スカートめくり。
説明するようなことでもないが、女子のスカートを男子がいたずらにめくりあげる行為である。
一昔前の漫画やドラマには度々見られた、この破廉恥極まりない行為だが、それ以降の各メディアがもっと緻密に、かつ大胆に女性の衣服を乱れさせる技術を磨いた結果、このスカートめくり、というものは今現在あまり目にしなくなっている。
と、なぜ私がこんなことを語っているのかというと、まさに今この瞬間、私のスカートがめくられているからである。
男子に。同じクラスの男子に。阿良々木暦という男子に。
それも軽くはたき上げる程度ではなく。
向かい合い、両手で裾を掴み、思い切り腕を振り上げ、ウエスト部分がずり上がるほどにめくりあげている。
「………」
全く脈絡の無い突然の事態に私は一瞬硬直していたが、すぐに状況を理解して行動に移る。
「ぐふぁっ?」
阿良々木の顎に私の右拳が炸裂した。
なんか人間には絶対に出せない威力と速度だった気もするが、まあ気にしない。
脳震盪を起こしたのか、力無く膝から崩れ落ちた阿良々木は、スカートを被る形で、私のパンツに顔を押し付けた。
「く…黒…」
「…っ?んにゃあああああああ!!」
…なんか猫のような叫び声を上げてしまったが、まあこれも気にすることではない。
右拳を阿良々木の脇腹に叩き込み、スカートの中から吹き飛ばす。
なんかバキバキって感触がして、2メートルぐらい転がったけど、阿良々木だしやっぱり気にしない。
「っ…!!何すんのよ! 信じらんない! 最低! この痴漢! 変態!」
うつ伏せで泡をふいてピクピクしているが、なんか私が罵倒する度に口元が緩んでいる気がする…
その反応は気にしない、なんてことにはできず素直に気持ち悪かったので、私は阿良々木を放って足早にその場から立ち去った。
深夜。
日付が変わっても、私は寝付けずにいた。
自室の布団にくるまって数時間、一人悶えていた。
「ぁ…んっ…!阿良…々…木くん…」
日中、図書館帰りの道中、私の下腹部に感じた阿良々木くんの暖かさが身体にこびりついて離れない。
「もっと…いっぱい…触ってよ…んんっ…!」
はだけたパジャマに手を差し込み、固く勃った乳首を手の平で擦りながら、胸全体を撫で回す。
その刺激だけでもう何度達したかわからない。
加えてビタビタに濡れたパンツ(今は白)の隙間から指を差し入れ、ドロドロと暑く、柔らかく溶けた部分を、吸い付きを感じながら掻き回す。
脚がガクガク震え、息は荒く、自分じゃないような声が出てくる。
なんてはしたないことをしているんだろう。
でも止まらない。
阿良々木くんのことを考えて止まらない。
自分の部屋ができた日から毎日こんな事をしている。
私はこんな不埒で淫乱な人間だったのかと少し落ち込んだけど、この衝動には逆らえない。圧倒的すぎる。
「ふうっ…ん…阿…良々木くぅん…イ…イク…よぉ…っ…!」
甘い痺れが全身を覆う。
何度体験しても飽きることのない感覚。
「ん…ふぅ…」
グッタリと力が抜けていく。
全身汗だくだし、太股周辺はまた別にぐっしょりしてるのが分かる。
「…もう…どうしよう…」
毎日こんな調子で、かなりの寝不足である。
「こんなことしても…仕方ないのになあ…」
私は振られた。
阿良々木くんに正面から気持ちを告白して。
それと同時に、私は十八年間の狂った私から決別した。
ストレスも、嫉妬も、全てこの身で受け止める決意をした。
その影響で、私は人と関わるとき、阿良々木と話すとき、挙動不審になっているようだ。
まあ褒められた行為ではないが、それを気づかっての、先のスカートめくりなのだろう。
ゴールデンウィークのときのように。
阿良々木くんは約束通り、私に変わらず接してくれている。
それがとても嬉しくて、幸せ。
でもだからこそ、そう感じているからこそ、私は全く阿良々木くんが好きなままなのだ。
諦められず、毎晩毎晩凝りもせず想いを馳せている。
男に振られたあとの選択肢としては、新しい恋を見つける、とか、綺麗になって見返してやる、とかなんだろうけれど。
それはある程度相手のことを吹っ切れてからの行為のような気がする。
なので、今の私の選択肢としては、
「どうにかして私を選んでもらう…いや…いいように言い過ぎ…要は略奪愛…だもんね…」
阿良々木くんには彼女がいる。
とても可愛い彼女がいる。
私よりその子が好きだ、とはっきり言われた。
でも諦めきれない。こんなにも激しく焦がれてしまっている。
少し、いやかなりわがままな考えを持っている自分を無視できない。
たとえ全く報われなくても、会うことができる、あと数ヶ月の間ぐらいは行動しておきたい。
決して後悔しないように。
自分勝手にも程があるけど。
うん、決めた! 私は今日から略奪愛に走ります!
「……なんて決めたものの…いざ向かい合うと、なんて話せばいいのか、分からないんだよね…」
色々と考えてみたものの、いい案が一つも浮かばないまま夜は更けて、眠りに落ちる頃には、外は明るみ出していた。
休日は散歩の時間。
私が今の私になって数日経つが、私をとりまく環境にさしたる変化は無い。
家に自分の部屋、空間があっても、この散歩は習慣として残っている。
やっぱり特に行く場所も、目的もありはしないのだけど、なんとなく家を出たくなってしまう。
まあ散歩自体は悪いことじゃないし、無理に習慣を変える必要はないのだけれど。
そうして私は今日も一人、昼間から制服を来て町中を歩いている。
「振り向かせる…ね…私には難易度が高すぎるかなあ…」
と、いつのまにか辿り着いていた『その場所』で足が止まり、向かいから、よく見知った顔の男の子が歩いて来るのに気づいた。
阿良々木暦くん。
怪異を知れば怪異と引き合う。
今の阿良々木くんは怪異のような存在だし、その影には忍ちゃんも住んでいる。
だから怪異と深く関わった私が、今こうして阿良々木くんに出会えたのは必然とも言えるし、勿論只の偶然、とも言えるのだろう。
しかし、『この場所』
猫と行き逢い、今の私を形成する物語のきっかけととなった、この場所。
これを私は只の偶然とか、怪異の法則によるもの、なんて考えたくはない。
以前の私のような、流れのまにまに、なんて思考もナシだ。
だから今は、傲慢に、図々しく、私にとって都合のいいとらえ方をしよう。
そう。私の愛すべき妹達が、また新たな物語を始めるきっかけをくれたのだと。
不甲斐ない姉の背中を、押してくれているのだと。
「ありがとう」
心の中に囁く。
私は阿良々木くんに声を掛けた。