「兄貴っ、今年のクリスマスはおいしーもの食べようねっ」  
「そうだなー、去年は仕事でそれどころじゃなかったしなー」  
「せっかくだから、小さいホールケーキ買ってきてー……あ、あたし、チキンレッグ食べたいっ」  
「おいおい、クリスマスならターキーだろ? まだ日にちもあるし、適当に狩ってきてやるよ」  
「……うーん、そこまで本格的じゃなくていいよっ。第一、ターキーなんてその辺にあるとこないし、  
わざわざ買ってこなくても」  
「うん? 確かにその辺にゃいないかもなぁ。でも、まぁ、かわいい妹のお願いだからな、僕が一肌脱いでやるよ」  
「兄貴がそこまで言うなら……じゃあ、楽しみにしてるねっ」  
 
夜更け、人識は一人机に向かって勉強をしていた。  
普段学校はサボりがちだが、数日後の期末試験に向けて委員長に押し付けられたノルマをひたすら真面目にこなしていく。  
変なところで律儀な人識だった。  
 
「なー、零っちー、七面鳥ってどこにいるのかなー」  
 
そこへ、背後から唐突に声がかかった――ベッドの上に腰掛けた痩せぎすの少女の姿。  
黒い革のジャケットに細身のパンツ、腰まで伸びる黒髪――匂宮出夢だ。  
勉強に集中していたとは言え、声をかけられるまで気づかせることのない出夢に、人識は内心舌を巻く。  
人識はゆっくりと、首を捻り背後に視線を向ける。予想通りの厭らしい笑みを浮かべ、出夢はそこに立っていた。  
「……何当たり前のように俺の前に現れて、挨拶もなしにいきなり訳の分からないことを」  
「クリスマスったらターキーだろ?」  
「いや、なおさら意味分かんねーし。人の話聞けよ」  
得意気に返す出夢に対し、知らぬうちに半眼になる。  
勉強の邪魔になるし、正直早く退散して欲しいのだが。  
「とりあえず山とか探してみたんだけど、見かけねーんだよなー」  
腕を組み、難しい表情を浮かべ考え込む出夢。  
「アホか、七面鳥が山にいるかよ。つーか、日本に七面鳥って自生してるのか……?」  
「知らねーけど、理澄のお願いだからな、兄としちゃあここは頑張っておこうと」  
事情はよく分からないが、切羽詰った様子ではないようだ。真面目に取り合うのも馬鹿馬鹿しくなり、人識は机上に視線を戻した。  
膨大なノルマをこなすためには、時間が惜しい。  
「そんなに見たいんなら、動物園にでも行ってこいよ」  
「おー、零っち賢いなー。よし、今からちょっくら行ってくるか」  
なおざりな人識の返事に対し、出夢は関心したようだ。思いのほかあっさりと納得し、立ち上がる。  
「……いや、今は夜中」  
振り返るが、すでに出夢の姿はなかった。現れたとき同様、音もなく消えている。  
「――って、行っちまったか。……にしても、あいつの妹は何でそんなもん見たがってんだ?」  
人識は首を傾げたが、すぐにどうでもいいと思い直し、再びノルマに向き直る。  
あまりにもあっさり出夢が帰ってしまったため、ホッとしつつも拍子抜けする人識だったが、  
意識から無理やり切り離し、勉強に戻って行った。  
さて――夜が明けるまでに片付くだろうか。  
 
「零っちー! ありがとさんきゅー!」  
 
期末試験の初日が終わり、まぁまぁの手ごたえを感じつつ明日はどうだろうかと取り留めのないことを考えつつ歩く人識の前に、  
やたらとテンションの高い出夢が現れた――いや、出夢のテンションが高いのはいつものことだが。  
塀に腰掛け、足を組み、やたらと高圧的な笑みを浮かべてる。  
「……疲れたところに兄貴と同レベルで疲れる奴が現れたなー……」  
「ぎゃはははは! まぁ、そうつれないこと言うなって! 零っちのお陰で助かったぜえ!」  
勉強疲れな上、躁状態の殺し屋に付きまとわれてうんざり顔の人識とは対照的に、出夢は上機嫌のようだった。  
捕まってしまえば諦めるしかない、足掻いても無駄なことはこれまでの付き合いで分かりきっている。  
「――俺のお陰って?」  
腹を括り、足を止め、話に乗ることにした。どうせ付き合うなら短い時間で済ませたい。  
試験はまだ始まったばかりだ。今日も帰れば委員長のノルマが待っている。  
そんな人識の様子を気にすることもなく、出夢はノリノリで話を続ける。  
「ほらー、この前零っちに相談しただろー?」  
出夢の言葉に心当たりを思い浮かべるが、まったく身に覚えがない。  
そもそも、相談なんて受けただろうか。  
こちらの疑問符が顔に出ていたのだろう、出夢は「七面鳥だよ」と続けた。  
「――あぁ、あのときの」  
数日前の襲来を思い出した。人識は適当にあしらったが、思ったより出夢は真剣だったらしい。  
「零っちの言った通り、この周辺の動物園をしらみつぶしに当たったぜえ。一番肉付きがよかったのは隣県の動物園だったな」  
「肉付き?」  
動物を鑑賞するにはどうにも相応しくない単語な気がする――まぁ、世の中にはそういう鑑賞眼を持つ人間もいるかもしれないが、  
一般的ではないだろう。  
「頭数が多かったのは西にちょっと行ったところのだな。一匹くらい消えても気がつかないだろ」  
いや、いくら数が多くても管理はされているから気が付かれないことはないと思うのだが。  
「個人的には一番近いところだと持ち運びが楽なんだけどなー。でも、せっかくだから労を惜しむことなく一番いいものを選ぶべきだよなー」  
「持ち運び?」  
いよいよ、不穏な発言だ。  
そろそろ突っ込んでみたほうがいいのだろうか。  
しかし、不用意に突っ込んで巻き込まれるのはごめんだ。こちらには遊んでいる時間は皆無だ。  
期末試験の結果によっては、冬休みも更に膨大なノルマを押し付けられかねない。  
「まぁ、そんな感じで、零っちのお陰な訳だ。本当ならここで礼をしておくべきだろーけど、まだ先の話だし、  
僕もいろいろと準備があるからよ。それは後のお楽しみってことにしておいてくれよ」  
人識の引きつった笑みに気づくことなく、出夢はそう締めくくった。塀から飛び降り駆け出そうとして、こちらを振り返る。  
「――そういや、零っち。クリスマスイブって、予定あんの?」  
「へ?」  
目の前の殺し屋にはやたらと似つかわしくない単語に、思わず間抜けな声を出してしまう。  
「……いや、学校あるし、兄貴もいねーし、一人だけど……?」  
「何だー、遊んでそうな顔して意外に寂しい男だなー。友達いねーのかよ」  
「うるせ」  
「ぎゃは。気が向いたら遊びに行ってやるよー」  
じゃ、と出夢は手を振り駆け去った。  
後に残された人識は、ぐったりとした表情でそれを見送った。  
あっさり解放されて喜ぶべきなのに、やたらと振り回されてる感があるのは何故だろう。  
 
23日の夜中、出夢は一人小高い木の上に立ち、目標を見下ろしていた。  
冷たい風が頬をなぜる。ひときわ強く吹いて、長い髪がたなびいた。  
眼下に見えるのは、小さい飼育小屋――先日人識に話した《肉付きのいい》動物園の、七面鳥の飼育小屋だ。  
小屋の中には静かにひしめく動物の気配のみで、人間の気配は感じられない。  
飼育係の動きや鳥の配置などはここ数日で調査済みだ。  
ターゲットは、決まっている。  
一番肉付きがよく、しなやかな脚をしたあいつだ。  
ターゲット以外を刺激するのは忍びない。他の鳥にはうまく気づかれないように、騒がれる前に迅速に仕留めて  
運び出さなくてはならない。  
しかし動物の勘は下手な人間よりも鋭い。油断はならない。  
「――下手な仕事より、緊張するもんだな」  
目を細め、真剣な眼差しで飼育小屋を見つめていたが、やがて意を決したのか、一呼吸おいて小屋の数十メートル手前に飛び降りた。  
音もなく着地し、そのまま駆け出そうとする。  
 
「――おい、待てって!」  
 
背後からの小さいが鋭い声に、出夢は思わず足を止めた。すばやく振り返る。  
少しして、木の陰から学ランを着た小柄な少年が現れた――人識だ。出夢はほっと息を吐く。  
「何だ、零っちか。……どーしたんだよ。それによくここが分かったな」  
「お前の口ぶりからすると、きっとここだろうと踏んだんだよ」  
人識が近づいてくる。背に手を回しているところを見ると、ナイフを持っているのだろうか。  
「お前がシスコンなのは分かりきってたけどよ、まさかここまでとはなあ」  
呆れた口調で人識は呟く。その姿に特に殺気は感じられない、が。  
「俺ずっと考えてたんだけどさ、お前の話の意味がようやく分かったよ」  
逆光で、表情はよく見えない。  
出夢は人識に気取られないように、臨戦態勢をとる。目標はすぐそこだ。たとえ人識だろうと邪魔はさせない。  
人識は、あと数歩の距離で足を止めた。  
「こういうことだろう?」  
背後に回した手を、前に出そうとする。それが出る前に出夢は駆け出し、腕を振り上げる。  
手加減なしで人識を袈裟懸けに薙ごうとした。が、それは寸前で止まった。  
 
「何だ? これ?」  
 
出夢の攻撃を前に、人識は微動だにしなかった。その手には袋に入った一塊の骨付きの肉が握られてる。  
見た目は鶏のようだが、かなり大きい。  
「お前の探し物」  
そう言って、人識はこちらに肉を放った。出夢は落とさないように慌てて受け取る。  
「これって、もしかして?」  
「ターキーレッグ。七面鳥の肉だよ」  
人識は笑みを浮かべて出夢を見やった。知らぬうちに出夢の頬が赤く染まる。  
「……これ、どうしたんだ?」  
「普通に肉屋で買った」  
「……売ってたのか……」  
出夢は肩を落とし、力なく座り込む。今まで気張っていたのは、何だったのか。  
「大体、お前の話し方が紛らわしいんだよなー。何でターキーが喰いたいってところから狩るほうに話がいくんだよ」  
「……いや、売ってないかと思って……」  
「いくら匂宮の殺し屋だからって、狩ること前提って常識なさすぎだろ。普通に『どうしたら手に入るか』を聞きゃよかったのに」  
「……」  
肉の入った袋を持って、足を抱え、小さくなる出夢。  
「まぁ、何にせよ、無事に手に入ったってことで、めでたしめでたしだな」  
「……ありがとな」  
立ち去ろうとする人識に向かって、口の中で小さく呟く。  
「あん? 何か言ったか?」  
案の定、人識には届かなかったようだ。  
まぁ、いい。  
弱みを見せることもないだろう。  
「ぎゃは! 余計なお世話だボケって言ったんだよ!」  
出夢は勢いよく立ち上がり、抜きざまに人識の頭を叩き走って逃げる。  
「てめえ! それが恩人に向かって取る態度かよ!」  
気色ばむ人識を見やり、出夢は満足げに笑う。  
(――やっぱ、僕たちはこうじゃなくっちゃなぁ)  
 
「ぎゃはははははは!」  
 
哄笑が、真夜中の動物園に響き渡った。  
 
「メリークリスマスーっ!」  
「おー」  
「? 兄貴、何か疲れてない?」  
「いや、肉を手に入れるのにやたらと骨が折れてな」  
「そっか、わざわざごめんね。……でも、このお肉おいしーよっ! ありがと、兄貴っ!」  
「理澄のその言葉が聞ければ、僕はそれで満足だ」  
「ほらっ! 兄貴もおいしいものを食べれば元気出るよっ! ケーキ食べてっ!」  
「……あれ? このケーキ?」  
「んー、本当は買ってこようと思ったんだけど、せっかく時間もあったし、作っちゃった。……お店のケーキの方がよかった?」  
「そんなことねーよ。……うん、うまいよ」  
「よかったっ! 兄貴、本当にありがとねっ!」  
「こちらこそ、ありがとな」  
「来年も、よろしくなんだねっ!」  
「あぁ、こちらこそ」  
 
「ハッピーハッピークリスマスっ!」  
 
 

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