「戦場ヶ原、お誕生日おめでとう」
7月7日。
七夕。
僕は戦場ヶ原の家を訪ねてインターホンを鳴らし、出てきた恋人に向かって花を差し出しながらそう告げた。
「…………」バタン
「おい! なぜドアを閉める!?」
「冗談よ」ガチャ
「頼むから今日くらいはいじめないでくれよ……」
「あ、あの、突然でびっくりして、嬉しくて、でも恥ずかしくて」
「今更ぶりっこするな! 無表情でそんなセリフ言われても説得力ねぇよ!」
「萌えないかしら?」
「……ちょっとだけ萌えた」
そんな馬鹿話をしながら僕は戦場ヶ原の家にあがる。
誕生日に彼女の家とくれば色々あるだろうけどとりあえずすることはひとつ。
受験勉強である。
1日も疎かにできない受験生なのだ僕達は。
……言ってて悲しくなるので訂正、勉強が必要なのは僕だけです、はい。
戦場ヶ原が僕のあげた花を花瓶に活けている間、勉強道具を取り出す。
「ところで阿良々木くん、その箱は何なのかしら? 見たところケーキみたいだけれど」
「ああ、せっかくだから二人で食べようと思って買ってきたんだ、あとで食べようぜ」
「いえ、あまり置いとくとすぐに悪くなっちゃうわ、せっかくだし早速いただきましょ」
そう言って皿とフォークを用意する戦場ヶ原。
勉強を優先しないとは珍しい。やはり自分の誕生日だし特別だということだろうか?
とりわけたケーキを黙々と食べる僕ら。
…………なんだこれ。
彼女の誕生日でケーキを食べているというのに妙に雰囲気が重い!
思えばこの時の僕はすこしどうかしていたのかもしれない。
その雰囲気を払拭しようととんでもない行動に出たのだ。
「戦場ヶ原、あーん」
「…………」
一切れのケーキが乗ったフォークを差し出され、無表情にそれを見つめる戦場ヶ原。
さ、さすがにやりすぎか?
文句や罵詈雑言が飛んでくる前にその手を引っ込めようとした、その時。
驚くべきことに戦場ヶ原が目を閉じて口を開いたのだ。
僕の方が戸惑って動きを止めてしまうが、すぐに我に返る。
最後まで何か裏があるのではと疑いながら手を伸ばすが、特に何事もなくケーキは戦場ヶ原の口に収まった。
「ん……おいしいわね」
咀嚼しながら言う戦場ヶ原の表情は相変わらず何も感情がこもってないように見える。
が、多分僕にしか気付かないであろうほんの僅かな変化。微かに唇の端が上がり、頬が赤くなっている。
何だかそれが可愛くて、つい僕もにやけてしまう。
「…………何よ」
「何でもないさ、ほら」
僕はもう一度フォークにケーキを乗せて差し出す。
今度も戦場ヶ原は何も言わず、素直に口を開ける。
それを繰り返し、結局僕の分はほとんど戦場ヶ原が食べてしまったが、別に構わなかった。
だけどすぐに戦場ヶ原が僕に返してくる。
「阿良々木くん、あーん」
「…………」
以前も似たようなシチュエーションがあった。
が、今回は信用してもいいだろう。
………………いいよな?
僕は恐る恐る口を開ける。
やはり何事もなく戦場ヶ原は素直にケーキを僕に食べさせてくれた。
結局戦場ヶ原の分は僕がほとんど食べてしまい、互いのを交換したような形になってしまう。
「ねえ阿良々木くん」
食器の片付けを終えた戦場ヶ原が声をかけてくる。
「なんだ?」
「去年の誕生日のSSではプレゼントで身長を貰ったけれど、今年は何をくれるのかしら?」
「何でここにきてメタなセリフが出てくるんだよ!?」
せっかくいい雰囲気になってきたと思ったのに!
だいたい身長を分けてやった覚えもないし、僕達はまだ付き合って数ヶ月のはずだ!
「あら、私達の世界はサザエさん時空じゃなかったのかしら?」
「時の流れは遅いかもしれないけど同じイベントを繰り返したりはしてねぇよ。お前が言ってるのはパラレルワールドだ」
「そう、それじゃ」
戦場ヶ原は肘をテーブルに突き、手に顎を乗せて悪戯っぽく笑う。
「身長を分けてくれなかった阿良々木くんはいったい何を私にプレゼントしてくれたのかしらね?」
「っ…………!」
わざとか? わざとなのか!?
一応プレゼントは用意してあるけども、下手な対応はできない。
ここは一旦話を逸らそう。
「そういえば戦場ヶ原は僕の誕生日って知ってるのか?」
「ええ、以前学生証を覗き見させてもらったわ。残念ながらその日は11月12日だったけれども」
「だからまだ付き合ってから秋にはなってないだろうが! しかも何だその悪意バリバリの日付は!」
ちなみに僕の誕生日は11月11日である。
ふうっとため息をついて僕は自分の鞄を漁った。
ムードも雰囲気もあったもんじゃないので、さっさと渡すことにしたのだ。
「戦場ヶ原、お誕生日おめでとう。そして生まれてきてくれて、僕の前にいてくれてありがとう」
そう言いながらラッピングされたプレゼントを差し出す。
が、戦場ヶ原は動かない。
声をかけようとしたところでふるふると戦場ヶ原の身体が震えているのに気付く。
「せんじょ……うわっ」
僕の差し出したプレゼントをパシッと引ったくってそのまま僕に抱き付いてき、勢いで倒れてしまう。
くっついているせいで顔がよく見えないが、ちらりと見えた表情は明らかに笑っていた。
「阿良々木くん、私にキャラに合わないことをさせてどうしようっていうのよ?」
それって……嬉しくてつい笑顔になるってことだろうか?
僕としては是非とも見たいとこなのだけれども。
だけど首を捻ろうとすると強制的に抑え込まれる。
仕方ないので背中に手を回してぽんぽんと軽く叩く。
「……………………好きよ、暦」
「!!」
僕の心臓が大きく跳ね上がった。
まるで口から飛び出しそうなほどに動悸が激しくなっている。
気が付くと僕らはきつく抱き締め合っていた。
今日くらいは勉強をサボっても許してくれるだろう。
しばらくそうしていたあと、僕は戦場ヶ原の服に手をかける。
戦場ヶ原はそれを止めず、あくまで表情を見せないようにもぞもぞと動いた。
やがて下着姿になった戦場ヶ原はようやく落ち着いたのか顔を上げ、僕と見つめ合う。
「………………愛してるよ、ひたぎ」
僕達の。
甘くて長い夜が始まった。