僕は浮わついた気分のまま、足取り軽く家に帰ってきた。あぁ、幸せだ。もし帰宅途中で八九寺を見つけたら間違いなく抱きついていただろう。
そのままベッドに倒れ込む。今日はもうお腹一杯だ…このまま寝てしまおうか。そんなことを考えながら、ベッドで寝返りを打つと、部屋のドアがいきなり開いた。
そこにいたのは―――金髪にヘルメットという姿の女の子、忍野忍だった。
朝から姿が見えなかったが…何処に行っていたのだろう。首だけ動かして忍を目で追ってみる。
忍は右手にミスタードーナツの箱を持ち、左手に―――僕の財布を持っていた。
こいつ…僕の金でドーナツ買って来たのか…。忍野の奴、一体どんな教育してやがる…。
忍は床に座ると、箱を開けてドーナツを食べ始めた。何だか今日は人が食べている所ばかり見ている気がする。
でも、今日はもう甘い物は要らないから、放って置くことにしよう。僕の財布を持ち出したことも不問に処すことにした。そのくらい今の僕は幸福だ。
そう思って目を瞑り、うとうとしていると、横っ腹をぽんぽんと叩かれた。
目を開けてみると―――目の前に忍がいた。とは言っても忍は体を反対側に向けているので表情は窺えない。
一体何かと思い身体を起こしてみると、ベッドの上に袋が置いてある。
何だ?これを僕にくれるってことか?
袋を開けてみる。
「あ…」
中にはミスタードーナツのダブルチョコレートが一つ。
「忍…これ」
そうだ、今日はバレンタインデー。女の子が好きな男の子にチョコレートをプレゼントする日。そして、忍もれっきとした女の子なのだった。
それでも、忍が僕にくれるなんて―――考えてもいなかった。
ほとんどの力を失い、定期的に僕の血を吸わないと消えてしまう。忍がそんな状態になってしまったのは、僕が原因なのに。この、加害者の…僕に。
僕はベッドから降り、忍の横に腰掛けた。忍はまだドーナツを黙々と食べている。
「忍、ありがとう」
僕がそう呟くと、忍はちらりと僕を見たが、すぐにそっぽを向いた。
ドーナツを一口食べる。戦場ヶ原から貰ったチョコレートと同じくらい、甘かった。
後日談というか、今回のオチ。
忍と二人並んでドーナツを食べていると、ジャージ姿の神原駿河が家にやって来た。
「阿良々木先輩、実は『チョコレートを身体に塗ってそれを阿良々木先輩に味わって頂こう大作戦』を企画していたのだが、
チョコレートが固まるとボロボロ剥がれてしまってな。
誠に申し訳ないが急遽阿良々木先輩のお宅の台所をお借りして実行することにしたのだ。
なに、心配は無用だ。ちゃんと阿良々木先輩の好みに合わせて、ジャージの下には既にスク水を着用している。
では早速始めようか―――」
その後、そう言って脱ぎ始めた神原を必死に止めようとした所を妹達に見つかって大騒ぎになった。
妹達には殴られるわ、忍には睨まれるわ、母親には泣かれるわで、寿命が縮む思いだった。
これは、まぁ、苦い思い出だ。