お祭りの屋台で売られている食べ物が高いというのは、  
 常識というよりも、もはやお約束である。  
 そしてそんな無粋とも言える不満に対し、  
 それは食べ物自体だけでなく、雰囲気におも金を支払っているからだ、  
 と返すのもまた定型文だろう。  
   
「ねえ暦?」  
「なんだいひたぎ?」  
 
 そしてそういう意味において、今日の僕は支払った分より遥かに多くの見返りを得たと思う。  
 例えば、呼び名。  
 今夜は互いに下の名前で呼びあおう、なんて半ば悪乗りのような遊び。  
 普段だったら照れくさくてしょうがないであろう呼称も、  
 雰囲気に酔ってしまえば違和感無く口に出来る。  
 
「今日は楽しかったかしら?」  
「ああ、間違いなく今まで行った夏祭りの中で、一番楽しかったよ」  
「そう、それはよかったわ」  
 
 そう言って微笑む戦場ヶ原。  
 手をつなぎ僕と並んで歩く彼女は、影も含みも無く笑う事の出来る、普通の女の子である。  
 本当によく笑うようになった。  
   
「でもそれは夏祭りに誘った僕の方の台詞なんだけどな」   
「私は暦と一緒なら何時だって楽しいわよ?  
 例え世界の終末だって、暦と一緒なら笑って迎えられると思うわ」  
「僕だって、ひたぎとならどんな時でも幸せだ」  
 
 悪乗りは呼称だけにはとどまらずく、とにかく互いに恥ずかしい台詞を執拗に吐こうとしている気がする。  
 まるで空気中にアルコールでも散布されているのでは無いかと思うほど、飲んでも居ないのに酔っぱらっていた。  
 
「さて、遅くなってきたしそろそろ帰ろうか? ひたぎ」  
「ねえ暦?」  
「なんだい?」  
「言い忘れていたけど、その浴衣とっても素敵よ、惚れ直したくらい」  
「ひたぎだって、その浴衣とっても似合ってる、すっげえ可愛い」  
「ええ、知っているわ」  
   
 言ってクスクスと、くすぐったそうに、それでいてとても嬉しそうに笑う戦場ヶ原。  
   
「でもとっても嬉しい」  
 
 しかし本当によく似合っていた。  
 浴衣を着ていくと聞いた時には、以前の人形を彷彿させるような長い髪の方がよかったかも、  
 なんて一瞬でも考えたものだが、僕はなんと愚かだったのだろう。  
 髪留めで髪の後ろをまとめている今の戦場ヶ原に、浴衣は怖いほど似合っていた。  
 こうして見ると、うなじが覗いているのがとてもセクシーである。  
   
「けれど欲を言えば、今夜会ったその場で褒めて欲しかったかしら」  
「……あー、ごめん。気が効かなかった」  
 
 言われて見ればそのとおりである。  
 彼女のお洒落を褒められないで、何が彼氏か。  
 我ながらまだまだ彼視力が足りない。  
   
「ねえ暦、私もう少しだけ帰りたくないわ?」  
 
 そうわざわざ上目遣いで言う戦場ヶ原。  
 どうやら僕に、挽回のチャンスを与えてくれるようだ。  
 
 お祭り等に着ていく浴衣の下に、下着は付けないというのは、  
 常識というよりも、もはやお約束である。  
   
「ブルーシートがこんな風に活躍するなんてね」  
「せっかくの浴衣だからな、やっぱりよごしちゃ不味いだろ」  
 
 背の高い茂みの中にプラスチック製のブルーシートを広げ、  
 その上にかなり大胆に前をはだけた戦場ヶ原を横たえた。  
 当然だけど、外でこんな事をするのは初めてで、違った意味でもドキドキしている。  
 でもそれも興奮を引き立てる材料になってしまうほど、  
 今の僕達はお祭りの空気に当てられていた。  
 もうこれは、全くフォロー出来ないくらい、明らかな悪乗りである。  
   
「暦、手つきが何時もの3割り増しでいやらしいわよ……ふっ、んっ」  
 
 覆いかぶさるように戦場ヶ原の上に重なった僕は、  
 ぴったりと身体を重ね、口付ける。  
   
「ん、ちょっと。重くて苦しいわ」  
 
 なんていいながらも戦場ヶ原の両手はしっかりと僕を抱きしめていた。  
   
「ごめん、でもちょっとでも周りから見えないように低くしないと」  
「何それ、言い訳にもなっていないわよ、んんっ」  
 
 唇を顎から喉元、そしてそのまま首を伝い、さっきから気になっていたうなじに舌を這わせた。  
   
「くすぐったいわよ暦……痛っ」  
「ごめん痛かったか? ひたぎ」  
 
 少し強く吸いすぎただろうか?  
   
「大したこと無いけれど、でも今暦跡つけたでしょ?」  
「大丈夫、普通に髪下ろしてたら見えないって」  
 
 言ってもう一つ口付ける。  
 同時に、右手を浴衣の隙間から挿し込んで無防備な胸を手のひらで包み込む。  
 そうして少し動かしていると、あっけなく布地がはだけ、乳房全体が外気にさらされた。  
   
「流石に、少し恥ずかしいわね」  
「そうは見えないけどな?」  
「失礼ね、私にだって人並みに羞恥心くらいあるわ、あっ、ぅんっ」  
 
 うなじ、首筋、鎖骨と降りてきて、そのまま胸の先端を口に含む。  
 腕を浴衣と身体の間に通して、直接ひたぎを抱きしめる。  
 
「ううんっ、やだ噛まないでっ、ふあんっ、  
 お願い、ちょっとまって暦……」  
「どうした? ひたぎ、何か今日すごく調子良いな?」  
「調子の良いことを言ってるのは暦の方でしょう……あああっ!」  
「うわ、こっちもドロドロになってる。  
 もしかして外でするの興奮した?」  
「……ホント今日の暦は意地悪ね。  
 後で覚えてらっしゃい」  
   
 そんな顔で睨まれても全然怖くない。  
 そのまま、帯を解いて袖の部分以外は殆ど浴衣をはだけてしまう。  
   
「ねえ、暦」  
「うん、ひたぎ」  
 
 誘われるように僕は顔を上げ、ひたぎと唇を合わせた。  
 お互いの舌や唾液をむさぼりながら、  
 僕も中途半端に浴衣をはだけ、ひたぎと繋がる。  
   
「これで私たちも十分変態の仲間入りね、神原の事を言えなくなってしまうかしら」  
「確かに、後で思い返すと凄く恥ずかしい事をしてるんだろうな」  
 
 なんて言って、繋がりながら笑い会った。  
 ふと。  
 ヒュー……ドンっ!  
 後ろから大きな爆発音がした。  
   
「あら、どうやら花火はあれで終わりじゃなかったのね」  
 
 どうやらそのようだ。  
 めぼしそうな屋台を一通り回って、花火も終わったと思ったので帰る事にしたのだが、  
 どうやら小休憩に入っただけで、まだ終わっていなかったらしい。  
 きっとひたぎの視界には僕の背後に大きな打ち上げ花火が上がっているのだろう。  
   
「ちょっと惜しい事したかな?」  
「大丈夫、花火よりも貴方のほうが素敵よ暦」  
「有難う。  
 でもそれは彼氏である僕の方の台詞なんだけどな」  
「今からでも遅くないんじゃない? 暦」  
「ああ、花火なんかよりもひたぎの方が断然綺麗だ」  
 
 言って二人、互いの台詞のあまりの恥ずかしさにクスクスと笑いあった。  
 
「ねえ暦」  
「うん、動くよ、ひたぎ」  
 
 花火で中断していた行為を再び再開する。  
 何時もよりも穏やかで、しかし何時もよりも熱く、二人の身体は火照っていた。  
   
「ふああっ、ねえ、暦」  
「っつ、ひたぎ?」  
 
 ひたぎが僕の頭を抱き、耳元に口を寄せてきた。  
 荒い息遣いが、間近で聞こえる。  
   
「――」  
 
 そして、とっておきの恥ずかしい台詞は、  
 半ば夜空の大輪の花にかき消されながらも、僕の耳にちゃんと届いたのだった。  
   
   
 

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