人間の感情というものは、そう簡単には把握しきれないものだ。
自分の感情というものは、そう簡単には理解しきれないものだ。
自分の感情なのに?
いや、自分の感情だからこそ───だからこそわからない。
だからこそ、不明瞭で不可解で、そいでいて不愉快だ。
しかしそれが不思議だとは、ぼくは思わない。むしろ当然だと、それが自然だと思う。
思い、たい。
だから、いくら反省しようとしてあのときの状況を思い出してみても、あのときの自分の感情を理解することはできない、今の自分を許してやろうと思う。
それは、当然だから。
それは、自然だから。
だから────落ち込むなよ、戯言使い。
「うぇー・・・なんか生乾きで不快ー」
「いいだろ、ぼくが着るんだから」
福岡、とある廃墟さながらなアパートの一室。
話を聞いている内に予想通り終電もなくなってしまい、ぼくは出雲くんの部屋に一泊させてもらうことになった。出雲くん、結構、面倒見のいい性格らしかった。まあ、あんな手のかかる《妹》がいたら、当たり前なのかも知れないけど………。
「面倒見がいいと言っても、これじゃあね…」
「ん、なんか言ったか?」
「にゃ、何も」
いくらなんでも寝るときまで上半身裸、というのにはいささか抵抗があったので、部屋干し中だった出雲くんのTシャツを拝借したのだ。
なんでぼくが他人の生乾きの服を着なきゃならないんだ。
――――いや、ぼくの都合なんだけどさ。
「僕だってPTOを考えてだな、今日はおにーさんの不快なシャツを着て寝るんだぜ。少しの湿気くらい我慢しろっての」
「ふ、不快って・・・」
ちょとショック。結構気合入れてお気に入りのシャツで来たつもりだったのに。いや、出雲くんのことだから確信犯だろう。
「明日は早いんだろ、もう寝るぞ。見た目はボロいが、なかなか寝心地はいいベッドだぜ」
「珍しいね、きみが自分の領域を他人に譲るなんて」
「まさか」 出雲くんは言う。「僕もベッドで寝るに決まってんだろ。半分こだ、半分こ」
「……………」
出雲くん、引退した後もやっぱり男のままで居続けるのかな・・・
「いず」「ぎゃはは!照れてんのか、おにーさん!かわいいとこあんじゃねーか」
「ぼくは、ゆ」「おにーさんも長旅やら狐さん騒動で疲れてんだろ、床なんかで寝たら疲れ取れねえぜ」
「でも出雲く」「何度も言うが、僕は男だぜ?おにーさんもしつこい奴だなぁ」
「だけど」「それ以上口答えするようなら永遠の眠りを与えてやる」
「ぼくは今日、情報やら食事やら、出雲くんから搾取してばかりだ。その上出雲くんの寝床をも・・・」
……………
……………
戯言使い、痛恨のミス。こ、殺される……
「お言葉に甘えさせて戴きます」
「ぎゃはは、そーこなくっちゃな」
それからぼくらがしたのは、物語には何の関係もない、当たり障りのない、会話。出雲くんの個性的すぎるギャグのルーツを聞き、ぼくの凡庸な戯言のルーツを話し。
――――つかの間の休息。
「お…っと、どーやら無駄話に熱が入りすぎちまったみてーだな」
気づけば夜の10時を過ぎていた。
「そうだね、明日も早いし」
「じゃ、また睡眠を取るとするか…最近暇で暇でね。僕、エイトデイズアウィークて寝てるんだよ」
「その割に背は伸びてないんだね」
「はっ、随分じゃねえの。そんな口、狐さんとのパーティーの後でも聞けるものなのかね」
「さあね。でもまあ、こんなぼくとでもまた会いたくなったら、いつでもデートに誘ってくれよ」
「ぎゃはは、やっぱ、おにーさんは只者じゃねえや。祭りの後でも平気で戯言吐けるってんなら」
出雲くんは言う。
「今度こそちゅーしてやるよ」
出雲くんお得意のジョークに決まっている。そんなことわかっていたはずなのに、あのときのぼくは―――いったい。
「その台詞――」
いったい何を求めていたのか。
何度思い出しても、理解することはできない。
「随分と前からお気に入りみたいだね」