「はい、どうぞ」
戦場ヶ原ひたぎが、差し出して来たのは、コップ一杯に入った黒い液体だった。
「…なんだ、これは」
「チョコレートよ、阿良々木君。見れば分かるでしょう」
「これは、完成形なのか…?ただ溶かしただけだろ…」
横着過ぎる。うちの二人の妹だってもう少しまともな物をくれたというのに…。
「失敗しちゃったのよ。幾らなんでも阿良々木君に失敗作を食べさせるわけにもいかないし。それも良いかな、とは思ったんだけれど」
「お前は僕を何だと思ってるんだ…」
まぁ、よくよく考えれば、戦場ヶ原からチョコレートを貰えるってだけでも有難いことだよな。
それに、ホットチョコレートならば味もそんなに悪くはないだろう。
…唐辛子とか入ってなければいいが。
「いただきます」
僕はそう言うと、コップの中の液体を一気に飲み干した。口の中に温かさと共に甘みが広が…らない?
「にがー!」
無茶苦茶苦かった。苦いという字がゲシュタルト崩壊するくらいの苦さだ。何だこれは?チョコレートじゃないのか?
「せ、戦場ヶ原さん…これは一体何ですか?」
「阿良々木君、ついに脳味噌まで腐ったの?チョコレートだってさっき言ったじゃない」
「僕は脳味噌以外も腐っちゃいねーよ!大体、何でチョコレートがこんなに苦いんだよ!」
僕がそう叫ぶと、戦場ヶ原は腕を組んで考え込む様な仕草をした。わざとらしい演技だ…。
「使ったチョコレートが悪かったのかもね。一応市販されてた物を使ったのだけれど。『カカオ99%』っていう高級そうな…」
「99%どころか、100%それが原因だ!あんなもんでチョコレート作るな!」
あれはカレーに入れてくれ。頼むから。
余りの苦さに身悶えている僕を眺めつつ、戦場ヶ原は自分の鞄から何かを取り出した。
もしかして、今のは前振りでこれからちゃんとしたチョコレートが出てくるのか?戦場ヶ原ひたぎ、なんだかんだ言って抜け目ない。
戦場ヶ原が取り出したそれは、僕の予想通りチョコレートだった。彼女はそれを徐に手に取ると―――自分で食べ始めた。
「ちょっと待て!それは僕にくれるんじゃないのか!?」
「阿良々木君のはあれで終りよ…こっちは、自分用に作った分。自分用のはちゃんと作れて良かったわ」
「血も涙も無い女だなお前は!」
そんなやり取りをしてるうちに、最期の一つまでが戦場ヶ原の口に放り込まれた。
「あぁ…最後の希望が…。口の中が苦い…甘みが、甘みが欲しい…」
がっくりと項垂れる僕。戦場ヶ原は、黙々とチョコを咀嚼している。
こいつ、確かに抜け目ない…僕をいたぶる事に関しては。
何か恨み言の一つでも言ってやろうかと顔を上げると―――目の前に戦場ヶ原の顔があった。
………キスされた。それと同時に、口の中に甘みが広がる。
戦場ヶ原が食べていたチョコレート。苦い味覚に慣らされていた分、その甘みは格別で。
戦場ヶ原は僕から唇を離すと、言った。
「ほら、甘いでしょう?」
―――あぁ、やっぱりこいつには敵わない。戦場ヶ原ひたぎ、本当に抜け目無く、僕の心を鷲掴みにしてくれる。