びくんびくんと身体が震えるのと同時に、私は白くなった。
白い、猫になり。
私は――いなくなった。
(……やれやれ。ご主人様も強情にゃ。もうちょっとオレに頼ればいいのににゃ)
羽川になった猫は、猫になった羽川は、眼下の二人を見下ろしながら、そんな事を思う。
その内の一人。その、どこか冴えない、身長も高いわけじゃない、客観的に見てどこがいいのかさっぱりわからない
少年が、猫である羽川の、羽川である猫の、想い人。
なるほど、確かに心に小さな火が灯ったような、不思議な感覚だにゃ、と、猫は、羽川は、そう思いながら、想いながら
口を開いた。
「にゃははは! また会えるとは驚いたにゃ、人間!」
-本編へ続く-