戦場ヶ原ひたぎ更生祝いパーティーが突然開かれると決まった時、私は本当に驚いた。
昨日阿良々木君から送られてきたメールは、戦場ヶ原さんが更生した事や、その様子。
そしてこのめでたい出来事にかこつけて、最近あまり一緒に顔を合わせていなかった面々で集まろうという内容が記されていた。
メールの文章は、はっきり言って要領を得ないものだったので、
正直な所私は未だにその事実が本当であるかどうかを疑っている。
まあ実際本当に更生していたとして、そんなに大きく人が変わるのか。
それはメールで伝えられるような、はっきりと目に見える、耳に聞こえる、肌で感じられる程の変化では無かったのかもしれない。
例えそれがあの戦場ヶ原さんといえどもである。
だからこそ、そういう意味では、あんな支離滅裂なメールを送ってきた阿良々木君を、そこまで責めたものではないのだろう。
それはそれ、戦場ヶ原さんが更生したのだったら、めでたい事はめでたい事に変わりは無いわけで。
本日8月2日水曜日、戦場ヶ原さん更生祝いパーティが仲間内で催される事となった。
まあ、仲間内といっても自他共に認める友達いないカップルの知人で、こんな催しに呼べそうな人はそう多くなく。
4人。
本人であるガハラさんこと戦場ヶ原さん。
またその彼氏であり主催である所の阿良々木君。
そして私、羽川翼と。
「おやこんばんは羽川先輩、随分と早いな。
私が一番のりだと思っていたのだが」
ヴァルハラコンビの片割れ、神原さんだった。
「こんばんは、神原さん。
まあ今日は阿良々木君の家庭教師もなくて、1日中暇だったからね」
極端に言えば今日でなくとも、夏休み中阿良々木君の家庭教師が無い日は毎日暇なのだけれど。
実は今夜も、この学習塾跡には2時間ぐらい前についていていた。
学習塾跡。
今回のガハラさん更生祝いパーティの会場である。
それぞれ諸々の事情があって、誰かの家で開催するわけには行かなかったらしいけど。
わざわざこんな廃屋でなくてもと思う。
勿論場所は主催のあの男が決めた。
普通にファミレスとかでいいじゃない……。
「んー、先輩方を待たせるわけにはいかないと、急いで家を出たつもりだったが、
少し見通しが甘かったようだな、すまないお待たせした」
「いやいや、神原さん、まだ集合予定の時間より30分も前なんだから謝らなくていいよ。
……ところで、そんな格好なのは急いでいたからなのかな?」
やたらとピッチリしたタンクトップにハーフパンツと、上下共に露出度がかなり高い。
さっきまでジムでエアロビクスをしてきました、といった感じの出で立ちである。
「いや、毎年この時期の外出着はこんな感じだが?」
「そうなんだ、その格好でコンビニとか本屋とか行っちゃうんだ……」
目立ってるだろうなあ。
都会ならこんな格好も珍しくないのかもしれないけれど、少なくともこの辺りでこんな格好をしている人は見た事がない。
「そういう羽川先輩は、何時もどおりといった感じか。
というか私は一度も羽川先輩の制服姿と、パジャマ以外の服装を見た事がないのだが、私服はどういう服を好むのだ?」
「阿良々木君からも似たような事をよく聞かれるけれど、別に普通だよ?
ご期待に沿えず申し訳ないけど、全然普通。
どうして皆私の私服姿に興味津々なのかな」
「その普通を見たいというのが男心というものなのだ」
ふーん、と一応曖昧な返事を返しておく。
思えば神原さんとこうしてツーショットになるのは珍しい。
別に仲が悪いわけではないのだけれど、私と彼女は立ち位置が微妙なのだ。
そんな事を言ったら今回のメンバーである4人は全員微妙なのだけれど。
人物相関図なんて書いたら注釈でぐちゃぐちゃになってしまうだろう。
「それはそうと、ところで神原さん」
「ん? どうした羽川先輩」
「本当の所、本当だと思う? 戦場ヶ原さんが更生したっていうのは」
私はさっきから、いや阿良々木君からメールを貰ったときからずっと疑問に思っていた事を聞いてみる事にした。
「それはどういう意味だ? 他ならぬ阿良々木先輩自身がそう言っているのだから、当然だろう?」
「他ならぬ、ね。
んー、神原さんにも、こんな感じのメールが来たのかな?」
そう言って携帯を開き、阿良々木君から昨日送られてきたメールを見せる。
「ん? ああ、細部は多少違うが、大体そんな内容のメールがきた」
「このメールってさ、確かに戦場ヶ原さんが更生したとは書いてあるけれど、あるんだけれど、
でも具体的っていうか、阿良々木君主観的なもの以外に、どういう変化があったかは、あんまり書いてはいないよね?」
「まあそう言われてみれば……確かにそうだが、でもそんな風に疑ったものでもないだろう?
人間が更生するなんていうのは、言葉にしてみると大げさそうに聞こえるが、
そんなにはっきりとした変化があるわけでもあるまい。
それに第一、阿良々木先輩が私達に嘘をつく意味がないだろう」
阿良々木君が私たちに嘘をつく意味はない。
確かにその通りだし、それについては私だって、全く反論する余地も意志も持ってはいないのだ。
「うん、そういう風には私だって疑ってないんだよ神原さん」
「じゃあ一体何が言いたいのだ?
羽川先輩ともあろうお方が、理由も無く人を疑うだなんて」
「何を疑っているかって聞かれたら、阿良々木君の思い込みかな?」
「阿良々木先輩の思い込み?
つまり阿良々木先輩が戦場ヶ原先輩は更生したと思い込んでいるだけで、実際にはそんな事は無い、と?」
「簡単に言うとそういう事」
「いやでも、阿良々木先輩は戦場ヶ原先輩の彼氏だぞ?
一体一日のうちどれくらいの時間を一緒に過ごしているのかは知らないが、そんな大それた勘違いをするだろうか?」
神原さんの言う事も尤もである。
普通の人なら、そんな勘違いしないし、される事も無いだろう。
しかし今話題にしているのは他ならぬ阿良々木君と戦場ヶ原さんである。
阿良々木暦と、戦場ヶ原ひたぎ、である。
「考えてもみてよ神原さん。
今回話題になってるのは、阿良々木君と付き合うようになっても、全く性格のぶれなかったあの戦場ヶ原さんだよ?」
「……まあ確かに、改めて考えてみるとあの戦場ヶ原先輩が、私が会わなかったたった1週間程の間に、
そんな劇的な変化をするだろうか、と考えると少し妙だな」
「それにさ」
それ以上にさ、と付け加える。
どちらかというと、根拠としてはこちらの方が大きいかもしれない。
「阿良々木君の方は、戦場ヶ原さんとは対照的に、随分とキャラが変わってきたとは思わない?」
「阿良々木先輩がか? どうだろう、初めて会った時から素敵な方だとは思っていたし、今もそれは変わらないが……」
「随分……明るくなったとは思わない?」
変態っぽくなったとは思わない? と一瞬口に出そうになったが、3点リーダーと一緒に飲み込む。
阿良々木君をけなすと、神原さんは条件反射的に激怒するようにプログラムされていると聞いた事があったからだ。
まあ、変態っぽくなった、と言う事が、神原さんにとって悪口に当たるのかどうかはともかくとして。
「そう言われてみれば、以前はもっとクールだったかもしれない。
私が阿良々木先輩を変態の師としてあがめるようになったのも、そういえば最近になってからだったように思う」
「うん、変態っぽくなったよね!」
さっきの気遣いはどうやら無用だったようだ。
三点リーダーと共に飲み込んだ、阿良々木君がいかに変態かというトークを路線変更して始めてしまいたいとさえ思う。
「それで、それがどうかしたのか?」
「だからね神原さん。
もちろんこれはもしかしたらという仮の話であって、それ以上でもそれ以下でもないけれど。
変わったのは戦場ヶ原さんじゃあなくて、阿良々木君なんじゃないかって事」
「阿良々木先輩が変わると、戦場ヶ原先輩が更生するのか?」
「そうじゃなくてさ、それこそ何かの拍子に、それともいつの間にかに、
戦場ヶ原さんに何をされても、どんなに辛辣な事を言われても、
阿良々木君の方がそれを苦としないように、
むしろ喜ぶようになっちゃったとは考えられない?」
だって阿良々木君、私にしかられても喜んだりするようになってきたし、とは続けなかった。
要らぬ誤解を招いてもいけないし。
「あー、あり得るかもしれないな。
暴言を吐かなくなった、等というのも、阿良々木先輩の主観でそれが暴言で無くなっただけかもしれない」
「そうだよね」
「羽川先輩の話も一理ある、いや寧ろその仮説の方が、なんだかしっくりくるぞ」
どエムは無敵かもしれないとは、目の前の彼女を阿良々木君が評した言葉であるけれど。
最強のどエスであるところの戦場ヶ原さんと、いつも一緒に居る阿良々木君自身が、エムではないと、エムになったりしないと、どうして言えようか。
「何だか考えれば考えるほど、羽川先輩の仮説が正しいような気がしてきた……。
いや待ってくれ羽川先輩」
「何? 神原さん」
「もし仮に羽川さんの今言った通りだったとして、私たちは今日あの二人の前でどのように振舞えばいいのだ?」
「……えっと」
確かに言われてみれば、どうしたものだろうか。
阿良々木君を夢から覚めさせてしまうのは、何だか忍びないし、二人の円満な関係を壊してしまう事にはならないだろうか。
……いやもちろん、そもそも仮定というか推量でしかない考えを元に、こんな風に心配するのもなんなのだけれど。
「む、どうやらもう来たみたいだぞ、羽川先輩。
二人の足音が聞こえてきた」
「え、ホント?」
「しっ、静かに!」
思わず二人で口を噤む。
いや、別にこんな隠れるような真似をする意味も必要も何処にも無いんだけれど。
さっきまで二人の噂話をしていたという後ろめたさもあって、神原さんと二人息を潜めて彼等の足音、
それと同時に段々と大きく聞こえてくる会話を伺った。
「阿良々木君、貴方もしかして私がこの体型を維持するのにどれだけの苦労を強いられているのか、
解っていないんじゃないかしら?」
「体型?」
「ドーナツなんて大量の油で揚げた小麦粉に砂糖をまぶした食べ物でしょう。
貴方がこの催しでの食べ物を、今からコンビニに買いに行くという事を知らなかったから、
私は今日の勉強会の場所をミスタードーナツにする事を許可したのよ?」
「気にしすぎだと思うけどな。
戦場ヶ原はもうちょっとくらい肉がついていたって……」
「シャーラップ、黙りなさい。
そういう問題では無いの、それに肉がつくとしたら先ずお腹やふとももからよ?
貴方の大好きなお胸は膨らまないわ、私と羽川さんは違うの」
「え、羽川って食べると先ず胸が膨らむのか?
……いや、止めろ止めろ痛い痛い痛い! ごめん悪かったって!
ともかく、そうは言っても他に勉強出来る場所なんてあったか?
図書館は休館日だったし、加えて飲み物のおかわりが自由で長い間居座れる所なんて、
ちょっと遠出すれば駅にサイゼリアがあったけれど、あそこは相当周りがうるさいからな」
「でもあのミスドは店員の態度がよくないわね。
カフェオレのおかわりを8回要求したくらいで睨まれたわ、ホント器の小さいこと。
そもそももっとあちらさんの器が大きければ、私もそんなに何回もおかわりしないですんだのに」
「上手い……かな?
というかカフェオレだってそれなりにカロリーはありそうだけど。
それにあの店員がこっちを睨んでいたのは多分別の理由だと思うぞ」
「別の理由? 何かしら」
「いや、その場で言うのも意識し過ぎてるようでなんだったから言わなかったけどさ、ガハラさんくっつきすぎ」
「あら、そうだったかしら?」
「2×2の4人掛けのテーブル席に、二人だけで来て隣同士に座ってるってだけで、見る人から見れば鬱陶しいもんらしいぜ?」
「しょうがないじゃない、阿良々木君の字、汚すぎて反対側から読むのが大変なのよ」
「だからって……あれ、二人とも早いな、まだ集合時間10分まえだぞ?」
手をつないで登場したバカップル二人に対し、息を潜めて待っていた私と神原さんは、二人思わずハモってしまった。
「うわあ……」