零崎曲識。
少女趣味。
菜食主義者。
逃げの曲識。
異端の零崎。
そして最強の音使い。
しかし。
最強の名を冠してもそれは『零崎』の中でであり、『音使い』としてであり、全てにおいて最強である『人類最強』には適うべくもない。
ましてやのちに『人類最終』と呼ばれる存在と死闘を演じた後では。
零崎曲識は哀川潤の一撃でもはや指一本動かせずに倒れ伏してしまっていた。
奇跡的に肉体の外見は無事だが、内部はいくつもの致命傷を負っているだろう。
が、それも悪くない。
あの哀川潤の手で殺されるなら。
大の字で仰向けになっている曲識は視線を赤い方に向ける。
どこまでも赤く。
どこまでも明るく。
曲識が恋をした少女。
曲識が恋をしている女。
とどめをさされるその時までをしっかり目に焼き付けるべく、曲識は哀川潤を見据えた。
が。
「よっこらせ、と」
赤色は曲識の横に腰を下ろし、そのまま並んで寝転ぶ。
あろうことか伸ばされた曲識の腕を枕にして。
「あ……哀川、潤?」
「どうせもう間もなくお前は死ぬよ。だからちょっと話でもしようぜ、修学旅行生みたいにさ」
瀕死の人間に対して無茶なことを言う。
だが。
「それも悪くないな」
口癖のようなセリフが吐かれる。
声は出るが、もう武器として用は為さない。
ならば本来の、『音』としてではなく『自分の意志を伝える』用途として曲識は声を発した。
「哀川潤」
「なんだ、零崎曲識?」
「僕はお前が好きだった」
「…………」
「初めて会った時から、ずっと」
こんな殺人鬼が。
こんな零崎としての半端者が。
こんなひとでなしが。
こんな人の皮を被った畜生が。
「ふーん、じゃあここをこんなにしてるのはあたしが傍にいるから興奮してる、ってわけか」
哀川潤はこちらを向き、予想外の箇所に突然手を伸ばしてきた。
驚愕のあまり曲識の目が大きく見開かれる。
「ち、違う! これは人の本能による死ぬ直前の子孫を残そうとする生理現象で、人間なら」
「だったらお前は『人』なんだろ? 自分をひとでなしとか言ってんじゃねえよ」
「……!」
「あたしは零崎は好きじゃないけどお前は好きだし人間は好きだ」
「あ、あいか」
「でも」
哀川潤は曲識の言葉を遮って続ける。
「名字をつけてあたしを呼ぶやつは嫌いだ、敵だ」
「…………潤」
「なんだ曲識?」
「僕はお前が好きだ」
「そうか」
「…………」
「…………」
沈黙がおり、二人とも微動だにしない。
もっとも、曲識は動こうと思っても動けないのだが。
「なあ、潤」
「なんだ」
「その……いい加減僕の股間から手をどけてくれないか?」
「ああ、突然の告白にびっくりして忘れていたぜ」
「それは嘘だろう」
「ははは」
しかしその手がどくことはなかった。
どころかカチャカチャとベルトを外し、ズボンを脱がしにかかってくる。
「お、おい!」
「黙ってな。その人間の本能とやらをあたしが満足させてやるから」
「え…………?」
もとより抵抗する力など残っていない曲識はあっという間に下半身を晒される。
そしてそこは自分でも見たことがないくらいに大きくそそりかえっていた。
「へえ、随分と立派なもん持ってんじゃん」
「あ、哀川潤……うっ!」
「名字をつけてあたしを呼ぶなってんだろうが」
肉棒をきゅっと掴まれて曲識は呻く。
すでに痛覚は麻痺しているが、快感はまだ感じるようだ。
言葉遣いとは裏腹に優しく握られて腰が浮きそうになる。
「じゅ、潤、本当に何を……」
「いや、お前の言葉のせいだぞ零崎曲識」
「え?」
「さっきのどストレートな告白にさ、柄にもなくときめいちまった」
「潤……」
「あたしのあそこも濡れちまったぜ」
哀川潤はそう言って立ち上がり、自分のスカートの中に手を突っ込む。
茫然とする曲識の前でそのままするすると下着を下ろし、脱ぎ捨ててしまった。
そのまま曲識の身体に跨がり、そそり立つ肉棒を自らの股間に押し当てる。
「じゃあいくぜ曲識」
「ま、待っ……うああっ!」
曲識が止める間もなく腰が下ろされ、肉棒が熱く柔らかいものに包まれ、思わず悲鳴のような声が出た。
そこはぐちゃぐちゃにどろどろになっていて。
それでいてきゅうきゅうと締め付けてきて。
曲識の頭から何もかもが吹っ飛んでしまった。
何も考えられず、ただ今の思いを言葉に紡ぐ。
「潤っ……潤っ、好きだっ……ずっと好きだった……っ」
「ありがとうな曲識、こんなあたしを好きでいてくれて」
そのまま覆い被さるように身体を倒し、唇を合わす。
性欲によるものでなくただ愛しいものに対するように、優しく触れ合うだけのキス。
腕が動かないのがもどかしい。
このまま好きな女を、哀川潤を抱き締められたらどんなに幸せなことだろうか。
だからせめて言葉だけは伝えよう。
哀川潤。
愛している。
唇を離して想いを伝え、また啄むように合わせる。
出来ることならいつまでもこうしていたかった。
しかし曲識の命はすでに風前の灯火であったし、何より。
「潤っ……もう……っ」
曲識に負担をかけないよう哀川潤はほとんど身体を動かしていない。
それでも生き物のように蠢く膣内から与えられる快感は凄まじいものであり、曲識は限界が近いのを感じていた。
しかし哀川潤は離れようとしない。どころかわずかにだが腰を揺すり、射精に導こうとしているフシさえある。
「いいぜ、このまま出しても」
「!!」
「お前とのガキだったら生んで育ててやってもいい。だから気張っていっぱい出しな」
実に魅力的な笑顔で哀川潤は曲識に笑いかけた。
それは如何なる奇跡か。
もう曲識には指一本動かす力はなかったはずなのに。
その両腕は哀川潤の背中に回され、しっかりと抱き締めていた。
「潤っ、潤っ、出すぞ! お前の中に、僕のを!」
「いいぜ、来いよ。思い残すことがないように全身全霊を込めてあたしを妊娠させてみな!」
「う、あ、あ、あ、ああっ!」
股間から全身を駆け巡り、脳を焼く快感に身を委ねて曲識は射精した。
「んっ、出てる……っ、熱くて濃いのが、あたしの腹ん中にぶちまけられてるぜ」
やがてすべてを受けきった哀川潤はほう、と息を吐く。
「すげえたくさん出たな、こりゃあマジで孕むかも…………曲識? おい、曲識? 曲識!?」
◇ ◇ ◇
「それじゃ、お疲れ様でした潤さん」
「おう、またなんかあったら頼むわいーたん」
「はい」
無事に哀川さんの仕事の手伝いを終え、ぼくは車から降りて挨拶をする。
あまり進んで哀川さんの仕事を手伝いたいとは思わないのだが。
真心とのバトルからまだふた月も経っていないのに実に哀川さんは精力的に働いている。
あ、そういえば。
「潤さん、ちょっと気になったんですが」
「ん?」
「助手席の脇にあるそのマラカスは何ですか?」
「あー、あたしが好きだった音楽家の形見その一だ」
「はあ、なるほど。その一ってことはその二もあるんですか?」
「んー、どうだろ……そろそろわかるかもな」
「?」
「ま、わかったら教えてやるから楽しみにしてな」
そう言って実にいい笑顔をした哀川さんは車で走り去ってしまった。
うーん。
なにやらお腹をさすっていたのは何か悪いものでも食べたのだろうか?