「師匠、今日が何の日だかわかるですかー?」  
部屋に入ってくるや否や、姫ちゃんがイキナリ質問してきた。  
「ヤセル・アラファトがパレスチナ解放機構議長に任命された日?」  
「違うデスよー、そんなマニアックな日じゃなくてもっと基本的な日です!」  
「大岡越前の日?それともジュディ・オングの日?」  
「むぅ、師匠ー、分かってて化けてるですね」  
バレタか。ちなみに訂正しとくとボケてる、ね。  
「そんな訳でししょー、ちょっと目を潰してもらいたいのです」  
「……?」  
瞑って、なんだろうなぁ。  
とりあえず言われたとおりにぼくは目を瞑る。  
当然ながら何も見えず、そして何も聞こえない。  
「姫ちゃん?」  
「……」  
暗闇に向かって声をかけるが返事が無い。  
ほんのさっきまでそこに居たのだから、返事が出来ないってことはないだろう。  
何か驚かそうって魂胆だな。小ざかしい手を。  
浅はかなところが姫ちゃんらしいと言えば姫ちゃんらしいけど、大人しく引っかかった不利をして──むにゃ  
「目を開けてもいいですよ、師匠」  
妙な感触があってから、姫ちゃんの声が聞こえてきた。  
ぼくはゆっくりと目を開けて、状況を確認する。  
「……えと」  
確かぼくは自分の家に居たはずだ。  
あのおんぼろアパートに。  
なのに今居る場所は何処か見知らぬ土手だった。  
「空間製作?」  
「そんな感じですぅ」  
次に気がついたのはぼくは何故か仮面をつけていることだ。  
「これは?」  
「師匠はそれを付けないと駄目なんですよ。じゃないと連れ出されちゃうです!」  
仮面、それともお面なのか、まぁ縁日で良くある安物だろう。  
口元をなぞって見ると、口の部分は開いているために  
狐さんの仮面じゃないことだけは確認できたが、何の仮面なのかは分からなかった。  
「ねえ姫ちゃ──  
 
振り返ると今まで居たはずの姫ちゃんの姿はもうなかった。  
代わりに、遠い昔に見覚えのある少女が、意思に腰掛けて悩んでいた。  
 
ぼくは髪のきれいな少女に声をかけた。  
「ねぇ、君は──」  
「どうしても上手くいかないんです、どんなに策を積み重ねても、  
どんなに策を積み上げても、あの人に崩されてしまいます」  
少女は僕に気がついていないのか、そんな独り言をつぶやいていた。  
……電波系って奴か。  
経験上、余り関係を持ちたくないけど、こう言うのに限って縁があるんだよなぁ。  
などと、自分のことを棚にあげつつもその場を通り過ぎる。  
通り過ぎて川を渡ろうと思ったとき、何かに引っ張られた。  
「うおっと」  
イキナリズボンの裾を引っ張られたため姿勢を崩したが、  
体を捻って両手を先に地面につけて直撃だけは避ける。  
むにゅ、っとまた不思議な感触が唇に。  
さっきと似てるようでちょっと弾力が違う……  
目を開けると、先ほどの少女を押し倒す形になった。  
否、押し倒していた。  
しかも口と口とがぶつかる最こ、最悪の形で。  
暖かくて、気持ちがいい、じゃっ、じゃなくって  
「ご、ごめん」  
慌てて顔を離して謝る。  
「い、いきなり何をするんですか!」  
ぼくは姫ちゃんの忠告を忘れて、仮面を外してしまう。  
そうすることでぼくは大事なことを思い出す、大切なことを思い出した。  
目の前にいる少女は、既に死んでいるはずだ。  
じゃあ何で生きてる?  
「あーあ、外しちゃったですか、それ」  
後ろから声がする。  
その声は間違いなく姫ちゃんの声だし、  
そこに立っているのは紛れも無く姫ちゃんだ。  
だけど、彼女もまた、もうこの世には居ないはず。  
「ちょっと早いけどお別れです」  
「姫ちゃん?」  
「本当はこの後、色々とお話しようと思ってたですが、残念です」  
姫ちゃんがくいっ、っと指を曲げる。  
ただそれだけの動作で、ヒュンッ、と言う音がするだけで黒髪の少女が分断される。  
まるであの日の出来事を、そのまま再生したように、彼女は輪切りにされる。  
あたり一面に咲き乱れる花が少女の血で真っ赤に染まる、赤い花も更に赤く、紅く染まっていく。  
「ほんと師匠は約束を守らないですね、仕方ない人です」  
今度は指だけじゃなく、腕を上げ、そして降ろした。  
見えない糸がヒュンッ、っと音を立ててぼくは反射的に身構えてしまう。  
斬刀と等しいくらいの絶対的な切れ味を誇る極限糸、  
それに対して身構えたところで何の意味も無いことは分かっている。だけど、反射ばかりはどうにもならない。  
糸はぼくの肌を裂き、肉を切る。  
 
そしてヒュパッ、ドスン、っと何かが切れ落ちる音が聞こえる。  
「え?」  
振り返るとそこに居たのは見ず知らずのサラリーマン風の男性、だった物が一つ。  
いや、いくつものパーツに分割されているから一つではないが。  
「さぁ師匠、師匠が行くべきところに戻るのです」  
「ひ、姫ちゃんも一緒に戻ろう」  
「駄目ですよ、姫にはやらなきゃいけないことがあるんです。  
だから、師匠、ここは──」  
駄目だ姫ちゃん、それを言ってはいけない、その言葉だけは  
「ここは姫ちゃんに任せて、後に戻ってください!」  
「……分かったよ、姫ちゃん」  
ぼくはもと来た方向へ、姫ちゃんの横を通り過ぎて、ポツンと立っている扉へと走る。  
後ろで抗議の声が聞こえるけど、姫ちゃんなら大丈夫だろう。  
時折流れ糸が足元の花を薙がれたりするけど気にしない。  
兎に角走った。わき目も振らず一心不乱に走り、扉にたどり着く。  
そして扉をこじ開けてふたたび走る。  
延々と続く回廊を、何処が上か下か、時間が分からなくなるくらいに走る。走る走る歩く走る走る。  
そして出口らしきものを通り抜けると今度は視界が光に遮られる。  
「うおっ!まぶしっ!」  
 
 
 
目が覚めるとそこはみなれた病室だった。  
らぶみさんの話によればトラックに跳ねられそうになった所を運よく通りかかった絵本さんの乗用車に跳ねられたそうだ。  
「ご、ごめんね、いっくん。いっくんが跳ねられそうだったから、つい私も」  
故意じゃねえか、おい。  
っと突っ込まずに、絵本さんを許すことにした。  
即死の重症を瀕死の重傷にしたのが彼女なら、それをまた治療したのが彼女だから怒るわけには行かない。  
結果的には助かったのだから、結果良ければ全てよし。  
誰も死んでない、ぼくだけが傷ついたのだから何も問題はない。  
病室にはたくさんの花が届けられている。  
菊に百合に椿にシクラメン、それから鉢植えのサボテンや花環まで色とりどりなラインナップ。  
ぼくが如何に多種多様な人に愛されているから分かる数少ない一面だ。  
「いーちゃん、大丈夫?」  
「ああ、大丈夫だよ、友」  
心配そうに友が覗きこんでくる。  
「友、2月3日は何の日だか分かる?」  
夢で姫ちゃんに聞かれた質問を、友に聞いてみた。  
「んー、オーソドックスに行くなら節分だね。  
豆まいたりお菓子撒いたり魚を飾ったりして遊ぶ日」  
「ふむ」  
「いーちゃんって節分の由来って知ってる?」  
「えっと、季節の分かれ目だっけ。春と冬の」  
「そう、じゃぁ冬と春が何の季節の象徴って分かる?」  
「何のって、そりゃ」  
「うん、死せる季節と生ける季節だね。節分はその狭間に当たるって言われてて、コレと良く似た場所があるよね」  
「……」  
「いーちゃんはきっとそこに行ってきたんだよ。所謂臨死体験って奴?ふゅー、さすがいーちゃん、僕様ちゃんができないことをやってのけるっ!」  
友はぼくに馬乗りになって楽しそうに話す。  
「そっか、それじゃ勿体無いことしちゃったな」  
正直なところ、子荻ちゃんとはまた話し会いたかった。  
素直なところ、姫ちゃんとまたふざけ会いたかった。  
だけど、一番会いたかった彼女には合えなかった。  
生まれて直ぐに分かれ、ぼくを本名で呼んだ彼女に。  
「いーちゃん、どうしたの」  
「どうもしないよ、友」  
ぼくは青い髪の少女をギュっと抱き寄せる。  
「いーちゃん?」  
「友、愛してる」  
「僕様ちゃんもだよ、いーちゃん」  
 
The nightmare is continued.  
 

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