「うわ・・・」
これは言葉にならない。
今まで使ってきた言葉という概念が、ひどく薄っぺらい物に見えてしまう程に。
いや失礼。説明が足りなかった。
何がどう言葉にならないか。
それはそう、僕の彼女戦場ヶ原ひたぎの浴衣姿である。
今日は戦場ヶ原ひたぎの住む町の近くの神社の夏祭りに来ている。
そういうわけでまだ付き合いたての僕達としては妙に気合が入っちゃうわけで。僕も戦場ヶ原も、共に浴衣姿である。
薄い色地に色とりどりの朝顔の模様。学校で弁当を食べるときのように纏めて上げた髪。
とにかく姿勢が良いので、その姿がとにかくサマになってる。
「もう、なんか言いなさいよ。・・・その、照れるじゃない・・・」
ドロ状態になってから数日しか経っていないので、その新鮮な台詞にキュンときた。萌えたじゃなくてときめいた。
僕の心のサイレンはもうモスキート音並の高さと4.8トン溜爆弾の爆発音並の大きさで鳴り続けている。高すぎて聞こえないけど。
もうときめいてときめいて仕方が無いので、端的にただ一言だけ。
「エロい!」
誤爆、チュドーン。
「もう、なんか言いなさいよ。・・・その、照れるじゃない・・・」
やり直し、ということらしかった。
そういうわけで仕切り直し。
「その・・・綺麗だよ・・・戦場ヶ原、いやひたぎ」
うわー!なんだこれ!すっげぇ照れる!かき氷とか一瞬で溶けちゃう勢いだ!!
「ありがと、暦もカッコいいわよ」
因みに僕はグレー地に青の線の甚平。
月火ちゃんコーディネートなので間違いはないだろう。
しかし妹に浴衣のコーディネートをしてもらう高校三年生とはどういうものなのだろうか・・・
「ち、因みにひたぎって好きなものとか・・・あるか?」
緊張を解すには軽い質問。定石である。らしい。なにせ雑誌に書いてある事なので、そのまま鵜呑みにしてはいけないだろうが、間違いでは無いと思う。
この日の為にデート特集が組まれている雑誌とか買っちゃった僕である。浮かれすぎにも程がある。
「そうね、私はポッポ焼きが好きだわ」
「ポッポ焼き?なんだそりゃ?」
「あら?知らないの?ポッポ焼きというのは・・・まぁ黒糖蒸しパンを棒状にしたような
物よ」
そんなもの、僕は寡聞にして知らなかった。
「ほら、そこにもあるでしょう。買って食べてみた方が良いわ。」
九本で三百円、リーズナブルなお値段である。
さて味の方は・・・
「うま・・・」
「そうでしょう。妹さんにも買って帰ってあげたら?」
とひたぎが薦めるので仕方無く、そう、致し方無く、あいつらにも買ってやることにした。十五本で五百円。
「う〜ん、結構腹に溜まるな・・・こりゃ焼きそばは諦めるか」
「あら、ラギ君、頬っぺたにクズが付いてる。」
「略すな、ってどの辺だ?」
「ほら、こ・こ」
チュ
極軽く、本当に軽くだが・・・
キスされた!
ドロひたぎに!いえい!万歳!
ひたぎの方に目をやると、照れてた!
萌え!トキメキ!蕩れ!
「ふ、俗物が」
なんか影から声が聞こえた気がする!気のせいだ!
話が進まなくなるので、悶絶タイムこれにて終了。
かつ、話が進まなくなる悶絶タイムが続くので話は帰り道までカット。
「ねぇ、暦」
俯いたまま僕に話しかけるひたぎ。
「ん?なんだ?」
「今日、楽しかった?」
「当たり前だろ、お前といて楽しく無い訳が無い。」
「そう、ありがとう。私も・・・とっても楽しかった。」
ここまで言ってようやく顔を上げるひたぎ。その頬は紅く、目は潤んでいた。
「ねぇ暦、思い出を頂戴。」
・
・
・
まるでギャルゲーのようなセリフの後はもう、何も覚えていない。
いつの間にか家にいて、妹達の為に買ったはずのポッポ焼きを十本目まで食べている所だった。
薄々とは覚えている。
それはひたぎの表情や、すごく柔らかかった事等だ。どの部位が、とは敢えて言わない。
読者の妄想にお任せだ。
とにかくその夜は、眠れなかった。