「えーと、あのさ、俺これから着替えるから、話はあとでいい?」  
 
キョウが、彼にしては珍しく、照れながら言った。  
それに対して彼女、ミサキ・シズノは、小さく首を揺らして彼の言葉を遮った。  
 
「いいえ、今が良いのよ、キョウ」  
 
そこは水泳部部室兼男子更衣室。キョウが一人で残り、部活動後の着替えをしていたところに、一人の少女が入ってきた。  
制服姿の彼女は、同年代の男性の着替えを見ても動じない。  
彼はシャワーを浴び、腰にバスタオルを巻いただけの半裸姿だというのに。  
 
シズノがキョウの傍まで近寄ってきた。手を伸ばせば触れ合えるくらいの距離。  
キョウは、普段ならば自分の半裸を見られたぐらいで臆するような性格ではない。  
往来で水着姿になることすらあるくらい、周りの目などは気にしない質だった。  
だが、今は違う。キョウは緊張している。自分が半裸だから、ではない。  
目の前の少女、ミサキ・シズノから、ただならぬ雰囲気を感じていたからだ。  
 
一言で言えば、艶気。  
キョウがシズノから感じるのは、男を求める女の匂いだった。  
 
色恋沙汰よりも水泳に夢中な男子高校生であるキョウは、生身の女性との性行為は経験がない。  
だから、シズノがさらに一歩こちらへ歩み、彼女の発情した女の匂いを間近で感じることの出来る距離まで近付いたとき、キョウはすでに彼女に飲まれていた。  
彼女の目はキョウの目を捕らえたまま。キョウも彼女の視線から顔を背けることが出来ない。その瞳に魅入られた、とはまさにこのような状態なのだろう。  
思わず、ごくりと唾を飲む。  
 
「なぁ、なんか、へんだぜ、今日のシズノ先輩・・・」  
 
自分の動揺を隠すように、そして彼女を牽制するように、キョウは話しかけた。  
 
「出撃しろってんなら、するからさ、だから、その」  
 
キョウの言葉を少しも聞かずに、ついに、とうとう、シズノの手がキョウの肌に触れた。  
長時間水に浸りすぎてひんやりと冷たいキョウの肌に、思いのほか熱い体温が触れる。  
彼がその温度差にぞくりと肌を震わせる瞬間、シズノはふわりと、その胸に飛び込んできた。  
 
「えっ! ちょっ!」  
 
驚き慌てるキョウの胸に身体を預け、彼の背中に両手をまわす。  
 
「やっぱ変だよ! ありえねーっ!! どうしちまったんだよ、シズノ先輩!!」  
 
キョウが、自分の理性に鞭を入れるように叫ぶ。いまだ自分から目を離さないシズノの視線から逃げるように目をつむった。  
そして、彼女からの答えがないまま、キョウがうっすらと目を開けると、シズノは自分から目を逸らしていなかった。  
まるで涙のように潤み、熱を持った瞳が、ずっと彼を見つめている。  
再び二人の目があったとき、ようやくシズノはキョウの問いに答えた。  
 
「おんなはね、あんまり寂しすぎると、こうなるの。  
 愛しい人が傍にいて、それでも交わることが出来ない、そんな寂しさに耐えられなくなると、こうなっちゃうの」  
 
(むちゃくちゃだ!)  
キョウは、今のシズノが、論理的に説得できないことを悟った。  
そして、キョウの背中に回されたシズノの両手が上向きに這い上がり、肩を強く引き寄せる。  
不意に込められた力にキョウが抵抗できないまま、うつむくように首を下げたとき、それをシズノの唇が迎え撃った。  
(!?)  
唇と唇を合わせるだけの、恋人同士のキスをわずかに済ませ、シズノはすぐに舌を送り込み、性愛のキスに切り替えてきた。  
キョウの肩を這い、首、髪を撫で回すシズノの手は、驚いて逃げようとするキョウの動きを許さない。  
そして彼の唇をシズノの舌が割り裂いて、ぬるりと口の中に進入する。  
ちゅぷ、くちゅ、  
唇の激しい動きに伴ってシズノの頭を揺らす。押しつけられた唇が、頭の動きによってわずかに隙間を見せるとき、湿った音が漏れる。  
シズノの舌がキョウの口腔内を這い回り、舌に絡まり、唾液を送り込む。  
抱擁から逃れるべく彼女の身体を押し返そうと添えられたキョウの両手は、とまどいのために力が入らないでいた。  
そしてシズノのキスにより送り込まれた唾液を呑み込んだとき、完全に抵抗を止めた。  
(く、こんなにされたら、俺だって我慢できねぇ。ええい、なるようになれ、だ!)  
ふ、とキョウの頭の奥に、僅か一瞬、女の顔が浮かぶ。  
それが誰なのか分からないまま、キョウもシズノのキスに応え始めた。  
 
「ん、んふう・・・ちゅ、ちゅう」  
 
口を塞がれたまま、鼻に掛かる息をもらして、シズノはキョウの動きに喜んだ。  
お互いがお互いの舌を吸い合い、ちゅう、ちゅう、と水音が漏れる。限界まで押しつけられた唇はまるで一つに溶け合うかのようだった。  
そして、防戦一方だったキョウの舌がシズノの舌に絡みながら押し返し、彼女の口腔内へ入り込む。  
シズノはキョウの舌を歓迎し、送り込まれた唾液を飲み干した。  
 
ようやく唇を離し、キョウがキスの間閉じていた瞳をあけたとき、彼の瞳には、先程までの瞳の潤みを涙として流しているシズノが映った。  
 
「・・・嬉しい、キョウ」  
 
そうやって涙を流しながら微笑むシズノを見たとき、キョウは、先程頭に浮かんだ女の顔と、わずかに重なるような気がした。  
しかし、それが確信に至らない自分の記憶の曖昧さに内心歯がみしながらも、彼はその目の前の、涙を流す年上の女性を、強く抱きしめた。  
 
「キョウ・・・ああ、キョウ・・・」  
 
嬉しそうに自分の名を呼ぶシズノを抱きしめながら、キョウは、彼女が年上ではなくて、自分に甘える儚い少女のような錯覚にとらわれた。  
だがキョウは、その錯覚を否定しなかった。  
なぜか、ひどく懐かしい気がしたからだ。  
 
 
%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%  
 
 
「あれリョーコ、まーたソゴル待ってんの?」  
 
校門の脇にもたれ掛かり、退屈そうに靴で足下の石ころを弄り回していた少女に、もう一人の少女が声をかける。  
 
「あー、うん、まぁね」  
 
声をかけられた少女、カミナギ・リョーコは、帰宅間際の親友に向かって、気のない返事を返す。  
 
「そんなトコで待ってないで、プールまで迎えに行けばいいじゃん」  
 
彼女の言うことはもっともだ。自分は、水泳部でがんばっているソゴル・キョウという幼馴染みといっしょに帰ろうとしているのだ。  
全校的にクラブ活動が終わってしばらく経つ今、ここで待っているよりも彼女の言うとおりにプールまで行った方が良いのかもしれない。  
 
(でもなんか、わざわざ迎えに行ってまでいっしょに帰るっての、すごく不自然だし)  
 
だからといって、ずっと校門で待っているというのも、端から見れば不自然だ。  
しかしそれは今まで続けてきたパターンだから、それを今更崩すのも何か変だ、と彼女は戸惑う。  
いや、彼といっしょに帰るという行為も、今まではこんなに意識せずに普通に行えた。  
ずっと校門で待っている時もあれば、心当たりのある場所へ迎えに行ったりもした。  
この戸惑いは、自分と彼の間に、何某かの変化があったからだということを、リョーコは自覚している。  
 
変化があったのだとしたら、あのときだ。  
幼馴染みとしてずっと彼の傍にいたリョーコが、初めて目の当たりにした、深い悩みを抱え込む姿。  
水泳部の親友達との確執に関しては、彼が悩む理由もすべて分かっていた。だから励ましたり、諫めたりも出来た。  
しかし、先日のキョウが落ち込む理由は、今でも分からない。  
本人はなんでもないように振る舞おうとしていたが、そんなことで彼女は誤魔化されなかった。  
誤魔化されなかったが、理由が分からない、彼女にとっては一番厄介な状態だった。  
そして彼を励まそうとして連れだした水族館。  
そこで、リョーコは、キョウに求められた。  
 
しかし、リョーコは彼に応えなかった。  
リョーコには、彼が抱えた悩みから逃げるために自分を求めている、そう感じられた。  
悩みを打ち明けるわけでもなく、ただ逃避の為にリョーコを求めたキョウに、悔しさと悲しさを覚えた。  
 
そんな、彼を拒絶したリョーコだったが、それでもキョウは彼女のことを想っていた。  
自分がしてしまった間違いに気が付いて、謝りのメールを送ってきた。  
それは短い文面だったが、リョーコには、キョウが自分に、本当に心を開いてくれるきっかけのように思えて嬉しかったのだ。  
 
だからリョーコは、今まで通りキョウと接しよう、と思った。  
彼のことについて先輩のミサキ・シズノに相談したとき。そこで彼女から尋ねられた問い、  
『私はキョウちゃんのことをどう思っているのか?』への答えは、今は考えないようにしよう、と思った。  
彼女は、変化よりも平穏がもたらす安寧を選んだのだ。  
 
「どしたの?」  
 
急に黙り込んでしまったリョーコを心配して、親友が顔をのぞき込む。それで我に返ったリョーコは、なんでもない、と誤魔化した後、  
別れの挨拶をしてその場から離れた。居づらくなってしまったこともあるが、それならそのついでと自分に理由をつけて、キョウを迎えにプールに向かうことにしたのだ。  
 
 
%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%  
 
 
「キョウちゃん、ホント遅いなぁ。なにやってんだろ?」  
 
リョーコがプールに向かうと、そこは無人だった。プールを使った形跡があるから、部活をサボったわけではない。  
プールの傍にある更衣室のあかりがついているから、帰る準備をしているのだろう。  
さすがに、女の子が男子更衣室の真ん前で待っているのには照れがあるので、少し離れたところで待つことにした。  
 
だが、いつまでたってもキョウが出てこない。  
痺れを切らしたリョーコは、更衣室の中の少年に声をかけるべく、そこに近付いていった。  
 
ほんの僅かな、湿った音。  
小さく漏れる少年の声。  
そして、熱い息と共に零れる、少女の声。  
 
リョーコは、更衣室入口まであと数歩と近付いたとき、説明不能の胸騒ぎを覚えて、息を呑む。  
キョウちゃん、遅いよ、と声をかけるはずだった彼女は、なぜか、今、声を出してはいけないような気がした。  
そっと、おそるおそる、更衣室のドアにたどり着く。  
中から音が漏れていた理由、ドアは完全に締まっておらず、わずかに隙間を作っていた。  
ざわつく胸を押さえて、そのドアの隙間から室内を覗く。  
そこでリョーコが見たものは、彼女がうっすらと予想していて、なおかつそうでないことを祈った、まさしくその光景だった。  
 
「シズノ先輩、それ、気持ち良いよ」  
 
立ったままロッカーにもたれ掛かった少年の、ちょうど腰の前に頭を寄せて跪く少女。  
少年に名前を呼ばれた少女は、ミサキ・シズノ。リョーコたちの先輩にあたり、校内でもトップの美人だ。  
その、男子だけでなく、多くの女子からも憧れの視線を向けられるシズノ先輩が、少年の股間に顔を埋め、彼の陰茎に唇と舌の奉仕をしていた。  
 
「ん、もう、『先輩』はやめてっていったでしょう、キョウ」  
 
そして、シズノが奉仕している少年、キョウに向かって、甘えるような声を出した。  
 
キョウ、ソゴル・キョウ。  
 
今まさに、リョーコの目の前で秘め事を演じているのは、美しい先輩と、幼なじみの少年だった。  
 
 
%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%  
 
 
シズノによる、キョウへの奉仕は、執拗で、淫靡だった。  
男の性器を捧げ持つように指を添え、舌を使って舐め、ねぶり、唇を使って吸い、キスを繰り返す。  
大きく口を開けて頬ばったかと思うと、深く呑み込んで口内粘膜で包み込み、擦りたてる。  
 
「ん、んふ、んちゅう、ちゅぷ、ちゅぱ、・・・はぁん、すごい、キョウのおちんぽ、おいしい・・・」  
じゅぷ、ちゅぷ、じゅぷ、  
 
唾液が泡立つ野卑な音をさせて、咥えたペニスを上下に吸いたてる。頬をへこませてペニスを吸いしゃぶるその顔は、淫らに蕩けた、実に嬉しそうな表情だ。  
キョウは、シズノの美しい顔が、自分のグロテスクな肉棒によって淫らに歪められる様を見て、背筋が震えるほどの卑猥さを感じた。  
 
そんな背徳感を含んだ後ろ暗い喜びを感じながら、キョウはシズノの喉奥へと熱い白濁を撃ち出した。  
びゅう、びゅうと勢いよく迸る、男の粘つく種汁を、シズノは忌避することなく、こく、こくりと嚥下する。  
その瞳は陶酔にも似た喜びの光にあふれていた。  
 
「・・・はぁ・・・おいしい、キョウの精液」  
 
男の精を残らず飲み干した彼女は、満足感を溜息に変えて恍惚とする。そんな彼女の髪を指で優しく梳いてやると、まるで猫のように目を細めて喜んだ。  
キョウは、いつものシズノとは違う、男に媚び甘える彼女を愛おしいと感じながら、けだるい射精の疲労感を味わっていた。  
 
 
%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%  
 
 
(・・・すごい、あれ、キョウちゃんが射精、したんだよね・・・。  
 シズノ先輩、キョウちゃんの精液を、全部、飲んじゃったの?)  
 
ごくり、と、リョーコが唾を飲み込む動作は、まるでシズノの行為を羨むように、シンクロしていた。  
先ほどから彼女は、腰が抜けて、尻餅をつくようにへたり込みながら、その光景を凝視している。  
 
リョーコは、あまりにも衝撃的な光景をまのあたりにして、激しく混乱していた。  
 
自分の良く知る幼なじみであるキョウが、大人っぽい魅力を持つ上級生のミサキ・シズノと淫らな行為をしている。  
それをやめさせたければ、この扉を勢いよく開けて、何をやってるんですか! とでも怒鳴り込めば済む。  
ただ単に見たくなければ、このまま気づかれないようにしてここを立ち去ればよい。あとは早く忘れてしまえばそれで済む。  
 
しかしリョーコは、そのどちらも出来なかった。  
シズノがキョウの肉竿を愛撫し、精飲するまでの間、それを呆然と覗き見ることしか出来なかった。  
 
(キョウちゃん、何でシズノ先輩と? わたしがあのとき嫌がったから?)  
 
リョーコは、水族館での出来事を思い出す。自分はキョウを拒んだ。  
今までは、彼のことは何でもわかっていたのに、今の彼の悩みはわからない。  
つらい悩みからの逃避のためだけに自分を求められ、それが悲しくて拒んだ。  
 
しかし、今、目の前で、彼が他の女を求めている光景を見てしまえば、考えも変わる。  
 
(いやだ! キョウちゃんをほかの女の人に渡すなんて!!)  
 
自分が覗き見る室内の光景から目をそらすように、ぎゅっと目を瞑る。  
 
(・・・そうだ。他の女の人に渡すくらいなら・・・)  
 
「カミナギさん、この間の質問の答え、・・・もう出たかしら?」  
 
不意に、リョーコの頭上から女の声。  
嫌味のような敵意のまったくない、優しい声。  
どきどきと早鐘を打つ心臓を抑えて、リョーコはゆっくりと目を開く。  
見上げる彼女の視線が、声の主を捕らえた。  
ミサキ・シズノ。  
彼女がいつのまにか、ドアを開け、リョーコの前に立っていた。  
 
「答えが出たのなら、今、自分がどうすべきか、判るわよね?」  
 
普段どおりの、声。自分の相談に乗ってくれたときの、優しい声。  
リョーコは、それがあまりにも普段どおりの声なものだから、かえって不安に思えた。  
自分にとって、ソゴル・キョウはどういった存在なのか。リョーコはあのとき、ただの幼なじみだと答えた。  
今、シズノの問いに、同じ答えを返すなら、この場を立ち去らなければならないだろう。  
 
こくり、とリョーコが頷き、シズノに応える。  
床にへたっていたリョーコに、シズノが立ち上がるための手を差し出す。  
しかしリョーコは、その助けを借りずに立ち上がった。  
 
そして彼女は、二人のいる部屋へと足を進めた。  
 
 
(つづく)  
 
 

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