「阿良々木くん、何か私にしてほしいことはないのかしら?」
今日は戦場ヶ原の部屋で勉強中。
きりよくひと息入れたところで突然呼び掛けられた。
「唐突に何だよ?」
「いえ、改めて考えてみたのだけど、阿良々木くんは本当に私によくしてくれているじゃない」
「……そうか?」
思い返してみるが、一般的恋人範疇ではないだろうか?
「本当に私によく尽くしてくれているじゃない」
「僕はそこまで自分を奴隷根性だとは思ってない!」
多分。
きっと。
「そんなわけで阿良々木くんのほうは、なにか私にしてほしいことはないのかしら?」
「いや、お前が感謝するほど僕がなにをしたかはわからないけどさ、それは僕がそうしたかっただけでお前が気にするようなことじゃ」
「それよ」
途中で遮られた。
『それ』って何だろう?
「私も阿良々木くんになにかしてあげたいのよ、でもなにをしてあげればいいのかわからない」
微妙に僕との視線を外しながら戦場ヶ原は言う。
よく見ればわずかに頬が赤い。
澄ました表情だが、照れているのだとすると実に微笑ましい。
「ちなみに今回はエロ方面もありよ」
「全然微笑ましくなかった!」
いや、そんなこと言われてもなあ……。
現状で特に不満はないのだ。
なんだかんだ言っても戦場ヶ原はいい彼女だと思う。
その旨を告げようとしたとき。
「今だったら特別に口でしてあげてもいいわよ」
「…………」
あー、と口を開ける戦場ヶ原に僕の心がぐらついた。
綺麗なピンク色の口内と白い歯に、戦場ヶ原が嫌だと言ったことはするまいと誓った僕の固い心は液状化現象を起こしている。
僕はすっくと立ち上がって戦場ヶ原に歩み寄ると、戦場ヶ原は口を開けたまま顔を少し上げて目を閉じた。
そんな彼女を。
僕はしゃがんでそっと抱き締める。
「ありがとう戦場ヶ原、その気持ちすげえ嬉しいよ」
「…………なによそれ」
僕は正直な感想を言うが、それが戦場ヶ原には不満なようだ。
まあ戦場ヶ原はちょっとした覚悟を決めていただろうからわからないでもない。
「じゃあ……その、ひとつしてもらいたいことがあるんだけど」
「なんでそんなへっぴり腰なのよ、さっさと言いなさい。身体中の皮を剥ぐわよ」
……とてもお願いを聞いてくれる立場の言葉とは思えない。
僕は身体を離しながら言う。
「あー、えっと……膝枕、ってのをしてもらいたいなー……なんて」
目を逸らして頬を掻きながら僕はお願いを口にした。
デートをして。キスをして。身体を重ねた僕達だが、膝枕という行為は未だにしたことがない。
というかするような機会に巡り合っていないのだ。
「本当にそんなのでいいならいいのだけど……ほら、来なさい」
女の子座りをした戦場ヶ原が自分の太ももをポンポンと叩く。
僕はそっと横向きに寝転がり、太ももの間に頭を乗せる。
ちなみにベンチかなんかで見るような垂直体勢ではなく、身体の伸ばす向きが同じやつだ。
「んー……」
思わず声が出た。
なんだこれ? すごい柔らかくて気持ちいい。
わざわざ戦場ヶ原はロングスカートを捲って生足をさらけ出してくれているので、暖かい体温まで伝わってくる。
その心地よさになんだかぼうっとしてきた。
『ちょ……阿……木…ん………寝……』
戦場ヶ原が何か言っているようだが、上手く聞き取れない。
ただその声さえも子守歌のように感じてしまい、目の前にあった戦場ヶ原の手を握りながら僕は眠りに落ちてしまった。
そして数十分後に目を覚ました時のことを僕は一生忘れないだろう。
ほんの一瞬しか見れなかったが。
戦場ヶ原は僕の頭を撫でながら優しい微笑みを浮かべていたことを。
普段お目にかかることのない、聖母のような表情をしていたことを。
僕は身体を起こし。
感謝の気持ちとたっぷりの愛情を込めて。
戦場ヶ原にキスをしたのだった。