「よう、八九寺」  
 
特に確たる目的も無く歩いていると、見慣れた後姿を見つけた。  
海老の味がしそうな、  
上位のウルトラ怪獣のエサになりそうな名前の髪型に(実際はツーテールと呼ぶらしいが)、  
なんと言ってもこれ以上詰め込めばいつでも爆発するぞといわんばかりのリュックサック。  
こんな格好をして町中をあるいているのは、町内広しといえどもこいつぐらいしかいない。  
 
「アラハバキさん」  
「僕はそんな仰々しい名前じゃない」  
 
もう何度目だろうか。この調子だとどれだけでも珍妙な名前を付けられそうだ。  
 
 
「失礼、噛みました」  
「絶対嘘だ!ワザとだろうが」  
「神がいた」  
「昇華するな!奉るな!僕は平凡な一高校生だ!」  
 
普通ではないかもしれないけど、平凡なのは間違いないだろう。  
別に、深窓の令嬢なんて噂が立ったりもしないし、毎回テストで学年一位を取ったりもしない。  
万年初戦敗退のチームを入学一年目にしてインターハイに導いたりもしないのだ。  
 
………こうして考えると、僕には平凡な知り合いが少なすぎるな。  
あまりにレベルが高すぎて、デフォルト設定から進歩のしようの無い僕なんかは、  
長期連載少年漫画の初期ライバルもかくやというくらい、  
置いてけぼりを喰らっている気分になってしまう。  
 
「その点、お前と喋ってると安心するよ。八九寺は平凡だからな」  
 
やはり普通ではないけれど。八九寺真宵。職業小学生、性別幼女、属性浮遊霊。  
少し前までは地縛霊だったけれど、願いを満たした事で二階級特進した、らしい。  
 
「ちっちっちっ、さすが凡俗の化身たる阿良々木さんですね。  
わたしはご近所でも、末はヤムチャかスーパーモデムと呼ばれる逸材なのです」  
「どっちも単体じゃ役立たずじゃねえか!」  
 
学者とスーパーモデル。  
 
さすがにモノと並列に方ってはヤムチャに失礼だろうか。  
 
「周りが将来有望な方ばかりだからといって悲観する事はありません、  
阿良々木さんにもきっとロリエが見つかるはずです」  
「人を学校のトイレに不法侵入する不審者みたいに言うな!僕は生理用品に興味なんかないぞ!」  
「自分が何に向いているかを見極める事が大切です。適材僻処という言葉もありますから」  
「適所だ!左遷されるサラリーマンが聞いたら泣くぞ!  
大体、お前だって大した取り得は無いじゃないか!」  
 
スピード漫才の才能はあるかもしれないが、  
こいつに対応できるだけの語彙を持った相方を探すのは一苦労だろう。  
活用できない才能は、無いのと同じ。  
 
「失礼ですね、コンピュータを使わせたらわたしの右に出る物はいませんよ。  
滅多な事は言わないでください、イバラギさん」  
「阿良々木だ!それとギじゃなくてキだ!県民に烈火のごとく怒られるぞ!」  
「チバラギさん」  
「ラーメンズッ!?」  
 
こいつ、小学生の癖にどこでそんなコアな知識を仕入れてくるのか。  
コンピュータ云々は明らかに嘘なので突っ込まないでおいてやろう。  
ワンセグを犬の何かだと言い、地上デジタルに対応するのがやっとな人間に、  
そんな上等な事が出来るわけがない。  
 
「ユビキタスってアガリクスの仲間ですよね」  
 
キノコじゃねえよ。  
 
「………総入れ歯」  
「………文脈から判断してもその単語が出てくる意味が分からない」  
「知識が乏しい事は時に罪ですね。阿良々木さんはムチの血という言葉を知らないのですか」  
「その言葉はそんなバイオレンスな意味じゃねえ!」  
「英語で言えばパンタ・レイです」  
「英語なのかそれ………」  
 
語感からして違う気がする。  
ああ、確かに学は足りていないかもしれない、  
突っ込み役なのにちゃんとした返しが出来ないというのは致命的だ。  
戦場ヶ原なら的確に返すんだろうが………  
いや、あいつは間違いは間違いのままほおっておいて、  
それが他人に露見した時に影で笑っているタイプだな。  
自分の彼女なのに酷い扱いだが、  
普段の扱いを鑑みるにこれでも全く足りていないから気にしない。  
 
総入れ歯、パンタ・レイ。そういえば、バイザウェイ。  
 
「先ほど街中を歩いていましたら、この間わたしを轢き殺しそうになった方を見かけました」  
「轢き殺し………ああ、神原か」  
 
神原駿河。がんばる駿河ちゃん。  
僕の彼女、戦場ヶ原ひたぎと共に中学時代ヴァルハラコンビを張っていた、  
この辺りではかなりの有名人。  
こいつが知っている僕の知り合いにマトモな人間は一人もいないのだが、彼女もその一人だ。  
 
主に性癖の面で。怪異に捉われているはずなのに、それを凌駕して余りある。  
 
「そりゃ、あいつも一応は普通の女の子だからな。日曜の昼となれば出歩きもするだろ。  
それがどうかしたのか?」  
「いえ、その神原さんが、阿良々木さんの名前を小唄に乗せて軽快に歩いていましたので、  
報告をと思いまして」  
「!!普段でも歌ってんのかあいつ!あとお前、僕以外の人の名前は間違えないのな」  
「失礼、噛みました。ガイバラさんです」  
「特殊な壷を作っては壊すような知り合いはいない」  
「かみまみた」  
「うるせえ」  
 
しかし、これは結構に由々しき問題だ。  
うら若き乙女が男の先輩の名前を歌に乗せているだけでもアレなのに、  
その女の子がヘタしたら全国区で知られているような人物である。  
もし知り合いに聞かれたら………つっても親しい知り合いに聞かれても問題は無いので、  
この場合はあまり関わりのないクラスメイトとかだけど、誤解を生むことは間違いない。  
 
正直最近の僕の評判は、  
戦場ヶ原の生活態度を悪化させた元凶として天下に鳴り響いているので、  
これ以上変な噂を流されるのは遠慮願いたいところだ。  
………止めてこようか。ヒマだしな、今日。  
 
「どこで見かけた?」  
「そこの角です。方向から言って恐らく阿良々木さんのおうちに向かう途中だったのでしょう」  
「先に言えよ!」  
「後をつけていったところ、  
阿良々木さんのおうちのチャイムを鳴らしていましたから間違いないです」  
「確信犯だなてめえ!」  
 
誤用を修正するのも忘れて小学生に怒鳴り散らす高校生。  
これこそ悪い噂になりそうだけど、残念ながら自分を律する事は出来なかったのだった。  
 
というか、ストーキングを日課としていた神原を逆にストーキングするとは、  
この小学生なかなかやる。  
幽霊だし、隠密任務なんかすごく向いているんじゃないか?  
大学入試失敗したら、探偵事務所でも開いて手伝ってもらおうか。  
 
無理か。二秒で諦めた。  
 
「………仕方ないな、それじゃあ今から戻るか。どうする八九寺、ウチに来るか?」  
 
そういえばコイツは僕の家に入った事が無かったような。  
自分の部屋に全裸の中学生を招きいれた事のある経験を持つ僕としては、  
こいつを招き入れるのにも全く抵抗は無い。  
 
「いえ、遠慮しておきます。わたし、阿良々木さんとは違ってニーソな用事がありますので」  
「それはまたフェチズムに溢れた用事だなおい!」  
 
今じゃなければ是非ともお供したかったところだが。  
 
結局八九寺は、前から目をつけていたというアニメ映画を見に行くという事でそこで別れた。  
多分ハイソと言いたかったんだろうなと気付いたのは、家の前についたのとほぼ同時だった。  
 
*  
 
歌が聞こえる。聞き慣れた声で、一番親しみのある名前を軽快なメロディーに乗せて。  
 
―――阿良々木先輩、阿良々木先輩、阿良々木先輩、阿良々木先輩~~~―――  
 
以前、忍野の依頼で神社に向かったときだったか、この歌は聞いた事があるのだが。  
 
―――阿良々木先輩、阿良々木先輩、阿良々木先輩、阿良々木先輩~~~―――  
 
問題は、ここがまごう事なき僕の家で、どうやら僕の部屋から聞こえているらしくて、  
そこまではまだいいんだけど、僕がいるのは玄関なのだ。  
そしてそこには、僕の靴を除けば三組の靴がある。  
前に見たスニーカーとは違う、でも高そうだしサイズから判断するに、  
これは間違いなく神原の物だろう。  
そして残りの二足―――毎日見ている、妹のものだ  
(僕が肉親の靴に異常な興味を持っていると思われるのも癪なので説明しておくと、  
ここで言う「毎日見ている」という表現は、単純に見かけているという意味だ。  
僕は何を言っているんだろうか)  
 
話が逸れたけど、神原と妹たちが接触した事は想像に難くない。  
そして神原の性癖を考えると―――大丈夫だろうか。  
神原は以前、年下ならどんな女の子でも十秒以内に口説き落とせると豪語した。  
二人合わせて二十秒………経ってるよなあ。無事を願うばかりだ。  
というか口説かれていなかったとしても、  
この歌を聴かれている段階で被害無しとは言えないんだけど。  
 
だってあいつら、僕が女の子と付き合ってること知ってるし。  
戦場ヶ原が子供嫌いで良かった、と今だけは思う。  
いや、中学生が子供かどうかは知らないけどさ。  
靴を脱いで家に上がった。  
 
―――阿良々木先輩、性的倒錯、連日緊縛、阿良々木先輩~~~―――  
 
すっげえ不穏なアレンジが加わってる!  
階段を上るにつれその歌も鮮明に聞こえてくるんだけど、  
これが往来で歌われていた可能性を考えると陰鬱な気分になってしまう。  
 
―――阿良々木先輩、豊満な胸部、未熟な肢体、阿良々木先輩~~~―――  
 
僕のストライクゾーンが広いみたいな歌詞を乗せるな!  
 
―――阿良々木先輩、阿良々木先輩、阿良々木〝趣味はフラグ立てです〟先輩~~~―――  
 
「僕をギャルゲーの複数キャラ同時攻略みたいに言うな!というか歌うな!  
そして無断で家に上がりこむな!」  
 
僕は自分の部屋に殴り込みを掛けるという前代未聞の暴挙をこの年にして成し遂げた。  
 
「ああ、お邪魔しているぞ阿良々木先輩。  
さすが阿良々木先輩だな、複数の突っ込みをかくも容易にこなして見せるとは。  
私などにはその知識の地平を拝む事すらおこがましいくらいだ。  
この程度の歌詞では渡り合う事すら出来ないな、更に研鑽を積んでこなければ」  
「やる気を出すな!尊敬するなら話を聞け!」  
「なんと、私のような粗忽者に有難いお話を授けてくれるのか。  
阿良々木先輩の優しさは三国中に響き渡るな、これは一生掛けてお仕えせねば釣り合わないぞ」  
 
重い!想いが重い!いつもの事ながらコイツの僕に  
向ける尊敬は、それこそ身に余る。身に余る黒の人よりも身に余るくらいだ。  
 
「美しい人生よ 限りない絶頂(よろこび)よ   
この先端(むね)の疼(ときめ)きを穴(あな)たに」  
「素晴らしい歌詞のはずなのに不穏な香りが漂うのはどうしてだ………」  
「この世に大切なのは 愛し合う事だけと あなたは教えてくれる」  
「絶対愛し合うの意味を履き違えているだろう、お前」  
「む、遍く世界の全てを包み込むほどのおおらかさと、  
理解力を持った阿良々木先輩らしからぬ発言だな。  
男と女が異なった体を供えている以上、  
愛という行為において精神と肉体は不可分である事くらい、  
小学校入学当時には自ずと思い至っていただろうに」  
「僕はそこまでマセた幼年期を送っちゃいないぞ………というか、  
レズっ娘でボーイズラブ好きのお前に言われたくないな」  
 
神原駿河。レズっ娘。  
僕の彼女、戦場ヶ原に中学時代から熱烈な思いを寄せていたことで、局地的にかなりの有名人。  
僕は怪異に関わった知り合いが多いのに、  
その性癖と性格だけで特異性が抜きん出ているという異端。  
 
僕とは戦場ヶ原を巡ってのライバル関係にあるはずなのだけど、  
何故か懐かれている(懐くというレベルではない気もするけど)。  
 
「その点に関しては私の方が造詣が深いようだから、恐れ多くも説明させてもらおう。  
や、これは考えてみればまたと無い機会だな。  
阿良々木先輩に対して講釈を垂れるなど、この後何十年と続くお付き合いの中でも今だけだろう。  
これは身が引き締まる思いだぞ。そうだな、まず始めに〝やおい穴〟の説明を………」  
「しなくていい!」  
 
「ああ、さすが阿良々木先輩だな、やおい穴程度ならご存知だったか。  
それならエクスカリバーについて………」  
「そうじゃねえよ!ああわかった、お前の性哲学に文句をつけた僕が悪かった!」  
「む、それならいいのだが」  
 
ヘタをすると延々とボーイズラブについて語られる羽目になるところだった。  
わざわざ家に帰ってきてまで聞く話じゃない。というか外でも聞きたくない。  
 
「で、アポ無しで訪ねてきて一体何の用なんだ?  
お前、携帯電話持ってるんだから連絡の一つくらいくれればいいだろう。  
そうすれば僕が帰るまで退屈に待ってなくても良かったのに」  
「何を言う、他ならぬ阿良々木先輩の部屋を訪ねて退屈であるなど、  
恥丘が逆回転しても有り得ないぞ」  
「その誤字はいろいろと危険だからやめておけよ」  
「現に一時間ほど探索で楽しませてもらったからな。  
成る程、私などではまだまだ及びもつかないような世界があるのだな。  
特にこの体位などは、私の体格では体が保つかどうかわからない。  
だが阿良々木先輩が御所望とあらば、多少の痛みは我慢して魅せるぞ」  
 
魅せるのあたりに秘めたる気合が見える。  
 
「具体的にはアフリカの部族の成人の儀式くらいまで耐えてみせる」  
「砂漠で三日間生き延びるのか、ライオン狩りか、バンジージャンプかで、  
大分変わると思うけどな………。  
つうかその本は返しなさい。  
妹に見つかったら………そうだ、まさかとは思うけど、あいつらに手は出してないよな?」  
「出さないさ、阿良々木先輩が抵抗しなければ」  
「出来の悪いエロビデオの男優みたいな事を言うな」  
 
最近、神原は戦場ヶ原の影響が強すぎるなあ。  
この調子だと死ねと言われたら死んでしまうかもしれない。  
そこまでは行かなくても、全裸で街中を歩けといわれたら喜んで歩くだろう。  
それくらいの事は当然のようにこなす。  
 
「ビデオと言えば先ほど数本、  
ベッドの裏側に取り付けてあった隠し本棚の、  
そのまた上側にある鍵を外すと出てくる、  
小箱に入った紙に書かれた暗号を解読すると開ける事の出来る、  
壁に備え付けられた隠し金庫の中からビデオを見つけたのだが。  
阿良々木先輩はどれがお好みなのだ?」  
「見つけるなよそんなもの!僕だって相当切羽詰った時にしか使わないのに!  
つうかそこまで平然とエロい事を尋ねられるってのは、逆に感心するぞ………」  
「ははは、私を見くびってもらっては困るな。  
確かに阿良々木先輩に褒められては多少は浮き足立つのも当然だが、  
だからといって高レベルなジョークを見逃す私じゃないぞ。  
『エロ』と、『尋』の字の真ん中にある『エロ』を掛けたのだろう?  
む、しかも『寸』という字を含ませる事で、  
その程度ではまだまだだという事も暗に示しているのか。  
私も精進が足りないな、御見それした」  
「考えすぎだ!」  
 
そこまで思い至るのがすげえ。  
逆にという表現は曖昧すぎて使いたくないのだが、今はとても使いたい気分だ。  
逆にすげえ。  
 
「時に阿良々木先輩。自慰を覚えた猿は、狂ったように行為を続けるという話はご存知だろうか」  
「ん、ああ、知ってるけど、それがどうかしたのか?」  
 
まだ猥談が続くのか。いい加減少しは慣れたけど。  
 
「私はこんな腕だからな。この部屋にお戻りになるまでの間に、一本使わせてもらった」  
 
前言撤回、慣れるとか無理でした。  
 
「使うな!」  
「腕が勝手に」  
「そもそも猿じゃないじゃんかそれ!」  
「ああ、誤解しないで欲しい。  
このビデオを使って劣情を解消している阿良々木先輩を妄想して行為に及んだのであって、  
ビデオそれ自体には何の感情も持っていないから」  
「その方がマズいだろうが!この痴女!」  
「ああ………!」  
 
忘れてた、こいつ真性のMだったんだ!すっげえ嬉しそうな顔してやがる!  
 
「痴女………いい言葉だ、いい言葉は決して無くならない」  
「名言を汚すような使い方をするなよ………」  
「それと、枕も使わせてもらった。  
丁度洗濯の時期の直前だったのだろうか、  
阿良々木先輩の香りをこれでもかというくらい堪能させてもらったぞ。  
お礼に私のいやらしい所の匂いを刷り込んでおいたから、使ってもらえると嬉しい」  
「使うな!あと使うか!」  
「そうか、では持って帰って洗濯して返そう」  
「あ、それはいい」  
 
………面倒を掛けるからだ。別に他意は無い。  
 
というか、まだ質問に答えてもらってないのだった。  
こんな下らない会話で僕たちはどれだけでも時間を潰せてしまうのだから、  
若さとは恐ろしいものだ。当然、相性がいいのもあるだろうけれど。  
今までも神原が家に訪ねてくることは何度もあったけれど、  
それは登校時に同伴するためだったり、仕事関係だったりで、今日は特に思い至る事が無い。  
ただ遊びに来ただけかもしれないけれど。  
 
「で、最初に戻るけど、今日はどうしたんだ?」  
「ああ、言い忘れていたな。楽しいおしゃべりに没頭する余りすっかり忘れていた。  
今日は、阿良々木先輩といかがわしい行為をしに来たのだ」  
「………ええと、ごめん神原、  
僕とした事がお前の言葉をちゃんと聞きそびれてしまったみたいなんだ。  
もう一回はっきりと言ってくれないか」  
 
いかがわしい行為とか聞こえたのだが。  
 
「そうか。気に病むことは無い、阿良々木先輩に聞き取れなかった以上、  
先ほどの私の言葉を聞き取れる人間はこの世に存在しなかったのだろう」  
 
僕の耳はデビルイヤーは地獄耳か。いくらなんでも買いかぶり過ぎだ。  
 
「今日は、阿良々木先輩と、いかがわしい行為をしに来たのだ」  
 
今回ははっきりと聞こえた。………聞きたくなかったが。  
 
「いかがわしい話なら存分にした気がするけど」  
「何を言う、あの程度ではいかがわしい部類には入らないぞ。精々いやらしい程度だ」  
「僕はお前の基準がわからない………」  
「あんなビデオを持っていたのだ、阿良々木先輩がいかがわしい事は太鼓判を押させてもらう」  
「やった、僕の存在はさっきの会話以上にいかがわしいんだ。うれし………くねえ!」  
「私は嬉しいぞ」  
「この変態!」  
「ああ………!」  
 
泥沼だった。  
 
話を戻そう。  
 
「いかがわしい事って言ったってな、  
僕はお前の想い人と付き合ってるんだぞ?できるわけないじゃないか、常識的に」  
「ふふふ、女子中学生を裸に引ん剥いた上に、  
ブルマを穿かせてベッドの上に立たせて鑑賞した人に常識を説かれるとはな。  
いや、阿良々木先輩の言う事だ、実際にあの行為は常識的なものだったのだ、そうに違いない。  
そうとなれば戦場ヶ原先輩に報告せねば、可及的速やかに」  
「すいませんでしたっ!」  
 
脅すのがどんどん堂に入ってきているぞこの後輩!  
 
「冗談だ、阿良々木先輩。それに、戦場ヶ原先輩にも許可を貰っているのだ。  
というよりむしろ、戦場ヶ原先輩が望んでいる事でもあるのだ。  
だから後ろめたい思いなどもたなくてもいい。  
精々夏場に頭の上に群がる虫程度に考えてくれればいいぞ」  
「軽すぎる!」  
 
というか、戦場ヶ原が望んだ事ってどういうことだ?  
浮気は絶対に許さないタイプだと思うのだが、  
つうか許さないどころかしたら最後殺される気がする。  
 
「証拠を聞かせようか。音声メモを取ってあるからな」  
 
携帯を取り出す神原。………っていうか、携帯普通に使えるのかコイツ。  
僕が電話する時は毎回、ボケとそれに対するツッコミで僕だと判断していたと思ったのだが、  
もしかしてその時も僕の名前はちゃんと表示されたりしていたのか。  
何故………いや、多分叱られたかったとかそんな理由だろう。  
ならばそこを指摘すれば辛い目を見るのは僕なので、敢えて何も言わないでおこう。  
 
「放置プレイか、なかなか倒錯しているな。私のように想像力豊かなMにはうってつけだ」  
「僕が何をしてもお前を喜ばせそうだな………」  
 
神原は慣れた手つきで携帯を操作し、音声メモ再生を開始した。  
 
―――あー、虫け………阿良々木くん、こんにちは―――  
 
自分の彼氏に虫けらって言いそうになったかコイツ。  
 
―――お前のものは俺のもの、俺のものはお前のもの―――  
 
………謙虚なジャイアンだった。  
 
―――以上―――  
 
以上!?終りかよ!意味わかんねえ!  
 
「分からないだろうか。エスペラント語に訳せば―――」  
「そっちの方がわかんねえよ!」  
「何?エスペラント語は世界標準ではないのか?」  
「作られた目的はそうだけど普及しなかったんだよ!」  
 
この間のへびつかい座の焼き直しのようだ。どう考えても嫌がらせ。  
 
「ではナメック語に―――」  
 
「頼むから日本語にしてくれ」  
 
「ふむ、阿良々木先輩の頼みとあらば仕方ないな。日本語は苦手なのだが」  
 
コイツは母国語よりもエスペラント語とナメック語に自信を持っているのか!?  
頭がいいのは確かだが、そういう問題じゃないだろう。  
 
「戦場ヶ原先輩は、自分の持ち物全てを阿良々木先輩にあげたいそうだ」  
「ああ、そういえば言われたな」  
 
そういえばというレベルではなくて、実際はアレは致命傷に近いものだったけど。  
僕の中の戦場ヶ原蕩れは、あの言葉で一つのピークを見たと言ってもいい。  
今は新しいステージに入りつつある。  
 
「その全ての中には当然私も入っているわけだが」  
「いや入ってたけどさ、自分を物扱いされたあげく所有権を共有されて平気なのかお前は」  
「だから私も、阿良々木先輩の物にならなければならないのだが、  
しかし一気に全てを捧げるのは戦場ヶ原先輩が許さないからな。  
だから、お二人が既に通過したステップなら私も捧げてよい、という事になったのだ。  
例えるなら、そこは我々が二千年前に通過した場所だ、といった感じだ」  
「それを言われるお前は郭春成とアライJrに次ぐ噛ませ犬になるがいいのか」  
「噛ませ犬………いい言葉は決して………」  
「それはもういい………ああ、いかがわしい事ってのはキスの事か。  
っていうか、お前はそれでいいのかよ。  
僕の事情は戦場ヶ原によって完全に度外視されているから敢えて触れないけど、  
お前、結構酷い扱いだぞ?」  
「何を言う、私の想い人は阿良々木先輩と戦場ヶ原先輩のお二方なのだ。  
今この状況こそが私の幸せでもある。  
阿良々木先輩は私といかがわしい事をするのは嫌なのか?  
私の事を大好きだと言ってくれたではないか」  
 
覚えてたのか。  
うっかり本音が出てしまったんだけど、  
あの時はなんの反応も無かったから大丈夫だと思っていたのに。  
 
「それはそれだって。だからってお前がそんな扱いされるのは僕は嫌だ」  
「ふふふ、裸の女子中学生に向かって劣情を催す事を告白した挙句、  
ベッドの上で泣かせた人に常識を説かれるとは思わなかったな。  
いや、阿良々木先輩の言う事だ、実際にあの行為は………」  
「今度は誤魔化されないぞ、こればっかりは譲れない。お前が大事だからこそだ」  
 
Mだとかそんなことは関係ない。僕はそんな爛れた生活は送りたくないし。  
 
「そうか、さすが阿良々木先輩だな、底が知れない。私ごときには説得する事など叶わないぞ」  
「戦場ヶ原は僕が何とか説得しておくから………って、おい神原、  
なんだその『鬼の手』っぽい構えは!」  
「説得する事が叶わないのなら………私が阿良々木先輩に勝てることといったら、  
腕力ぐらいだな」  
 
これは良くない雰囲気だ!  
明らかに神原は僕を左手で押さえつけようとしている、一旦退くしか―――!  
 
そう思った瞬間には、僕の体は床に押さえつけられていて、身動きが取れなくなっていた。  
 
「―――この状況!何者かのスタンド攻撃の可能性があるッ!」  
「うふふ、逃げようとしても無駄だ阿良々木先輩。  
私はその気になれば横綱の初速よりも早いスピードでのタックルが可能なのだ」  
 
すげえ、極めてやがる………!!  
試しに体を少し捻ろうとしてみたが、ピクリとも動かす事が出来ない。  
僕の貞操は完全に神原に握られた事になる。  
 
「阿良々木先輩、これは前にも言った事があると思うけど、大事な事だからよく聞いて欲しい。  
私は戦場ヶ原先輩が好きだから阿良々木先輩を好きになったわけじゃないぞ。  
私が勝手に、ひとりでに阿良々木先輩を好きになっただけだ。恋に恋する乙女なのだ」  
「………………………」  
「神社に連れて行かれたときだって、  
あの子がいなかったら本当に押し倒していたかもしれない。  
今みたいに。  
 
阿良々木先輩が戦場ヶ原先輩に狂っているように、  
 
 
戦場ヶ原先輩が阿良々木先輩に狂っているように、  
 
私も阿良々木先輩に狂っているのだ」  
「………………………」  
「阿良々木先輩、戦場ヶ原先輩の事をどう思う?」  
「好きだよ」  
「じゃあ、私の事をどう思う?私として、神原駿河として、戦場ヶ原先輩の持ち物として」  
「………………………」  
 
ああ、ちくしょう。  
 
「好きだよ」  
「じゃあ、いかがわしい事をしよう。阿良々木先輩」  
 
*  
 
「すげえ………本当に太陽が黄色いや………」  
 
気分を変えるために早朝の散歩。まさかキスが一晩中続くとは思わなかった。  
何よりも大変だったのは、  
神原を御する事でも、妹たちが部屋に入ってくるのを止める事でもなくて、  
理性を無くして好き勝手に暴走しそうになる自分自身を止める事だった。  
 
ここで本能に任せて神原と事に至ってしまったら、  
全てを開けっぴろげにしてしまわないと不安なくらい臆病な戦場ヶ原の、  
純粋な信頼を裏切ってしまう事になるからだ。  
その一線を越えてしまえば僕はきっと色んな意味で生きていられなかっただろう。  
よくやったぞ僕。  
神原はもう家に帰ってもらった。  
いつも尊敬しているとか言っている割に言うことを聞いてくれなくて困ったが、  
さすがに朝に妹たちが起こしに来るときに鉢合わせする事は避けたかった。  
 
「ありゃりゃぎさん」  
「ふふふ、いくら徹夜明けだからって僕にはいい加減なのは通用しないぞ、八九寺。  
そのネタはすでに一度使われている!」  
「こりゃりゃぎさん」  
「そんなマイナーチェンジで僕を誤魔化せるとでも思ったのか?」  
「ハチャめちゃラッキーDAYさん」  
「………はっ!まさか―――アニマル横町!?」  
 
なんてことだ、これじゃあ僕が上手い具合に振りをしたみたいじゃないか!  
ちくしょう、やっぱりセンスがありやがるぜ、この小学生。  
 
「朝からお疲れのようですね。まるで忠兵衛のような青白い顔です」  
「誰だよそのどう頑張っても脇役どまりっぽい名前の男は。  
―――まあ、そうだな。ちょっとばかし疲れてるな、理由はちょっと秘密だけど」  
 
小学生に言えるような事じゃないし。  
 
「そうですか、ではわたしの軽快なトークで心と体を癒すといいです。  
わたしはご近所で歩くオアシズと呼ばれていますから」  
「惜しいな、それじゃお笑いコンビだ」  
 
余計に疲れる。  
そりゃそうだ、  
コイツとの会話なんて常に反射神経を張り巡らせて居なければならないのだから、  
心の休まる隙など無い。  
万が一気を抜いていて反応が遅れようものなら、  
小学生から見下されるという屈辱を味わう事になる。  
 
「マッサージでもしましょうか。血流が良くなれば気分も晴れます。  
わたし、こう見えても握撃には自信がありますから」  
「また惜しいな、撃じゃなくて力だ。たしかに血の巡りは良くなるかもしれないけど」  
「いえ、握撃で正しいです」  
「悪意丸出しじゃねえか!」  
 
小学生があの力技を再現できるのか………世の中は僕の想像以上のスピードで回っているらしい。  
 
「………総入れ歯」  
「どうした八九寺」  
「いえ、わたしのおばあちゃんが総入れ歯なもので」  
「知らねえよ!」  
「そういえば、先ほど街中を歩いていましたら、  
このあいだ私を轢き殺しそうになった方を見かけました。確か灰原さんでしたか」  
「多分に見かけより早熟であるのは事実だが、神原だ」  
「その神原さんが、阿良々木さんの名前を小唄に乗せて軽快に歩いていましたので、報告をと思いまして。  
昨日よりも声が二周りほど大きかったかと思いますが」  
「ああ、もう諦めた」  
「そうですか。ところでわたし、これからハイソな用事があるのですが」  
「ご一緒しよう」  
 
どうせこれから騒がしい日常が待っているのだから、  
それは楽しい事は間違い無いのだけど、  
途中で休まないと息切れしてしまいそうな程の楽しさだから。  
せめて今くらいは、安らぎを。    
 

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