「下りろ」  
 西東天は相変わらず有無を言わせず是非も正さず合否の判断も取らない口調で  
高速道路を飛ばすポルシェの助手席に座る匂宮理澄にそう言った。  
「な――狐さん何言ってるんだね、車は動いてるんだねっ」  
冗談だと信じたいけれど吹っ切れない、実に複雑な顔をしながら理澄は言う。  
「『動いている』、ふん。依頼一つまともにこなせないお前が契約を破棄されても  
仕方ないだろう。俺とお前は契約がなければ無いできっぱりさっぱり縁のない他人だ。  
下りろ」  
「そ、そんな…」  
 理澄がちらりと見ると、アスファルトの細かい凹凸や白線が後ろの方へすっ飛んでいく。  
マッハくらい出ているかもしれない。ここに身を投げると考えただけで血の気が引く。  
おいしいことに、言い出した人間はそういうことを本当に実行する人間ときた。  
「待つんだね狐さん、こ、この依頼はさっき言った集団からややこしいちょっかいを受けてだね」  
「人のせいか」  
「あう」  
駄目だ、聞く耳を持ってない。  
とはいえ、ここで引き下がればアスファルトへ特攻をかけなければならないだろう。理澄は目が潤んでくるのを自覚した。  
 
「ほ、本気で私と狐さんが赤の他人なんて言うんだね?」  
 涙につられて普段自覚していなかった気持ちがふつふつと湧いてくる。  
いつもいつもこんな扱い。理不尽だ。不条理だ。  
「そ、それじゃあ私がすごく有能だったらどうするんだね?」  
「『有能』、ふん。つい今しがた否定されたのを忘れたか」  
 理澄の中で何かが二回転して切れた。  
「じゃ、じゃあ私がどれだけ傍においておいてお徳な名探偵かってことを、  
教えてあげるんだねっ!」  
 そう宣言すると、理澄は何を思ったかいきなり運転している西東の方に体を倒してきた。  
思いっきりハンドルを支える腕にぶつかって、タイヤが高い音をたて、車体が左右にふらつく。  
「このっ――」  
 とっさにハンドルをきってなんとか持ち直すが、これが混雑時であったらと思うと恐ろしい。  
西東が何か言おうとして、太ももを枕のようにしている理澄を見下ろす。  
そのままで一秒。  
「何をしている?」  
 理澄は、唯一自由な口で、着物のあわせ目をくわえていた。  
彼女は前をくつろげるのに必死というように、顔も上げずに返事をする。  
「気…んしょ、持ちよくして、あげるんだね。…ん、狐さんはそこで黙ってる見てるんだね!」  
 彼女にしては珍しく厳しい声を出したのかもしれない。  
が、それは不自然な体勢で上手く呼吸が出来ないため、まったく迫力をもたなかった。  
理澄的には、相手にはここでジョナサンばりに反応して欲しかったが、  
頭上から降ってきたのは冷静な声だった。  
「いや、無理しなくていい」  
 
「ふ!?はに言ふんだね、…はっ、はぁ。  
狐さん、据え膳になんでそんな及び腰なんだね!」  
「ふん、『何するだぁー』とでも言って欲しかったか?  
そんなものどこで覚えてきたのか知らないが、俺にはきかんぞ」  
「……な、慣れてるから?狐さん」  
「いや、下手そう」  
 理澄は顔を真っ赤に染めて、絶句した。  
悔しそうに唇をもごもご動かして、ヤケになったのかキレたのか知らないが、  
両足の付け根に覆い被さって舌も使って布地を探っていく。  
西東は止めもしないかわりに、協力もしなかった。  
突然進路をかえた以外はハンドルさばきに変化もなく、時々詰まらなそうに理澄の動きを傍観している。  
 理澄はやりにくそうにしながらも器用に動き、歯で引っ張って下着の隙間に舌を這わせた。  
「……っ……ぅん…、はっ」  
 苦しい体勢で舌を酷使する。  
少し酸素も足りない。  
ようやく目的のものをくわえて、下着から引っ張り出したときは、理澄は会心の笑みを浮かべていた。  
「ふふふ…、ひまにひてふんはねっ!ひふねふん!」  
「何を言っている」  
西東の呆れた声も気にせず、彼女はまだ勃っていないそれを上下の唇で優しくもむ。  
下から上とマッサージし、亀頭に届くと、口の中に迎え入れる。  
「…ん、ふ…」  
裏スジを舌先でたどりながら竿を吸うと、だんだんと硬くなってきた。  
理澄は勝利を確信し、西東のモノを口から外して満面に笑顔をうかべた。  
「えへへ、どんなもんだね狐さん!」  
「もう終わりか?」  
「まさか、まだまだこれからだね!えへへ、いかに有能かってことをじっくり教えてあげるんだね…」  
意外にねちっこいことを言いながら、理澄は再び顔を伏せた。  
 
狐面の下で西東が含み笑ったのを、彼女は聞き逃す。  
ふだんの犬食いの技術の応用か、彼女の舌は自由に動いた。内側の頬に何度も先が当たる。  
そろそろ全てをくわえきれない大きさにまでなってきた。  
 水の音に、騒音が混ざる。  
車の走行する音と――喧騒。  
理澄はとっさに西東の股から離れ、顔をあげた。  
おりしも、車が赤信号で止まったときだった。  
「ぷはっ、は、はっ、はぅ……っ」  
いつの間にか車は高速から市街へと移動していた。  
すぐそばに歩道があり、何人かの通行人がぽかんとして見ている。  
ただでさえ目立つポルシェの、その仲の二人を見ている。  
「な、あ。な、ななな」  
「どうした。ご奉仕とやらは終わりか?」  
西東が涼しい声で催促をする。  
いくらまるだしと言っても、西東の顔は面で隠れている。  
理澄の顔を隠すのは眼鏡しかなく、さっきまでの奉仕のせいで外れかかっていた。  
大多数の視線から逃れるように、理澄は顔を伏せる。  
すぐそばにはまだ勃ちあがったままの西東の股間があるわけで――  
「ひ、酷い、狐さんは外道なんだね、最悪なんだねっ!」  
「ふん、『酷い』。最初に仕掛けたのはお前だろうが」  
「ううう、だ、第一、なんでこんなに大きくしてるんだね……外に出してるだけで注目されるんだね……」  
「じゃあ隠してくれよ」  
理澄は目を閉じて一気にくわえこむ。周囲から歓声が上がった気がした。  
恥ずかしくて顔を上げられない。  
意地が悪い狐さんのことだから、きっと捕まるまでこのまま町の中を走る気だ、  
と脳内で判断した理澄は、とにかく終らせてしまおうと竿をしごく。  
昼日中のこと、だいたい何の行為をしているか一目瞭然だろうが……隠せるものなら隠したい。  
隣の車線からは前髪が、歩道からは自らのマントがうまく目隠しになってくれるだろう。  
「はぐっ、ふむう、あぐっ……はぁっ」  
「なんか足りねぇなあ……」  
泣きそうになりながら舌でなぞり、吸っていると、西東がつぶやいた。  
 
それからいきなり理澄のマントを持ち上げる。  
「見てもらってる皆さんにもサービスしてやれよ」  
「っ!!」  
理澄の太ももに風が当たる。西東は片手でマントをよけて拘束衣をずりあげるという荒業に出た。  
止めようにも両手は拘束されたまま、体を離して手を振りほどいたとしても今度は自分の顔が晒されてしまう。  
二者択一だ。  
「はぅっ……」  
西東の指が下着の上から穴を探すように動いた。そして布を持ち上げ、中に侵入しようとする。  
「ぷはっ、……や、やぁっ!それは嫌なんだね狐さん!」  
「『嫌』、ふん。ならどうしたいんだ。ああ、青信号だな」  
「きゃんっ」  
車が加速する。  
しばらく走り、もう平気と思ったのか理澄はようやく体を起こした。しょげている。  
「で、何の話だっけな」  
「……ご、ごめんなさいだね狐さん……意地を張ったけど、狐さんに捨てられるだけの失敗をしでかしたのは本当なんだね……」  
マントに包まれた肩ががっくりと落ちている。  
「これから一緒に居られなくても、仕方ないんだね…」  
「『仕方ない』、ふん」  
気まずい沈黙が降りた。泣かないようにか、理澄は顔を肩でこすった。  
「……一人の失敗ならその一人の縁を切るだろうな。だけどよ、お前は一人で二人の匂宮だろうが。一人分の失敗をうけて、それで、どうするんだ?一つの失敗には一つ成功をもってこい。それでプロだろうが。まあ、そんなに俺と他人になりてぇなら止めねえが」  
 理澄はじっと西東の面を見つめる。それから、ゆっくりうなずいた。  
「次の仕事は、二倍……ううん、四倍の成果を出すんだねっ」  
「『四倍』、ふん。まあしばらくは頼めることもねえから、俺の敵でも探してきてくれや。さしあたって」  
「うん?」  
「これをどうにかしてほしいんだが」  
 理澄が視線を下げると、まだ出したままだった。  
理澄はくしゃっと顔をゆがめて「ごめんなんだね」といって笑った。  
 
*  
 
「いっきー遅かったね」  
戯言使いのアパートでは、春日井春日が部屋の主さながらにくつろいでいた。  
「どうも街中でAVの撮影があったらしく、交差点が人ごみで歩けないほどになりまして」  
「へえー変態ってどこにでも居るんだね」  
「ほんとにね。僕の部屋にもいますしね」  
「裸エプロンのどこがそんなに気に入らないのかお姉さんとっても不思議だよいっきー」  
「尻を向けるな尻を!」  
 
見せる側が恥ずかしいのか、見る側が恥ずかしいのかわからなくなった日だった。  
 
 
 

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