・しのぶエンド(仮)別ルート編  
 
 
 ふむ。  
 ここはどこで。  
 どうして儂はこの道を進んでおるのじゃろうか?  
 止まろうと思えば止まれぬこともないが、何故か足を止める気にならん。  
 そもそもここに来る前、儂は何をしておったかな………………ああ、そうか。  
 なんで忘れていたのじゃろう。  
 儂はあの男を失い。  
 自棄気味に世界を滅ぼそうとし。  
 自らを滅ぼそうとして失敗し。  
 別世界の儂らに殺してもらったのではないか。  
 と、すると。  
 殺風景なここはあの世とやら、もしくはその入口なのかの?  
 ひょっとしたら未練があってここで引き返したものが幽霊とやらになるのかもしれぬな。  
 …………未練か。今の儂に後悔はあっても未練はない。  
 気掛かりはもう現世には存在しないのじゃから。  
 あるとすればせいぜい別世界の儂らがちゃんと元の世界に帰れたかどうかじゃが。  
 成功し、良い関係を築けている儂らならこんなところでの失敗などなかろう。  
 別の儂が成功している。それだけで儂は満足した。  
 別世界の儂よ。  
 お前のかつての罪は全部儂が引き受けてやる。  
 じゃからお前は生きよ。後悔することなく、過去に捕らわれることなく。  
 想いを飛ばしながら唐突に現れた分かれ道を迷いなく左に進む。  
 何故か感覚的に判る。  
 こちらの道は地獄に進み、反対側の道を進めば天国に進むと。  
 わざわざ選択させてくれるとは閻魔様も何を考えておるのやら。  
 じゃが儂はこの道を選ぶ。  
 儂のやったことは決して許される事ではないし、別世界の儂の罪も背負うと決めたのならば。  
 …………あの男なら。我が従僕なら間違いなく天国行きじゃろうな。  
 優しくて。厳しくて。強くて。弱くて。自己評価が異様に低くて。人に甘くて。  
 今まで生きてきてあやつみたいなのはあやつだけじゃった。  
 ……っと、いかんの。あやつのことばかり考えていてはまた妙な思考に陥りかねん。  
 しかし一向に景色が変わらんな。ただ長い道が延々と続いておるだけじゃ。  
 過去の罪を考えさせて改めて認識させるためか、あるいは永遠に歩かせること自体が地獄なのか。  
 後ろを振り向いてみると、先ほどあったはずの分かれ道が見当たらない。  
 引き返すことはもうできんということか。もとよりそんなつもりはないが。  
 …………!  
 前に向き直ると道の端に佇む人影があった。  
 
 
 
 
「遅かったじゃないか忍ちゃん、待ちくたびれちゃったよ」  
 
 
  ◇  ◇  ◇  
 
 
 僕は軽く手を振りながらそう言った。  
「…………うぬはいったい何をしておる?」  
「あれ、似てなかったか?」  
 ここで待っているのがあまりにも暇だったので少し練習したのに。  
 自分でもどうかと思うほどに無駄な時間の使い方である。  
「違う」  
「?」  
「『こんなところで』何をしておるか聞いているのじゃ」  
「何って……言っただろ、お前を待っていたんだよ忍」  
 僕は立ち上がりながらそう答える。  
 本当に待ったぞ…………ん?  
「そういやその姿に戻ったんだな、『忍』じゃなくて『キスショット』と呼んだほうがいいのか?」  
「そんなことはどうでもよいわ!」  
 怒鳴られた!  
 ていうか何をこんなに怒ってるんだ?  
「わかっておるのか!? ここは地獄の入口、うぬが来るようなところではない! 儂のような、儂のようなものだけが堕ちるべき、進むべき道なのじゃ!」  
「…………なあ、キスショット」  
 激昂する彼女とは対照的に僕は静かに言葉を発する。  
「僕が死んだあとにお前が何をしたのか僕は知らない。だけど何かをしでかしたんだろうってのは今のお前の顔を見ればわかる」  
 僕がブラック羽川に殺されてから、約二ヶ月半の間に。  
 でも。  
「僕はお前とは一心同体だと思ってる。お前のしたことは僕のしたことだ」  
 だから。  
「お前がこの道を進むなら僕もこの道を選ぶよ」  
「…………もし儂が死ななかったり向こうの道を行っていたらどうするつもりだったのじゃ?」  
「いや、ここで待ってれば会えると思ったからさ」  
 理由を聞かれても困る。本当にただなんとなくそう思っただけなのだから。  
 それでも確信に近いものはあったが。  
「うぬの想い人や肉親については考えんのか?」  
 んー……正直それには未練がないでもない。  
 考えたくはなかったが、少なくとも羽川は『こちらがわ』に来ているだろうし。  
 でも。  
 今はっきり言っておこう。  
「僕が一番好きなのは戦場ヶ原だし一番尊敬しているのは羽川で、一番一緒にいて楽しいのは神原だ。一番結婚したいってのは……まあわからないけど」  
 何を言いたいのかわからないのか、キスショットは首を傾げた。  
 僕は背丈の関係から少し見上げる態勢で相手の顔を見つめながら続ける。  
「誰かひとり一緒に死ぬ相手を選べと言われたら、僕はお前を選ぶよキスショット」  
 その言葉を聞いたキスショットはしばらく茫然とし、突然膝をついてうずくまってしまった。  
 
 そして両手で顔を覆い、嗚咽を洩らし始める。  
 そんな予想だにしなかった事態に僕は慌ててしまう。  
「ど、どうしたキスショット!? 僕何か変なこと言ったか!?」  
 キスショットはふるふると首を振る。  
「………………ではない」  
「え?」  
「キスショットではない、儂は忍野忍じゃ」  
「…………忍」  
 僕はキスショットの……いや、忍の首に腕を回して頭をそっと胸に抱き留める。  
 忍も僕の背中に手を回して強く抱きしめてきた。  
 腰の辺りに押し付けられている二つの柔らかい豊満な胸などいっさい気にすることなく僕はしっかりと抱きしめ返してやる。  
 しばらく忍のすすり泣く声だけが響く。  
「……のう、お前様よ」  
 あれ? 二人称が変わった?  
 さっきまで『うぬ』って呼んでたのに。  
「お前様は、結局どの世界でもお前様なんじゃな」  
 え?  
 ちょっと言ってる意味がわからない。  
 聞き返そうとするが、それより先に忍が続ける。  
「やはり悪いのは儂だったんじゃろうなあ……ひとつお前様に頼みがあるのじゃが」  
「なんだよ?」  
「儂は少しだけ、微妙に浮気をしてしまった……いや、結局お前様なのじゃから違うのかもしれんが今のお前様ではないし」  
 …………さっぱりわからん。  
 頼むからわかるように説明してくれないか?  
「あとでおいおい話してやる。儂が死ぬ直前にあった突拍子もなく愉快な話をな。それより」  
 忍は顔を上げ、僕を上目遣いで見つめる。  
 その潤んだ瞳に少し心拍数が高くなってしまった。  
「上書きの意味も込めて儂の頭を撫でてはくれぬか?」  
「ああ、それくらいなら喜んで」  
 僕が巻いていた腕を離すと忍は目を瞑る。  
 ぽん、と忍の頭に手を乗せた。  
 そして反対側の手を後頭部に回して固定し。  
 ちゅ、と忍の唇に自分の唇を合わせる。  
「んむっ!?」  
 忍が目を見開くと同時に僕は離れ、わしわしと強めに頭を撫でる。  
 うう、ヤバい。  
 まともに忍の顔が見れない。  
「お、お前様いま何を!?」  
「あー……上書きするならインパクト強い方がいいかなって」  
「わ、わかっておるのか!? 主と従僕の口付けは『永遠を共にしよう』という言わば結婚のような儀式なのじゃぞ!」  
「……じゃあちょうどいいさ、僕はお前とずっと一緒だ」  
「!」  
「行こうぜ、忍」  
 僕は呆ける忍に手を差し出すと、忍はおずおずとその手を取った。  
 さあ、ここからは二人だ。  
 地獄巡りも。  
 忍と一緒なら悪くない。  
 
 

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