恋心  
 
千石撫子が阿良々木暦と出会ったのは小学生の頃だった。  
会ったきっかけは人気者の阿良々木月火のお家に遊びに行った時。  
撫子は初め、ららちゃんのお兄さんとだけ思った。  
それが暦お兄ちゃんと呼ぶようになるまでたいした時間はかからなかった。  
カッコよくて優しくて大人っぽい暦お兄ちゃんと、些か盲目的ですらあった。  
実際の暦は妹の友達と遊ぶのが迷惑そうであったし。  
 
それから少しの時が流れる。  
撫子は、月火の部屋で友達の輪に入っているようで少し離れ座っていた。  
同じように離れている暦は、兄として小学生なりに妹の友達を持て成そうと思ったのかもしれない。  
他愛もない、マンガやアニメの話を撫子へし始めた。  
最初は暦のほうから喋りかけていたのが、一言二言と撫子が返して  
少しずつコミュニケーションがとれていく。  
幸いにも二人の趣味は一致する所があったらしく、話が弾んでいった。  
 
特撮の話をしていた時、暦は調子に乗ったのかポロリと思いを吐き出した。  
「僕は正義の味方になりたい」  
そう冗談にしか思えないような台詞は、酷く真摯な響きを持って撫子には聞こえた。  
子供が仮面ライダーや戦隊ヒーローに憧れるものとは大きく違っているように感じた。  
言ってすぐに暦は失言に気づいたのか誤魔化すように笑う。  
相手は低学年の小学生なのだ。  
「撫子も正義の味方になりたい」  
けれど撫子のほうもそう答えた。  
暦はそう返されると思わなかったらしく驚くが冗談げに続けた。  
 
「それじゃあ戦隊ものだな。千石はピンクって感じだ」  
「ピンク……えへへ……」  
紅一点のポジションを与えられて笑う。  
「あと火憐ちゃんはどうせレッドだな。僕はイエローでもいいと思うけど」  
「黄色が好きだもんね。暦お兄ちゃんは?」  
「僕はブルーだな。クールだし」  
クールな奴はそんな事を言わないなんて撫子は突っ込まない。  
うんうんと頷いていた。  
「ちなみに月火ちゃんはブラックだ」  
「そうなの?」  
暦しか知らない事実に基づいての選択なので撫子にはわからなかった。  
 
「お〜にい〜ちゃん、何を言っているのかなあ?」  
背後には月火がにじり寄っていた。  
二人がいい調子だったのでほっといていたが、聞き捨てならなかったのだ。  
「ほらほら二人とも混ざる混ざる!」  
新たなゲームが用意されて、二人が女の子の輪へ入れられゲームが始まった。  
撫子の答えは安易な合意だったのかもしれない。  
小さな女の子が好きな男の子のご機嫌をとっただけかもしれない。  
それでも撫子は暦の言葉と表情がとても美しく感じた。  
カッコよくて優しくて大人っぽい正義の味方になりたい暦お兄ちゃん。  
撫子の好きな暦お兄ちゃんに一つ文章が加えられた。  
 
程なくして阿良々木兄弟三人による正義の味方ごっこが行われるようになる。  
ごっこ遊びのように見えて本人達は大真面目。  
実際に事件が起きなくても、積極的に行動して  
実際に事件が起きたならば率先して解決へと向かう。  
どこそこで喧嘩の一つでも起きようものなら火憐が両者もろとも薙ぎ倒す。  
カツアゲと聞こうものならば、月火が子供心にもやばいとわかる報復を返す。  
暦自身は裏方に回りがちだが、事となれば火憐以上の向こう見ずな行動力と  
月火以上の徹底的な制裁を持って解決へと導いた。  
そんな無茶な三人にくっついてはニコニコしている撫子も剛毅だったと言えよう。  
 
時は過ぎ、撫子と月火が中学生になった頃だ。  
暦は高校生になるまでの過程で、正義の味方と言う概念に一種の見切りをつけてしまった。  
遅いか早いかはわからないが当たり前の感情であっただろう。  
駄目な理由も諦めた理由も続けれない理由も、幾らだって見つける事はできただろうから。  
妹らがファイヤーシスターズとして会社から子会社が出来るように分裂したが  
そうなって名がより売れるようになったのはある意味笑い話だ。  
撫子のほうはと言うと中学生になるまで、阿良々木家に通い続けていた。  
内気だった撫子も少しだけ社交的になったようだった。  
「大丈夫大丈夫。お兄ちゃんは押せばトランプより倒れやすい男だよ。  
 いっそ押し倒しちゃえっ!!!」  
「ええっ……!撫子、公衆の面前で暦お兄ちゃんを押し倒したりなんで出来ないよ」  
「そこはお兄ちゃんの部屋でしようよ。私は覗かないから……多分」  
きっと嘘だ。撫子でもそう思った。  
中学生になってからはそんな風な相談をするようになっていた。  
 
月火のセッティングの元、暦の一人部屋に何度めになる撫子の訪問。  
家族と撫子以外は入った事のない部屋。  
ついに撫子は告白を実行した。  
「こ、こ、暦お兄ちゃんっ……!ずっと前から好きでした、付き合ってくださいっ……!」  
撫子にしては精一杯の大きな声で、どもりながらも真剣に、そう告げる事ができた。  
月火曰くお兄ちゃんには直球以外通用しない。  
そう睨んだ、ムードも何もない告白だった。  
暦は驚いて、何も言えなくて、ぽかんと口を開いて、固まった。  
何年間も自分の酔狂に付き合ってくれていた女の子なのに  
自分に好意があるだなんて欠片たりとも思っていないようだった。  
撫子を正義の味方として誘ったのは一緒に正義の味方になると言ってくれたから。  
それを撫子がどんなに喜んたのか想像すらできていなかったのだろう。  
「…………あー」  
俯き目を瞑った撫子の身体がビクっと震えた。  
暦の一挙一動で心臓が止まってしまいそうだ。  
もう、いっそ止まっちゃえっとすら撫子が思った時  
「うん、千石……すっげー嬉しい。僕でよかったら付きあおう」  
泣きそうだった撫子の顔が笑顔に彩られ、顔が上げられる。  
暦は恥ずかしそうにしながらも撫子をしっかりと見つめていた。  
考えて、少しの時間の中でも考えて、真剣に撫子へと答えを返した。  
「暦お兄ちゃんっ!」  
撫子が泣きそうな笑顔のまま抱きつくと暦の顔が驚き赤く染まる。  
 
同時にパンッと重なった大きな音が響いた。  
「「おめでとー!」」  
月火と火憐がクラッカーを鳴らし現れたのだ。  
「お前ら……!?」  
「やったね!せんちゃんお兄ちゃん!」  
抱き合ってる二人へさらにガバッと抱きついて。  
「なんだか知らないけどやったな兄ちゃん撫子ちゃん!」  
反対側からドスンッと嫌な衝撃音が二人を襲った。  
「「ぐぇっ……」」  
ズルズルと二人は近くのベッドへと倒れこんだ。  
「ちょっと火憐ちゃん!?」  
意識が飛んだ二人は、奇しくも撫子が押し倒したような形に見えた。  
 
そうして二人は付き合うようになる。  
最初はぎくしゃくしていた二人も、油を差したように潤滑な繋がりへ変わっていく。  
春が過ぎて、夏を迎え、秋を通い、冬を生きる。  
その頃にはどこにでもいる当たり前の恋人達のよう共にいた。  
撫子にはもう一つ変わった事があった。  
聞きすぎて、聞き飽き過ぎていた可愛いという単語は  
暦に言われると、聞き飽きないぐらい嬉しい言葉に変わると言う事を。  
 
付き合って一周年の日、撫子には一大決心があった。  
今までずっと誰にも言えない、溜めて溜めて自分の中に積もってきたものを  
どうしても暦に伝えたかったのだ。  
物心付いた時から、暦と付き合うようになってからもノートに描き続けていた漫画の数々。  
一番出来がいい最近の一冊を手にとって暦の所へ行った。  
 
「あ、あ、あ、あのね、暦お兄ちゃん……こ、ここ、れ読んで……」  
告白した時よりも緊張しているように見える撫子。  
涙をうっすら流しながらも、ページを開く暦を見て続けた。  
「な、撫子ね。漫画家になり、たいの、だから見て!」  
必死な様子はどれだけ撫子が真剣か伝わってくるようだ。  
撫子は自信というものがほとんどない。  
可愛いと言われるのは嬉しい。けれどそれは自分の力で得たものではない。  
そんな撫子も漫画だけは真剣だ。  
だからこそ他の誰よりも暦にだけは知ってほしかった。伝えたかった。  
 
暦はページをめくっている。  
1ページ、1ページゆっくりとゆっくりと反芻するように。  
「ど、どうかなっ……!?」  
曖昧な問いかけは答えに窮してもおかしくない。  
付き合う一年前の撫子に戻っているようだ。  
「その、面白いか面白くないかで言うと途中だしまだわからない……」  
撫子の表情が歪んでいき  
「……でもだ。聞いてくれ。絵が凄く上手い。  
 プロレベルとは言わなくてもさ。撫子が凄く練習したってのがわかるぞ」  
険がとれていった。  
「もっと読ませてくれ。そして聞かせてくれ。  
 撫子がどれだけ漫画を書いてきたか知りたい。だから一緒に読もう」  
「…………うん!」  
創作者に取って何よりも恥ずかしい申し出を撫子は受けた。  
二人は座ったまま一冊のノートを読みながらずっとずっと語りあっていた。  
 
 
 
そこで撫子は目覚めた。  
春の暖かい気温ではなく、真冬の冷たい空気。  
吐いた息は白いモヤとなり雪が地面を全て覆っている。  
「そっかー夢かー」  
神様でも夢を見るんだね、と他人事のように呟いた。  
寒々とした北白蛇神社に一人撫子は人外の姿にそこにいた。  
 
「暦お兄ちゃんと撫子は付き合えたかもしれないんだ」  
子供の頃を少し思い出した。  
暦の正義の味方になりたいという言葉。  
あの時撫子はなんて返したのだろう。  
思い出せないけれど、付き合えなかったから何かが違ったのだろうと思った。  
そう考えると少しだけ悲しい気分になって別の事を考えた。  
漫画を見せた事を考える。これは恥ずかしい気分になった。  
「幾ら暦お兄ちゃんでもアレは見せれないよね!」  
言いながらゴロゴロと神社内の床を転がり、積もった雪へと正面から沈んだ。  
「うわっ、んぷっ」  
摂氏零度以下の冷たさも感じることはなく、身体を起こす。  
「見られたら撫子死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ!」  
 ……でも撫子死にたくないしー あっそっか」  
暦お兄ちゃんをぶっ殺せばいいよね。  
あっけらかんと言って立ち上がる。  
「うん、ぶっ殺せば読まれても平気だよね!」  
何がおかしいのか笑顔でぶっ殺すと連呼し続けて撫子は妄想に耽っていた。  
今見た夢を忘れ、忘れた事すらも忘却して。  
 
憧れだったとしても、思い込みだったとしても。  
それはは確かに在ったはずなのに。  
幼き想いと恋心は雫となって、雪に染み込み消えてなくなっていった。  
 
終了  
 

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