「あら珍しい、あなたが自慰以外の目的でパソコンを使用しているなんて」  
「出会い頭になんて挨拶だよ! 女が公共の場所で自慰とか言うな!」  
「『女が』なんて随分と時代錯誤的な言い方をするのね。今は男女平等なのよ?」  
「それはお前に猥褻な単語の発言を許容している訳ではない!」  
「ところで、何をしているのかしら?」  
「ええと、なんかインターンの試験みたいなやつ。『一〇〇kb以内で大笑いさせなさい。』『二〇〇kb以内で泣かせなさい。』っていうテーマなんだけど」  
「また珍妙な条件を出してくる会社ね。『笑いたいのなら勝手に笑え』、『泣きたいのなら勝手に泣け』とでも書いてクレームとして本社に送りつけてやるほうが建設的なんじゃないかしら?」  
「僕の将来は崩壊するよ!」  
「その場合、高々インターン一社蹴られただけで崩壊するようなあなたの人生が悪いのよ」  
「ぐうの音も出ないな」  
「というか世の中には笑いたくても笑えない人も多いというのに、『大笑いさせなさい』なんてどれだけ尊大なのよ」  
「笑いたくても笑えない……か。そう言われてみれば、そんな気分もしてくるなあ……」  
「ガキ使の時の松ちゃんがどれだけ苦しい気持ちか」  
「一瞬でも感心した僕が馬鹿だったよ!」  
「いやでも――もしかするとこの会社の社員は日々の激務に忙殺されて、最早自分では笑うことも泣くことも出来ないほどに人間としての精神が破壊し尽くされているのかも」  
「無駄に重い話にすんじゃねえよ!」  
「そんなブラック企業、わたしは御免だわ」  
「その冗談が笑えないから!」  
「あら、他にも課題があるじゃない――『「足は生えたけれどカエルにはなりきっていないオタマジャクシ」の新しいネーミングを考えてください。』――朝の占いのラッキーアイテムか運勢アップの行動みたいにピンポイントで捻くれた条件ね」  
「……まあ言いたいことはわかるよ」  
「『昼食を一口ごとに必ず三十回噛む』とかどれだけの時間を浪費させるつもりよ。それだけで十分な損失だわ。もっと言えば、二十分の損失ね」  
「なんだか歯医者さんのポスターの標語みたいな条件だな」  
「そんなこと続けて顎が逞しくなってしまったらどう責任とってくれるというの?」  
「いや一日でやめろよ! 日替わりの占いなんだから!」  
「この設題は選ばなかったの?」  
「ちょっと考えてはみたんだけどさ。まず十個思い浮かべるのも大変で。あと一番自信あるやつに百字の解説を付けろってんだけど、逆に言えばそれ以外は聞いただけで由来がわかるようなネーミングにしなきゃダメってことだろう? そういう、ネーミングの由来を  
一つ以外は説明できないってのもキモだよなあ」  
 
「やつらの考えそうなことね」  
「知り合いかよ! 紹介してくれ!」  
「品の無さが露呈しているわ。そして嘘に決まっているじゃない。浅はかね」  
「…………」  
「そうね――たとえば『股の間に不躾なモノをぶら下げている不格好なモラトリアム期間中の生物』なんてどうかしら」  
「随分なネーミングだな」  
「他人事みたいに言うのね」  
「僕のことかよ! ってか不躾ってどういう意味だ!」  
「自分のムスコにはちゃんと躾をするものよ」  
「僕の尊厳をそれ以上辱めるんじゃない!」  
「何一つ間違ったことは言っていないはずよ」  
「真実が正しいとは限らないぞ!」  
「『変態・第二段階』というのも面白いわね」  
「それも僕か?!」  
「オタマジャクシの話、よ」  
「くっ」  
「まああなたのオマタのオタマにもオタマジャクシは」  
「お前は変態の最終形態だよ!」  
「ちなみにあなたはどんなネーミングを考えたのかしら?」  
「あー。うん、二、三個は確かに思い浮かんだんだけど――たとえば、『バブル』とか」  
「『バブル』――それは、『泡』、のバブルでいいのかしら」  
「ああ」  
「その心は?」  
「ほら、カエルって、『かわず』とも言うだろ? それを『買わず』と見てみると」  
「成程。『買わず』という現在の日本の経済状況の手前はとにかく買って買って買って買いまくったバブル時代、というわけね。現代社会を的確かつユーモラスに風刺した鋭い指摘――小3に値するわ」  
「褒め殺しすんな……って最後なんつった?!」  
「小学校三年生レベルの知識に基き無理矢理社会を皮肉って評価されようという魂胆が見え見えのゆとり世代大学生に相応しい浅薄且つ斜視なゲロ発想だと言ったのよ」  
「含みが有り過ぎる!」  
「含蓄が有ると言って頂きたいわね」  
「都合の良い方に解釈するな! てか同い年のお前もゆとりじゃん!」  
「発言の撤回と謝罪を要求するわ。わたしは断じてゆとりではないもの」  
 
「教育制度がそうだった以上、世代としての呼称は免れられねえよ」  
「わたしはそんなヌルい教育なんか受けていないわ。こっちから切ってやったわよ」  
「只の不登校じゃねえか!」  
「由緒ある不登校よ」  
「一族郎党の恥まで晒す必要は無い!」  
「煩いわね。末代まで祟るわよ」  
「心にゆとりがない!」  
「とは言ってもあなた子供なんて持てないでしょから末代はあなたでしょうけど」  
「非道っ!」  
「ところで、いつまで脱線しているつもり? コレ、締め切りが明日の正午となっているようだけれど、もう二十四時間を切ったのよ? これだからゆとりは」  
「――ものすごく言い返したやりたいんだが、まあ、そうだな」  
「他のネーミングは?」  
「ええと、『チャット』っていうのもあるな」  
「また懐かしいフレーズね。その心は?」  
「カエルは英語で『フロッグ』だろ。それを『ブログ』として、今のネットの流行から遡ってみれば『チャット』あたりになるのかな、と」  
「ふむ――」  
「…………」  
「――――」  
「罵倒が無いのもそれはそれで厳しいな」  
「御免なさい。本当に感想が思いつかないわ」  
「厳し過ぎる!」  
「さっきのにも言えることだけれど、確かに成程とは思う。でも感心するには至らない、というのが心からの気持ちね。それに、二つとも説明がないと少々理解への到達が困難じゃないかしら?」  
「それなんだよなあ」  
「ちゃんと相手のレベルを考えてあげなさい」  
「まずもって僕の百倍ぐらいは上だと思うんだけど。知識的にも経験的にも」  
「ところで、ゼロは何を掛けてもゼロだと知っていたかしら?」  
「少なくともその知識はある!」  
「あら」  
「――お前と話してると自分の我慢強さに気付かされるよ」  
「当然じゃない。出来の悪いあなたに躾けられたあなたのムスコとは違って、あなたはわたしが躾けたんだから」  
「僕はお前の息子じゃないぞ!」  
 
「恋人よ、当然じゃない。待ち合わせのカフェで時間になってもパソコンを開きっぱなしというのは、ちょっとどうかと思ったけれど」  
「…………」  
「どうしたの、顔を抑えて。まさか体中のホクロが唇に寄ってきたとでも」  
「そんな訳あるか!」  
「じゃあ、なにかしら?」  
「――堂々と言われて照れただけだよ。口元が二ヤついてるから見せたくない。それだけだ」  
「ふうん。ところでさっきの課題なんだけど」  
「流すな! いや引っ張られても困るけど!」  
「我儘言う子は躾ますよ?」  
「また逆戻りか!」  
「股の話に戻りたいの?」  
「股から離れろ!」  
「またまた御冗談を」  
「つまんねえよ!」  
「くだらないこと言ってないで早く課題終えなさいよ。デエトに差し支えるでしょう。その――『一〇〇kb48を笑い者にしなさい』だったかしら?」  
「危険な間違え方すんじゃねえ!」  
「まあ今のままでも十分笑えるけど。アイドル・ファン含め」  
「お前は誰に何故喧嘩売ってんだ?!」  
「ああでも『大笑い』というよりは――『カッコワライ』という感じかしら(笑)」  
「本当に嫌いなんだな!」  
「まあいいじゃない。それで、案はあるのかしら、あなた(笑)」  
「企業に向けてアピールしなけりゃいけない時に、僕が人として失笑レベルの存在だと思われるような表現は止めてくれ。強く否定できるほどのモンでも無いけれど」  
「あらごめんなさい、あなた(股)」  
「『カッコマタ』ってなんだよ! 僕はそれをどう受け取り次の行動にどう繋げていけばいいんだ?!」  
「下ネタはやめなさいよ、みっともない」  
「どのへんが?! てか現在の下ネタ指数は圧倒的にお前の方が上だよ独占市場だよ」  
「それで、こちらには妙案があるのかしら」  
「うーん、このキロバイトっていう単位がミソだよな。動画でも音声でも文章でも形式は問わない、っていう」  
「書類を直接送りつければ、それ即ちゼロバイトじゃないのかしら」  
「いや、メールでファイルを添付しろってなってるし、どのみち明日には間に合わないだろ」  
 
「じゃあハイパーリンクだけ添付して、クリックした先に」  
「ああ、規定以上のWEBサイトを仕込むのか」  
「熟女専用SNSのリンクを」  
「ジャンク送ってどーすんだよ! 笑えねえし泣けねえよ!」  
「ヌケるけど」  
「マジ勘弁して!」  
「文句言ってばかりね。あなたも何か提案なさいよ」  
「ものすげえ理不尽だな……」  
「それで真面目に、どうするの?」  
「こんなこと言うのは今更なんだけど、時間が無いんだよな」  
「本当に今更ね」  
「ああ。自分でも呆れるくらい今更だ。それに僕は、動画編集ができるようなスキルも機材もないし、良い画・良い絵が撮れるような描けるような才能もないし」  
「なら楽すればいいじゃない」  
「え?」  
「あくまでも『以内』なんでしょう? だったら一番小さな容量で笑わせ泣かすようなアイディアを出してみなさいよ。今からだったらどのみちギャンブルなんだから、やったもの勝ちね」  
「でもさ」  
「創めなきゃ始まらないわ」  
「そう、だな。ありがとう。なんか迷いがちょっと薄れた」  
「それじゃ、今日のデエトとしましょうか。何か素敵な体験があるかもしれないわ」  
「ああ……ところでお前」  
「何かしら?」  
「お前は、就職活動とかどうしてんの?」  
「そうね――わたしの性格からいって、会社で働くというのは向いていないんじゃないかという自己分析はしているのだけれど、それも今一つ現実的ではないし」  
「お前も、迷ってんだな」  
「ええ、わたしも迷っているわ。でも最後には」  
「最後には?」  
「あなたのところに就職できればそれが最良かしら?」  
「……なあ」  
「なあに、あなた」  
「『大笑い』じゃなくて『ニヤニヤ笑い』じゃダメなのかな」  
「却下ね」  
 
「早っ!」  
「人事の半分を笑い過ぎによる脱水症状で殺害しもう半分を泣き過ぎによる脱水症状で殺害するくらいのコンテンツを作る、くらいの意気込みよ。時間は無いけど」  
「脱水症状好きだな」  
「脱衣現象の方が良かったかしら?」  
「どんな現象だよ!」  
「あなたが今ここで『好き』って言ってくれるなら、脱衣現象に罹ってしまうかもしれないわね」  
「諸刃過ぎないか?」  
「まあ手を繋いだだけで彼女の手を汗でべとべとにして脱水症状に陥ってしまうようなあなたには、到底無理な」  
「好きだ」  
「―――――」  
「なんだかんだいって、ちゃんと伝えてなかった気がする。うん。お前からちゃんと言ってもらった記憶も無いけどな。まあお前は、そんな性格だし」  
「随分な不意打ちで、随分な言い草ね」  
「『愛してる』の方がよかったか?」  
「十年、早いわよ」  
「僕もそう思ってた。それで、脱衣」  
「しないわよこの変態途上国」  
 
 
「ちょっと考えたんだけど、小説なんてどうだろ?」  
「少なくとも向こうが対象としているものとは違うでしょうね。それが、サイトにある『その手があったか!』と受け取られるか、只の『空気読めてない君』になるかは、まあ、運次第なんでしょうけど」  
「逆に容量余りまくりだな」  
「やってみなきゃ結果はわからないわ。もっと広い視野で考えなさい」  
「偶にはまともなこと言うんだな」  
「ダメだったとしても、『エントリーひとり分経費上積みしてやったぜげへへ』くらいに考えておけば」  
「視野は広いが心狭っ!」  
 

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