僕の彼女の行動はいつだって突然だ。  
 基本的に予備動作というものが無い。いや、あるのかも知れないけれど、少なくとも僕には判らない。  
 思い返せば、戦場ヶ原の行動を僕が予測できた事など数えるほどしかない。しかも、それらは恐らく戦場ヶ原自身がそう仕向けたものなのだ。  
 例えば告白の時とか。  
 つまるところ、きっとこれからも僕は戦場ヶ原に振り回され続けるのだろう。  
 
「今夜、車を出して欲しいのだけれど」  
 センジョーガハラサマが脈絡も無く宣った。  
 大学の学食で、弁当を一緒に食べていた時の事である。  
 ちなみに、弁当箱は小さめのものが3つ。2つがご飯で、1つがおかず。戦場ヶ原ひたぎ謹製の品だ。  
 『奨学金があるから学費については問題ないのだけれど、だからと言って借金が減る訳でもなし、外食をする余裕は無いわね』との事。  
 じゃあ、なんで僕の分まで作っているんだ、負担が増えるんじゃないか。と聞いてみた所。  
 『餌付けよ』と、馬鹿にしているのか照れ隠しに言っているのか判然としない言葉が返って来た。  
 できれば後者だと思いたい。そうであってくれ。  
「阿良々木くん。前にも言ったと思うけれど、片仮名の発音はいただけないわよ」  
「発音はしてないぞ」  
 地の文だ。  
「あら、そうだったかしら」  
「そうだよ」  
 ていうか、どうやって察知しているんだろう。何が原因だ。  
「まさしく愛ね」  
「……だから、心を読むな」  
 ちょっとドキっとしたじゃないか。  
「それはそうと、どうなのかしら阿良々木くん」  
「いや、僕の方は全く問題ないんだけれど、お前はどうなんだよ。僕の運転が信用できないんじゃなかったのか」  
「そうね。若葉マークをつけた車に乗るのは嫌だから、できれば白馬に乗った阿良々木くんが迎えに来てくれると嬉しいわ」  
「無茶を言うな」  
「もしくは、阿良々木くん自身が馬になってくれてもいいのだけれど、それだと到着が明日の夜になってしまうのよね」  
「僕を酷使しすぎだろ!」  
 丸一日四つん這いで歩かせるつもりかよ。  
 勘弁してくれ。  
「そういう訳だから、非常に不本意ではあるのだけれど、妥協してあげます」  
「はあ、そりゃどうも」  
「私の顔に見惚れたりせずにちゃんと前を向いて運転して頂戴ね」  
「……わかってるよ」  
「私がその分、阿良々木君の顔に見惚れていてあげるから」  
 そう言って、予行演習のように僕を見詰める戦場ヶ原。  
 あの、ここ学食なんですが。  
 せめて、もうちょっと冗談めかした口調でお願いします、ガハラさん。  
 
 とかまあ、そんな感じで。どんな用事で車が必要なのかは、聞きそびれてしまったのだった。  
 
 窓を開けながら、黄色い車体を停車させる。  
 手を伸ばし、機械から吐き出される四角い紙を受け取って、再びアクセルを踏み込んだ。  
 教習所以来の高速道路である。ちょっと緊張。  
 けれどまあ、ここまでくれば、なんとなく行き先は予想がついた。  
 
 もう、というべきか、まだ、というべきか。あのときから、そろそろ1年が経つ。  
 戦場ヶ原は下調べしてきたのか、それとも覚えているのか、淀みなく僕に指示を出して目的地へ誘導する。  
 そうして2時間余り。  
 僕たちは、閑散とした駐車場に到着した。  
「はいこれ」  
 降りるやいなや、トートバッグが手渡される。  
 それを僕が受け取ると、戦場ヶ原は逆側に回り込んで僕の腕を抱え込んだ。  
「……それ、歩きにくくないか?」  
「登りになったら繋ぐだけにするわ」  
 言って、戦場ヶ原は頭をこてんと僕に預けてくる。  
 何これ。  
 普通に甘えてきてないか? 暴言はどこ行った?  
 いやまあ、最近は二人きりだとこんな感じになることも多いのだけれど。  
 柔らかな感触とほのかな温もりを感じながら、二人並んで歩く。  
 そして、上り坂に差し掛かると、戦場ヶ原は宣言通りに腕を離して今度は指を絡ませてきた。  
 互いの手のひらを合わせて、指を一本一本交互に組んで、手首同志を擦り合わせるように。  
 そのまま無言で、木々の間に見える月を目指す。  
 
「このあたりでいいわね。こよみん、レジャーシートがバッグに入っているから、出してくれるかしら」  
「それはいいんだけれど、手を離せよ。取れないだろうが」  
「嫌よ。バッグを地面に降ろしていいから、片手で取り出しなさい」  
 戦場ヶ原が、目的地に着くなりよく解らない我儘を言う。  
 なんでだよ。とは思うものの、実際に手を握られているのでその通りにせざるを得ない。  
 バッグを降ろして片手で中を探る。  
 と、何やら硬い物が手に当たった。  
「ん? 何だこれ……懐中電灯?」  
「ええ。あと、バスタオルもあるわ」  
「何の為に持ってきてるんだよ……」  
 懐中電灯なんて、行き帰りで使わないでいつ使うんだ。  
 バスタオルも何で必要なんだか。  
「ちゃんと理由はあるわ。それよりシートを出して」  
「あ、ああ」  
 とりあえず従ってレジャーシートを引きずり出すと、戦場ヶ原が繋いでいない方の手を伸ばしてきた。  
 そして、その手はシートの端を摘まんで離れていく。  
「はじめての共同作業ね」  
「……この程度の事ならやったことあるんじゃないか?」  
 否定的な事を言いながらも、過去に思いを馳せる。  
 もしかしたら、本当に初めてかも知れない。付き合いはじめてから1年以上経っているのに。  
 
 手を繋いだまま、二人でレジャーシートの片側をばさばさと上下に振って広げる。  
 画的にけっこうバカっぽい。  
 ていうかバカップルっぽい。  
 誰にともなく言い訳したくなるのを感じながらシートを地面に敷き、靴を脱いでからその上に移動する。  
 そして、二人同時にゆっくりと寝転んでいく。  
 地面に背中を預けて天を仰げば、そこには、いつかと同じ満天の星。  
 繋がれた手が、どちらからともなくさらに強く結ばれる。  
 そうして暫くの沈黙の後、戦場ヶ原が口を開いた。  
「覚えているかしら」  
「ん?」  
「去年の今頃、ここで私が言った事を」  
「ああ、大体は」  
 そりゃあ、覚えている。  
 なにせ、初デートが父親同伴だったのだ。印象に残らない方がおかしい。  
「あら、それだけ? キスもしたじゃない」  
「だから、地の文だってば!」  
 お前は何者なんだよ。ニュータイプか何かか。刻が見えるのか。  
「あなたの存在に心を奪われた女よ」  
 ……もういいや。別に戦場ヶ原に限ったことじゃないし。  
「で?」  
「何かしら」  
「話の続き」  
 促すと、戦場ヶ原は言い淀んだ。  
「……変態」  
「何で!?」  
 マジで意味不明なんですけど!?  
「本当に解らないの? それでよく私と同じ大学に受かったわね」  
「いやまあ、それはその通りなんだけどさ」  
 でも、もうちょっとヒントがないと僕には何が何だか。ていうか、罵りたいだけじゃないのか。  
 と。  
 戦場ヶ原が溜息を吐いた。  
 横を見やると、戦場ヶ原の白い横顔が月明かりにうっすらと浮かび上がる。  
「私があげられるものの中で、一つだけ、まだあげていないものがあったでしょう?」  
 それでようやく、明確に思い出す。戦場ヶ原が何と言っていたのか。  
   『まあ、厳密に言えば、毒舌や暴言が――』  
「去年の夏休みあたりから少しずつ慣らしてきたのだし、そろそろ大丈夫だと思うのよ」  
   『それに、私自身の――』  
「だから今日、ここで――あげるわ」  
 そうして、戦場ヶ原は一層強く、僕の手を握りしめた。  
 
「え、と、大丈夫――」  
 なのか、と言う前に、口を塞がれる。  
 不意を突かれて固まる僕の隙をついて舌が差し込まれ、それ自身が意志をもっているかのように口の中で蠢く。  
 応戦する間もなく蹂躙される。繋いでいなかった方の手も、体ごと圧し掛かって来た戦場ヶ原に抑え込まれる。  
 唇を、歯の裏を、頬の裏を、ぬめる何かが撫でていく。  
 反撃を躊躇する舌を絡め取られ、巻き付かれ、吸い上げられる。  
 そして、体を擦りつけ、足を絡ませてから、ようやく戦場ヶ原は唇を離した。  
 見下ろしてくる戦場ヶ原の息が荒い。  
 吐き出される熱い吐息が、顔に掛かった。  
「……どう? その気になったかしら」  
 絡めた指を解いて、戦場ヶ原の右手が動く。  
 腕を伝って体をまさぐり、次第に下へ。  
「あら、嫌がっていたくせに体は正直ね」  
「いや、別に嫌がってはいなかっただろ」  
「ああ、恐れ多くて遠慮していたのね。こよみんってば、奥ゆかしいわ」  
 恐れ多いって。だからお前は何者だ。  
 けれどまあ、遠慮というのはあながち間違ってはいない。  
 
 夏休みの、あの日。  
 貝木との決着により過去と決別した戦場ヶ原は、僕を受け入れる事を決め――  
 ――そして、失敗した。  
 何度も挑戦したけれど、結局その日は、最後まで辿り着けなかったのだ。  
 その後も折を見ては挑戦し、その度に失敗した。  
 いつも最後の段階になって、興奮する僕を見て戦場ヶ原が体を硬くしてしまうのだ。  
 戦場ヶ原が思っていたよりも問題は根が深く、僕が思っていたよりも僕は堪え性が無かったのだった。  
 その手前までは行けるのだから、もっとリラックスして、べろちゅーの延長くらいのつもりでやればいいのだと解ってはいるのだけれど、お互いになかなかそうはいかない。  
 
「動いては駄目よ」  
 一言告げて、戦場ヶ原が再び唇を重ねてくる。  
 そのまま上半身を完全に僕に預けて腰だけを浮かせ、今度は両手を下半身に伸ばす。  
 そして、かちゃかちゃと音を立ててベルトを外し、下着の中に片手を挿し入れて、直接僕に指を這わせる。  
 そう、このくらいなら大丈夫なのだ。ここまでなら何度か到達している。  
 そう思った時、僕に唾液を送り込むのを中断して、戦場ヶ原がもう一度口を開いた。  
「こよみんも……して」  
 熱を持って言う戦場ヶ原に、無言で従う。  
 馬乗りになるように膝をついた戦場ヶ原の両足に触れ、そのまま這い上る。  
 ニーソックスと肌の境目を何度も往復して感触を確かめ、スカートの中に手を差し込む。  
 下着の上から尻を撫で回して、弾力のある尻肉を堪能する。  
 そしてその下、未開の地へと滑るように手を伸ばす。  
 ふにゅ、と沈み込む感触。僅かな水気が、指先に伝わった。  
「……ふぅっ……ん」  
 つややかな息を吐き、戦場ヶ原が反撃に出る。  
 幹を擦りあげ、先端を撫でる。  
 漏れ出た液体が戦場ヶ原の手を汚し、それがまた、僕を追い詰める役割を果たす。  
 
「……ほら、手が止まっているわよ」  
 言われて僕は、戦場ヶ原の下着に手を掛ける。  
 両手でゆっくりと太股まで下ろしてから、本格的な攻撃を開始した。  
 太股を撫で上げ、尻肉に指先をめり込ませ、内腿を指先でなぞる。  
 そして、手のひら全体で揉みほぐすように柔肉に触れ、一番敏感な突起を恥骨に軽く押し付けた。  
 びくりと戦場ヶ原の体が跳ねる。  
 粘液がとろりと溢れ出す。  
 それを指先で掬っては塗り広げ、あらゆる場所を刺激する。  
 強くなり過ぎないように、指の腹で撫でて、つついて、ころがして、押し込む。  
「どう、かしら……濡れてる?」  
「ああ。結構ぬるぬるになってきた」  
 もう一歩、という所か。  
「……そう。じゃあ、腰、上げて」  
 言われて、素直に腰を上げる。  
 と、戦場ヶ原が、中途半端な状態だった僕のズボンと下着を素早く引き下ろした。  
 おそらく攻め手を強めるつもりなのだろう。戦場ヶ原が顔を上げ、僕の目を覗き込みながらそそり立つそこに手を添える。  
 そして、次の瞬間。  
 ぬるりと、ずぶりと、ぶちりと。  
 そんな感触が、あった。  
 
 戦場ヶ原の顔が歪む。  
 僕はと言えば、掻き分けなければ進めないほどの圧迫に、身動きが取れなくなっていた。  
「お、い」  
「なに、かしら」  
 互いに、絞り出すような声。  
 けれど、その内実は正反対だ。  
 僕は快感に耐えている。戦場ヶ原の方はきっと、痛みにだろう。  
「平気、なのか?」  
 馬鹿みたいな質問。  
「そんなわけ、ない、でしょう?」  
 当然の答え。  
「じゃあ、なんで――」  
 うるさいと言うように、再び口を塞がれる。  
 唇を抉じ開けられ、舌を絡められ、唾液が流し込まれる。  
 馬鹿、今そんな事をしたら――  
 海綿体に追加の血液が流れ込み、戦場ヶ原が僕の口の中に呻きを漏らす。  
 けれど、止まらない。  
 キスを続けたまま、戦場ヶ原は腰を揺すってさらに深く僕を受け入れる。互いの腰がぶつかるほどに密着してようやく、戦場ヶ原は顔を離した。  
 
 どういう事なのか、こんな不意打ちみたいな真似をして。  
 そう問い詰めようとした僕を、戦場ヶ原の声が制した。  
「いっぱい待たせて、ごめんなさいね」  
 いつか神原に言った時のように、平坦に。  
 それで解ってしまった。戦場ヶ原が、僕とこうなる事をどれ程望んでいたのか。  
 それだけで、僕はもう何も言えなくなってしまう。  
 だから代わりに、戦場ヶ原を抱き締めた。  
 両腕を腰に回して、背中を撫でながら啄ばむようにキスをする。せめて痛みがやわらぐようにと。  
 戦場ヶ原も体重を僕に預けて、髪を撫でたりしながらそれに応えてくれる。  
 そうしてしばらく経った頃、戦場ヶ原が僕の頭上に手を伸ばした。  
 その手には、バスタオル。  
「なにしてんだよ」  
「さすがに私から動くのは無理そうだから、体を入れ替えないと」  
 ああ、それでか。  
 下に敷く為に持ってきてたのか。  
「だったら、最初から僕が上ですれば良かったんじゃ」  
「そう簡単にいくのなら、そうしたのだけれど」  
「……まあ、そうか」  
 確かに、今回あっさりとここまで来られたのは、戦場ヶ原が主導だったのと、なにより不意打ちによる所が大きい。  
 僕の方はまだ、準備段階という認識だったのだ。  
 いざとなって、僕が興奮してギラついた目をしていては今までと同じ結果だったかも知れない。  
「仕切り直しとなったら構えてしまうから、絶対に抜いては駄目よ」  
「ああ」  
「それじゃ、背中を上げて」  
 戦場ヶ原の尻を鷲掴みにして引き寄せながら、バランスを取って背中を浮かせ、そのまま完全に背中を立てて、戦場ヶ原を掻き抱く。  
 僕の上に、戦場ヶ原が座っているような格好になる。  
「っ……次は、これね」  
 戦場ヶ原が、バスタオルを僕の後ろに敷こうと手を伸ばす。  
 僕は片手で戦場ヶ原を抱いたまま、もう一方の手を後ろについて、戦場ヶ原の動きを助ける。  
 と、ここで再び疑問が湧いた。  
「……初めから敷いておけばよかったんじゃないか?」  
「そんなことをしたら、不自然でしょう」  
 ……これも、ごもっとも。  
 あの時点では必要のない装備だしなあ。そもそも僕が下なら、別にこのままでも構わない訳だし。  
「納得したのなら、移動して頂戴。スカートは、汚れないように捲り上げてね」  
「……わかった。つかまって」  
 背中に腕が回された。  
 僕はゆっくりと体を回転させて、戦場ヶ原を抱いたまま、前後を入れ替える。  
 なだらかとはいえ地面が傾斜しているため、途中から姿勢の維持が難しくなってきて、腹筋に力を込める。  
 そうして、ようやく体を入れ替える事に成功し、僕は静かに戦場ヶ原を横たえた。  
 
 一息つく。  
 あれこれと動いていたせいで結構刺激を受けてしまったわけで、もう少し長引いていたら暴発していたかもしれない。  
 きっと戦場ヶ原の方も、初めてであんな動きはきつかったんじゃないだろうか。しばらくは動かない方がいいかも知れない。  
 そう、思っていたのだけれど。  
「ちょ、動くな」  
 戦場ヶ原は、平然と下着を脱ごうとしていた。  
「いいけれど。それならこよみん、脱がせてくれるかしら」  
 戦場ヶ原は現状、太股を揃えて膝から先を外に向けている。下着から片足ずつ抜くのでなければ、両足を伸ばしてもらう必要があるわけだ。  
 戦場ヶ原の両足を揃えて抱え、下着を持ち上げていく。  
 その際、せっかくなので、ニーソックスに包まれた目の前のほっそりとしたふくらはぎに頬ずりし、足の裏に舌を這わせる。  
 足から下着を抜き取った後もそのまま堪能しようと足に顔を寄せると、戦場ヶ原がそれを制した。  
「遠いわ」  
 見ると、戦場ヶ原が手を伸ばしている。  
 そして、足を開いて僕を引き寄せた。  
「顔が、見えないじゃないの」  
 息のかかる距離まで顔を近づけて、戦場ヶ原は僕の腰に両足をかける。  
 腰を押されて、戦場ヶ原の奥深くへと埋没する。  
「ばっ!」  
「……なに?」  
 なんとか波をやりすごし、戦場ヶ原を見やる。  
「……出ちゃいそうなんだよ。ていうか、お前は大丈夫なのか」  
「痛いわよ。けれど、我慢できないほどではないわ。それからね、こよみんは我慢しないで一回出してしまいなさい」  
 いや、一回出すってのは、普通は挿入する前にって意味なんじゃないか?  
「駄目だろ。それに、アレつけてないけど、どうすんだ」  
「膣内射精すればいいじゃない」  
 戦場ヶ原は臆面もなくそう言って、今度は両手を背中に回した。  
「……そうはいかないだろ」  
 腰を引こうとする。  
 とはいえ、四肢でしがみつく戦場ヶ原はわずかしか離れない。  
 必然、戦場ヶ原の奥深くで少し引いては突き立てる動きを繰り返すことになる。  
「……やっ、んっ……ふふ、こよみんたら、孕ませる気満々ね」  
「そんな訳っ、あるかっ」  
 芝居がかった戦場ヶ原の物言いに突っ込む余裕も無くし、僕は狼狽える。  
 そこへ、追い打ちのように戦場ヶ原の中がうねり、さらには、たどたどしいながら腰まで動かしてくる。  
 痛いんじゃなかったのか。  
 おい、やめろ!  
 やばいってば!  
 戦場ヶ原を押し潰すように体重をかけて動きを止める。  
 けれど。  
 時すでに遅く、というよりもタイミングは最悪で。  
 僕は、戦場ヶ原の一番奥に押し付けた状態で、放出を開始してしまった。  
 
「…………その、ごめん」  
「何の事かしら」  
「いや、その」  
 何と言われると困ると言うか、死にたくなると言うか。  
「出してしまった事を言っているのなら、自惚れすぎよ。童貞が長持ちなんかするわけないじゃないの」  
「そうかも知れないけれど……」  
「それなら、一ついいことを教えてあげるわ。繁殖を考えれば遅漏は不利なの。早漏で、かつ絶倫というのがオスとしては優秀よ。ライオンなんかは一日に何十回も交尾するらしいし」  
「それとこれとは……」  
「関係あるわよ。私は、私の愛する男が私で射精できなかったら悲しいわ」  
 妙な雑学まで引き合いに出して慰められた。  
 しかも、さっきまで処女だった女に。  
 すごく情けないけれど、それは置いておくとしてもだ。  
「……ていうかさ、できちゃったらどうするんだよ」  
「大丈夫よ」  
「そうなのか?」  
「こよみんとの子供だもの。きっと可愛いわよ」  
「全然大丈夫じゃねえ!」  
 どうすんだよ!?  
「冗談よ。ちゃんと一番安全な日を選んだわ」  
「心臓に悪い冗談はやめてくれ」  
 せっかく同じ大学に入ったのに無駄になるだろうが。  
 この不況の折、仕事が見つかるとも限らないし。  
 まあでも、そういう事か。  
 今日突然言い出したのは、天気もそうだろうけれど、戦場ヶ原の体調の事もあったのだろう。万全を期す為に。  
 と、戦場ヶ原が再び四肢に力を込めて、口を開く。  
「そういう訳だから」  
「ん?」  
「私の体が持つ限り、何度出してもいいわよ」  
 
 放出後も完全には力を失わなかったそこが、びくりと震える。  
 心臓が血液を送り出し、流れ込んだ液体によって体積が増大する。  
 僕が再び、戦場ヶ原の中をいっぱいに埋める。  
 それを感じてか、戦場ヶ原は微笑んだ。  
 重さを取り戻して、僕と付き合うようになって、過去と決着をつけてから、ようやく見られるようになった顔。  
 僕の鼓動を、一拍止める顔。  
「……彼氏がオスとして優秀で、私も鼻が高いわ」  
 そう言って、下から唇を合わせてくる。  
 僕にはもはや、選択肢は残されていなかった。  
 
 不思議な事に、さして興奮はしていない。  
 いや、違う。興奮自体はしているのだ。冷静に興奮しているとでも言うべきか。  
 一度出してしまったのが良かったのかも知れない。怪我の功名だ。  
 ……大怪我だったけれど。  
 戦場ヶ原と繋がったままで、こうも攻撃性を抑えられるとは。  
 細かく腰を動かしながら、そんな事を考える。  
 こちらからも戦場ヶ原を抱き締めて、吸い付いてくる戦場ヶ原に舌を差し出す。  
 奥を叩く感触と、戦場ヶ原の浅い呼吸が同期している。  
 微かに、水音が耳に届いた。  
 きっと、僕と戦場ヶ原の混合物で中は白く濁っていることだろう。いや、出血があるとしたら、桃色に、だろうか。  
 それを薄く、薄く。白に近い色にする為に、僕は動き続ける。  
 と、僕の舌を解放して、戦場ヶ原が口を開いた。  
「もう少し、激しくしてもいいわよ」  
「でも、痛いんだろ?」  
「我慢できる、と言ったでしょう?」  
「でもさ……」  
「勘違いしないでよね、別にこよみんのために我慢してるわけじゃないんだから」  
 これも、いつかのように棒読みだった。  
 けれど、それで十分。  
 その言葉は僕を興奮させ、一方で保護欲を刺激する。  
 この、一見相反する感情こそが、きっと僕らの行為には必要だったのだ。  
「後々、私がこよみんとのセックスで絶頂するための先行投資よ」  
 思いついたようにそんな事を言う戦場ヶ原を、一際強く抱き締める。  
「じゃあ、少しだけ強くいくぞ」  
 それだけ告げて、僕は体に力を込めた。  
 
 激しく、とは言えないかも知れない。  
 未だに戦場ヶ原の四肢は僕を縛っている。長いストロークはそもそも不可能だ。  
 けれど、先程までと較べれば、はるかに早く力強く腰を送り出す。  
 時折、ぶちゅ、ぐちゅ、と下品な音を立てながら、押し込むように奥を突く。  
 脇の下から回した両手で戦場ヶ原の頭を抱え、髪を梳き、視線を絡み合わせる。  
 戦場ヶ原には、僕の頭越しに星々が見えている事だろう。  
 だからここを、そして、この体位を選んだのかも知れない。  
 ここから見える星空は、戦場ヶ原にとって、きっと、安心できる要素だろうから。  
「何か、変な事を、考えてない、かしら」  
 途切れ途切れに、戦場ヶ原が問う。  
 僕は黙って首を振り――  
 直後、想いが口をついて出た。  
「愛してる、戦場ヶ原」  
「あら、光栄ね」  
「愛してる」  
「そう」  
「愛してる」  
「……ならせめて、名前で呼んで」  
 応酬の末。  
 結局、同じ言葉を返してはくれなかった戦場ヶ原は、そう言った。  
 その耳元で、僕は囁く。  
 
「ひたぎ、蕩れ」  
 そのまま頬を合わた状態で戦場ヶ原をきつく抱き締め、ラストスパートをかける。  
 そして、限界を迎えるその瞬間、戦場ヶ原の声が僕の耳に届いた。  
 
「……私もよ。こよみ、蕩れ」  
 
 
 事後談というか、今回のオチ。  
 
 あの後しばらく抱き合ったままキスを交わして、僕らはようやく後始末を開始した。  
 敷いていたバスタオルで赤いのやら白いのやらを拭き取ってから、身支度を整える。  
 そして、二人で身を寄せ合って寝転んで、時々思い出したようにキスをしながら、もう一度夜空を眺める。  
 ゆったりと流れる時間をそんな風に楽しんだ後、戦場ヶ原が切り出した。  
「そろそろ帰ろうと思うのだけれど」  
「ああ、そうだな」  
「でも、立てそうにないわ」  
「……ごめん、そんなに痛かったのか」  
「それはいいから、車まで運んでくれるかしら」  
「そんなのでいいなら、いくらでも」  
 戦場ヶ原にバッグを預けてから、膝と背中の下に腕を通して持ち上げる。  
 一瞬考えた後、もう一度屈んでなんとかレジャーシートを掴み取り、がさごそと丸めて鷲掴みにした。  
 これは車についてから畳み直そう。戦場ヶ原を降ろす訳にもいかないし。  
「よし、んじゃ、いくぞ」  
「ちょっと待って」  
 戦場ヶ原は、腹に乗せたバッグの中から懐中電灯を取り出して、足元を照らしてくれた。  
 まあ、僕は吸血鬼もどきな訳で、そんな事をしなくても不自由はしないのだけれど、せっかくだから黙っておいた。  
 戦場ヶ原を抱えて、坂道を下る。  
 そして駐車場に着いて、困った。ポケットの中の鍵が取り出せない。  
 ええと、一旦シートを離して片手で……きついか?  
 などと迷っていると、戦場ヶ原が口を開いた。  
「もう立てるから、降ろしてくれていいわよ」  
「あ、ああ」  
 そうして地面に降り立った戦場ヶ原は、何事も無かったかのように僕からシートを受け取ると、畳み始めた。  
 
「……なあ、戦場ヶ原」  
 畳み終わったレジャーシートをバッグにしまう戦場ヶ原に、呼びかける。  
「あら、呼び方を戻してしまうの?」  
「……あれはまだ無理だ。それはそうと、さっきは本当に立てなかったのか?」  
 僕が車のロックを解除すると、戦場ヶ原は助手席のドアを開けて、乗り込みながらしれっと言った。  
「そんな訳ないじゃない。これだから童貞は騙しやすくていいわ」  
 おい!  
 ていうか、もう童貞じゃねえよ!  
 追いかけるように僕も乗り込み、問いただす。  
「じゃあ、なんであんな事言ったんだよ」  
「……王子様にお姫様抱っこされるなんて、素敵だと思わない?」  
   『優しいところ。可愛いところ。私が困っているときにはいつだって助けに駆けつけてくれる――』  
「王子様、ね」  
「そうよ」  
 僕は、とりあえず納得して車のエンジンをかける。  
 そして、ギアをドライブに入れてサイドブレーキを戻した所で、再び戦場ヶ原が口を開いた。  
「ところで、どちらがいいかしら」  
「何がだよ」  
「男の子と、女の子」  
「出来ないんじゃなかったの!?」  
「あら、間違えたわ」  
「びっくりさせんなよ……」  
 僕は一息ついて、ライトを点け、ミラーを確認する。  
「それで、どちらがいいかしら」  
「だから何が」  
「苗字」  
「……苗字ね」  
 阿良々木ひたぎ。  
 戦場ヶ原暦。  
 どっちが語呂がいいかな、とか、やっぱり長男だから嫁を取れと言われるのかな、とか、学生だからまだ大分先の事だよな、とか。  
 そんな事を考えながら、僕は右足をブレーキからアクセルへと踏み替える。  
「こよみん、もう少し静かに発進できないかしら」  
「あ、悪い」  
「おかげで中から精液が垂れ出てきたわ。パンツがドロドロになってしまったじゃないの」  
 ……煩悩退散!  
 安全運転というのは、中々に難しい。  
 

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