ハイラル城はあっけなく陥落した。
ハイラル王国がゲルド族に対し、警戒を怠っていたわけではない。両勢力の間に和平の機運が
熟しても、王国はゲルドの谷につながるハイラル平原の西部に、かなりの兵力を駐留させていた。
ところが機動力にまさるゲルド族はその裏をかいた。西の彼方の砦から、北方の山脈を踏破して、
ハイラル城の背後にある山まで迂回し、逆落としに城へと攻め下ってきたのだった。
完全な不意打ちであった。王国が城に残してあった兵力はさほど多くはなく、しかも王を
はじめとする指導者たちが、ガノンドロフによって一挙に抹殺されてしまったこともあり、
ゲルド族の満を持しての攻撃に、組織だった抵抗もできないまま撃破された。
ハイラル城がゲルド族に席巻されると同時に、城下では市街戦が展開された。前もって
配置されていた隠密組の手により、攻撃開始とともに、城下の多数の場所から火の手が上がった。
ゲリラ戦はゲルド族の得意とするところで、放火による混乱の中を、彼女らは縦横無尽に
駆けまわり、分散した王国軍を散々に叩きのめした。
城下町は阿鼻叫喚の渦と化した。戦闘自体はわずか二日で終結したが、ゲルド族による殺戮と
略奪と強姦は、その後も一週間にわたって続けられた。ハイラル王国の攻勢によって、長期間
抑圧されていたゲルド族の欲求が、一挙に爆発した形だった。これまで襲撃してきた僻地の町や
村に比べ、この城下町が格段に豊かであったことも、彼女らの乱脈行為を助長した。ハイラル
平原に逃げ落ちていった難民は少なくはなかったが、それでも城下において犠牲になった人は
数知れなかった。
王国軍を駆逐してしまったあと、ガノンドロフは部下の乱行を放置した。それがゲルド族の
流儀であったし、彼女らの欲求不満を解消させるという意味合いもあったからだが、むしろ
ガノンドロフ自身が率先して乱行にふけっているという面もあった。
城下町の混乱が落ち着きかけた頃になって、砦からツインローバが到着した。
長い旅とあって、すでに合体した姿となっていたツインローバは、若々しい足取りで城下町を
闊歩し、その荒廃ぶりに満足した。
「おみごと、おみごと。よくやったわよ、ガノン」
次いでハイラル城に入り、ガノンドロフのもとへと赴く。
「ガノンはいま、どうしてるの?」
案内するゲルド女に向けて、ツインローバは訊いた。女はにやりと笑って答えた。
「お楽しみの最中ですよ」
「はん、やっぱりね。相手は誰よ」
「城下町の広場で、毎日いちゃついてたカップルがありましてね。ガノンドロフ様について最初に
この町に来た連中は、ずいぶんむかついてたようで──なんせ自分らは、長い間お預け食って
ましたから──反乱が起きると真っ先にとっつかまって、それ以来、仲間に嬲られどおしですよ。
いまのガノンドロフ様の相手は、その女です」
「いま……ね。その前があるって口ぶりだわね」
「ええ、まあ……」
ガノンドロフのパートナーであるツインローバだけに、女も遠慮があるのか、言葉を濁した。
が、ツインローバは平気だった。
「別に気にしなくたってかまわないわよ。何でも言ってごらん。あたしも聞いといた方が
そそられるからね」
「じゃあ、言いますが……」
女はツインローバの目をうかがうように、しかし露骨な打ち明け話も満更ではない、といった
調子で、にやにやしながら話し始めた。
「最初は城の女どもを次々と。城にいるだけあって、けっこう上物がそろってましたよ。あとは
町の女で……めぼしいところだと、ボムチュウボウリング場の店員ですかね。初めはぎゃあぎゃあ
泣きわめいてましたが、そのうち自分から腰を振るようになりました」
「ふうん、やるもんだわね。で……」
真面目な表情になって、ツインローバは女を注視した。
「ゼルダ姫はどうなったのよ?」
「ゼルダ姫は……」
自分のせいではない、といったふうに、女はツインローバの視線を避けながら言った。
「逃げました。反乱が起こる一週間前のことだったそうで」
「逃げた?……はあ、もう……肝腎なところで詰めが甘いねえ」
嘆息しながらも、ツインローバはくつくつと笑った。
「まあいいわ。それもまた、ガノンとお姫様の運命なんだろうよ」
その言葉に、女は不思議そうな顔でツインローバを見たが、ツインローバはそれ以上、説明は
しなかった。
ツインローバをある部屋の前まで案内すると、女は去った。ツインローバは扉を開け、部屋の
中へ入った。
入った瞬間、古い血の臭いが鼻を刺した。床はきれいに掃除されていたが、壁と天井には、
乾いた血液が一面にどす黒くこびりついていた。
『派手にやったもんだわね』
部屋の奥の、数段高くなった壇上。玉座であろう、複雑な装飾を施された大きな椅子に、
ガノンドロフはすわっていた。その着衣のままの姿とは対照的に、膝の上には全裸の若い女が
抱かれていた。
ツインローバはつかつかとそこに近寄った。
「来たか」
何の感情もまじえない声で、ガノンドロフは短く言った。
「来たわよ。久しぶりね。まずはお祝いを言っておくわ。もっとも……」
ガノンドロフと膝の上の女を等分に見比べながら、ツインローバは言葉に皮肉をこめた。
「あんたはそれどころじゃないようだけど」
女は背後からガノンドロフに貫かれていた。大きく広げられた両脚のつけ根では、巨大な肉柱が
陰門に深々と埋めこまれ、ゆっくりと抽送が行われるたびにそこからしみ出す愛液が、二人の
接触する部分をてらてらと光らせていた。笑えば愛嬌があるであろう、女の顔は、いまは涙に汚れ、
口からは嗚咽とも喘ぎともつかぬ動物的な声が漏れ続けていた。
「あんたは好きなだけ女を抱けてご機嫌なんでしょうけど、我慢続きだったあたしは、たまった
もんじゃない。一緒に楽しませてもらうわよ」
「好きにしろ」
ガノンドロフの返事も終わらぬうちに、ツインローバは女の股間へと右手を伸ばした。ねとつく
愛液に指を浸し、こりこりと固まった陰核を手荒く刺激する。
「あッ!……うう……」
女の顔が苦痛と快感に歪む。ガノンドロフの膝の上で女の上半身が震え、小ぶりの乳房が怪しく
揺らぐ。ツインローバは右手を陰核に置いたまま、左手で片方の乳頭をねじった。
「ひッ!」
短い悲鳴が女の口から飛び出し、次いで泣訴の言葉が漏れる。
「……お願い……もう、許して……」
「ふざけるんじゃないわよ。あんた、町の広場で毎日、男といちゃついてたんだって? そんな
淫乱な女には、相応の罰を与えてやらなくちゃね」
厳しい言葉を女に投げてから、ツインローバはその場で衣装を脱ぎ捨てた。豊麗な胸と濃密な
恥毛を含む、完熟した肢体が露わとなった。淫欲に目を光らせながら、ツインローバは
ガノンドロフに言った。
「顔をよこして」
結合を保ったまま、ガノンドロフは女の上半身を前方へと押し倒した。両手で肩をつかみ、女の
身体を水平に保つ。前に突き出された女の顔の前に、ツインローバは傲然と立った。
「さあ、舐めるんだよ」
両手で顔をはさみ、おのれの秘部へと押しつける。恥毛に息をさえぎられながらも、女は
おずおずと、充血した陰唇、濡れた膣口、そして勃起した陰核へ、舌を這わせた。
「……く……いいわ……なかなか上手だよ」
ツインローバは息を荒げ、自らの胸を揉みしだきながら、ガノンドロフに声をかけた。
「そのまま突いてやって。そうすりゃこいつもその気になって、もっとうまくやるだろうからね」
ガノンドロフの抽送が速度を増した。それに応じて女の顔も規則的に前後し、その舌と唇が、
ツインローバの秘所にも律動的な刺激を与える。
「……あぅッ!……くううぅぅッ!……久しぶりなんで……もう……我慢できない……
このまま……このままいかせてもらうよおおぉぉぉッッ!!」
両手に力をこめて、女の顔を股間に思い切りこすりつける。同時に腰を前へと突き出す。
女の呼吸のことなど微塵も考えず、ひたすら自分の快楽のみを追い求め、ツインローバは
絶頂していった。
ガノンドロフの見るところ、一時の快感にツインローバは満足してはいなかった。
いまだ達していないガノンドロフの膝の上で、ぜいぜいと息を荒げる女を見ながら、案の定、
ツインローバはさらなる懲罰を宣告した。
「あんたの男を連れてきてやるよ。恋しい彼氏に自分の浅ましい格好を見てもらえたら、あんたも
気分が出るだろう。あたしにも男が要るしね」
ツインローバの淫液で塗りたくられた女の顔が、驚愕のために激しく歪んだ。
「やめて! いやよ!」
「面白いな」
女の悲痛な叫びを、ガノンドロフはさえぎった。ツインローバは淫らな笑いを浮かべると、軽い
足取りで部屋を出て行った。
「それだけは許して!……どうか!……お願い!」
女の哀願は、しかしガノンドロフの残酷な悦びを強めるだけだった。膣に埋めた男根を
脈動させると、女の言葉は途切れ、口から喘ぎが絞り出された。止めようとしても止められない
喜悦感が、そこには疑いようもなく現れていた。
「実はお前も、見られたいのだろう」
「そんなこと!」
言葉とは裏腹に、女の膣が激しく収縮した。
「身体は嘘をつけないものだな」
ガノンドロフの冷笑に、もはや否定する力もなく、女はただ喘ぎ、身体を蠢かせるだけだった。
扉が荒々しく開かれた。
「さあ、連れてきてやったよ。あんたのよがりっぷりを、たっぷり彼氏に見せつけておやり!」
ツインローバはそう叫ぶと、手を引っぱってきた全裸の若い男を、部屋の中へと突き放した。
「ハニー!」
男は玉座の二人に向かい、二、三歩、歩みかけたが、自分の恋人が陵辱されている光景に
打ちのめされたのか、その場にへたりと蹲ってしまった。
「いやあぁッッ!! 見ないでえぇッッ!! ダーリン!! お願いぃぃッッ!!」
女が絶叫した。
同時にガノンドロフは女の腰をがっしりとつかみ、激しく下から突き上げた。
「あぁッ!……うぁッ!……いやッ!……いやよぉッ!……」
口では拒否の言葉を漏らしながら、いつの間にか、女の腰は自発的な上下動を始めていた。
それを察知したガノンドロフは、にやりと満足の微笑を口の端に浮かべ、女の背後から、左手で
乳房を、右手で陰核を、それぞれ巧みに刺激した。
茫然とそれを見守る男の傍らに、ツインローバが歩み寄った。
「ほら、ごらん。あんたに見られて、あの娘は感じてるよ。さっきまでとは大違いの乱れようさ」
「嘘だ……」
男の否定の言葉は弱々しかった。恋人の目から見ても、いまの女の痴態は、ツインローバの
言葉を裏書きしているとしか思えないのだろう。
「嘘なもんかい。あんただって……」
ツインローバの手が、男の陰茎をつかんだ。
「こうやって、おっ立ててるじゃないか。自分の女が犯られてるのを見て興奮するなんて、
あんたもけっこうなタマだね」
「うぅッ……!」
隆々と勃起した陰茎をツインローバにしごかれ、男は恥辱の呻き声を上げた。
「さあ、おあいこだ。あたしがあんたを犯してやるから、それを彼女にたっぷり見てもらいな!」
荒々しく男を床に蹴転がし、仰向けにすると、ツインローバは間もおかずその下半身に跨り、
怒張を一気に恥孔へとくわえこんだ。
「くうううぅぅぅぅッッ!!」
ツインローバの喉から、満足の呻きが深々と吐き出された。
「……やっぱり……男って……いいもんだね……」
腰を激しく前後させ、回転させ、上下させながら、ツインローバは男を言葉で嬲った。
「あんたも散々……仲間に絞り尽くされたんだろうが……それでもまだ……こんなに硬くできる
なんて……やっぱり彼女がそばにいると……気分が出るのかい?……それともあたしの身体が……
いいのかい?」
男は答えず、顔を歪め、下半身を襲う快感に必死で耐えているふうだった。
「そうそう……あたしがいくまで……我慢するんだよ……先にいったりしたら……承知しない
からね……あんたの尻を……引き裂いてやる……」
静かな、しかし恐ろしい脅迫の言葉に、男の身体は震えた。ツインローバは凄みのある淫笑を
顔に満ちあふれさせ、ガノンドロフに呼びかけた。
「ガノン、その女とこっちに来て。四人で一緒に楽しみましょうよ」
ガノンドロフは、後ろから女の両脚を抱きかかえて立ち上がった。巨根を膣に突き刺したまま
女の両脚を広げ、その恥ずかしいさまを見せつけながら、他の二人のもとに歩み寄る。仰向けに
なった男と互い違いになるように、女を四つんばいにする。その背後に膝をつき、両手で女の腰を
つかんで、激しい抜き差しを開始する。
「ひぃッ!……ひぁッ!……はぁッ!……うぁッ!……」
女はもはや拒否の言葉もなく、ガノンドロフの攻めを受け入れていた。恥部からはとめどなく
愛液があふれ、下にいる男の顔面にしたたり落ちた。男はそれを舐めとりながら、目の前で
蹂躙される恋人の愛しい部分を、なすすべもなく見つめていた。
「はっ! こいつやっぱり、彼女が犯られるのを見て感じてるんだ。ペニスの張り切りようで
わかるよ。あんた……」
眼下に突き出された女の顔、その顎に手をかけ、ツインローバは冷ややかに言った。
「いい彼氏を持ったねえ。あんたが犯されるのが嬉しいんだとさ。もう我慢することはないよ。
思い切りいっちまいな」
そのまま女の顔を、豊満な胸へと押しつける。女は何も言われないのに、ツインローバの乳首を
舌で愛撫し始める。ツインローバが低く呻く。その膣に締めつけられたためか、男の喘ぎが
激しくなる。
頃合いと見て、ガノンドロフは女への攻めを激しくした。女の膣が絞られた。
「あああぁぁッッ!……いいッ!……いいのぉッ!……ダーリン!……見てぇッ!……悪い
わたしを見てえぇぇーーーーッッ!!」
それまでとは正反対の、しかし真実の絶叫が、女の口からほとばしり、その全身が痙攣した。
大量にしぶく愛液を顔面に受け、男も遂情の叫びを上げる。
「うおおぉぉッ!……ハニー!……許してくれぇッッ!!」
わずかに遅れてツインローバの口からも、喜悦の声が高らかに響いた。
それらを聞き、みなの恍惚の表情を確認してから、ガノンドロフもまた、女の体内に、溜まった
精を吐き出した。
ツインローバの欲望は、それでもまだ果てなかった。
わずかではあっても、自分より先に絶頂したことを言い立てて、ツインローバは男に刑を宣した。
恐怖に引きつる男の顔を、嗜虐の笑みで見やりながら、ツインローバはゲルド族の愛用品である
ベルトつきの張形を装着して、男の肛門を激しく犯した。同時にガノンドロフも、まだ処女で
あった女の肛門を、その雄大な屹立で強姦した。
肛門に張形を埋められたまま、ツインローバの手によって射精させられた男は、次に
ガノンドロフの餌食となった。同性に犯される屈辱に男は涙を流し、それが女を歪んだ快感へと
誘った。ツインローバの張形は、そんな女の二つの肉穴を、余すところなく犯し尽くしたのだった。
「ガノン、あんた、幸運だったわね」
性欲を満たしきったのち、ガノンドロフからいきさつを聞いたツインローバは、開口一番、
まずこう言った。
犠牲となった哀れな男女が部下たちに引き渡されたあと、ガノンドロフとツインローバは最後の
交合を行い、いまは部屋の真ん中の床に二人で横たわっていた。
「時の神殿にマスターソードがあって、しかもそれがトライフォースへの最後の鍵だったなんて、
あたしも知らなかった」
「マスターソード?」
ガノンドロフが初めて聞く言葉だった。
「何だ、それは?」
「ハイラル王国に伝わる伝説の剣。時の神殿で、そのリンクとかいう小僧が引き抜いたのがそれよ。
床の台座に刺さってたんでしょ? 間違いないわ」
「幸運というのは?」
「その剣はね、心悪しき者は触れることのできない聖剣とか、魔を退ける退魔の剣とか
言われてるのよ。この意味がわかる?」
ガノンドロフは黙っていた。答を期待はしていない、とでも言いたげに、ツインローバは
揶揄するような口調で続けた。
「あんたには決して触れられないものだってこと。もしあんたが『時のオカリナ』と三つの
精霊石を持っていたとしても、マスターソードが台座に刺さっている限り、あんたはどうにも
できなかった。幸運にもリンクがそれを引き抜いてくれたおかげで、聖域への道が開いて、
あんたはトライフォースを手に入れられたのよ」
つまり俺は、心悪しき者であり、魔であるということか。
ガノンドロフは苦笑した。
一向にかまわん。当たっている。だが……
「俺はトライフォースの三分の一しか手に入れていない。それでも幸運か?」
「ああ、それについちゃ、あたしも当てがはずれたわ」
ツインローバは肩をすくめた。
「トライフォースは、力、知恵、勇気の三つからなっている。どうやら、その三つを兼ね備えた
ご立派なお方でないと、完全なトライフォースを得るのは無理だった、ってことらしいわね。
あんたの手にあるのは……」
ツインローバがガノンドロフの右手をとる。その甲に宿る三角形。その三つの角の部に、さらに
小さな三つの三角形が位置し、頂点の一つだけが金色に輝いている。
「力のトライフォースね」
力。それは確かに、俺が唯一、信じるものだ。
「あんたにはぴったりよ、ガノン。そのおかげで、あんたは魔王になれた。それでよしとは
思わない?」
「馬鹿な……」
ガノンドロフは鼻で嗤った。
「満足できるものか。世界の支配を完全にするために、俺は残りのトライフォースを手に
入れてやる」
「それでこそ、あんただわ。あたしが見込んだとおりの男」
ツインローバはガノンドロフの頬に軽く接吻し、
「となると、問題は、残りの二つのトライフォースがどうなったか、ってことだけど……」
そう言って、ガノンドロフの目をのぞきこんだ。
「あんたと同じで、いま、他の誰かに宿っているはずだわね。あんたがトライフォースを
つかんだ時、光が上と下へ飛んでいった。それが鍵だと思うけど……あんたには心当たりがある?」
「上へ飛んだ光の方だが……」
とガノンドロフは応じた。
「仲間の中に見た者がいる。ちょうど同じ頃、時の神殿の上空から南の方角へ、光が飛び去って
いったと」
「南ね……」
ツインローバは腕組みをして、しばし考えるふうだった。
「……誰かさんが逃げた方角だわね……あり得ることだわ。確かに、あのお姫様なら、知恵の
トライフォースがお似合いかも。なにせ……」
悪戯っぽい目でガノンドロフを見、ツインローバは続けた。
「あんたを出し抜いて、まんまと『時のオカリナ』を守ったわけだし」
別にあの小娘の知恵にしてやられたわけではない、と、ガノンドロフは反発を感じたが、それを
口には出さなかった。
「ともあれ、ゼルダの方は、話は簡単だわ。草の根分けても探し出して、とっつかまえること。
で……」
ツインローバは簡略に結論を述べ、またもガノンドロフの目をのぞきこんだ。
「勇気のトライフォースの方の心当たりはあるの?」
「お前にはあるのか?」
ツインローバの問いに秘められた匂いを感じ、ガノンドロフは反問した。
「あるわ」
自信ありげにツインローバは言った。
「マスターソードは、勇者としての資格ある者だけが、台座から抜き放つことができる、
と言われているのよ。リンクにはそれができた。勇者──つまり勇気のトライフォースが
宿るべき者」
あの小僧が勇者だと?
せせら笑いかけたガノンドロフは、しかしその思いを冷静に抑えた。
奴はほんの小わっぱだ。城の正門前で会った時も、全く相手にならなかった。だが、奴の目に
満ちていた、ひるみなく戦いを挑む強固な意志──あれは確かに「勇気」と呼ぶべきものだろう。
ゴーマ、キングドドンゴ、バリネードの三体を倒した実績もある。
「それはいいとして……そもそも、あの小僧はどうなったのだ? マスターソードを引き抜いた
瞬間、どこかへ消えてしまったが……」
「早すぎたんじゃないだろうかね」
飛躍した答。
ガノンドロフの疑問の表情に、ツインローバは説明を補足した。
「つまり……勇者としての資格はあったが、実際に勇者として活動するには、リンクはまだ
幼すぎた。そのために、存在が封印されてしまった、ということじゃないのかね」
「想像力が豊かだな」
からかうようにガノンドロフは言ったが、ツインローバは熱心に言葉を続けた。
「光が下へ飛んでいった、というのが重要なのよ。あそこの地下には光の神殿があるからね。
リンクはそこに封印されたに違いない。ラウルの奴が考えそうなことさ。マスターソードの
ことだって、トライフォースが三つに分かれたことだって、あたしの知らないうちに、ラウルが
やった小細工に決まってる」
「ラウル?」
ガノンドロフは短く訊いた。
「『光の賢者』──光の神殿の主よ。ハイラルの守護者を気取ってる、いけ好かない奴さ。
もっとも身体の方は大昔に滅びてしまって、いまじゃ精神だけが生き残っているんだけどね」
「知り合いらしいが……仲がよくないようだな。恨みでもあるのか?」
「大ありよ!」
ガノンドロフから目をそらして吐き捨てるよう言い、
「いい機会だから、ガノン、あんたに教えといてあげるわ」
と、ツインローバは声を低くした。
「あたしは──このツインローバは──昔、ハイラルを守る賢者だった。ところがちょいと色気が
出ちまって、自分が守るべきトライフォースに手を出そうとした。それが賢者の長であるラウルに
ばれて、あたしは追放されてしまったのさ」
ガノンドロフは思い出す。
『堕ちた賢者』──ツインローバはかつて、自らのことを、そう呼んでいた。
ツインローバの声が、さらに低くなった。
「実はあたしは……あたしらは……双子じゃない。三つ子だった。コマツという姉がいた。
その姉を……追放の際、ラウルは闇の世界に封印しやがった!」
最後の言葉には、血を吐くような激しさがあった。
「自業自得っていや、それまでだけどね。肉親──自分自身の一部──それを奪われた恨みは、
忘れやしない」
ツインローバはそこまで言うと、ガノンドロフの顔をふり返った。
「あたしがあんたに肩入れして、トライフォースを手に入れさせようとしたのも、正直なところ、
ラウルの奴にぎゃふんと言わせてやりたかったからなのよ」
しばしの沈黙のあと、ツインローバの感情など無視するかのように、ガノンドロフは冷静な声で
言った。
「あの小僧から勇気のトライフォースを奪うには、光の神殿へ行かなければならないわけだな。
時の神殿の地下にあるとのことだが、どうやって行くのだ?」
「生身の人間には行けやしないよ」
ツインローバはあっさりとガノンドロフをいなした。
「精神だけのラウルなら出入り自由だし、ラウルの助けがあれば──リンクのように──普通の
人間でも到達できるだろう。でも、あんたには行けないわよ、ガノン」
「ではどうする?」
「誰だい!?」
突然、ツインローバが叫んだ。壇上の玉座の方を鋭く睨む。妖艶な一人の熟女が瞬間的に分裂し、
箒に乗った二人の老婆が現れる。と思うと、とても老婆とは思えぬ俊敏さで、二人は玉座の前に
殺到した。
「おかしいね」
「誰かいると思ったんだが」
「気のせいかね」
「そのようだね」
そのまま玉座の周囲をゆるゆると飛んでいた二人は、やがてガノンドロフのそばへと戻ってきた。
「驚かせて」
「すまないね」
「で、勇気のトライフォースを」
「手に入れる方法だけど……」
ツインローバはそこで再び合体し、若返った声であとを続けた。
「リンクの封印が解けて、この世界に戻ってくるのを待つしかないわね」
「いつだ、それは?」
「わかるもんかい。五年先か、十年先か……あるいは、このままずっと戻ってこないかもしれない。
でも……いつかは戻ってくると、あたしは思う。勇者にふさわしい歳になったら、ね。ラウルは
絶対、そうするつもりでいるわよ。リンクにあんたを倒させるために」
もし、奴が成長し、それなりの年齢となって俺の前に現れたとしたら……と、ガノンドロフは
考える。
せせら笑ってすむ相手ではない。なにしろ……
『あいつの血を引いているのだからな……』
ガノンドロフは思わず、右頬に手をやった。
「勇気のトライフォースについては、そういうこと。待つしかないわ」
再び結論を述べたあと、ツインローバは話を進めた。
「でもこの先、簡単にはいかないかもよ、ガノン。賢者の力を侮っちゃいけない」
ツインローバが、戒めるように言い出した。
「ラウルのことか?」
「ラウルと、あと五人。ハイラルには、ラウルを含めて六人の賢者がいるのよ。そいつらが力を
合わせれば、あんたを闇の世界に封印することだってできる。あたしらの姉が、やられちまった
ようにね。それがラウルのやり口なんだ」
ガノンドロフは訊ねた。
「ラウル以外の五人の賢者とは誰だ? そのうちの一人は、お前だったとのことだが」
「知らないわよ」
再びツインローバは、ガノンドロフの問いをいなした。
「賢者の長であるラウルだけは、いまもその地位にあるだろうけど、他の賢者は時代によって
代替わりするんだ。例えば、あたしは昔、『魂の賢者』と言われていたが、いまの『魂の賢者』が
誰なのか、あたしは知らない。当の賢者本人でさえ、自分が賢者だとは気づいていないはずよ」
「ならば賢者の力など、心配するには及ぶまい」
「そうはいかないわよ。世界がよほど大きな危機に陥った時──あいつらにとっては、ちょうど、
いまのような時さ──そういう時こそ、賢者の力がものをいう。そこで登場するのがリンクなんだ」
ツインローバはガノンドロフに向き直った。
「勇者であるリンクが、ハイラルに眠る賢者を目覚めさせる。それがラウルの計画なのよ。
リンクがこの世界に戻ってきて、賢者となるべき人物に出会ってしまうと、面倒なことになる。
だから先手を打って、それまでに……」
見る者が凍りつくような不気味な笑いを、ツインローバは頬に浮かべた。
「賢者を皆殺しにしておくんだ」
その笑いを見るガノンドロフの表情は、やはり冷静だった。
「だが、賢者がどこの誰かわからぬのでは、殺しようがあるまい」
「あたしにはわかる」
ツインローバが、かぶせるように言った。
「いまこの時点で、賢者となるべき人物がリンクと出会っていたら、賢者として目覚める前で
あっても、そいつはすでに未来の賢者としてのオーラを発しているはずだわ。昔は賢者の
端くれだったあたしだ。そいつに会えば、あたしにはそのオーラがわかる」
「会えばわかるといっても、ハイラルは広いぞ」
「大丈夫よ。賢者の居場所は、だいたい見当がつく。賢者はハイラルの各地にある神殿の主に
なるんだから、その神殿に関係のある場所にいるはずなのよ。ゲルド族のあたしが、砂漠の
果てにある魂の神殿──ほら、あの巨大邪神像のことさ──あそこの主だったようにね」
「なるほどな……」
ガノンドロフは口の端でかすかに笑った。
「ともあれ、賢者の抹殺、それがあんたのやるべきこと。残り二つのトライフォースを奪い取る
ことに加えて、ね」
そうまとめると、ツインローバはガノンドロフに問いかけた。
「ところで、ガノン、ゼルダにせよリンクにせよ、あんたがトライフォースの持ち主を見つけたと
して、それからどうするつもり?」
またも答を誘導するような調子が感じられた。
「賢者と同じことだろう。殺すさ」
それ以外に何をすることがあるのか、という意思をこめて、ガノンドロフは答えた。しかし
ツインローバは首を振った。
「たぶんそれじゃだめね」
「では、どうしろと?」
ツインローバはしばらく黙っていたが、やがて慎重な口調で言い出した。
「いままでトライフォースが人間に宿った例はない。だからこれは、あたしの想像に過ぎない
けど……トライフォースがある人物に宿る、その理由は、その人物の肉体じゃなく、精神に
由来するものなのよ。だから肉体的に敗北させるだけなら──つまり殺すだけなら──そいつは
トライフォースを持ったまま死んでしまって、それを取り上げることはできなくなる。
トライフォースを奪うなら、そいつを精神的に敗北させなくちゃならないと思う。そうすれば
そいつから、トライフォースが離れていくはずよ。ただそのままだと、トライフォースはいずれ
そいつに戻っちまうだろうから……離れたあとで、そいつを殺しておく必要はあるけどね。
そうすれば、行き所を失ったトライフォースは、そいつを倒した側に宿り直すでしょうよ」
精神的に敗北させる、か……
ガノンドロフは腹の中で冷ややかに笑った。
確かに……ただ殺すだけでは面白くない。その前に……
ゼルダ。
リンク。
さらには、まだ見ぬ賢者たちも。
おのれの前に並べられる、獲物の数々。
その美味を想像し、ガノンドロフの心は怪しく震える。
『とりわけ、ゼルダだ』
いまにも犯されようかという、あの場面で、俺を罵った度胸。
『さすがは一国の王女よ……』
あの時は頭に血が上ってしまったが、いまは率直に、そう賛嘆できる。
だが侮辱を忘れたわけではない。賛嘆もただの賛嘆ではなく、いずれ自分の前に供される獲物の
味を深めるための調味料に過ぎないのだ。
その度胸を踏みにじり、王女としての誇りをずたずたにして、俺の前に跪かせてやる。
「そうよ」
ツインローバも、陰惨に笑う。
「精神的に敗北させてやること。あんた流のやり方で、徹底的にね」
それはあたかも、ガノンドロフの思考を読み取ったかのような──いや、まさに思考を読み取る
ことのできる者にしかできない会話だった。
ハイラル平原の南端は、人の住まぬ荒野であった。
平原の他の地域と比べると、ここは地面の起伏が大きく、草木も生えない痩せた土地が
広がっていた。場所によっては小さな池沼が点在し、周囲に灌木の茂みが見られたりもするのだが、
そんな貧弱な命の徴が、かえって風景の荒れ果てた印象を強めていた。標高の高い所では、大小の
岩が猛々しくそそり立っていた。雨水や風の浸食が長い時間をかけて作り出した、その自然の
オブジェは、回りを険しい崖や奥深い穴に囲まれ、岩肌にはいくつかの洞窟が穿たれていた。
そうした洞窟の一つに、いま、ゼルダは身を隠していた。
ハイラル城を脱出したゼルダとインパは、ゲルド族に追われて南へと逃げた。運の悪いことに、
その方面には王国軍が展開しておらず、追っ手に対抗できる兵力の助けを得ることができなかった。
途中の村に身を隠そうにも、ゲルド族の追跡は急で、その時間的余裕はなかった。村人を
巻き添えにするのも憚られた。やむなく二人は、数日にわたって馬を飛ばした末、この南の荒野に
たどり着いたのだった。さすがにこの最果ての土地にまでは、彼女らも足を伸ばしてはこない
ようで、二人はやっと息をつくことができた。だが、当面はそこから動くことはできなかった。
ハイラル城下のゲルド族の人数が増えていたことを、インパはずっと気にしていた。
ハイラル城の状況が気がかりだと言っていた。情報収集と食料確保の目的で、インパは馬で近くの
──といっても往復二日はかかったが──村へ出かけていった。幸い追っ手に遭遇することは
なかったが、そこで得られた情報は、ゲルド族が反乱を起こし、ハイラル城が攻撃されたという、
驚くべきものだった。インパはゼルダのもとへ取って返し、ハイラル城へ偵察に赴くと言って、
直ちに荒野を去った。
それから数日が経っていた。
ひとり洞窟に暮らすゼルダの心は、さまざまな思いで沸きかえらんばかりだった。
ハイラル城の運命は? 国王である父の安否は? 城の臣下たち、城下の市民たちはどう
なったのか?
何より気にかかるのは、リンクのことだ。リンクはどうしているのだろうか? そして……
『トライフォース……』
ゼルダは右手の甲を見つめた。そこに浮かび上がったトライフォースの印。三角形の各頂点に
位置する、三つの小さな三角形。その左下の一つだけが、金色に輝いている。
『……知恵のトライフォース……』
それはインパとともに南へと逃げる途上のことだった。天から差す一条の光が疾走する馬を
包みこみ、その背にしがみつくゼルダの右手を激しい痛みが襲った。その時には、何が起こったのか
わからなかった。ようやく落ち着ける所まで来て、ゼルダは初めてそれに気づいたのだった。
三つのトライフォースのうちの一つだけが、わたしに宿っている。
これはどういうことなのか? わたしはリンクに『時のオカリナ』を託し、トライフォースを
守ってくれることを期待した。それを手にして、ガノンドロフを倒してくれることを期待した。
リンクならそれができると、わたしは信じていた。なのに……
洞窟の入口に気配がし、ゼルダは身を固くした。
敵? それとも……
「姫……」
インパだ! 危険な旅から、よくぞ無事に……
喜びに胸を弾ませながら、ゼルダはインパに駆け寄った。しかしその顔を満たす苦悩の色を見て、
ゼルダの心は一転して暗澹となった。
インパは慎重にゲルド族の探索の動きを避けながらハイラル城へと向かい、途中で出会った
難民や敗残兵から、何が起こったかを正確に聞き取っていた。
ハイラル城の陥落。父王の死。城下町の悲劇。
ゼルダは悲嘆の底に突き落とされた。だがそれらはまだ、考えたくはなくとも、予想はできた
ことだった。
「リンクは? リンクはどうなったの?」
急きこんで訊ねるゼルダに対し、インパはさらに苦渋の告白をせざるを得なかった。大胆にも
インパはハイラル城に侵入し、玉座の背後にある武者隠しにひそんで、ガノンドロフと
ツインローバの会話を盗み聞いていたのだった。
ゼルダは茫然となった。
リンクが『時のオカリナ』と三つの精霊石をもって、『時の扉』を開いたところまではいい。
ところが、トライフォースへの最後の鍵であるマスターソードに触れたリンクは、勇者としての
資格を持ちながら、あまりにも幼すぎるという理由で、光の神殿に封印されてしまったという。
そして開け放しになった道をたどって、ガノンドロフが聖地に侵入し、トライフォースを手に
入れてしまった……
それを不幸な偶然ということもできるだろう。でも……
ゼルダの心を、激しい悔恨の情が襲った。
トライフォースを手に入れることができれば、ガノンドロフを倒せると思っていた。それが
何という思い上がりだったことか。
浅はかだった。おのれの未熟さを顧みず、聖地を、トライフォースを制御しようなどと……
すべて自分の過ちだ。
それに……
「……封印されたリンクは……どうなるの……?」
ゼルダは声を絞り出した。インパの答に救いはなかった。
「……わかりません……ツインローバに気配を悟られ、私はそれ以上、そこにとどまっては
いられませんでした……」
ゼルダは胸を抉られる思いだった。
……リンク……他でもないあなたを、わたしは、自分自身のせいで、この世から失って
しまった……
どうすればいいのだろう。わたしには何が残されているだろう。
絶望──という言葉が頭に浮かぶ。
いや……
首を振る。
たった一つだけ、わたしにはまだ、すがるものが残っている。
ゼルダは洞窟の外に歩み出た。
時は夕刻で、あたりはすでに暗く、冷たい風が荒野を吹きすさんでいた。うち沈んだ心をさらに
鞭打つような光景だった。が、ゼルダの目は、いまだわずかに暮色の残る西の空へ、しっかりと
向けられた。
そこに輝く、一つの星。
これまでわたしは、常に予知を待ち受ける立場だった。夢のお告げ。そして予兆の星による喚起。
でもいまは……いまだけは……わたし自身から、未来の知らせに望みを馳せる。
予兆の星に向け、ゼルダは跪き、祈った。全霊を捧げて。あらゆる思いをこめて。
長い時間が過ぎていった。
西の空が闇に満たされ、完全な夜が天空を支配してしまっても、ゼルダの祈りは続いた。
星々が大きく座を動かした夜半になって、ようやくゼルダは集中を解いた。
確かな概念を、ゼルダは得ていた。
ゼルダが祈っている間、インパはその背後に立ち、ひたすら待っていた。一心に祈るその姿を、
インパはずっと見守っていた。
やがて立ち上がり、ふり返ったゼルダの顔からは、先刻の動揺と惑乱は消え去っていた。いま
そこには、深い沈静の色が湛えられていた。
ゼルダは静かに口を開いた。
「リンクは、帰ってきます。十六歳となる、その日に」
絶対の確信がある、そういう口ぶりだ、とインパは思った。
「七年後……ですか……」
「そう……まだ遠い未来のこと。でも、リンクは帰ってくる」
インパはそれを信じた。ゼルダを信じると、すでに決めていたから。
「それまで、姫は……どうなさいますか?」
「待ちます」
淡々とした声だった。しかしそこにはゼルダの熱い真情が秘められていると、インパには
感じられた。
「世界に残された最後の希望。勇気のトライフォースを持つ、時の勇者。それがリンク。
その希望を信じて、わたしは待ちます。でも、それだけではない……」
ゼルダの目が力強い光を帯びた。
「リンクの使命。それは、ハイラルに眠る賢者を目覚めさせ、その力を得て、ガノンドロフを
倒すこと。そしてわたしもまた、自身の使命を果たさなければなりません」
「姫の使命……とは?」
「トライフォースがガノンドロフに奪われた、この事態の責任を、わたしは取ります。リンクが
帰ってくるまでに、賢者の居所を探し出します。リンクが帰ってきたら、わたしもリンクとともに
戦います」
声はあくまでも平静だった。が、そこに込められたゼルダの想いと覚悟の深さに、インパは
打たれた。表情には一片の曇りさえなく、凛として立つその姿は、まさしく王女の名にふさわしい
ものであった。
「あなたに仕えることができて、私は幸せです」
声を震わせ、インパは言った。
ゼルダは無言で微笑んだ。
「ですが、姫、あなたご自身の危険も考えておかねばなりません」
冷静な護衛の役割に戻って、インパはゼルダに忠告した。
「トライフォースのことです」
ゼルダは頷いた。
「わたしは予知とともに、啓示を受けました。トライフォースが三つに分かれた、真の理由に
ついて」
変わらぬ平静な調子で、ゼルダは朗詠するように語り始めた。
聖なる三角を求めるならば 心して聞け
聖なる三角の在るところ……聖地は己の心を映す鏡なり
そこに足踏み入れし者の心 邪悪なれば魔界と化し 清らかなれば楽園となる
トライフォース……聖なる三角……
それは 力 知恵 そして勇気……三つの心をはかる天秤なり
聖三角に触れし者……三つの力を併せ持つならば 万物を統べる真の力を得ん
しかしその力なき者ならば 聖三角は 力 知恵 勇気の三つに砕け散るであろう
あとに残りしものは 三つの内の一つのみ……それがその者の信ずる心なり
もし真の力を欲するならば 失った二つの力を取り戻すべし
その二つの力……神により 新たに選ばれし者の手の甲に宿るものなり
ゼルダは言葉を続けた。
「『万物を統べる真の力』……ガノンドロフには、その力がなかった。そのために、彼は力の
トライフォースしか得ることができず、勇気のトライフォースはリンクに、そして知恵の
トライフォースはわたしに宿ることになりました。この先、ガノンドロフは……」
「そう……」
インパがあとを引き継いだ。
「ガノンドロフは、残る二つのトライフォースを奪おうとしています。王族の生き残りである
あなたは、ガノンドロフにとって、ただでさえ危険な存在。さらに知恵のトライフォースが
宿っているとあっては、ガノンドロフはこれまで以上に必死になって、あなたを探し始めるに
違いありません。これから七年間、どうやってその追及をかわせばよいか……」
そう言いながらも、方策は浮かばなかった。七年は長い。全力を尽くしたとしても、ゼルダを
守りきれるかどうか、インパは確たる自信を持てなかった。
「それについても、わたしは啓示を受けています」
静かにそう言うと、ゼルダは瞳を閉じ、天を仰いだ。両腕を上げ、手のひらを天に向けた。
訝しみつつ見守るインパの前で、ゼルダの姿は突然、眩い光に包まれた。
「姫!」
インパは叫んだ。が、ゼルダに何が起こったのかを確かめることはできなかった。あまりの光の
強さに視覚は無となり、さらにはすべての感覚が失われた。
どれほどの時間が経っただろうか。
再び感覚の戻ったインパは、その場に倒れ伏す者の姿を見た。
それはゼルダであって、しかしすでにゼルダではない、一人の人物であった。
To be continued.