零崎軋識は、『暴君』のためなら死ねと言われれば喜んで死ねる。舌を噛み切るのも、首をかき切るのも、ビルの四十階から飛び降りてもいい。
死ぬまで呼吸を自制する自信もある。
鬼になれと言われれば狂喜して鬼になるし───
豚になれと言われれば乱舞して豚なる。
そして、椅子になれと言われれば唯々諾々として椅子になろう。
そんなわけで、今、彼は椅子になっていた。
いたのだが。
「ねえぐっちゃん。椅子になってくれるのはいいんだけど、お尻に何かが当たって痛いんだけど」
ん……?
ああっ!
「何これ?」
「えっ、あ、えっと……ですね」
迂闊にも『暴君』のコート一枚を隔てた薄肌の柔らかな感触とそのまるで麻薬のような妖艶な香りと傾国どころか潰国とも言えるほど美しく神々し
い姿と透き通る蒼色と小さな息遣いやメロディのように踊るタイピングの旋律を楽しみすぎてしまったらしい。
気が付けば軋識のそこが、『暴君』に感知されるほど膨らんでいた。
「す、すいません、すぐに戻します、…………、……」
慌てて答える軋識。
しかし。
意識すればするほどそれは逆効果で、怒張はいよいよ固さを増してしまう。
「…………」
まずい。
不機嫌そうだ。
しかし軋識が焦れば焦るほどそれは言う事をきかなくなる。加えて、座りにくいのだろう、『暴君』が居心地悪そうに身じろぎをするたび、その感
触はダイレクトに軋識の脳を揺らした。因に対しての果として、血液がどんどんそこに集まってくる。
悪循環。
いつしかそれはその最大限にまで大きくなってしまっていた。
「ぐっちゃん、人の話を聞かないのは別に構わないけど私の話は聞いてくれないと頭に来るんだよ」
「も、申し訳ございません! すぐに元に戻しますので……」
「鬱陶しいなあ、これ」
『暴君』は椅子となった軋識の上に深く腰掛け直すと、コートをたくしあげ、自らの足の間からズボンのチャックを下ろし、中に手を突っ込んだ。
「ぼ、『暴君』、何を……」
「邪魔だから出すんだよ」
『暴君』の小さな手が軋識を掴む。そして当人ですら驚くような異常な大きさとなった、『暴君』の小さな手には随分と余るそれをぐいぐいと引っ張る。
「ぐっ、ううぅぅうぅううぅううううううう」
「それっ」
『暴君』が勢いをつけて引っ張ると、ぴょん、といういかにも間抜けな感じでそれが姿を表した。
「これで座りやすい」
「は…………い」
精根尽き果てた、といった感じで答える軋識。
……乱暴に扱われて、痛かったはずなのに───
なんか嬉しかった……。
新たな世界を垣間見た気がした。
こんなところ、一賊の誰かに見られでもしたら。まるで会社帰りにSMクラブに出入りしている社長のような、そこはかとない恐怖を抱きつつ───
恐らく今まで生きてきた中で、今この瞬間が一番興奮しているであろうというという現実を、実感として感じていた。
グロテスクな自分のそれが≪暴君≫の脚の間で暴力的に脈打っているという、あまりに非現実的な現実。触れずとも達しそうな恍惚感。
忘我の中で、どれほどの時間が経ったのか。
≪某君≫が自分の上でくく、と伸びをしたので、ようやく軋識は我に返った。
「お疲れ様でございます」
「うん、別に疲れてないけどね。ちょっと飽きてきたよ」
軋識にもたれながらふう、とため息をつく≪暴君≫。
「どんな大企業もどんな先端企業も、紙屑みたいに呆気ない。襤褸切れみたいに他愛ない。本当、まるで全知全能。人類最強の神にでもなった気分だよ。
あーあ、たまんなくつまんない」
「……人類最強、ですか」
思い出すのは、赤いポニーテール。
哀川潤。
「頂点は常に一人ですから。≪最強≫とは孤独なものなのかもしれません」
「そうかもしれないね。少なくともネット回線の中では本当に私は神のようなものだ。神は孤独だよ」
「お察しします」
「いっそチームの誰かが裏切って敵対とかしてくれないかなあ。そしたら少しは楽しめるかもしれないのに」
まあその時は必ず殺すけどね、と続ける≪暴君≫に───
軋識は、答えない。
答えられない。
軋識は、≪暴君≫のためなら死ねと言われれば喜んで死ねる。舌を噛み切るのも、首をかき切るのも、ビルの四十階から飛び降りてもいい。死ぬ
まで呼吸を自制する自信もある。
しかし、『≪暴君≫に敵対しろ』という命令には。
その命令に従うことは、出来るのだろうか。
形式上だけ敵対した所で、きっと≪暴君≫は納得しない。≪暴君≫が本気の敵対を望んだとして……軋識は、自分がどうするのか、想像できなかった。
悶する軋識を知ってか知らずか、≪暴君≫は、んーっ、ともう一度無邪気な伸びをする。
「ぐっちゃん、なんかいい感じにむかつく企業とか知らない?」
「そうですね……」思案する。「四神一鏡にでも手を出されますか?」
「それにはまだ早いよ」
にべもなかった。
あまりのにべの無さっぷりに恐縮する。
「世界の崩壊は、最後のお楽しみだからね。私の世界はとっくに崩壊しているし、だから世界なんてどうだっていいけど」
本当にどうでも良さ気に言う。
本当にどうでも良いのだろう。
「それでも、楽しみはとっておくものだよ」
「……仰る通りです。浅慮な発言、申し訳ございません」
「まあ、そういう範囲で括っちゃうと私達にできないことなんて無いんだけどね。だから暇つぶしに≪仲間≫を集めてあるんだし───」
そう言って。
そう言って≪暴君≫は、
未だ怒張している軋識のそれを、ぐいと掴んだ。
「つうっ……?!」
その唐突さと、痛みと、驚きに、軋識はたまらず呻いた。
「≪暴君≫、何を───」
「言った筈だよ。≪飽きてきた≫。≪つまんない≫。だから」
無遠慮に、軋識の反応を愉しむように、それを弄ぶ。
「───暇つぶし、だよ」
「……う、うう」
≪暴君≫の小さな手がそっけなくそれに触れるだけで、軋識は絶頂の淵に追いやられるのだ。
その手がその指がその爪が、志向性を持って軋識を達しさせようとするのならば、彼は敗北したも同然なのだった。
歓楽し、
狂楽し、
軋識の心は、陥落した。
「うううううううううわあああっっ!!」
堰を切ったがごとくとは正にこういうことを言うのだろう。
異常な量の精液が、まるで噴水のように、放たれた。
「きゃはははっ!」
その未だ発射の止まらない精液を、まともに顔に浴びながら───
≪暴君≫は、哂っていた。
「きゃはははははっ!」
≪暴君≫は、哂っていた。
「…………」
消え行く意識をなんとか押し留めながら、軋識はその眼を見る。
そして、魅せられる。
そのあまりにも蒼い、その瞳に捕らわれる。
逃げられはしないだろう。
逃げるつもりもない。
軋識は既に───病み衝き、なのだ。
精巣内を掃除でもするかのように、射精が終わってもまだ軋識をしごき続ける≪暴君≫。射精直後の敏感な部分を擦られ、狂ってしまいそうな快感が押
し寄せる。
軋識は考える。
消えそうな意識で考える。
きっとこんな事を考えてしまうのは、朦朧としているからなのだと思う。
混沌としているからなのだと思う。
或いは、狂ってしまったのかもしれない。快楽の波に正気は押し流されてしまったのかもしれない。
自分が、≪暴君≫のためにできること───≪暴君≫を”救うため”にできることはないのだろうかと───あまりにおこがましい考え。
可笑し過ぎて。
可笑し過ぎて、哂ってしまう。
軋識は哂いながら、四度目の射精に達した。