『はっ! やっ! やあっ!』  
 気合いのこもった掛け声が道場の外まで聞こえてくる。  
 一人ではない、複数の声。  
「へえ、門下生が入ったのか」  
 掛け声を聞いた長身の男は呟き、『心王一鞘流』と書かれた看板をちらりと見ながらその道場の門をくぐった。  
 男の名は鑢七花。  
 現時点で日本最強の剣士であり、幕府の中枢に侵入したお尋ね者でもある。  
 開かれた戸からひょいと顔を覗かせると、予想通り幾人かの門下生が汽口慚愧の前で素振りをしていた。  
「へえ……」  
 ぱっと見ただけでわかる。その門下生の中に素人はいない。  
 もともと腕前に自信があるものが入門したのか、ここで鍛えられて強くなったのか七花にはわからない。  
 が、ある程度の実力を持っていても基本を疎かにしようというものはなく、一心不乱に素振りを続けている。  
 これも汽口の生真面目さが影響しているのだろうか?  
(おれもあんなふうに素振りしたっけなぁ……)  
 もっとも。七花のはとても素振りとは言えないような代物だったのだが。  
 しばらく思い出に浸っていると、こちらに気付いた汽口がはっとした表情をする。  
 が、七花はひらひらと手を振ってこちらには構わないよう促した。  
 少しだけ空気が読めるようになったのか、ひと段落つくくらいまでは待つつもりのようだ。  
 やがて規定の回数を終えたのか汽口から声がかかる。  
「よし、やめ! しばらく休憩とする!」  
 いつもならここから型を変えての訓練になるのに訝しんだ門下生は汽口が振り向いた先を見て納得した。  
 客人が来たのか。  
「お久しぶりです、七花どの」  
 気を抜いたところに予想外の名を聞いた門下生に再び緊張が走る。  
 あの装いにあの体躯に七花という名前。  
 間違いようもない。あらゆる剣士にとって様々な意味を持つ、あの『鑢七花』!  
 その剣士は。  
「よお、汽口。元気にしていたか?」  
 実に気さくに道場主と言葉を交わしたのだった。  
   
   
 * * *  
   
「へえ、わざわざ別の町から門下生がね」  
「はい、当初はすぐに辞めていく者たちばかりでしたが、今いるのは皆真面目に剣の道を極めんとする者でして」  
 結局。  
 あのあと門下生に請われて稽古や模擬戦を共に行い、夕暮れになって稽古時間が終わってようやく汽口とまともに話せるようになった。  
 せっかくだからと夕餉をともにしつつ、近況を伝え合う。  
「とがめどののことは残念でした。将棋で再戦願いたかったですが」  
 
「へえ、腕は上がったのかい?」  
「はい、将棋もそれなりに練習してますから。今ならそこそこいい勝負ができると思ってますよ」  
 わずかに微笑みながら汽口は言った。  
 ふむ。やはり違う。  
 七花は再会した直後から感じていたことに確信を持った。  
 剣一筋だったはずの汽口が将棋の練習をしているという。  
 以前ならば考えられなかったことだ。  
 こうして向かい合っていても少し気まずかった張り詰めた気配がない。  
 端的に言って、汽口は『丸くなっている』。  
 『王刀・鋸』を手放したのはそんなに悪くなかったのかもしれない。  
 そんなことを思いながら七花は食事を終えた。  
「そういえば七花どのは今夜の宿はどうなってますか?」  
「ん? あー、まだ決めてないな」  
「ならばこちらに泊まられてはいかがです? 部屋は余ってますし、わたしだけですから気兼ねすることもないでしょう」  
 以前の汽口なら変に緊張してしまうところだが、今ならそんなこともないだろう。  
 七花はその申し出に乗ることにした。  
「なら世話になるよ、明日の昼前くらいに発つから」  
「わかりました、それでは部屋と湯浴みの支度をしてまいります」  
   
   
 * * *   
   
「ふう…」  
 湯浴みを済ませて寝間着に着替えた七花は布団の上で大きく息を吐いた。  
 他人に何かを教えるなどと慣れないことを昼にしたせいか、少し疲れているようだ。  
 そろそろ眠るとしようか。  
 と、そんなふうに考えたとき。  
「七花どの、よろしいでしょうか?」  
 障子の向こうから汽口に声をかけられた。  
 こんな夜中にどうしたのだろうか?  
「いいぜ、入ってきな」  
「失礼します」  
 すっと障子が開き、汽口が部屋に入ってくる。  
 そのまま七花の正面にすとんと腰を下ろした。  
「実は七花どのにお願いがあってきました」  
「ん、何だい? おれにできることなら遠慮なく言ってくれ」  
 汽口の言葉に七花は答えるが、そこから続かない。  
 言い出しにくいことなのか、その表情に迷いが見えた。  
 が、ようやく決心したのか、きっ、と七花の目を見据えて口を開く。  
「七花どの、わたしを抱いてはくれませんか?」  
「………………はぁ!?」  
 少し頬を赤らめながらも真剣に言うその思いもよらなかった言葉に、七花は素っ頓狂な声を出したのだった。  
 
 
「…………」  
「…………」  
 二人ともそれきり言葉を発しない。  
 七花は汽口が続けるのを待っているが、汽口は言うことは言ったというように俯いてしまっている。  
 とりあえずこの場は七花のほうから声をかけることにした。  
「えっと…………なんで?」  
 気遣いに欠けた言葉だが、すぐに汽口も己の説明不足に気付いたらしい。  
 ぴっと背を伸ばし、顔を上げて七花をまっすぐに見つめる。  
 もっとも、その頬に差した赤みは消えないままだったが。  
「実はわたし、来月にでも婿を取ることになりまして」  
「へえ、結婚すんのか! それはめでたいな」  
「はい、隣村の道場主の次男です。性格もよく、剣の腕前もそれなりかと」  
「いい話じゃないか」  
 弟子もできたことだし、この道場も十二代目で終わることはなさそうだ。  
 しかしその話がなぜさっきの話に繋がるのだろう?  
「汽口はその結婚に納得してないのか?」  
「少しだけ……いえ、女は子を成し、育んでいくものだとわかってはいるのですが」  
「が?」  
「男勝りに育ったせいでしょうか、自分より腕の劣る者との結婚に少々抵抗がありまして」  
「いや、あんた以上の腕前なんてそうそういないだろうに……」  
 ん?  
 ではさっきの汽口の頼みというのはまさか。  
「あ、いえ、七花どのに婿にきてほしいと言っているわけではないので!」  
「あ、そうなのか」  
「……まぁ……きていただけたら……その……嬉しいのですが……」  
「え、なんだって?」  
「い、いえ、なんでもありません! それでですね」  
 聞き逃した汽口の言葉を七花は聞き返すが、汽口は慌てて話を進める。  
「わたしはこれまで男性経験がありません。せめて初めてはわたしより強い男でと思いまして……」  
「それでおれってわけか……でもいいのか、本当におれなんかで」  
「七花どのはわたしがお嫌いですか?」  
「まさか! おれは結構あんたのことは気に入ってるんだぜ、あんたの話をするととがめがよく嫉妬していたな」  
「わたしは七花どのが好きですよ。なれば問題はありません」  
「……まああんたがいいって言うならおれに断る理由はないんだが、おれだって別に経験豊富というわけじゃないぞ。うまくやってやれるかわからん」  
「……どうぞよしなに」  
 汽口はすっくと立ち上がり、背を向ける。  
 そのままはらりと着物を脱ぎ、一糸纏わぬ後ろ姿が晒された。  
 
 しかしさすがに恥ずかしいのか、こちらを向くことなくもじもじと身体をくねらせている。  
 その透き通るような白い背中に七花は声をかけた。  
「汽口、こっちを向いてくれ」  
「…………はい」  
 両手で胸と股間を隠しながら汽口は振り向いた。  
 暗くてもわかるほどにその顔は赤く染まっており、目を合わせようとしてこない。  
 が、七花はその汽口の身体に見とれてしまっていた。  
 サラシを巻いていた時には気付かなかった、片腕ではとても隠しきれない乳房。  
 引き締まっているとはいえ、やはり男性とは違うほっそりした腰。  
 女性にしては長身な体を支える、程よく肉のついた両脚。  
「……綺麗だ」  
 思わず呟く七花。  
 何の飾り気もないが、だからこそ本心から出た言葉。  
 汽口は恥ずかしさでしゃがみ込んでしまいそうになる。  
「汽口」  
 七花が呼ぶ。布団の上に座り、誘うように両手を広げた。  
 汽口はおずおずと両腕を解き、倒れ込むように七花の腕の中に収まる。  
 抱き止めた七花はそのまま身体の位置を入れ替えて汽口を組み伏せた。  
 そのまましばらく見つめ合ったあと、七花はゆっくりと汽口への愛撫を始める。  
「ん……っ」  
 未知の感覚に汽口の眉根が寄る。  
 鎖骨やうなじに舌が這う。  
 乳房や腕、脇腹を撫でられる。  
 少しくすぐったくもあるその動きに身体がだんだんと火照ってきた。  
 ぎゅっと両の胸を鷲掴みにされたときには痛みとも快感ともとれない何かが身体を駆け巡り、口に手を当てて出そうになる声を慌てて止める。  
 だけど。  
「んっ! んうっ! ううっ!」  
 胸の突起をいじられるとどうにも抑えきれない。  
 指と舌で左右の乳首がたっぷりと愛される。  
「汽口、我慢しないで声聞かせてくれよ」  
 はしたない声を聞かせるのは恥ずかしい。  
 でも。七花がそれを望むなら。  
 汽口はそっと口元から手を離した。  
 そして。  
「ひあああっ!!」  
 普段の凛とした汽口からは聞けない嬌声があがる。  
 すでに充分に濡れている女陰に七花の指が這ったのだ。  
 そのまま容赦なく汽口の弱点を探り当てて攻め立てる。  
「ひっ、あっ! あっ! ああっ!」  
 先ほど七花は伽関係は不慣れなことを言っていたが、とんでもない。  
 汽口にとっては百戦錬磨の手練れだ。  
「あっ! あっ! あ……あはあああああっ!!」  
 びくんっと身体を震わせ、大きく仰け反りながら汽口は絶頂に達する。  
 
 乳首に吸い付く七花の頭に腕を回してしがみつき、つま先がぴんっと伸びた。  
 初めて与えられる快感に頭が破裂しそうだ。  
「はっ……は……っ」  
 ようやく呼吸が落ち着き、七花の首から腕をほどく。  
 いつの間にか自分の服を脱いでいた七花は身体を起こし、汽口の脚を開かせる。  
「汽口、いくぞ」  
「…………はい」  
 薄暗い中、初めて見る屹立した男性器。  
 それが自分の女性器にあてがわれた。  
「初めてなら少し痛いかもしれねえけど、我慢してくれ」  
「……はい」  
 不安と緊張で動悸が激しくなる。  
 そして。  
 ぐっ、と七花の腰が沈み。  
 汽口の中を貫いた。  
「……っ! つ……う」  
「入ったぞ、大丈夫か!?」  
「お、思ったよりは平気です、が……しばらく動かないでいただけますか?」  
「わかった」  
 心配そうに自分を見下ろす顔が上にある。  
 汽口は手を伸ばし、七花の両頬を軽く撫で回した。  
「汽口……?」  
「もう結構ですよ七花どの」  
 汽口は今度は背中に腕を回す。  
「だいぶ痛みも引きましたから、動いても大丈夫です」  
 痛いといえば痛いが、我慢できない程度ではない。  
 七花はその言葉にゆっくりと身体を動かし始めた。  
 が。  
「すまん汽口。おれ、こういうの久しぶりだからもう我慢ができそうにない」  
「え……?」  
「もう、出そうだ!」  
 七花の動きが小刻みに速くなる。  
 汽口は両脚を七花の腰に巻き付けた。  
「は、はい、出してください! どうぞわたしの中に!」  
「う、う、あ、あ……ああっ! あっ! あっ!」  
 ぶるっと七花の身体が痙攣し、射精を迎える。  
 どくどくと白い粘液を放ち、この女に種付けすべく次々と子宮内にその精液を流し込む。  
「うっ……うっ……すげ、ぇっ……まだ、出る……っ」  
 最後の一滴まで注ぎ込もうと最奥部まで届くようにぐりぐりと腰を打ちつける。  
 すべて体内で受け止めた汽口は、そのまま脱力してのしかかる七花をぎゅっと抱きしめた。  
(ありがとうございます、七花どの)  
 
   * * *  
 
 翌日早朝。  
「世話になったな汽口」  
「いえ、こちらこそ」  
 七花は立ち去るべく道場の門の前で汽口と別れを告げていた。  
 
「身体のほうは大丈夫なのか?」  
「し、少々腰に違和感がありますが気にするほどのことではないかと」  
「そっか、んじゃおれは行くよ、またな」  
「はい、ご息災でいらっしゃいますよう」  
 手を振って背を向けた七花をしばらく見つめる汽口。  
 そしてそっと自分の腹に手を当てる。  
 願わくば。  
 あのかたとの子どもができますように。  
 
   * * *  
 
「やっ、七花くん、しばらくぶり」  
「待ち合わせに2日も遅れておきながらずいぶん軽いなあんたは」  
「んー、なぁに? ひょっとして心配した?」  
「まさか」  
 否定姫の軽口に素っ気なく返す。  
 が、歩き出そうとする足を止めて七花は否定姫に訪ねた。  
「そういやあんた、突然『ちょっと別行動しよ』とか言い出したが結局どこ行っていたんだ? あと例の仮面はどうした? 着けてねーみたいだが」  
「んー、一言でいうと【相生の里】よ」  
「…………そっか」  
 頭の回転が早くない七花でもその一言で理解した。  
 七花はそれ以上何も言わなかったが、否定姫は言葉を続ける。  
「あいつは自分と生い立ちをもう完全に切り離していたつもりなんでしょうけど……人間はそうそうしがらみから逃れられないものなのよ」  
 それは生まれのことだったり。  
 それは家のことだったり。  
 それは人同士のことだったり。  
 人はそれぞれのしがらみの中で生きていき、新たなしがらみを作りながら生きていく。  
 別にしがらみは悪いものではない。  
 汽口だって一人でも長い間道場にしがみつづけた結果、現在はいい方向に向かってるといえるだろう。  
 なんとなく足を止めて汽口のいる村の方向を振り向く。  
「……お前は幸せにな、汽口」  
 その呟きに。  
 否定姫は疑問符をしばらく頭に浮かべっぱなしにするのだった。  
 
 
 
 
 

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