「俺はいつか必ずお前をぶっ潰す」踏みつけられながらもキョウは叫んだ。           
シンはキョウの腹を蹴る事で返事をした後、再び指揮席へ飛び上がった。  
 
「あ…」  
先程受けたダメージから回復してないミナトは、再び目の前に現れたシンの姿に絶句した。  
「気ニ入ラナイ。光無キ者ナノニ、何モ出来ナイ癖ニ、何故戦ウ?」  
「さっきも言ったわ。生き残る為よ」  
恐怖に震える身体を押し殺してミナトは気丈に答える。  
「ソレガオカシイ。オ前達ハ生キ残ッテモ何モ生ミ出セナイ」  
そう言いながら、シンはミナトへ手を伸ばす。  
 
「イヤッ!」  
両手でシンの手を押さえようとしたミナトだったが、逆に両手首をシンの片手で捉えられた。  
「ソラ、コンナニモ弱イ」  
シンはからかうように言い、ミナトの両手を彼女の頭の上に持ってくる。  
そしてそのままミナトの上に覆い被さるようにして、顔を近づけた。  
「は、離しなさい!」  
ミナトは逃れようともがくが、両手が頭の上にガッシリと拘束されている上、  
指揮席とシンの間に挟まれたカタチになり、殆ど動けなかった。  
 
ギュン! と金属的な音がしてシンの自由な方の指先から細く長い爪が一本飛び出していた。  
「…あ」  
横目でそれを見たミナトは恐怖で震えた。その金属的な爪は、楽々と自分の喉咽を裂くだろう。  
「副指令!」  
ルーシェンが飛び上がって来たが、シンが振り向きざまに殴り飛ばした。  
ガシャーンと何かが床に叩きつけられる音だけがミナトには聞こえた。  
目の前の、血まみれのシンの顔がニタリと笑った。  
(こ、殺される…。でも、私は目を閉じたりしない!)  
キッとシンを睨みつけるミナト。そんなミナトの心を読んだようにシンの細い爪がミナトの頬をなぞる。  
 
「ヒッ!」  
身体が跳ね上がりそうになるのを、かろうじてこらえる。今動けば頬はザックリと切れるだろう。  
シンの爪は頬から喉咽元へと切れる寸前の角度でなぞって行く。そして…。  
「オ前ハ何モ生ミ出セナイ!」  
言い抜けざま、爪を閃かせた!  
緑色のリボンタイの残骸がハラリと宙を舞い、気を失ったルーシェンの上に落ちる。  
「っ!!」  
ミナトの服は、ベストもブラウスもスカートまでも真っ二つに裂けていた。  
申し訳程度に、ブラウスの袖とタイツが残っているだけだった。  
 
「な、何を…」  
「オ前血ガデテイル。デモコレ嘘」  
服を裂く時に傷ついたらしく、ミナトの胸の谷間にうっすらと紅い線が浮き出ていた。  
シンは顔を近づけ、舌を這わしその紅を舐め取った。  
「イ…イヤー!! 離しなさい!離せ!」  
今度こそ本気でミナトは暴れた。  
しかしシンは気にした風もなく、返って易々とミナトの太腿の間に身体を滑り込ませた。  
 
ここまで密着してしまうとルーシェンやキョウのように直接攻撃が出来ないAI達は、為す術がない。  
間接攻撃ではミナトまで傷付けてしまう怖れがあるからだ。  
 
「不思議。光無キ者モしんと同ジヨウダ」  
シンはミナトの乳房を掴み突起を舌先で舐めた。  
「いっ、いやー!止めて…」  
シンの口唇は突起を含み舌先で転がした後、吸い出した。  
「あっ…アッ!…」  
押し殺せずに上がった声にシンは不思議そうに顔を上げた。  
「光無キ者ナノニ感ジルナンテ変ナノ」  
「は…はなせ…」  
「オ前感ジテモ、何モ生ミ出サナイ。ダカラ感ジル、オ前変」  
シンはミナトの臍を舐めそのまま下がり、最も柔らかく熱い場所に舌を差し入れた。  
瞬間、ミナトの身体は反り返り、喉咽から悲鳴がほとばしる。  
「いっっっっっやーーーーーーー!!」  
ピチャ、ピチャと音がする度に、ビクン、ビクン!とミナトの身体が跳ね上がる。  
虚ろに見開かれた蒼い瞳から涙が零れた。  
「…い…いや……し…指令…」  
ミナトが指令に助けを求めた時、ハッとしたフォセッタがブリッジの外に在る実体に攻撃を掛け始めた。  
 
ガクっと、ミナトの両手を掴んでたシンの手が落ちる。  
「……」  
動物じみた仕草で首を巡らせたシンは犯人を見つけた。  
「オ前カ!」  
シンは指揮席から、フォセッタの前に飛び移りフォセッタを攻撃し、  
消えた。  
 
「…復元者は?」  
数分後、ミナトは起きあがり、残った服を掻き抱き指揮席に座り直した。  
「フォセッタが破壊されたため艦内の探査に時間がかかってます」  
「フォセッタ再インストール完了まで後1分です」  
「…そう、急いで頂戴…」  
ミナトは前方のスクリーンを見上げた。  
(私にはやらなければならない事がある。こんな事で泣くもんですか!)  
 
 
 
 
 
―― 司令室 ――  
 
『くたばれ、シン』  
スクリーンの中でクリスが吼えた。  
 
シマ指令は手を振り、スクリーンを消すように指示した。  
指令机を挟みシマとオケアノスの全AI達が集合していた。  
事実上の対策会議である。何故会議室で全員ではなく、  
シマ指令の自室かと言うとビミョーな問題が絡んでいるからだ。  
 
シマ指令は机の上に組んだ手で顔の下半分を覆ってた。  
「成程、私のミスだな。オケアノスを離れるべきでは無かった」  
アンチゼーガの一件後、事態は混迷している。  
後手後手に回ってる気がしてシマは焦燥感に駆られていた。  
「留守時の記録はこれで全てか?」  
シマの質問にディータがイエスと答えた。  
「了解した。対侵入者の件だが、オケアノスの外殻部の通路は各ブロック毎に  
 切り離せるようにしておけ。またブロック内を真空状態に出来るようにする事」  
その他、細かい点を口頭で指示するシマを見て、このままでは散会しかねないと思った  
レムレスが口を開いた。  
 
「指令。副指令の事ですが」  
「ああ…」  
シマは組んだ手に額を乗せ書類に視線を落とす。  
ミナトはシマを出迎え、ブリッジで引継ぎをした後、自室で寝込んでいた。  
「…ミナトには時間が必要だろう。しばらくは休養させるように」  
 
そーじゃないだろう! と、シマ以外の全員が思った。  
「オホン…、失礼ですが指令は誤解しておられます」  
シマは不思議そうに聞き返した。  
「誤解? ミナトは敵の攻撃を受けた。しかも心理攻撃に近いモノだ。  
 癒すには時間が必要だと思うが? ディーダ、データを」  
「ここ5時間に置けるミナト副指令の精神変動率はマイナス10、かなりの危険数値です」  
「この場合の数値は、時間だけでは解決されないモノです」  
急いでリチェルカが続ける。ここで指令をうまく乗せないと、副指令の復帰は  
無いかもしれないと全AI達は思っていた。  
だが甘かった。  
 
「成程。彼女には立ち直って貰わなければな」  
シマは伏せていた顔をレムレスを向けた。眼鏡越しの瞳が冷たく光る。  
「彼女に同情と幾らかの慰めを与えれば良いんだろう? 簡単な事じゃないか」  
「本当にお判りですか指令? 我々が申し上げているのは副指令に温もりを与えて  
 下さいとお願いしてるんです」  
「ぬくもり?」  
シマは皮肉な笑みを浮かべる。  
「肉体の無い身で、温もりと言われてもね」  
と肩をすくめた。  
「諸君らが言いたい事は判った。それで副指令の精神変動率が正常に戻るなら、安いモノだ」  
 
 
シマは立ち上がり指示を出した。  
「ディーダ、副指令をここへ」  
「了解」  
ディーダが部屋から消える。  
「では、副指令がこの部屋に入った瞬間から、この部屋は全てオフラインだ」  
えー、と、リチェルカとフォセッタは思ったが口には出さなかった。更にシマは  
「勿論、私と彼女のモニタリングもだ」  
畳みかける。  
「更にこの件についてはブロックを掛ける。AI同士でも会話は禁止だ」  
「「えー」」余りの厳しさに二人とも声を上げたが、  
「いいな」  
の声で沈黙させられてしまった。  
 
「指令、副指令が部屋の外にいらっしゃいます」  
ディーダの報告に扉へと歩きながら吐き捨てた。  
「そして、イェルには絶対秘密だ!」  
 
そこかい!と全員が思った。イェルことミサキ・シズノとシマ指令は  
お互いに良くイヤミや皮肉を言い合っている。  
 
「この事でイェルが私に何か言ったらミナトが困るだろう」  
それはとても納得がいく答えだったので、全員が納得した。  
「判りました指令」  
だから、扉を開けたときシマがこう呟いたのを誰も聞いてなかった。  
「そうだな。貴重な戦力だからな」  
 
(どうしよう)  
シマに呼び出された、ミナトは扉の前で立ちつくしていた。  
本来なら名前を名乗って入るべきなのだが、今はそれが出来ない。  
指令はもう全ての艦内記録を見たハズだ。そう自分のあの醜態も…。  
 
(でも、負けないと決めたわ、あの時)  
ミナトが声をかけようとした時、扉が開いた。  
「あ…」  
見上げると、そこに指令が立っていた。  
「大丈夫か?」  
そっと差し伸べられた手に、オズオズと手を伸ばす。  
「え?」  
次の瞬間、ミナトはシマの腕の中に抱きしめられていた。  
「あ、あの…指令」  
ミナトの耳元で優しい声が囁く。  
「済まなかったね。本当は私が負うべき傷を君につけてしまった」  
抱きしめられた暖かさにミナトは泣きそうになって囁き返した。  
「あの…私は嘘の存在ではないですよね?」  
「勿論だよ。君の想いは本物だ」  
嬉しい、とミナトは思った。(消えるな。私のこの想い)  
そっとシマの手が頬に掛かり、顔が上向きになる。  
口唇が重なる感触にミナトはウットリとなり目を閉じた。  
 
シマは視線をミナトから廊下に移し、覗き込んでるAI達に扉を閉めるよう促した。  
シュッと音を立てて、扉が閉まった。  
 

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