いくら吸血鬼の体力を持っているからと言っても疲れないわけではない。
特に精神面においては僕は普通の人間と何ら変わらないのだ。
要するに勉強疲れである。
「でもここで踏ん張ってこそ合格への道が開けるってもんだぜ」
冷蔵庫にドリンク剤をしまいながら自分に活を入れる。
そこにうちの妹ズが通りかかった。
「お、兄ちゃんどっか出掛けていたのか?」
「今日私たちだけだけど夕ご飯は出前でいいかな?」
「ああ、ちょっと薬局に行ってたんだ。今日は長い夜になりそうだからな」
「!!」
「!!」
「夕飯は別に何でも……ってどうした、そんなに狼狽えて?」
「え、えっと、お風呂沸かしてくるね変態お兄ちゃん!」
「に、兄ちゃんの鬼畜!」
ええー……何で今僕罵倒されたんだ?
まあいい、部屋に戻って勉強を再開しよう。
やがて夜になり、食事の時間になってリビングに向かったわけだが。
「…………おい」
「何だ兄ちゃん?」
「遠慮しないでたくさん食べてねお兄ちゃん」
僕の知識ではスッポン鍋なんか出前になかった気がするのだが……確かに精はつくけどさ。
よくよく見れば他にもそういったものが多い。何を悪巧んでいるのだろうか?
「お兄ちゃん、悪巧みは動詞じゃないよ」
「モノローグに突っ込むな。まあいいか、いただきます」
手を合わせて兄妹で箸をつつき始める。
うん、旨い。これは精がつきそうだ。
「…………?」
ぱくぱくと箸を進める僕と、それを見る妹達。なぜ僕を見る?
ふいっと目を逸らす妹達。なぜ顔を赤らめる?
訝しがりながらも僕は食事を終えた。
食べた直後はあまりよろしくないのだが、時間を惜しんで勉強しておきたい。
「よし、やるか!」
ぱん、と頬を叩いて気合いを入れる。
すると妹達がわたわたと慌て始めた。
「え、も、もう?」
「ふ、風呂くらい入ろうぜ兄ちゃん!」
「?」
なんだ? 何かおかしい。
「や、優しくしてくれるよね? あまりがっつかないでよ」
「兄ちゃんの事は好きだけどさすがにガキは生めないからな、ゴムはしっかりつけてくれな」
「何を勘違いしているお前ら!」
僕は飛び上がった。
世の中には妹達に飛び蹴りを放ってよいという特殊な状況が存在するのだ。
「きゃあっ!」
「ぐわあっ!」
二人は倒れ伏す。
が、そのまま転がってすぐに立ち上がった。
「無理矢理が好みか兄ちゃん!?」
「でもそう簡単に犯されはしないよお兄ちゃん!」
「黙れ彼氏持ち共!」
吸血鬼肉体能力を最大限に発揮し、二人に衝撃を与えて気絶させる。
もちろん怪我や後遺症がないように気を使って。
「あーもう、どうすんだよこれ……」
二人をそれぞれのベッドに放り込んだあと、僕は自室に戻ってため息をつく。
これ、とはもちろんさっきの料理のせいでギンギンになってしまった愚息のことだ。とても勉強どころではない。
「……とりあえず一発抜いとくか」
『いやいや、こういう時こそ儂の出番じゃろ』
「いやいや、いつもしてもらって悪いから今日はいらないよ」
『いやいや、ドーナツ10……いや、8個で構わぬから、な? な?』
「もういい加減ドーナツ破産しそうなんだよ僕は! いいから引っ込んでろ!」
自慰を前にして己の影と言い争う僕。端から見ればおかしな人に見えることだろう。
『むう、美幼女が抜いてやろうと言っておるのを断るとは……世のロリコンを敵に回すつもりか』
「あいにく僕はロリコンじゃないからな」
『え…………?』
「絶句するな! ……あれ?」
そんな掛け合いをしていると興奮が治まってきた。
勃ってはいるが我慢できないほどじゃない。
『吸血鬼の回復能力じゃ。怪異でもない異物による肉体異常など少しすれば打ち消してしまうわい』
「ああ、なるほど……ってそれを知ってて交渉しようとしたのか?」
『早いとこ言質を取ろうとしたが間に合わなかったの』
やれやれ。
どうやら完全に落ち着いたようだ。
改めて勉強を再開するとしよう。
『ちなみにひとついいことを教えてやろう』
「何だよ?」
『妹御が用意したのはさっきのだけでなく、お前様の両親も明後日まで帰ってこんぞ』
「…………」
僕は無言で携帯を取り出した。
戦場ヶ原家で泊まりがけの勉強会をしてもらえないかの交渉のためだ。
情報提供代として忍にはドーナツ3つくらいは買ってやろう。