九州というのはなんとも食べ物のおいしい所で、福岡の辛子明太子や熊本の辛子蓮根を始めとして各々地方で名産品に  
事欠かない。  
 そんなあっちこっちを出夢くんと一緒に巡って、道中では出夢くんにからかわれたり、からかったり、からかいすぎて  
命の危険を感じたり。そんな楽しい日々もあっという間に過ぎ去ってしまい。  
 そして明日には京都へ帰るという日、福岡の出夢くんの家にぼくはいた。  
 
「おにーさんさあ……結局こんな所まで一体何しに来たんだ?」  
「あのね……。それって誘った人間の言うことなわけ?」  
「まあ、そうなんだけどさ」出夢くんはコーヒーを静かに口に運びながら言う。「僕はさ、前から一回観光っての、やっ  
てみたかったんだよ。で、旅は道連れ世は情けって言う言葉を思い出してお兄さんに連絡したんだけどさ」  
「そうだったね」  
 ある日普通に学校で講義を受けていると、至って普通に出夢くんから電話がかかってきたのだ。それ以上でもそれ以下  
でもない、ただそれだけ。そんな至って普通の出来事の中で、出夢くんの苗字だけが異彩を放っている。  
 それにしても、だ。殺し名の序列第一位である匂宮、その最高傑作の誉れ高い≪殺戮奇術の匂宮兄妹≫からまるで当た  
り前のように電話がかかってくるとは……ぼくの人生もいよいよ来るところまで来てしまったようだ。  
「一応僕も今は隠遁生活だろ? こんな人生だからさ、僕って友達少ないんだよ。匂宮はその性格上横のつながりっての  
が薄いし」  
「そうなの?」  
「前にも言ったろ? 殺戮奇術の匂宮雑技団。その団員はみんな兄弟姉妹で組になって動くんだよ。だから個人レベルで  
の付き合いはほとんど零なんだよ」  
「ふうん」  
「そこで白羽の矢が立ったのがおにーさんだったってわけだ」  
 殺人者の集団の概要に触れる事なんてありえないからぼくはよく知らないけれど。匂宮雑技団なんて言っても、今まで  
はただ漠然とマフィアとかヤクザとかと同じような”仁義と仁侠”の世界なのだと思っていた。雑技団なんて聞くとます  
ますファミリーのような印象を受けるが、どちらにしろ的外れだった事に変わりは無い。名は体なりなんて言っても、雑  
技団なんてのはあくまで通称に過ぎないと言うことか。  
「まあ確かに誘ったのは僕だけどさ、まさかおにーさんが本当に来るとは思ってなかったぜ」  
「なんで?」  
「え、だって」きょとんとする出夢くん。「だっておにーさん、ひきこもりっぽいし」  
「…………」  
 逆に、むしろ出夢くんの方が「え、なんで?」とでも言わんばかりのきょとんっぷりだった。ここでそんな風に不思議  
そうに言われると、なんというか、ぼくとしてはもう何も言えない。  
「……自覚無かったのか?」黙りこんだぼくを見て、今度は申し訳なさそうに言う出夢くん。「いや、まあ悪い事ではな  
いと思うぜ。家の中にいても新しい発見はたくさんあるからな」  
「…………」  
「あー、えっと」  
 フォローしているつもりなのだろうが、多分これは追い討ちに近いと思った。  
 困ったように頭をかく出夢くん。もうフォローはいいからそっとしておいて欲しい。  
 しかし、こんな心のこもった受け答え(失敗だらけだが)ができるとは、出夢くんも随分と成長したものだ。  
 
「ぎゃははははははっ!」  
 
 初めて出夢くんと対面した時のことを思い出す。  
 ……あの出夢くんとこんな風に落ち着いて会話ができるようになるなんて、人生は本当にどう転ぶかわからない。  
 
「こう見えてもぼくは友達思いなんだよ」ぼくは肩をすくめて言う。「だから友達の頼みなら、これくらいどうってこと  
はないよ」  
「…………」  
 ぽかんと気の抜けた顔をする出夢くん。  
「……?」  
「友達、か」  
 受け入れるでも否定するでもなく、ただ、ふうん、といった感じで言う。  
「……嫌だったかな?」  
「いや。まあ、なんつーか、むず痒いな」本当にむず痒そうに苦笑する。「そーゆーのって僕、初めてだからさ」  
「まあ、そう深く考えることもないよ」ぼくはとぼけたように言う。「一度は殺し合った仲だろ?」  
「ぎゃはは、違い無い」  
 出夢くんはそう言ってコーヒーを飲み干すと、立ち上がって台所へ消えて行った。やがて帰ってくると、両手に缶やら  
瓶やらをたくさん抱えていた。  
「おにーさんはお酒はいけるクチかい?」  
「ああ。えっと、飲めないこともないけど」ぼくの心をあるトラウマがチクリと刺した。「……禁酒しててね」  
「そうかい、それじゃあ悪いけど僕だけでいかせてもらうよ」  
 言いながら机の上にそれらを並べて行く。  
 ことんことんことん。全部並べ終わったと思ったら、また台所へ言って両手一杯に持ってきた。  
「……出夢くんはお酒好きなの?」  
 明らかに一人で飲むには多すぎる量のアルコールを見ながら尋ねる。  
「ぎゃはは、おにーさん、別に全部飲むわけじゃないから安心しなよ。こんな暮らしだと客がいる時くらいしか酒飲むこ  
とないからな、減らないんだよ」  
「ああ、なるほどね」  
 一人で晩酌をやる人もいるだろうが、酒は一人で飲むものではないと主張する人も少なくはない。  
 出夢くんはまず手近な缶ビールを手に取り、本来タブのテコを使って開ける口の部分を人差し指で無理矢理開ける。カ  
シュッと小気味良い音がして、それから一気にぐびぐびと、およそ10秒くらい、ぐびぐび。ぐびぐびぐびと。  
「っぷはー」  
「…………」  
 一瞬で飲み干した。  
 格好良すぎだった。  
 というか、豪快。  
 早速二本目に移り、これも同じように一瞬で飲み干してしまう。瞬く間に空き缶が周囲に散らばり始めた。アルコール  
の匂いが漂う。  
「……出夢くん、あんまり飲みすぎると体に毒だと思うよ」  
「あんだよあんだよー、おにーさんったらシケてるぅー! ぎゃはっ、もっとほら盛り上がっていこーぜぇ? ぎゃはは  
ははっ!」  
「…………」  
 あんなに飲みっぷりがいいから酒に強いのかと思ったら、速効であっさりと酔っていた。  
 しかも酒乱。  
 おまけに殺人者。  
 最強最悪の酔っ払いだった。  
「おにーさんも飲めよ、僕の酒が飲めねーってのかぁ? ほれほれ。ほれほれ!ほれほれほれほれほれほれ!」  
「んぐ……い、出夢くん、ちょ……」  
「飲めよー! おらおら、口開けろ! あんまり抵抗してっと顎外しちまうぞ? ぎゃははは! お、おしおし、やっと  
その気になったかい」  
「…………」  
 下手な抵抗は怪我の元だと悟り、諦めてとりあえず比較的弱そうな酒を選び、半ばやけくそで一気に煽る。一本あけた  
所で、  
「そんなみみっちー酒じゃなくてもっと強いのもいっとこーぜぇ? ほらほら、僕が口移しで飲ませてあげるからさぁ!  
 ぎゃはははっ!」  
 時計を見ると、夜はまだ長かった。  
 ぼくはひょっとしたら今日この夜に命を落とすかもしれないと思った。  
 
 
 ふと気付いたのはベッドの中だった。  
 部屋は暗い。 途切れ途切れの記憶を手繰り寄せる。酔っ払った出夢くんに無理矢理飲まされて、そして意識を失って。  
「…………」  
 何気に結構ひどいセクハラとかも受けていた気がする。段々怖くなってきたので思い出すのをやめた。  
 ん、そう言えば出夢くんは。  
 思い出して寝返りを打つと、なんと目の前に出夢くんがいた。目の前と言うのは本当に目の前で、というか寝返りを打  
った拍子に出夢くんと唇が触れてしまった。そういう距離だった。  
「──っ」  
 慌てて顔を引く。そしてようやく気付いたのだが、ぼくは出夢くんに抱きつかれるような格好で横になっているのだっ  
た。超至近距離にある出夢くんの顔。寝息がぼくの顔にかかる。  
 微妙にアルコールの匂いがした。  
「んー……むにゃ」  
「…………」  
 目の前の出夢くんが気持ち良さげにうめく。この辺りでようやく本格的に我に返り始めたぼくは、慌てて身を引こうと  
するが、  
「ん……んんー……」  
 逃れようともがけばもがくほど、出夢くんはぼくにしがみついてくる。ついには完全に抱きしめられるような形になっ  
てしまった。  
 と。  
 そのとき。  
「おにーさん、好きだぜ」  
「……………………」  
「ん……ん」  
 すりすりと、出夢くんがぼくの胸に頬を摺り寄せる。  
 出夢くんの髪のいい匂いがした。  
 ぴきり、と音を立てて固まるぼく。  
 ぴきり。  
 ぴきぴき。  
 がらがらがらがら。  
 わかりやすい心理描写で、ぼくの中の何かが瓦解した。  
「…………」  
 恐る恐る出夢くんの顔を窺う。恐る恐る。相変わらずすやすやと大人しく眠っている出夢くん。  
「む。む、む、」  
 ということは、さっきのは寝言だったのか。  
 きっと、何かとんでもない悪夢でも見ていたのだろう。  
「ん……」  
 出夢くんが身じろぎする。こうやって抱きしめられていると、出夢くんの体が女性のものであると、改めて認識させら  
れる。丸くて柔らかくていい匂いがするというかぼくは何を考えているのだろう。それでもそんな意思とは裏腹にぼくの  
神経はぼくの体に押し付けられた二つの膨らみに集中している。一度そういう思考が頭をよぎると、そう簡単には消し去  
れない。  
 ぼくの手が、出夢くんの体に回される。  
「…………ん……」  
 静かな寝息。微妙に体をずらし、顔の高さを出夢くんに合わせる。体も小柄な出夢くんだが、改めて近くで見ると顔も  
随分小さい。それに眠っていると、なんというか、同じ顔をしたもう別の人間の事も思い出してくる。  
 匂宮理澄。  
 二人で一人の匂宮兄妹。  
 その妹の魂は、冗談とか抜きで、本当に出夢くんに宿っているのではないかと、なんとなくそう思う。  
「…………」  
 理澄ちゃん。  
 
「お兄さん、大好きっ!」  
 
 その言葉はしばらくの時を経て、双子の兄の口から聞く事になったわけだ。  
 まあ、面と向かって言われたわけではないけれど。  
 
「出夢くん、だよね」  
 ぼくは人差し指でそっと出夢くんの唇をなぞる。くすぐったげに身をよじらせて、  
「……ぱく」  
 ぼくの指を咥える出夢くん。  
「…………」  
「ん……ちゅ……」  
 舌でぺろぺろ舐めたり、吸いついたり、いや、それはいいんだけど、いつ噛みつかれるかわかったものではないこの状  
況では、ぼくはその微妙なスリルと指先から伝わってくる出夢くんの舌のねっとりとした快感や何やらで、ぼくはもうど  
うすることも  
「……わわっ!」  
 混乱し始めた頭をさておき、とりあえず指を引き抜くぼく。出夢くんの顎なら、おそらくぼくの指など造作も無く噛み  
切ってしまうことだろう。それはさすがに勘弁して欲しかった。  
「んー……」  
 指を引き抜かれて、何か物足りなげに顔を前に突き出してくる出夢くん。  
 自然、ぼくの唇に触れる。  
「んむ」  
「ん……」  
 そのまま濃厚なキスを受けた。出夢くんの舌がぼくの口の中を這い回る。アルコールの匂いがまだ残っていた。ぼくの  
舌に絡め、しゃぶり尽くすように蹂躙する。ぼくはされるがままに出夢くんを受け入れる。こんな風に激しく求められる  
のは初めてだった。  
 ふと気が付けば下腹部がたぎり始めていた。  
 それはどんどん大きさを増し、周囲を圧迫し始める。恐らく出夢くんも太もも辺りにその感触を感じているだろう。ぼ  
くはどんどん自分が昂ぶっていくのを感じていた。  
 と。  
 ぼくに濃厚なディープキスを続けていた出夢くんの目が、とろんと開いた。  
「……ちゅ……んむ」  
「…………」  
「……んん……?」  
「…………」  
「ん……?」  
「…………」  
「…………」  
「…………」  
 出夢くんが相変わらずとろんとした目でぼくを見る。ぼくは動けない。  
「おにーさん……? あれ……?」  
「お、おはよう」  
「おはよう……んちゅ」  
「……ん」  
 寝惚けているのだろうか。  
 出夢くんは、再びキスを求めてきた。  
 さっきまでよりずっとはっきりと舌を動かしてくる。  
「んっ……い、いずむくん」  
「んー……?」  
 再び行為に溺れてしまいそうになり、慌てて出夢くんから顔を離す。  
 そうだ、落ち着くんだぼく。  
 冷静に考えよう。  
 もしここで流されて最後までやってしまったら、明日の朝ぼくはここで人生を終えることになるだろう。それはまずい  
。それはいくらなんでも無いだろう。  
 昂ぶる感情をぐっと押さえて言う。  
 
「えっと、その」  
「んー……」  
「……お、起きてる?」  
「んー、起きてるぜえ」  
 にゃはは、と笑う出夢くん。  
 やばい。寝惚けてる。  
「あのね、今自分が何してるかわかってる?」  
「んー?」  
「ぼくからは何もしてないよね? 全部出夢くんからしてきたんだよ?」  
「んー……」  
 言われて考えこむ出夢くん。多少弁解口調になったが、嘘は言っていない。  
「…………」  
「…………」  
「…………」  
 出夢くんの顔色が変わって行く。  
 なんていうか、真っ赤に。  
「出夢くーん」  
「…………」  
「あのー、……そろそろ離して貰えるかな」  
「…………」  
 ばっ、と離れる出夢くん。そのままぼくに背を向ける。  
「……出夢くん?」  
「…………」  
 何も答えない。  
 というか、耳まで真っ赤だった。  
 か、かわいいっ……!  
「おーい」  
「…………」  
「い、ず、む、くーん」  
「…………」  
「いずぷー」  
「…………」  
 ぼくの再三に渡る呼びかけにも全く反応しない。きっと死にたい気分なのだろう。わからないでもない。  
「…………」  
 ぼくは出夢くんを後ろから抱きしめた。  
「なっ……!」  
「出夢くん」ぼくは出夢くんの反応を見ながら慎重に喋る。「えっと、その、もうここまでくるとフォローのしようがな  
いわけだけど」  
「…………っ」  
「実は、溜まってたり?」  
 がっ、とぼくの頭が掴まれる。  
 あれ、失敗したかなと思ったのも束の間、しかしすぐにその手は力無く倒れる。  
「…………」  
「その」ぼくはおずおずといった感じで言う。「手伝おうか?」  
 
「そもそも、出夢くんは男って認識でいいの? それとも本質は女なの?」  
「それを言われるとちょーっちややこしい話になるんだよ」出夢くんは忌々しそうに言う。「女の体に無理矢理男の精神  
を詰め込んでるみたいな感じだからな、本質は男なんだが、体が女だからその辺の調整は難しい」  
「調整」  
「そう、調整」事も無げに言う。「まあ、組織抜けてから調整とか何にもしてないから、このままだとゆっくり身も心も  
女になってくんだろーけどな」  
「……ふうん」  
「俺は自覚では男だけどな。男なのに、あれがないだろ」  
「……あれ」  
 あれ。  
 まさか、あの三文字の、あれの事だろうか。  
「ホルモンだな。女の体だと女性ホルモンしか出ねーから、どうしたって女になっちまう」  
 期待はずれの返答にがっかりしている自分が嫌だった。  
 是非出夢くんの口から聞きたかった。  
「おにーさん、意外と好きなんじゃん」  
「出夢くんこそ。さっきまではあんなに大胆だったのに」  
「……うるさいおにーさんだな。握りつぶすぜ」  
「…………」  
 出夢くんの耳を責める。甘く噛んだり、舐めたり、吸ったり、そっと息を吹きかけたりすると、出夢くんは時々体をぴ  
くりと震わせた。  
「気持ちいいの?」  
「…………」  
 見た目通りにシャイな出夢くんをからかうのは楽しかったが、あまりやりすぎると命の危険が伴うので、ぼくの場合は  
本当に注意しなければならない。  
「ん……」  
「…………っ」  
 出夢くんの胸にそっと触れる。Tシャツにパンツ以外は何も身に付けていない出夢くん、胸の上からでも乳首の膨らみ  
がはっきりとわかる。  
「気持ちいい?」  
「いちいち……、聞くんじゃねえよ」  
「本当に感じてもらってるのか心配なんだよ」勿論嘘だった。更に尋ねる「息が荒くなってきてるけど」  
「うるせ……ん……っ」  
 Tシャツの中に手を伸ばし小さめの胸を揉む。出夢くんのうなじ口で責めながら、出夢くんの大事な部分にも手を伸ば  
す。  
「っく…………ふ」  
 パンツの中に手を差し込み、いきなり蕾をつまむ。出夢くんはかわいらしく体をよじらせたが、声は飲み込む。どうや  
ら声は出すまいと耐えているようだった。  
「出夢くん、声、我慢しなくてもいいよ」  
「うる──っ……!」  
 しかし飲み込む。どうにかして出夢くんのあえぎ声を聞こうとしていると、  
「……おにーさん」肩越しにじろりと、出夢くんがぼくをにらんで言う。「太腿、当たってんだけど」  
「え。……あ」  
 気付けばはちきれんばかりに膨らんだそれが全力で自己主張していた。  
 ていうかなんでぼくはパンツ一丁なんだ……。  
 
 そんなことをいぶかしむ暇も無く、今度は出夢くんがぼくの下着を脱がせてきた。背中を向けたまま、膨らんだそれに  
四苦八苦しつつもなんとか脱がせきる。何をするのかと思っていると、それを掴んで太腿で挟みこんだ。  
「えっ?!」  
 そのまま足でソレを擦る。出夢くんの柔らかくもすべすべの足は絶妙な快感をぼくに与えた。脳髄に直接飛び込んでく  
るような快感が背筋を走り、思わずため息が漏れる。  
「っくぅ……」  
「ん……っはぁ……」  
 その動きはそのまま出夢くんにも刺激を与えているようで、それが擦れるたびに、出夢くんもまた熱っぽいため息をつ  
いた。  
「き……」息も絶え絶えに言う。「気持ち、いいかい?」  
「…………」  
 一瞬呆気に取られるぼく。どう答えたものかと一瞬考えたが、素直に「うん」と答えた。出夢くんは満足気に笑んで更  
に行為を続ける。  
 ぼくも腰を動かし始めると、突然、期せずして、ぬるりと出夢くんの中に入ってしまった。  
「ふぁっ!」  
 突然の挿入に、思わず出夢くんがかわいく鳴いた。  
「…………」  
「…………っ」  
 思わず止まってしまうぼく。  
「…………」  
「う、うるさいな!」  
「まだ何も言ってないけど……」  
「い、いいだろ別に!」  
「だから何もふぉ」  
 肘鉄を食らった。  
 悶絶。  
 出夢くんが背中から怒った空気を発しているが、何故かそれすらもかわいかった。  
 謝る代わりに出夢くんを後ろから抱きしめる。  
「でも意外にも、出夢くん初めてじゃないんだね」  
「ああ。まあ、一通りのことは大体経験してる」  
「一通りって……」  
「今度鞭で叩いてやろうか?」  
「…………」  
 想像を絶する画だった。  
 しかし、だとすれば、ということは、理澄ちゃんも、やっぱり”一通り”経験しているのだろうか。  
 …………なんだか複雑だ。  
 
「おいおいおにーさん、挿入しっぱなしで他の女の事を考えるとはなかなかの色男だな?」  
「ああ、いやいや……」  
「お兄さん、好きっ!」  
「…………」一瞬驚いた。「出夢くんは、もうその辺は、平気なの?」  
「僕だってやりたくてやったんじゃないさ」自嘲気味に笑む出夢くん。「おにーさんが喜ぶなら、ね」  
「…………」  
 一瞬。  
 なんの間違いか、なんの勘違いだろうか。  
 だけれど、確かに一瞬。  
 出夢くんが、まるでぼくが守ってあげるべき、か弱い少女のように──見えた。  
「へっ、挿入したままする話じゃねーよな、こんなの」  
「本当」ぼくは苦笑いを浮かべる。「全くだ」  
「気分直しに冗談でも言ってやるよ」  
 出夢くんはぼくに背を向けたまま言う。  
「おにーさん、愛してるぜ」  
「…………」  
 出夢くんの表情は見えない。  
 出夢くんの心情は読めない。  
 しかし、たとえ表情が見えようが心情が読めようが、ぼくに返せる言葉は、何も無かった。  
「ん……」  
 黙ったまま、出夢くんに口付ける。出夢くんは抵抗せずにそれを受け入れた。  
 そのまま、ゆっくりと腰を動かし始める。  
「ん……っふ……」  
 相変わらず声を上げまいと快感に耐えている出夢くん。シーツが握り締められてくしゃくしゃになっている。  
 腰を打つくぐもった音が室内に響く。出夢くんの息が荒くなり、ぼくの息も荒くなって行く。  
 ふと、ぼくは何をやっているのだろうと素に戻る。本能のままに腰を打ちつけ、出夢くんを抱きしめながら、ぼくは何  
をやっているのだろうと考える。勿論答えが出るはずもない。ただ状況に流されているだけだ。  
 だが、一つだけ。  
 これだけは出夢くんに伝えたかった。  
 ぼくが出夢くんを大切に思う気持ちに偽りはないと──それだけは、戯言でもなんでもない、ぼくの本心であると。  
「出夢くんっ……!」  
「ん、……っ、ぁん」  
「くっ……ぐぅっ……!」  
「ふぁ、あっ、ああっ……!」  
 精を吐き出す。何度かびくびくと痙攣するようにひきつり、そしてどっと倒れこむ。  
「……気持ち、良かった?」  
「……ああ、サイコーだったよ、おにーさん」  
 
 最後に達する瞬間、出夢くんはまるで女の子のように見えた。  
 
 
 
 
 数ヶ月が過ぎて。  
 突然、携帯に見慣れない番号から電話がかかってきた。不審に思いながらも、とりあえず出て見る。  
「──もしもし」  
 
「あ、僕だけど。なんかよくわかんねーけど最近やけにイライラしてさー、すっぱい物とかもすげー欲しくなったりして  
困ってんだよ。別に御飯食べまくってるわけでもないのにお腹出てきたりさー、しかも時々腹の内側から蹴られてる  
よーな感じしたり。こんな体調の崩し方したの始めてでさ。我ながら気弱なことと思うけど、悪いけどちょっと家まで  
看病しに来てくれねーかな。最近はろくなもん食べてないんだよ。病気ならちゃんとしとかねーと治んねーしさ。前も  
言ったと思うけど、ホントに僕、友達少ないんだよ。頼れるのはおにーさんだけなんデス。オネガイシマス! この通  
り!」  
 
「…………」  
 あれ、どうしてだろう。電話の声が段々遠くに。  
 あれ。あれあれ。  
 
「……名前は、匂宮歪夢とかでどうだろう?」  
「は? おにーさん何言ってんの?」  
 
 
 
 
終わり。  
 

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