11月の中旬。気持ちのいい秋晴れの日曜日。僕は神原の部屋にいた。
毎度おなじみ掃除の日である。
とてつもない速度で部屋を汚すこの後輩をアレな本の雪崩から守るため、僕は貴重な休日を消費しているのだった。
「さすがにコツが掴めてきたな」
「やはりそうか。私の体を開く事など阿良々木先輩にとって容易い事だとは理解しているが、面と向かって言われると照れてしまうな」
「何のコツだよそれ」
「阿良々木先輩程になると、呼吸と同じように謙遜という美徳を行えるのだな。まるでわざとらしさが無い」
「いや、だから」
「阿良々木先輩の手管がどれほどかという事は頻繁に噂になっているのだぞ。ゴシップに疎い私の耳に入るくらいだ。1・2年の女子はほぼ全員知っていると言っても過言ではあるまい」
「……その噂の出所が解った」
「なに? この上推理力までとなるとどこまでの高みに登っていくのだろうな、阿良々木先輩は。そのうち私など挨拶すらできないような存在になってしまいそうではないか」
とかまあ、そんな感じで。僕は神原と冗談を交わしながら手を動かす。
……冗談だよな?
序盤、神原は完全に戦力外なので部屋へは立ち入り禁止のため布団を干すくらいしか仕事が無くて暇なのか、廊下に腰を下ろしてホットパンツから伸びるカモシカのような足をブラブラさせたりぴんと伸ばしたりしながら、僕の話し相手になってくれていたのだった。
丸まった使用済みの女性用下着が時折発掘される現場にいる身としては沈黙が怖いので軽口は歓迎なのだけれど、神原のそれは基本的に猥談なので正直効果が薄いのだった。
というか、逆効果のような気もする。なんかちょっとドキドキしてきた。
「ところで、阿良々木先輩。一昨日は何の日か知っているだろうか」
「……第一次世界大戦が終わった日だっけ?」
「さすがは阿良々木先輩。世界平和に貢献しようという強い意志が感じられる答えだな」
「そんな大仰な意志はねえよ」
自分の周りすら手に負えない奴が世界平和とか、片腹痛いだろ。
それはともかく、神原の用意した答えとは違うらしい。それなら何だろう。チーズの日とか?
「ポッキーの日だ」
「えー……」
そりゃあ、あれだけCMが流されていたわけで、僕だって知ってはいるけどさ。
まさかドヤ顔で教えられるとは思わなかった。
「買ってあるから、終わったら一緒に食べよう。阿良々木先輩」
「ろうしたのだ?」
目の前で、神原が舌足らずな疑問の声を上げる。
場所は先程と同じ神原の部屋。けれど先程とは違い、部屋は随分と広くなっていて、さっきまで干していた布団が隅の方に畳まれている。
そして、床にぺたんと座り込み、神原は僕を見詰めていた。
ポッキーを口に咥えて。まるでキスをせがむように顎を持ち上げて僕に迫る。
僕が後ずさると、そのまま頭上に疑問符を浮かべたまま首を傾げた。
おい、それは擬態だよな。
僕の後輩がこんなに可愛いわけがない。
いや、可愛いといえば可愛いのだけれど、そういうベクトルではなかった筈だ。
こんな純粋無垢な顔をするような、そんな可愛さはお前の担当じゃないだろう。
「神原、それは『一緒に食べる』の範囲を僅かだが逸脱しているぞ!」
「ほうか?」
当たり前だろ。あと、何言ってるか解りづらい。
「とにかく落ち着け、早まるな」
「?」
聞く耳など持たずにじり寄ってくる神原。
眼前にポッキーが差し出され、ゆらゆら揺れる。
顔をそむけると神原の手が伸びてきて、正面を向かされる。ポッキーが唇に触れた。
むう、どうしてもか。
仕方なしにその先端を咥えると、ものすごい勢いで神原がポッキーを食べ始めた。
ポリポリポリポリポリポリポリポリ。
1秒ほどで眼前に神原の顔が迫る。
ちょとまて! ポッキーゲームってこういうのじゃないだろ!
そのスピードに焦っているうち、僕と神原の唇はぴったりとくっついてしまったのだった。
唇を合わせたまま、神原がもぐもぐと口を動かして噛み砕いたポッキーを飲み込んだ。
呆けていた僕は、そこで我に返って顔を離す。
「ちょ、何して――」
言い終わる前に再び口を塞がれた。
そして何故か後頭部を抑えつけられ、舌の侵入を受ける。
ほんのりチョコ風味の神原の舌が僕の口の中を暴れ回り、甘い唾液を塗りたくる。
「――ふう。ポッキーゲームは相変わらず気持ちがいいな」
「相変わらず!?」
お前、バスケット部の後輩とかとこういう事してたのか!?
ずるいぞ!
「もう一発――じゃなかった、もう一本どうだろうか。阿良々木先輩」
「……一発も一本もねえよ。ていうか、何してんだよお前は」
「女子バスケ部伝統のポッキーゲームだが」
「嘘をつけ」
2年かそこらじゃ伝統って言わないだろ。
「ふむ。それでは、不肖この私が考案したポッキーゲームをするとしよう」
「え」
するとしようじゃねえよ。
ていうか、さっきのもありがちとは言えお前考案だろ。
おい、聞けよ!
神原が一瞬でホットパンツを下着ごと脱ぎ落とし、座り込む。
そして、数本のポッキーをまとめて取り出すと、止める間もなく足を開いてその中心に生け花のように突き立ててしまった。
見てはいけないと思いながらも視線を逸らせない。
逸らせないから、茶化すことにした。
「……変態だ。変態がいる」
「そんなに褒めてもポッキーと愛液しか出ないぞ」
褒めてねえよ!
ていうか茶化す方向間違えた!
もっと言って! みたいな顔してるし。方向転換だ。
「それ、大丈夫なのか?」
「まあ、食べ物なのだし恐らく大丈夫だろう。心配ならば阿良々木先輩が食べてくれればいいではないか」
「食べるの!?」
「ポッキーゲームだからな。私が下の口でするというだけだ。先程と変わらないだろう」
「全然違うよ! ていうか足閉じろ!」
「阿良々木先輩ともあろう人が無茶を言わないでくれ。こんなものを入れた状態で足を閉じるわけにはいかない」
「自分で抜けばいいじゃん!」
「ポッキーゲームは口でするものだ」
「何で拘ってんの!?」
言い争っても進展はない。
というか、神原は引く気が全く無さそうだ。
仕方ない。
……本当に仕方なくなんだからな!
数本束ねられたポッキーの、チョコがコーティングされていない部分を口に入れる。
ポキリと音を鳴らして噛み折ると、神原が艶のある声を上げた。
「ん、くぅ、あっ、はぁ、やっ」
ポッキーが短くなる度、神原が喘ぐ。
そして最後の一口。
神原のそこに口づけて、吸いだすように頬張る。
「ふああっ」
残っていないか見下ろすと、小さな穴が口を開けていた。
その入口に溶けだしたチョコらしきものが付着している。
ぼりぼりと口の中のポッキーを噛み砕いて飲み込んでから、舌を伸ばした。
なるべく奥まで舌を挿し入れ、こそげ取るように舐めていく。
「そんなにっ、深くっ」
分泌液とチョコの混合物を舐め取っては飲み込み、飲み込んではまた舐める。
段々とチョコの味が薄くなってくるが、中々ゼロにはならない。
けれど、中途半端に放り出すわけにもいかず、僕は延々と舌を動かし続けた。
そうして神原の中からチョコの風味を排除し終わって顔を上げると、神原は何故かぐったりしていた。
「神原、どうしたんだよ」
「……どうした、だって?」
「お前も言っていたじゃないか。ポッキーゲームをしただけだぞ」
神原が僕にしたのと同じことをしただけだ。場所が違うだけで。
「……そういえば、そうだな」
言って、神原がゆっくりと身を起こす。
「だが、これで一勝一敗だ。決着をつけなければおさまりが悪いな」
「まだやるのか」
そもそも、ポッキーゲームって勝敗を競うものなのか?
「なに、次が最後だ」
そうして神原は、残っていたポッキーを全て引っ張り出し、ぼりぼりと貪り始めた。
空になった箱と中袋を放り投げる。
……せっかく掃除したんだからそういうのやめろよ。
「おい、全部食ってどうすんだよ」
「そこにもう一本あるではないか」
そう言って、神原は僕を、厳密に言えば僕の下半身を指さした。
「ボッキー」
「半濁点を濁点に変えるな」
確かに立っちゃってるけどさ。
「その、最後に残った一本でボッキーゲームだ」
「聞けよ」
一言ごと、神原は豹のように近づいてくる。
ていうか、半裸で頬染めて舌なめずりしながら四つん這いで近付いてくるのはやめろ。
エロすぎだ。
僕はその姿に気圧され、部屋の隅に追い詰められる。
雑に畳まれた布団が、背中に当たって崩れた。
「なるほど、そこが戦場というわけだな」
「違うから!」
飛び掛かってくる神原に押し倒され、僕は布団の中に沈んだ。
気付けば僕は逆さまになっていた。
逆さまと言っても逆立ち状態ではなく、崩れた布団の上に倒されたので、頭の位置が低くて腰の位置が高いだけなのだけれど。
とはいえ、それはどうでもいい。
問題は、下半身が妙に涼しい事だ。更に言えば、一部分だけが妙に暖かい事だ。
押し倒されたと思ったらこうなっているなんて、ポルナレフの気分になるじゃねえか。
首をもたげるとそこには予想通り、何かを口に含む神原の顔があった。
目が合う。
すると神原は目を細めた。ずぞぞ、と唾液を吸い上げたあと、口を窄めてゆっくりと頭を動かし始める。
僕の眼を見詰めたまま、じゅる、じゅぽ、ぶぽ、ずぞ、と音を立てる。
唾液が全体を包み、唇が柔らかく締め付け、舌が先端に絡み付く。
腰が勝手に跳ね、ずるずると布団の山から滑り落ちる。
それに追従できずに神原は僕を吐き出し、けれど妖艶に笑った。
「では、勝負開始といこう」
一言告げて、這いずるように神原が僕に圧し掛かる。
そして、キスの出来そうな距離で、今度は挑戦的に笑った。
次の瞬間、ぬるりとした感触。
眼前の笑顔が歪む。それでも神原は、口角を上げ続ける。
「お、おい、痛いのか」
「それほど、でもない」
そうは見えない。
というか、てっきり道具か何かで慣れているとばかり思っていた。
まさか正真正銘の初めてだったなんて。
だというのに、神原はゆらゆらと腰を揺らし始める。
そうしてしばらく慣らしてから、突然背筋を伸ばし、叩きつけるように腰を下ろしてしまった。
「ふっくぅ」
ぶつかり合った腰がぱつんと音を立て、神原が呻く。
しっかりと根元まで受け入れて、複雑極まりない顔で僕を見下ろす。
痛そうな、苦しそうな。けれど、安心したような、決意を固めたような。それでいて嬉しそうな、恍惚としたような。
そんな笑顔を向けたまま、神原は動き始めた。
押し付けるように腰を前後に揺する神原が、その度に短く声を上げる。
会いの手のように、くちくちと小さな音が鳴る。
慣れてきたのか次第に神原の動きが激しくなり、比例して水音も大きくなってくる。
くちゅくちゅ、ぬちょぬちょ、ぷちゅぷちゅ。
滴る粘液を僕の下腹部に塗り広げるように、縦横無尽に腰を動かす。
理性とか、常識とか、羞恥心とか、そういった物が、どんどん溶けて無くなっていく。
気持ちいい。
ものすごく気持ちがいい。
けれど、何か物足りない。
僕はその『何か』を探して体を起こす。
そして、驚く神原の腰を抱え込んで、逆に押し倒した。
神原の頭が布団の外に出て、さっきの僕と同じように腰を上げたブリッヂのような体制になる。
その腰を両手で引き寄せて、無遠慮に自分の腰を打ち付けた。
最奥に到達する。
全方位から纏わりついてくる柔肉とは違う、少し硬めの肉壁に先端が埋まる。
ああ、これだ。
足りなかったのは、きっとこれだ。
僕はさらに腰を押し付けて、ぐりぐりと動かす。
円を描くように腰を回して、ドリルのように掘り進む。
神原は、その度に腰をくねらせ、くぐもった声を上げる。
伸ばされた手が宙を掻く。
顔は見えないけれど、苦しそうだ。
「……やめるか?」
欲望に掠れた声が出た。
もはや理性はほとんど駆逐されている。神原がやめてくれと言ったとして、その通りにできるかは解らない。
だとしても、聞かなければならない。そして、必要ならば全力で踏みとどまらなければ。
けれど、こちらを向いて首を振った神原の表情は、僕の予想を裏切っていた。
頬は上気し、瞳は潤み、口は戦慄いている。
額に汗が浮かび、唇はしっとりと濡れ、伸びた髪が首を振るたびに流れる。
エロい。
どう見てもエロい。
初めての癖に。
僕はたまらず腰を動かす。お腹側の壁をごりごりと掻きながら入口付近まで引き抜くと、神原はびくびくと細かく体を震わせた。
白く濁った液体が垂れ出て糸を引く。
最初の、色々な感情が入り混じった表情が嘘のように、煮込まれて蕩けた貌で神原が待ち受ける。
どちゅっと音を立てて突き入れる。
引き抜く時とは違い、今度は一度だけびくんと反応して、神原が腰を浮かせる。
それを見て確信する。
適応したのだ。
信じがたい事だけれど、神原ならありえなくはない。
僕は大きく息を吸い込んで、再び動きはじめた。
「んっ、やっ、あっ、ふっ」
はっ、はっ、はっ、はっ。
ぱちゅ、ぬちゃ、ぐち、ぶちゅ。
神原の声と、呼吸音と、水音の三重奏。
リズミカルなその音は、段々早く、大きくなっていく。
ともすると暴発しそうになるのをどうにか耐え、必死で腰を振り立てる。
どろどろになった神原の奥底に打ち込む度、終わりに一歩近づくのを感じる。
「神原っ、もう、出るっ」
叫ぶように告げると、神原がぐしゃぐしゃの顔で僕を見て、こくこくと頷いた。
スパートを開始する。
神原の腰を両手で宙に浮かせ、引き寄せる。
そこへ、叩きつけるように腰をぶつけ、即座に引き抜いてまたぶつける。
抜けてしまわないように引き抜く距離を短くしながら、どんどん加速する。
打ち付ける度に飛沫が飛び散る。
神原の背中が反り返り、中が断続的に収縮する。
嬌声が甘いものから悲鳴に近くなってくる。
僕は無酸素運動に移行して、最後の力を振り絞る。
息を止めて滅茶苦茶に腰を振り、神原の奥を抉り抜く。
そして、最後の最後。
神原を思い切り引き寄せながら腰を送り出し、溜めに溜めていた欲望を一気に解放した。
「これで私の二勝一敗だな」
しばらくぐったりしていた神原先生が、体を起こすなり宣った。
それ、まだ続いてたのか。
「勝ち負けの基準は何だよ」
「阿良々木先輩が先にイったではないか」
「お前、その前にイってなかったか? 中がぎゅんぎゅん締まってたぞ」
「……イってはいない。その、締まったのは、阿良々木先輩がもう少しだと言うから、わざとやったのだ」
「えー。本当かよ」
「本当だ!」
あー。そういえば神原って負けず嫌いだったっけ。
まあ、別に何か賭けたって訳じゃ無いから、僕の負けでも別にいいんだけれど。
「それはともかく、お前、声出しすぎだろ」
最後の方なんて、動物の鳴き声みたいになってたぞ。
「大丈夫だ」
「あれ、お祖母ちゃんとかいないのか」
よかった。あれを聞かれてたら多分アウトだろう。
お祖父ちゃんは会った事が無いから解らないが、少なくともお祖母ちゃんの方はものすごく耳が遠いって感じでは無いし、家にいたら聞こえてしまう可能性大だ。
「いや、お祖母ちゃんはいるぞ?」
「え」
「さっき、『もしも私の部屋から大きな声や悲鳴が聞こえたとしても、無かったことにしてほしい』とお願いしておいたのだ」
「どこが大丈夫なんだよ!!」
むしろ事前に教えてるじゃねーか!
ていうか最初からするつもりだったのかよ!
「そういえばお祖母ちゃんに、食事を用意しておくから、掃除が終わったら阿良々木先輩を案内するように言われていたのだった。すっかり忘れていた」
何その拷問。
気まずいなんてもんじゃねえぞ。
「無理! 帰る!」
「まあそう言わずに。お祖母ちゃんの作るご飯はおいしいぞ」
「そういう問題じゃねえ!!」
とかまあ、そういう感じで。
神原家を逃げ出すのに失敗した僕は、昼食をごちそうになってしまったのだった。
お祖母ちゃんの表情が少し硬かったような気がするが、気のせいだと思いたい。