照明が暗くて店内が良く見えないが、こういう店は大体こういうもんなんだろう。  
「多分」  
 ぼくは未成年だし、アルコールも嗜まないので、BARみたいなお店はほとんど来たことがなく、何だか随分と落ち着かないけれど、  
こういう人と来るのなら、呑みはしないがたまには悪くない。  
 一里塚木の実。  
 知り合ってから長いわけではなく、だから勿論彼女が、ぼくに見せてない部分は、まだまだそれはいくらでもあるだろう。  
 しかしそれにしてもこれは、また随分とイメージが違っていた。  
“カランッ”  
 静かに置かれたショットグラスから、丸くカットされてる氷が、小気味良く鳴るのが耳に心地よい。  
 この感想は失礼かもしれないが、意外性も手伝ってか、その立ち振る舞いは堪らなく格好良く、滅茶苦茶ばっちり決まっている。  
 大人の女性なんだと、改めて思い知らされた。  
 例えキャラがかぶってはいても、ぼくと彼女とでは、深みのようなものがまるで違う。  
「本当を言うとわたくし、詩集とかあまり好きじゃないんです」  
「おい」  
 爆弾発言だった。  
 まぁ薄々は感じていたけど。コクトーとかはいくらなんでも、ちょっと嵌りすぎなくらい嵌りすぎだったし。  
 でもこの人やっぱり、その辺はしっかりと、そしてちゃっかりと、キャラを作ってたんだなぁ。  
「十三階段がもうああして解散、……いえ、解体したからには、司書のキャラクターを、これ以上演じる意味もないでしょ?」  
「……そりゃそうかもしれませんけど」  
 確かにあの変わり者集団の中にいるからこそ、求められたからこその、おそらく彼女なりに考え抜いたキャラクターだったんだろう。  
「何となく始めたんですけど、狐さんが絶賛するものですから、わたくし引っ込みがつかなくなってしまって」  
「……おい」  
 さっきからわざとじゃねぇだろうな。  
「その喜んでくれた人から、必要とはされなくなったのですから、続けるのはちょっとだけ悲しいです」  
 他の階段はともかく、二段目と七段目は、フラれたようなものだ。  
 張本人である狐さんには、その自覚は微塵もないのだろうが、尽くしてきた彼女達からすれば、結果としてそういうことなのだろう。  
 
「そう言えば《いーちゃん》さん、何でも澪標姉妹に惚れられたとか。若い娘の切り替えの早さは、こういうときは羨ましいですね」  
「…………」  
「可愛い双子の姉妹に惚れられるなんて、ひゅーひゅー《いーちゃん》さん、やーらしーい」  
「…………」  
 あれれ? 何だろうな? 全然嬉しくない。どころか猛烈に鳥肌が立ってきた。店内は暖かいはずなのに、酷く身体がぞくぞくする。  
「気持ち悪くて見るに堪えなかった絵も、あなたという人物を、少しとはいえ知ったいまなら……案外と悪くない」  
「…………」  
 口調からすると木の実さんは、ぼくを褒めて、というより認めてくれてるんだろうが、全然これっぽっちも嬉しくはなかった。  
 その絵の本質は同情の余地がまるでなく変わらないから。  
「木の実さんだって、まだまだ十二分に若いじゃないですか。これからいくらだって良い出会いがありますよ」  
 他人事だと思って無責任なことを言ってみる。  
 昔の安っぽいドラマや啓蒙セミナー、はたまたもっとストレートに、出会い系サイトの誘い文句みたいな、我ながら軽いセリフだった。  
 第一からしてぼくは、人に慰めにも似た言葉を、偉そうに、わかったように、掛けられる立場なんかじゃない。  
 ここにキテも心の奥底に沈殿する、青色に対する女々しい未練は、まったく消えてなどいなかった。否、大きくなるばかりである。  
「ふふっ。《いーちゃん》さん、あなたにもきっと、良い出会いがありますよ」  
「…………」  
 やれやれだ。  
 慰める? 慰めるだって? 誰が? 誰を?  
 口元には自然と笑みが浮かびそうになる。変わらない自分の道化ぶりが、堪らなく可笑しかった。もちろん……笑えやしなかったけど。  
「でも良い出会いって言っても、どうしたらいいんでしょうね?」  
「……さあ」  
 人間関係の構築について、ぼくに意見を求められても困る。そんなものを欲したことは、この十九年間一度もないのだから。  
「木の実さんはいままで、そういった出会いはなかったんですか」  
 眉根をちょっと寄せながら、うぅ〜〜んと、頬に手を当てて、子供みたいに小首を傾げる木の実さん。  
「ないですね」  
 そのわりには答えはあっさり目だった。  
「そちら側はともかくとして、こちら側の世界の場合、出会ったらまず、好きか嫌いかより、敵か味方かが優先されますから」  
「はぁ……。なるほど」  
 そして味方になった者も、いつ手のひらを返すかわからない。そりゃあまともな出会いなどないはずだ。  
「《いーちゃん》さんはどうですか? 普通の大学に通ってますし、女の子と合同コンパというのは、したことあったりします?」  
「ないですね」  
 即答。  
 ぼくに甲斐性がないのもあるが、よく知りもしないどころか、会ったばかりの人としゃべったり、まして騒いだりは好きじゃない。  
 
 しかしどうだろう?   
 いくら似たキャラ同士とはいっても、こんなところまで似なくてもいいと思う。お互い答えに迷いがまったくなかった。  
 まぁ、木の実さんとぼくとでは、根っ子の理由が大分違うのだけれど。  
「そもそもわたくし、お恥ずかしいですが、この歳になっても男の人と付き合った経験ないんですよね。片想いが長かったものですから」  
「はぁ……。なるほど」  
 それも一緒だ。  
 互いをわかっているようで、本当にはわかろうとしなかった停滞の六年。隣りに居て手を繋いでいても、それはやはり片想いだろう。  
「だからまるでわからないんですよ。微妙な距離感というか、雰囲気というか、間というか」  
「はぁ……」  
「だからいきなりで……申し訳ありません」  
“チャリンッ”  
 耳朶を打つ音に思わずそちらを見る。これは文明社会に毒された人間の、言ってみれば本能のようなものだ。逆らうことはできない。  
“チュッ”  
「!?」  
 床には十円玉がころころと転がっていた。  
「…………」  
 だが、そんなものは、どうでもいい。十円だろうが十万円だろうが、そんな些細なことは知ったことじゃない。  
「…………」  
 目を床から木の実さんに移す。目に木の実さんを映す。  
 冷たいメガネのフレームが、ちょんと、軽くだが目尻の辺りに触れてた。唇にも……すごく柔らかいものが触れてた。  
「この際だから言ってしまいますが、わたくし、狐さんにフラレて自棄を起こしてます。でも、あなたに興味があるのもご了承ください」  
 木の実さんは唇をそっと離すと、甘い息を吹きかけるように囁く。  
 その声には何だか、小さな子供に言い聞かせるみたいな、とても親しみやすく優しい響きがあった。  
 彼女は屈託なく、ぼくへと微笑んでる。  
「……事情は痛いほど、本当によくわかりますが。だからって、いきなり人に唇を重ねるのは、ぼくも一応男ですから問題では?」  
「ご迷惑でした?」  
「…………」  
 そうだというにはあまりにも、木の実さんの柔らかな唇を見つめるぼくの視線は、あまりにも熱っぽすぎた。  
「……いや、別に」  
 これが精一杯。そして意味などない悪足掻きだ。  
「もう一度、してもいいですか?」  
 木の実さんの伸ばされた綺麗な指先が、すぅ〜〜と滑って、その形と柔らかさを確かめるかのように、ぼくの唇をゆっくりと撫でる。  
 それだけなのに、背中が、ぞくぞくとした。  
 
「すいません。人前でそういうことするの、好きじゃないんですよ」  
 往生際が悪いとは思う。  
 いつもは簡単に状況に流されるのに、何故こんなときだけ、こんなにも意固地になってるのか、ぼくは自分で自分がわからなくなる。  
 もっともそれも、いつものことだけれど。  
「なら、人前でなければ、構いませんよね?」  
「えっ!?」  
 彼女のセリフに辺りを見回す。どういう意味かはわかってはいたが、それでもぐるりと、首を回さずにはいられない。  
 店内には、ぼくら以外、誰も居なくなっていた。  
「わたくしはそう呼ばれるの、好きではないんですけど。お忘れですか? わたくしの肩書き?」  
 知っている。  
 しかし、知ってはいても、驚かずにはいられない。  
 彼女はこれを誰にでもできる技術だと言っていたが、仕掛けがわかっていても、出夢くんが異能だと評したそっちの方が余程頷ける。  
「これで問題ありませんよね」  
 微笑む彼女に心臓が、ドキリと、大きく大きく高鳴った。  
 
 と。  
 木の実さんは手相でも見るように、ぼくの右手を両手で取って、自分の胸元にぐいっと押しつける。足は――踏まれてない。  
“ぐにゅ……”  
 けれど例え踏まれていたとしても、ぼくは気づきはしなかったろう。  
 シックな色合いの地味な服を内側から持ち上げてる、全然地味じゃないふくらみが、脆くあっけなく、そしていとも簡単につぶれた。  
 ぼくの掌の下で。  
「……こ、木の実さんっ!?」  
「さて、どんな感じですか?」  
 木の実さんは何事もなかったかのように、愉しげな口調で感想を聞いてくる。  
「あっと、柔らかいですけど、その、思ってたよりは、固いというか、ああ、ま、あ〜〜、えっと、反発というか弾力というか……」  
 と言うかぼくは、一体何を口走ってるんだ。  
 木の実さんはそんな、軽く大いにパニッくってる《戯言遣い》に、浮かべていた笑顔をさらにさらに深くすると、  
「ありがとうございます」  
 妙に艶かしく聴こえる掠れた声で、丁寧に礼を言いながら、すすっとぼくに顔を、ぽってりとした唇を、静かに静かに寄せてくる。  
 眼鏡の奥の瞳が、いまにも泣きそうに、涙が零れ落ちそうに、うるうると潤んでいた。  
 いつの時代も女性の上目遣いはいい。いいものは決してなくならない。  
 そしてこれは、個人的な見解だが、年上の女性ほど、これは武器になる気がする。――オトコを陥落させる危険因子。  
「…………」  
 勿論戯言だけどね。  
 只の単なるぼくの趣味だ。  
「…………」  
 だがしかしそれだけに、抗うのはとても難しい。  
「好きにしても…………よろしいんですよ?」  
 そのうえこんなことをさらりと、眼を覗き込んで言われてしまっては、魅了され魅惑され魅入ってしまうしか、もうないではないか。  
「んッ」  
 木の実さんは肩をすくめて、少女のように可愛い声を上げる。  
 逃げたりすることは決してない。  
 それはわかってはいたが、ぼくはほっそりとした肩に腕を廻すと、少しだけだが強引に引き寄せた。  
 
「あ……」  
 柔らかな身体がふらりと倒れ込んでくる。  
 これも演技なんだろうか? それは……わからない。  
 覗き込んだ瞳。  
 そこにはさっきまでなかったはずの、あきらかな怯えの色が浮かんでいた。  
「好きにしても…………いいんですよね?」  
「ええ……、《いーちゃん》さんが望むままに」  
 柔らかい肉に指先がめり込ませる。  
「…………」  
「…………」  
 どうしても顔は幾分か顰められてしまうが、力いっぱい握っても、木の実さんは文句の一つどころか、わずかな声をすらも発しない。  
 じっとぼくを見つめている。  
 表情は変わらないけれど、ほっぺたや耳たぶが、指先が蠢くそのたびに、じわりじわりと赤くなるのが面白かった。  
「…………」  
「…………」  
 じっとぼくも見つめ返しながら、木の実さんの服のボタンを、一つ一つ慎重に外していく。  
 これ以上はないと思っていた顔が、どんどんと赤くなっていくのが、ぞくぞくとぞくぞくと、鳥肌が立つほどに堪らなく面白い。  
 マゾとかサドってやつは紙一重って言うけれど。  
 いまのぼくは完全に属性が逆転してしまったみたいだ。  
 これは恥ずかしかな?  
 自然と考えてる自分に気づきびっくりしたりして、それがまた吐きそうなほど気持ち悪くて面白い。  
 出来もしないのに笑いそうになると、おなかの辺りまでボタンを外した服を、醜い感情をそのまま表すみたいに乱暴に肌けさせた。  
 絡めていた視線を下に降ろす。  
 下着の色もやはり控えめな、空みたいに薄い青色だった。  
「…………」  
 まったく。  
 こんなことですら思い出してしまう自分に、あいつを思い出してしまう自分に、愉しすぎてくるくると気が狂いそうになる。  
 八つ当たりと呼ばれる行為。  
 手を掛け引き千切るのに、躊躇いはまるでなかった。  
 ブラジャーの支援がなくても、張りのある乳房はきれいな半球形を保ち、垂れる気配などは微塵もない。  
 白くて大きなふくらみには、唇の色と同じピンクの乳首が、ちょこんっと、生々しくも可愛らしく可憐に美しく鎮座している。  
 それを頂くふくらみが大きいので、いやに小さくて愛らしく見えた。  
 
「…………」  
 だからこそ、だからこそ、苛めたいという欲求を、否、滅茶苦茶にしたいという欲求を、否否、牡としての本能を抑えられない。  
 視線を浴びているそれだけで、はしたないくらいしこり起立している乳首。  
「んン……くぅん………うう…………」  
 弄うように円を描きながら指先でなぞる。  
 下唇を噛んで必死に堪えようと努力はしているが、洩れてしまう声を木の実さんは、どうにもできないみたいだった。  
 眉間に皺を寄せているのが妙に色っぽい。  
「…………」  
 はたしてどこまで我慢できるのかと、意地の悪いことも考えたりはするが、そこまでいくといい加減に性悪も大概過ぎるだろう。  
 そこまで鬼じゃない。  
“きゅッ”  
 だから乳首を不意打ちできつく捻った。  
「ひんッ」  
 無意識に俯かせていた顔を跳ね上げ洩らす甲高い声。  
 可愛い。  
「すいません。痛かったですか」  
 しかし女性の身体は野郎なんかと違って、とてつもなくデリケートにできている。  
 興味本位でやたら、くりくりと、していいもんじゃない。  
「ンッ、ンッ……ふぅッ……はぁ……んぁッ……ぅああッ……………ん………んぅッ!!」  
 唇をそっと耳朶に寄せながら、ぼくが謝罪の言葉を囁くと、木の実さんはくすぐったそうに首を傾げる。  
 小ぶりの乳首がふるふると頼りなげに、そして誘うかのように、健気でありながら、それでいて淫らにいやらしく震えていた。  
 
 

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