夕暮れ時、気分転換の散歩から帰って部屋に入ると、僕の影から忍が現れた。  
普段ならまだ寝ている時間なのに、なぜ出てきたのかと言うと、今日は月に数回のドーナツデーだからである。  
毎回前日ともなると、  
「お前様、明日はドーナツじゃからな?な?な?」  
と、金眼をキラキラさせて一晩中話しかけてくる。  
ので、当日僕はせっせと自転車を走らせて買いに行かざるを得ないのだが、しかし今日、今僕の手にぶら下がっているのはミスタードーナツの袋ではなく、コンビニの袋だった。  
「お前様、儂のドーナツは?」  
「ああ、ごめん買えなかった」  
「…は?」  
「いや理由は分からないんだけど、臨時休業って張り紙がしてあってさ。向こう一週間ぐらい営業しないらしいぜ。」  
吸血鬼Aは固まった。  
メドゥーサと目が合ったかのごとくぴくりとも動かない。  
何秒か経ったが動かない。  
静寂の世界である。  
…なんだろう、僕は時を止めるスタンド能力でも身につけたのだろうか。  
吸血鬼だし。  
と、一分程経って、吸血鬼Aは唇を震わせながらようやく動きだした。  
「……儂のゴールデンチョコレートは?ポン・デ・リングは?オールドファッションは?フロッキーシューは?」  
忍が絶望に顔を歪め、僕の足にすがりついてくる。  
お前のそんな顔は春休み以来だな…  
「とりあえず別のデザート買ってきたから、これで我慢しろよ」  
コンビニで買ってきたロールケーキ、ティラミスが入ったビニール袋を差し出す。  
最近のコンビニスイーツは少し値は張るが、結構凝っていて美味しいのだ。  
「いらんわたわけ!そんなたまごっちが手に入らないからと言ってデジモンで誤魔化すようなマネを…吸血鬼を舐めるな!」  
…いや、そんな人間ですらもう伝わらなそうな例えを使う時点で、吸血鬼でもなんでもねえよ。  
お前なんて「あるくんです」で充分だ。  
「仕方無いだろ、休みなんだから…次のドーナツデーに多めに買ってきてやるからさ。今日は諦めろ」  
「………………………………」  
頬を膨らませてむくれている。  
いつからこんな情緒豊かなキャラになったんだこいつ。  
まるっきり駄々をこねる子供じゃねえか。  
そのまま僕の足にしがみつく忍を見ながら、どうしたものかと僕が頭を抱えていると、むくれた表情のまま、突然何の脈絡もなく、忍が僕のズボンのベルトを緩め始めた。  
 
「何やってんだお前?」  
僕は驚いて足を引こうとしたが、もつれて尻もちをついてしまった。  
落としたビニール袋のロールケーキがグシャッと潰れた。  
呆気にとられている僕の目に写るのは、妖しく笑う忍の姿。  
「ふふ…お前様が儂の食欲を満たせぬと言うなら、性欲の方を満たすしかあるまい」  
ニヤニヤしながら両手をワキワキさせてにじり寄ってくる。  
不二子に襲いかからんとするルパンの図である。  
「いや!待て待て待て待て!無理だって!僕には愛する彼女がいるんだ!そんな浮気行為は絶対駄目だ!」  
僕が両手を突き出し必死に抵抗すると、忍はフッと無表情になり溜息をついた。  
「フン、冗談じゃ。お前様のような軟弱な男を襲うほど、儂は飢えとりゃせんわ」  
「お、おう…だよな…唐突すぎて驚いちまったよ…」  
「……まあ今日のところは勘弁してやるわい。次は間違いなくドーナツを用意するのじゃぞ。モンハンしながら待ちわびておるからの」  
そう言うと忍は僕の影に沈んでいった。  
至極残念そうな表情で。  
…ていうかいつの間にPSPまで作りやがったんだこいつ。  
 
その日の深夜、僕がベッドで眠りにつこうとしていると、横向きに寝転がる僕に向かい合う形で、再び忍が現れた。  
「…なんだよ、エロいことなら無しだぞ」  
「血を…」  
「ん?」  
「血を吸うのならよかろう?今満たせる儂の欲求はそれぐらいじゃろう…」  
「…ん、わかった、少しだけな」  
「……」  
忍は僕の首元に顔をうずめると、ゆっくりとその牙を刺し入れた。  
いつもより少しだけ強くしがみつきながら。  
こうして、忍に血を吸わせる姿勢に新しいパターンが生まれた。  
 
ちなみに、後日無事に営業再開したミスタードーナツで少し多めに買ったドーナツは、忍に差し出したその一瞬で消失した。  
瞬きより速かった。  
こいつは本当にスタンド能力を持っているのかも知れない。  
 
おわり  
 
 

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